解 説

 

等温化圧力容器*

 

香川利春**

 

平成19614日原稿受付

**東京工業大学精密工学研究所,〒226-8503横浜市緑区長津田町4259 R2-45

 


1.はじめに

圧力容器は空気圧システムにおいてバッファータンクとして必要不可欠である.圧力容器に空気を充填あるいは放出すると,容器内空気の状態変化に伴って大きな温度変化が生じる.容器内空気の状態変化は,実際の熱伝達特性を正確に把握することが困難なことから,一般に等温あるいは断熱変化を仮定して扱う場合が多い.しかし,実際にはそのような変化はまれであり,空気圧システムでは温度変化の取り扱いに留意する必要がある.

等温化圧力容器は著者が十年前に提案したもので,容器内に金属製綿を封入することによって,空気の流入,流出があっても容器内空気の状態変化をほぼ等温に保てる容器である1).この容器を用いれば,容器に流入あるいは流出する瞬時流量が容器内の圧力変化から計測可能となり,その有効性はきわめて高い.

本報では,等温化圧力容器の原理から非定常流量計測や非定常流量発生への応用までを解説する.

等温化圧力容器とは

21 等温化の利点

容器内空気の状態変化が等温であるとすると,空気の状態方程式を全微分して,次式が導かれる2)

 
(1)

ここで,Gは空気の質量流量,mは空気質量,tは時間,Vは容器容積,Rはガス定数,容器内の空気温度,pは容器内の圧力を表す.(1)式から明らかなように,等温変化を実現できれば容器に出入りする瞬時質量流量Gが容器内圧力の微分値dp/dtに比例する.圧力の計測は流量より容易なことから,この間接計測法は非常に有効である.

22 等温化の実現

圧力容器を等温化する手段として,容器内に等温材を封入する.このとき伝熱学的観点から等温材に対して,つぎの2点が求められる.

1)     等温材の熱容量は空気の熱容量より十分に大きいこと.

2)     等温材・空気間の熱伝達面積が非常に大きいこと.

1)の熱容量に関しては,空気の熱容量が金属等に比べ十分小さいことから,容器に封入する金属の種類は特に制限されない.2)の伝熱面積に関しては,線の細い金属製綿を使用することが重要となる.具体的な素材として線径2050[µm]の銅線を推奨している.線径が細いほど伝熱面積が大きくなり,空気と銅線間の熱伝達をより促進できるためである.ただし,銅線の線径が20[µm]以下になると,線材が圧力容器の下流側に流出することがあり,コンタミネーションの問題が発生する.現在,最もよく用いている線径50[µm]銅線を封入した等温化圧力容器の仕様の一例を1に示す.容器の特性は単位体積当たりの金属製綿の充填率で評価できることを明らかにしている.

23 容器の特性

等温材の充填率を高めれば高めるほど等温性は向上する.しかしながら,充填率の上昇にしたがってコストが増大する.そこで充填率の等温性への影響を実験的に調べた.線径50[µm]の銅線を用い,その充填率を最大封入可能な0.4[kg/dm3] から0.05[kg/dm3]ずつ減らした.各容器において100[kPa/s]の圧力降下で空気を放出した際の容器内平均温度をストップ法によって測定した.ストップ法とは著者が発案した方法で,放出中のある時刻で放出をストップし,そのときの圧力と十分時間が経過し大気温度に回復したときの容器内圧力を測定することによって,シャルルの法則から放出をストップした時点での容器内平均温度を間接測定する方法である3).実験結果を図1に示す.“Cu0.40”は充填率0.4[kg/dm3]を表し,他も同様に数字は充填率を表す.図1の左図に圧力応答を右図に容器内平均温度を示す.

1左図より,圧力応答は充填率が低いほど放出初期では圧力降下が速く,放出後期では遅くなることがわかる.特に通常の空の容器においてその様子が顕著である.銅線を0.05[kg/dm3]わずかに充填しただけでも圧力応答に大きな変化が生じることがわかる.温度変化については,空容器の場合(Cu0.00)では室温より最大で46[K]下がる.一方,等温化を行った場合,充填率0.4[kg/dm3]時の温度降下はわずか1[K]である.また,温度変化を1%(絶対温度に対して3[K]の変化)以内に抑えるためには0.25[kg/dm3]以上の充填率が必要であることがわかる.計測精度を検討した結果,等温化圧力容器としては0.30[kg/dm3]以上の充填率を推奨している.

上記により,ある圧力変化に対して容器内に等温材を適切な充填率で封入すれば,温度変化を1%以内に抑えることができる.この圧力容器を著者は等温化圧力容器と命名した.

3.等温化圧力容器の応用

31 空気圧機器の流量特性計測

空気圧機器の流量特性計測は音速コンダクタンスと臨界圧力比の計測法としてISO 6358によって規定されている.その計測法は上流圧を固定し下流圧を順次変化させ,流量計を用いてそのときの定常流量を計測する方法が用いられる.(文章を別けました)しかし,この方法は静的流量特性を逐一計測するために非常に時間がかかり,空気を流し続けるためにエネルギーコストがかかる.またレンジアビリティの高い流量計を要するなどの欠点がある.

一方,供試機器を通じて等温化圧力容器から大気へ圧縮空気を放出すると,等温化圧力容器の特長から流量計がなくても圧力計のみで放出瞬時流量を1%以内の精度で計測できる.さらに供試機器の圧力−流量特性を1回の放出で測定できる.この方法はエネルギー消費が少なく,時間的にも十数秒程度しか要しない4)

著者らが提案した等温化圧力容器を用いた放出法による空気圧機器の流量特性試験装置の構成を2に示す.計測手順は,はじめに等温化圧力容器に減圧弁を通して圧縮空気を充填し,所定の初期圧力に設定する.次に,供給側の仕切り弁を閉じ,パソコンから供試機器直前の電磁弁を開いて容器内の圧縮空気を大気に放出する.それと同時に容器内圧力をパソコンに記録する.最後に,容器内圧力が大気圧になると供試機器直前の電磁弁を閉じ,測定を終了する.

記録した容器内圧力の波形の模式図を3の右上に示す.この波形を微分することで流量が算出され,図3右下図の圧力−流量特性の曲線が得られる.この曲線から音速コンダクタンスと臨界圧力比が求められる.実験により,計測誤差は音速コンダクタンスでは2%以内,臨界圧力比では±0.05以内であることが確認されている.提案手法は圧力波形のみから空気圧機器の圧力流量特性が測定可能であり,短時間・省エネルギーな方法としては工業有用性が非常に高い.ISO 6358の計測方法と比べ,計測時間が約70%短縮できかつ空気消費量が95%以上削減できる.現在,この計測方法は日本フルードパワー工業会よりISO 6358の代替試験法としてISO改正案のISO/WD 6358-3に提案され,ISO/TC131 /SC5/WG3で審議されており,近い将来国際規格化される方向である.

32 空気圧機器の消費流量測定

空気圧ブローや空気圧工具などの消費流量測定は省エネルギー対策を取り組む上で大変重要である.しかし,圧縮空気の大流量,大振幅,過渡的な流量を計測することは非常に困難であるため,消費流量が急激に変化する空気圧工具などの機器の消費流量はほとんど把握されていないのが現状である.等温化圧力容器を利用すれば,このような領域での計測が可能になる5)

提案した測定装置の構成を4に示す.層流形流量センサ,等温化圧力容器と供試機器によって構成される.等温化圧力容器は大流量を放出することで起こる圧力変化を平滑化する役割も担う.等温化圧力容器に流入する流量は層流形流量センサにより計測できる.また等温化圧力容器内の圧力変化より充填と放出された流量の差が計測できる.この計測された2つの流量の差により,空気圧機器の消費流量が導出できる.

提案した消費流量測定装置に空気圧工具のひとつであるエアドリルを接続してその消費流量を測定した.図5に測定結果を示す.空気圧工具の駆動開始時に等温化圧力容器はバッファータンクの役割を果たし容器内圧力が減少するが,充填される流量の変化は緩やかである.その後容器内の圧力は一定となるので,消費流量と層流形流量センサの流量が一致する.駆動を停止した4.5秒以降は,層流形流量センサを通過する空気が容器内に充填されることから,層流形流量センサの流量と等温化圧力容器の流量が良く一致している様子が見られる.

本測定方法で定常流量に対して精度1%,周波数100Hzまでの非定常流に対して精度5%が実現できることを確認している.

33 非定常流量の発生

近年,より高度な空気圧制御システムを実現する上で,流量の把握・管理が重要となっており,高速応答性を有する流量計の開発が期待され,さらには流量計の動特性検証手法の提案が待ち望まれている.しかしながら,気体の密度は温度と圧力の関数となることから,非定常流量計測は極めて困難である.また,気体用流量計の動特性を試験する方法は確立されておらずISOなどでの規定もなされていない.よって,市販の流量計の応答性は流量を過渡的に変化させたときの応答速度を計測するのみで,評価および校正方法において大きな問題点を残していた.著者らが提案した等温化圧力容器を利用した非定常流量発生装置はこれらの問題を解決可能な装置と考える6)

装置の構成を6に示す.等温化圧力容器内から放出される流量が容器内の圧力変化と比例関係にあることから,容器内の目標圧力変化を発生しようとする流量から逆算し,下流のサーボ弁で容器内圧力変化を制御することにより,基準となる非定常振動流を発生させる.非定常流量発生装置を用いて,層流形流量センサの動特性を計測した結果の一例を7に示す.非定常発生装置から発生する基準流量は平均流量40[Nl/min],振幅30[Nl/min],周波数30[Hz]の正弦波である.発生した流量は層流形流量センサの出力値とよく一致している.非定常流量発生装置は不確かさ5%100Hz程度までの振動流を発生できることを実験によって確認している.

4.おわりに

本報では,等温化圧力容器を紹介し,本容器が空気圧機器の圧力流量特性試験や気体用流量計の動特性試験に有効であることを述べた.容器に金属製綿を詰めただけであるが,Simple is bestを実証したものであり,その応用範囲は広く魅力的な容器であることをご理解頂ければ幸いである.

参考文献

1)     香川,川嶋,藤田,田中,榊:等温化圧力容器を用いた有効断面積の計測法,油圧と空気圧,Vol.26No.1pp.76-811995

2)     川嶋,藤田,香川:容器内圧力変化による圧縮性流体の流量計測法,計測自動制御学会論文集,Vol.32, No.11, pp.1485-1492 (1996)

3)     香川,清水:空気圧抵抗容量系の熱伝達を考慮した無次元圧力応答,油圧と空気圧,Vol.19-4,pp.54-59 (1987)

4)     香川,蔡:空気圧機器の流量特性の表示方法と試験方法についての新提案:代替試験法(2)−等温化放出法,油空圧技術,Vol.42No.12pp.58-64,(2004

5)     舩木,仙石,川嶋,香川:等温化圧力容器を用いた空気圧機器消費流量測定装置の開発,フルードパワーシステム学会論文集,Vol.36No.3pp.39-442005

6)     川嶋,藤田,香川:等温化圧力容器を用いた空気の非定常流量発生装置,計測自動制御学会論文集,Vol.34No.12pp.1773-17781998

 

著者紹介

かがわ  としはる

香川 利春 君

1974年東京工業大学制御工学科卒業.同年北辰電機製作所入社.1976年東京工業大学工学部制御システム工学科助手,同講師,同助教授を経て,現在同大学精密工学研究所教授.流体制御システム,流体計測,生体計測に関する研究に従事.計測自動制御学会評議員,日本フルードパワーシステム学会理事,日本機械学会などの会員.工学博士.

Email:kagawa.t.aa@m.titech.ac.jp

http://www.k-k.pi.titech.ac.jp