解 説

 

学術論文賞受賞について*

 

風戸昭人**,菅原能生***,小金井玲子***,眞田一志****

 

* 平成2267日原稿受付

** 鉄道総合技術研究所車両構造技術研究部走り装置研究室,〒185-8540 東京都国分寺市光町2-8-38

*** 鉄道総合技術研究所車両構造技術研究部車両振動研究室,〒185-8540 東京都国分寺市光町2-8-38

**** 横浜国立大学大学院工学研究院,〒240-8501 横浜市保土ヶ谷区常盤台79-5

 

 

1.はじめに

 この度は,日本フルードパワーシステム学会の学術論文賞をいただくことができ,非常に光栄に思う.本稿では,受賞対象となった,「絞り制御弁内蔵型空気ばねを用いた鉄道車両の車体上下振動低減1)」の概要について紹介する.

 本研究は,鉄道車両の上下方向の振動低減による乗り心地向上を目的としている.これまで,特に新幹線車両のような高速車両では,トンネル走行時の空力動揺などによる,左右方向の振動が問題となってきたが,制御要素の導入などにより,左右方向の振動乗り心地は大幅に改善された.その結果,相対的に上下方向の振動が注目されてきており,鉄道総研ではこの振動低減に取り組んでいる.主に対象となる振動モードは,車体の剛体モードの振動(固有振動数12Hz)と,車体の一次曲げ弾性振動(810Hz)で,本研究では,前者の振動低減を対象としている.

 車体の剛体モードの振動低減のため,空気ばねの減衰力を制御することに着目した.空気ばねは,台車の上に設置され,車体を支持するばねであり,ゴムベローズからなる空気ばね本体空気室と,これと配管で結ばれた補助空気室との間を空気が行き来するときに,途中に設けられた絞りで発生する圧力損失によって減衰力を発生している.そこで,絞りの開口面積を制御することによって,空気ばねで発生する減衰力を制御することを考えた.

2.受賞論文の概要について

絞り制御弁内蔵型空気ばねは,空気ばね内部に設置した絞りの開口面積を外部からの指令に従って変化させて,空気ばねの減衰力を制御できるようにしたものである.図1(a)に本空気ばねの断面図を,図1(b)に空気ばね内部の様子を示す.絞り制御弁(図1(c))は,比較的大きなスプールを持つ直動型流量制御弁であり,外部からの電流指令によって絞りに相当する弁の開口面積を変化させることができる.一般に,減衰制御を行う際には,制御によって選択可能な最小の減衰力をできるだけ小さくすることが振動絶縁性能上好ましいといわれている.そのため,スプールの径を極力大きく,また空気ばね本体室に通じるポートを2箇所に設けることや,空気通路の形状を適切化するなどの工夫を施している.また,フェールセーフ性を考慮して,システム電源断時には従来の固定絞りと同等の流量特性となるようにスプールの中立位置を調整できるようにしている.

 制御に用いる空気ばねの力学モデルを図2に示す.これは3個のばね要素と1個の減衰要素からなる線形4要素モデルで,空気ばねの運動解析に広く用いられているものである.本システムでは,絞りの開度を可変とすることにより,減衰要素(cA)で発生する減衰力を制御する.空気ばね単体試験時の制御ブロック図を図3に示す.制御則は,調整が容易なスカイフック制御則とした.

 減衰制御時の上下振動絶縁性能を確認するため,空気ばね系のシミュレーションモデルを構築した.空気ばね系のモデルは,非線形性(振幅依存性)を考慮するため,図2の線形4要素モデルではなく,空気の状態方程式を考慮した図4に示すモデルとした.空気ばねの上下変位による容積変化,空気の温度変化,補助空気室から絞りを通過して流出入する空気量によって,空気ばね本体室の圧力を求め,これに受圧面積を乗じて空気ばねの発生力を求めることができる.

 このモデルを用いて,ばね下から加振を行ったときのばね上の応答を時刻歴シミュレーションによって計算した.単一正弦波加振を行ったときの,ばね下変位に対するばね上変位の応答倍率の計算結果,および実験結果の一例(加振振幅2.5mm)を図5に示す.絞り径が大きいときには1Hz付近に,小さいときには1.9Hz付近にピークを持つ特性となり,1.3Hz付近に不動点を持つ.いずれも計算結果と実験結果は概ね一致した.また,図6に,絞り径をφ13mm固定としたときの加振振幅の違いによる応答倍率を示す.これによると,空気ばねの非線形性の特徴である振幅依存性を表現できていることがわかる.

 つぎに,減衰制御の効果を確認した.実際の新幹線車両の走行試験で取得した台車枠上下振動加速度のうち,0.45Hz30Hzの振動成分を主に再現した条件で加振を行ったときの絞り制御の効果を確認した.図7に,計算結果と実験結果を示す.制御を行うと,2Hz以下の振動が低減し,特に1.2Hzの振動加速度ピーク値を約60%低減できた.実際の車両では,1Hz付近に車体の上下並進モードの固有振動が,2Hz付近に車体のピッチングモードの固有振動が存在することが多いため,この周波数帯の振動を低減することにより乗り心地向上効果が得られると考えられる.また,2Hz以上の周波数領域において振動を増加させることはほとんどなかった.

3.おわりに

 本論文には,単体試験の結果までを報告したが,その後,新幹線車両による走行試験も実施している.その結果も早急に論文にまとめたいと考えている.また,本研究を遂行するにあたり,東洋ゴム工業(株)殿,日本ムーグ(株)殿には大変なご尽力をいただいた.心より感謝を申し上げる.

 最後に,著者(風戸)の研究生活を振り返ってみると,学生時代には空気軸受の研究を行い,鉄道総研入社後は,空気ばねや空気圧アクチュエータについて担当するなど,空気との縁を非常に感じている.今後も,学会の先生方,先輩方のご指導を賜り,広く社会に貢献する研究者となるよう努力していきたい.

参考文献

1)     風戸,菅原,小金井,眞田:絞り制御弁内蔵型空気ばねを用いた鉄道車両の車体上下振動低減,日本フルードパワーシステム学会論文集,Vol. 40, No. 6 (2009), pp.103-110.

著者紹介

 

風戸 ( かざと )   昭人 ( あきひと )  君

 2000年東京理科大学大学院工学研究科機械工学専攻修士課程修了.同年()鉄道総合技術研究所入社.現在,車両構造技術研究部走り装置研究室に所属.鉄道車両用台車に関する研究開発,振動乗り心地の向上に関する研究等に従事.日本フルードパワーシステム学会,日本機械学会の会員.

Email:kazato@rtri.or.jp

     
 

菅原 ( すがはら )   能生 ( よしき )  君

 1995年東京工業大学大学院理工学研究科制御工学専攻修士課程修了.同年()鉄道総合技術研究所入社.現在,車両構造技術研究部車両振動研究室に所属.制御技術を用いた鉄道車両の乗り心地向上に関する研究開発等に従事.日本機械学会,計測自動制御学会,日本フルードパワーシステム学会の会員.博士(工学).

Email:sugahara@rtri.or.jp

     
 

小金井 ( こがねい )   玲子 ( れいこ )  君

 2005年東京工業大学大学院理工学研究科機械物理工学専攻博士後期課程修了.同年()鉄道総合技術研究所入社.現在,車両構造技術研究部車両振動研究室に所属.鉄道車両の運動特性向上に関する研究等に従事.日本機械学会の会員.博士(工学).

Email:koganei@rtri.or.jp

     
 

( さな ) ( )   一志 ( かずし )  君

 1986年東京工業大学大学院理工学研究科修士課程制御工学専攻修了.同東京工業大学助手.1998年横浜国立大学工学部生産工学科助教授,2004年横浜国立大学大学院工学研究院教授.油空圧システムの制御,モデリングに関する研究に従事.博士(工学).日本フルードパワーシステム学会,計測自動制御学会,日本機械学会の会員.

Email:ksanada@ynu.ac.jp