展 望

 

平成18年度の機能性流体分野の研究動向*

 

川上 幸男**

 

平成1979日原稿受付

**芝浦工業大学システム工学部,〒337-8570 さいたま市見沼区深作307

 


1.はじめに

日本フルードパワーシステム学会にて発表される機能性流体に関連する研究は,特性解析等の基礎的な研究ではなく,応用面を重視したアプリケーション寄りの研究が多いのが特徴であり,ER流体・MR流体に関してはクラッチ,ブレーキ,制御バルブの実用化に即した研究,ECFEHDに関しては能動要素の小型化を目指してマイクロモータやポンプの開発を行っている研究などが代表的なものである.以下に,平成18年度における機能性流体分野の研究動向について,日本フルードパワーシステム学会の論文集および講演会において発表された内容を中心に整理を行ったので,カテゴリ別に紹介する.また,海外の論文についてはASMEおよびIEEEに関連するデータベースよりキーワード検索を行ったので,その結果についても示す.

2.ER流体

西田ら1)ER流体を用いた回転型デバイスにおいて流体中を円筒が回転するタイプと円盤が回転するタイプのトルクの過度特性を実験的に調べ,2つのタイプのデバイスの応答パターンを明らかにするとともにクラスタ形成過程を考慮した近似モデルにより考察を加えている.吉田ら10)は薄膜金属ガラスを用いた3自由度集積形ERマイクロアクチュエータを提案し,単純な構造で大変位が得られるダイアフラム形状をFEM解析により求めるとともに,結晶化していない二重ドーム形ダイアフラム3個を同時に形成する条件を実験的に明らかにしている.赤松ら6)は関節部にERブレーキを搭載した柔軟関節マニピュレータを開発し,対人衝突時の安全性の確立のために衝突力と接触力を緩和させる制御システムの構築について検討している.早川ら14)は機能性流体への回転電場の印加により発生する流体駆動を利用したマイクロモータを考案し,電場の振幅,電極の枚数,流体の温度などの影響について調べた結果について報告している.

3. MR流体

佐藤ら3),5)は管路内の単純オリフィスに対して管路外周から磁場を印加する構造を持つMRバルブに関して,磁場の印加方法,形状,材質,比透磁率等の影響について実験および磁場解析により検討を加えている.出頭ら9),16)は,MR流体を応用したデバイスが北米・欧州を中心に様々な用途で実用化されており,特に自動車(大型,産業車両を含む)用に量産されていることから,自動車に関連したMR流体機器・システムの開発状況について解説を加えている.村上13)はセンサ・電源等の制御系を搭載せずに状況に応じて自立的に減衰力が制御されるパッシブ式MRダンパを新たに提案し,MR流体解析コードを用いて本ダンパの減衰特性を評価した結果について報告している.

4.ECFEHD

阿部ら2)ECFジェットによる発生圧力に関する実験的検討を行い,ECFジェットの特性を明らかにし,さらに曲率を有する柔軟なチューブ内圧を変化させ駆動力を得るマイクロアクチュエータを提案し,その静特性を実験により明らかにしている.桜井ら4),15)はプリント基板多層型ECFポンプを提案し,そのポンプを用いた熱源液冷システムを製作し,ECFを用いた新しいCPU液冷システムの実現の可能性に付いて実験的に示した.さらにそのポンプを小型軽量化した管路型ECFポンプを提案し,熱源液冷システムの性能について実験的に検討した結果について報告している.竹村ら7)ECFジェット流を利用したECFマイクロ人工筋アクチュエータを実現し,その駆動特性を実験的に明らかにするとともに,PDコントローラを用いてアクチュエータの先端変位を制御した結果について報告している.工藤ら8)EHD現象に着目することによりコンプライアンス性・静音性を有し,かつシステムが小型である新しいタイプのアクチュエータの実現を目指し,EHDリニアアクチュエータの開発を進めており,その基礎特性について検討している.竹村ら11)ECFを利用したぜん動運動型移動ロボットを提案し,ロボットを構成する節に対応するセルを試作し,無負荷実験を行い,さらに4個のセルを結合したプロトタイプを試作して移動実験を行った結果について報告している.小柳ら12)は高電圧印加により気体自体が動くEGD現象を利用した回転型アクチュエータを提案し,その性能にもっとも影響を及ぼすと考えられる電極構造について検討を行っている.

5.海外における研究

海外における機能性流体分野の研究については,「ASME.ORGhttp://www.asme.org/)」を利用してASME Journalに掲載された論文中,さらに「IEEE Xplorehttp://ieeexplore.ieee.org/」を利用してIEEEに関連するTransactions, Proceedingsなどに掲載された論文中から,機能性流体に関連するキーワードを入力して文献検索を行った.その検索結果を参考文献の18)以降に列挙する.リストにおいて18)23)MR流体に関連する文献,24)ER流体に関連する文献,25)31)ECFEHDに関連する文献である.ここではリストのみの紹介にとどめておくが,より詳しい情報が必要な場合は,インターネットや大学・研究機関の図書館等を通じて直接論文コピーの入手をお願いしたい.

6.おわりに

日本フルードパワーシステム学会では,平成8年より機能性流体に関連する研究委員会が継続して設置され,会員有志による活動が続いている.平成14年に設置された「機能性流体を用いたスマートフルードパワーシステム関する研究委員会(山形大学・中野政身委員長)」が平成17年をもって終了し,その研究報告書が平成181月に発行された17).本報告書は学会事務局を通じて入手可能であり,学会に関連する機能性流体の研究動向が整理され抄録されているので,興味があれば参考にしていただきたい.さらに,平成18年から「機能性流体を活用した次世代型フルードパワーシステムに関する研究委員会(山形大学・中野政身委員長)が設置され,現在も活発な活動が行われているので今後の成果についても期待したい.

参考文献

1)       西田均,島田邦夫,藤田壽憲,奥井健一:ER流体を用いた回転型デバイスのトルクの過度特性,日本フルードパワーシステム学会論文集,Vol.37No.2 (2006)pp.29/35.

2)       阿部竜太カ,横田眞一,竹村研治郎,枝村一弥:ECFジェットによる発生圧力を応用したチューブ形ECFマイクロアクチュエータ,日本フルードパワーシステム学会論文集,Vol.37No.5 (2006)pp.55/60.

3)       佐藤克司,向山智史,伊原龍太,川上幸男:MRバルブの流量特性に関する検討,日本フルードパワーシステム学会論文集,Vol.37No.6 (2006)pp.80/86.

4)       桜井康雄,中田 毅,枝村一弥,小林義史:管路型ECFポンプの試作,平成18年春季フルードパワーシステム講演会講演論文集,(2006)pp.16/18.

5)       佐藤克司,向山智史,伊原龍太,川上幸男:MRバルブの流量特性の検討,平成18年春季フルードパワーシステム講演会講演論文集,(2006)pp.22/24.

6)       赤松雄貴,中村太郎:機能性流体を用いた柔軟関節マニピュレータの開発,平成18年春季フルードパワーシステム講演会講演論文集,(2006)pp.25/27.

7)       竹村研治郎,横田眞一,枝村一弥:ECFマイクロ人工筋アクチュエータの駆動特性,平成18年春季フルードパワーシステム講演会講演論文集,(2006)pp.28/30.

8)       工藤周,三井和幸,寺阪澄孝,小柳拓也,黒田真一,阿部洋:EHD現象を応用したリニアアクチュエータの開発,平成18年春季フルードパワーシステム講演会講演論文集,(2006)pp.31/33.

9)       出頭茂,Douglas F. LeRoy:大型車両運転席の緩衝用MRダンパの開発,平成18年春季フルードパワーシステム講演会講演論文集,(2006)pp.43/45.

10)    吉田和弘,堀井宣孝,秦 誠一,横田眞一,下河邉明:薄膜金属ガラスを応用した集積形ERマイクロアクチュエータの開発,平成18年秋季フルードパワーシステム講演会講演論文集,(2006)pp.49/51.

11)    竹村研治郎,横田眞一,洪榮杓,枝村一弥:電界共役流体を用いたぜん動運動型移動ロボットの研究,平成18年秋季フルードパワーシステム講演会講演論文集,(2006)pp.52/54.

12)    小柳拓也,三井和幸,寺阪澄孝,工藤 周,鮎沢正太郎,黒田真一,阿部洋:EGDモータの電極構造に関する検討,平成18年秋季フルードパワーシステム講演会講演論文集,(2006)pp.55/57.

13)    村上貴裕:パッシブ式MRダンパの提案とその特性解析コードの開発,平成18年秋季フルードパワーシステム講演会講演論文集,(2006)pp.127/129.

14)    早川和憲,築地徹浩:機能性流体を用いたマイクロモータに関する基礎研究,平成18年秋季フルードパワーシステム講演会講演論文集,(2006)pp.130/132.

15)    桜井康雄,中田毅,枝村一弥:管路型ECFポンプを用いたCPU液冷システムの試作,平成18年秋季フルードパワーシステム講演会講演論文集,(2006)pp.133/135.

16)    出頭茂:自動車におけるMR流体と機器の応用展開,平成18年秋季フルードパワーシステム講演会講演論文集,(2006)pp.160/162.

17)    日本フルードパワーシステム学会:機能性流体を用いたスマートフルードパワーシステムに関する研究委員会研究成果報告書,(2006)

18)    Barkan Kavlicoglu, Faramarz Gordaninejad, Cahit Evrensel, Alan Fuchs, George Korol: A Semi-Active, High-Torque, Magnetorheological Fluid Limited Slip Differential Clutch, ASME Journal of Vibration and Acoustics, Vol.128-10 (2006), pp.604/610

19)    Constantin Ciocanel, Kevin Molyet, Hideki Yamamoto, Sheila L. Vieira, Nagi G. Naganathan: Magnetorheological Fluid Behavior Under Constant Shear Rates and High Magnetic Fields Over Long Time Periods, ASME Journal of Engineering Materials and Technology, Vol.128-4 (2006), pp.163/168

20)    Chengqiu Li, Miwa Tokuda, Junji Furusho, Ken'ichi Koyanagi, S. Morimoto,  Y. Hashimoto, A. Nakagawa, Y. Akazawa: Research and Development of the Intelligently-Controlled Prosthetic Ankle Joint, Mechatronics and Automation, Proceedings of the 2006 IEEE International Conference, (2006), pp.1114/1119

21)    P. Grad: Against the flow - Smart fluids that can change their viscosity in real time, Engineering & Technology, Vol.1-9, (2006), pp.34/37

22)    L. Peretti, M. Zigliotto: A Force Feedback System for Steer-by-Wire Applications Based on Low-Cost MR Fluids Design Hints, Power Electronics, Machines and Drives, 2006. The 3rd IET International Conference, (2006), pp.469/473

23)    Zhongxian Li, Jianjun Liu, Yuao He: Intelligent Control and Tracking Identification of Magnetorheological Damper Based on Improved BP Neural Networks, Intelligent Control and Automation, 2006. WCICA 2006. The Sixth World Congress, Vol.1 (2006), pp.1901/1905

24)    Xize Niu, Yi-Kuen Lee, Liyu Liu, Weijia Wen: Micro Valve and Chaotic Mixer Driven by Electrorheological Fluid, Nano/Micro Engineered and Molecular Systems, 2006. NEMS '06. 1st IEEE International Conference, (2006), pp.1254/1257

25)    A. D. Chapkov, C. H. Venner, A. A. Lubrecht: Roughness Amplitude Reduction Under Non-Newtonian EHD Lubrication Conditions, ASME Journal of Tribology, Vol.128-10 (2006), pp.753/760

26)    F. C. Lai, J. Mathew: Heat Transfer Enhancement by EHD-Induced Oscillatory Flows, ASME Journal of Heat Transfer, Vol.128-9 (2006), 861/869

27)    Yinshan Feng, J. Seyed-Yagoobi: Control of liquid flow distribution utilizing EHD conduction pumping mechanism, Industry Applications, IEEE Transactions, Vol.42-2 (2006), pp.369/377

28)    M. Ashjaee, S. R. Mahmoudi: Experimental Study of Electrohydrodynamic Pumping Feasibility In Microgravity Condition through Conduction Phenomenon, Electrical Insulation and Dielectric Phenomena, 2006 IEEE Conference, (2006), pp.166/169

29)    R. Hanaoka, H. Nakamichi, S. Takata, H. Koide, Y. Hatta: Impulse creeping discharge characteristics in insulating oils with EHD function reinforced by added HFC gas components, Dielectrics and Electrical Insulation, IEEE Transactions, Vol.13-3 (2006), PP.526/531

30)    R. Chicon, A. T. Perez: Linear stability of an interface between a non-ohmic liquid and air subjected to an electric field and charge injection, Electrical Insulation and Dielectric Phenomena, 2006 IEEE Conference, (2006), PP.194/197

31)    B. Komeili, J. S. Chang, G. Harvel: Polarity Effect and Flow Characteristics of Wire-Rod Type Electrohydrodynamic Gas Pump, Electrical Insulation and Dielectric Phenomena, 2006 IEEE Conference, (2006),  pp.182/185

 

 

著者紹介

かわかみ ゆきお

川上 幸男 君

1987年早稲田大学大学院博士課程前期課程修了.1992年芝浦工業大学助手,講師,助教授を経て2004年同大学システム工学部教授,現在に至る.主に空気圧駆動システムに関する研究に従事.日本フルードパワーシステム学会,日本機械学会,計測自動制御学会などの会員.博士(工学).