随 筆
ポンプそして人生(V)*
小曽戸博**
* 平成23年6月15日原稿受付
**株式会社タカコ,〒619-0240京都府相楽郡精華町祝園西1-32-1
1.はじめに
この度の,『技術開発賞』は,他の3人のメンバ(樋口雄一,河野義彦,讃井宏)と協同で受賞したものだが,私が代表して執筆する.3年ほど前に今回と同じような『技術功労賞』を受け,参考文献1)に示すような随筆を書いた時も題名は同じで,(U)であったので今回は(V)とする.
受賞製品の概要は,参考文献2)で,すでに説明しているので,参考にしていただきたい.本報では,同じようなことを避けることにし,むしろ,その記事の中にあるように,欧米の見本市に説明員として出張すると共に,CCEFPの年次報告会に参加にした際の事柄を述べる.同時に最新の関連情報を幾つか得て来たので,それらを“フルードパワーの世界的潮流”として述べてみたい.
なお,同様の内容を,7月20日に行われたIFPEX2011技術セミナーでも講演した.そこでは,写真などを多く用いたパワーポイントによる発表であったが,ここでは文章によって紹介する.
2.見本市概観
3月22日〜26日にアメリカ・ラスベガスで開催されたIFPEへは,その前後の準備や後片付けを含めて,計13日間の長期出張になった.時には垣間見たカジノの華美さと断片的に届く震災の悲惨さの報とで,妙にアンバランスな気持ちになる時期だった.建設機械関係のCONEXPO-CONやコンクリート車関係のICONの国際展示も同時開催のため,会場面積は約500平方Mに及ぶ広さで,20万人の来訪者があったという.
続いて,4月4日〜8日開催のドイツ・ハノーヴァメッセに行き,これも足掛け10日間の出張になった.やはり500平方Mの広大な敷地と27館の会場に13の主要産業,6500社の出展に,23万人の来場者があったという.通算4度目の見学ではあるが,スケールの大きさに圧倒される.37年前,当時の辻東工大教授に引率され,視察団員として初めて海外に行き,“ミュンヘンホール”で,バイエルン音楽隊の演奏を楽しみながら飲んだビールの味は忘れ難く,毎回の楽しみとなっている.
また,タカコにとっては,参考文献3)に示すように,創立者の石崎氏が,1991年に乾坤一擲の大勝負で,ピストンを始め“油圧部品”を出展し,現会社の礎を築くようになった見本市でもある.丁度20年過ぎて,今度は,“ポンプを主体としたユニットで勝負しよう”との会社としての想いがあった.
したがって,いずれの見本市も,小形ポンプ『マイクロポンプ』に焦点を絞り,単体とそれを利用した応用商品のコンセプトを模擬した“動く展示品”を6点準備した.会社全体としては短期の出張者も含めると,計17名が展示会場のブースに立ったが,手元資料を使って球面バルブプレートの概念と効率の良さを説明するように努めた.製品に優位性があれば,来訪者の納得性も得られることになり,『これまで,小さいものがなかったが,これを使えば,考えていたものが実現できる』との評価も多かった.
さらに,昨年10月に加入したCCEFPの年次総会がIFPE会場で同時に開催されたので,講演会やポスタセッションに参加する絶好のチャンスとなった.ポスタセッションは時間の割に,見る物が多く忙しかったが,実用性の高い研究開発をしている若い研究者と議論し合えて楽しい一時であった.以下に,これらの見学記を報告する.
3.業界絵図
見本市の常連である ボッシュ, サウア, イートン, パーカなどの最大手の油機メーカについては,新技術,新製品より,制御技術やコンパクト化を主体にした展示が目についた.
一方で,いかに主機の中に自社製品を組込み,主機の省エネや操作性向上を狙うかも課題であり,上記のようなメーカは当然のことながら,多くの種類の機器を展示していた.注目したいのは,従来単一機種のメーカであったところが,取り扱う製品数を積極的に増やし,総合メーカへ脱皮しつつあったことである.これは大きな変化である.たとえば,ブレビーニ(従来は減速機メーカ,イタリア),ポクレン(低速大トルクモータ,フランス),ブッチャー(ギヤポンプ,ドイツ),ハイダック(フィルタ,ドイツ)などで,いずれもアキシアルピストンポンプ/モータを重要製品として位置づけて,圧力レンジの違うシリーズ製品を展示し,バルブや制御機器までも出展していた.
主機の性能向上に合わせて自社製品を揃え,自らの技術で主機との調和をとるようにしなければ,結局は旧来の単品的な自社製品も埋没して行ってしまう危険性があるからであろうと思われる.
4.ポンプ容量制御システムショベル
IFPEの会場の一角に,ボブキャット435 なる5トンショベルが飾られていた.旋回,ブーム,アーム,バケットごとに計4個のポンプを使用した新システムのショベルである.CCEFPの活動の一環で,ポイントは,建設機械に使われている切換弁の代わりにアクチュエータごとにポンプを配置して,弁で生じている圧力損失をなくし,省エネ効果を出そうとするものであり,これと,従来の1個のポンプ(LS制御)と切換弁を使った旧システムを比較した結果も張り出されていた.
キャタピラ社のベテラン社員が,90度旋回の実作業運転をした結果では,新システムは,旧システムに対して燃料消費量が40%削減された.かつサイクルタイム13%も早くなり,燃料の単位重量当たりの作業量は約70%も向上したという.
つぎは,旋回時のブレーキ圧をアキュムレータに蓄圧し,加速時に利用するシステムを追加し,エンジンの回転数を制御するようにすれば,定格馬力が半分のものでも同じ仕事ができるという.さらなる確認をして,実用化を図る予定という.
日本で,商品化されているショベルのハイブリッドシステムは,旋回だけを対象にしたもので,省エネ効果は25%程度ということであり,上記の方が格段に大きい.パデユ大学のもとに,キャタピラ,ボブキャット,ジョンデア,パーカ,ポクレン,ハスコ,ムーグなど多くの企業が協同で参画しており,実用化の確立は高い.すでに,ブルドーザやスキッドステアでも実証されているとのことであり,本格的に普及すると,建設機械用機器の構成が大きく変わることになる.
最近のミネソタ大学Stelson教授からの書状でも,CCEFPの大きな成果として特筆している.
5.油圧ハイブリッド車
ハイブリッド車といえば,乗用車の電気式ということになるが,欧米では小形トラックや作業車用に,油圧ハイブリッド車が,盛んに検討されている.これら車両に対して電気式の信頼性やレアアースの高騰などの懸念になっている.
油圧ハイブリッド車の研究開発は,大きく分けて,@CCEFP ,A大手油機メーカ,Bオランダ・インナス+アーヘン工科大の3つになる.
@は,第U期に入り,フォードと組んで,ギアミッション+HST⇒HMT(Hydro-mechanical transmission)で ,まずは小形トラックの実用化を目指している.最終的には乗用車も視野にいれている.
Aは,ポンプ/モータ+アキュムレータ の組合せで,ブレーキ時のエネルギーを蓄圧し発進時にアシストとして利用するものである.ボッシュ(ハノーヴァで展示),パーカ,イートン(IFPEで展示)などの大手で手掛け,前2者はゴミ収集車,後者はバスで,アメリカおよびヨーロッパで実車試験中である.
Bも方式的には,Aと同じだが,ポンプ/モータにまったく革新的な構造のものを採用しており,変換効率が高い.ただ,これが,量産されていないために割高であり,進みが良くないという.
これらの技術の基本は,動力回生によるエネルギーの有効利用であり,日本でも10数年前に市内バスで採用されたことがあるが,現在は立ち消えになっている.当時と比べれば,機器自体の構成,センサ,アキュムレータ,騒音低減技術も進んでおり,上記の実用化は期待して良いだろう.彼等はさらに,発進停止の多いブルドーザやプレス,射出成形機なども視野に入れており,新しい技術や製品が広まる可能性がある.
6.斜軸式の世界情勢
斜軸式は,斜板式と機構的に比較して,効率が良いということは認められていたが,設計が難しい上に,コストが高いなどの理由で毛嫌いされており,特にアメリカでは採用されていなかった.ところが,最近省エネが重要視される時代となり,見直しがされている.さらに、設計やコストの点では,テーパピストンの普及や,加工機械の進歩などにより,設計の容易さ、製造原価の低減などにより、評価が逆転されつつある.
IFPEのキーノート講演会では,現在世界トップクラスにいるMonika Ivantysynova 教授が斜軸式の重要性を説いていた.
50cm3クラスのポンプで,斜板式と斜軸式の性能比較試験をしたところ,特に傾転角の浅いところで,斜軸式の方が圧倒的に良いことがわかった.最大傾転角時の効率が3%違うポンプを,スキッドステアで実機比較試験を行ったところ,燃費が16.2% も違うことが判明したという.ランニングコストがまったく違うことになり,これからは効率の良い斜軸式が一層重要になると訴えていた.
このような観点で,両方の見本市をみると,従来からの ボッシュ, サウア に加えて,ブレビーニ,ハイドロレダック,ハイドロモット,サンファブなどが,すでにシリーズ化している.
省エネの時代趨勢を考えれば,今後は更に増えると予測されるが,このような傾向に対しても日本の油圧メーカはまったく無関心であるといって良い.
なお,彼女はパデユ大学の油圧研究所々長をしており,約30人のスタッフを抱え,実機を使った実践的研究をしている.講演の中で,斜板式ポンプのシリンダーブロックがバルブプレートの上を回転する際,ピストンの本数とその摩擦の動的違いによって,シリンダーブロックが“ダンスをするように踊っている現象”を述べていた.この“ダンシング現象(著者の独断名称)”をナビエ・ストークス方程式の解析などから得たということで、その動画を見せていたが,“さすがに凄い”と思った.
7.Center for Compact and Efficient Fluid Power
(略称:CCEFP,アメリカ政府,企業,大学の協同研究センタ)
本部は,ミシガン州のミネソタ大学にある.タカコは昨年10月に社長を含めて5名が訪問して,加入の意思を表明し,今後も多くの情報交換を行うことを約束して来た.今回の年次総会の冒頭に新加入メンバの紹介が行われたが,タカコの会社およびマイクロポンプについて,詳しい説明があった.この会議には各企業の技術関係の責任者や大学の教授達が出席しており,知名度アップに繋がったと思われる.
CCEFPの研究テーマの進捗は,ポスタで発表され,全部で40枚あった.90分位の間にすべてを理解するのは困難で,写真を撮って来ただけの項目もある.
これらの中でも,油圧ショベルのポンプ容量制御システム,油圧ハイブリッド車については,上述の通りである.レスキュウロボット,パワーアシスト装置は,試作品が出来た段階で,実用化開発はこれからである.
この他に,パルス幅変調切換バルブ,サイレンサ,アキュムレータ,フリーピストンエンジンなど,従来の既成概念には無いような原理を利用した新規の研究開発が行われている.
アメリカ政府や参加企業による豊富な資金(2011年現在 $73 M =約73億円)を元に,実用性が高いテーマが設定され,各テーマに複数の大学や企業が関わっている.しかも,メーカからは,無償で機器の提供がある代わりに,定期的な発表会で,進度がチェックされる.そこには,参加企業の技術者も加わり,幅広い意見の交換が行われる.
CCEFPの年次総会に参加した際,このような取組みで,個別的な色彩の強い欧州や中国の研究開発体制を凌駕し,アメリカが世界トップの座を奪い返したのではないかと,漠然と思っていたが,最近は,Stelson教授も書状で明言し,確信している様子が伺える.
大学レベルだけを見ても,CCEFPに関係した学生は,学部卒94名、修士70名、博士22名で,彼等は,ここでの研究テーマが基になった14の課程と,関連している39の課程を修了したという.CCEFPの大学関係は,7大学だが、それ以外の多くの大学からも卒業論文の課題の一部として,CCEFPにおける油圧の研究に参加しているという.
このような雰囲気の中で,若い研究者と最先端の事柄を論じるのは楽しいが,アジア系ではすべて中国と韓国人である.彼等が成長し,母国のために頑張るようになる時のことを思うと,日本の行く末が心配になる.
参加に必要な契約条項などについては,参考資料があるので,著者に問い合わせていただきたい.多くの企業が参加し,最新の情報を得ると共に,若い技術者を“世界的研究者のコミュニティ”に送り込んで欲しいと思っている.
8.おわりに
球面弁板を持つマイクロポンプとHSTを開発したが,その目指すところは,小形にして,高効率の実現であった.この想いは,CCEFPのビジョンと一致するので,いち早くCCEFPに加入(アジア初)し,年次総会や講演会,ポスタセッションにも参加した.さらに営業活動の一環として,欧米の見本市に出展し,全日説明に立つと共に,訪問客の生の声を聞いた.その合間には,気になるメーカや出展物を何ども見て廻った.それらの一連の活動を通して,世界のフルードパワーの現在の動きをかなり掴むことができたと思っている.
日本ばかりにいると,影の薄くなりありつつ油圧であるが,『油圧の復権・復活そして興隆』を強く印象づけられた.これが一番の収穫であり,自信を持っていえる.
また,このような機会を利用し,Hubertus Murrenhoff, Monika Ivantysynova, Kim Stelson など,現在の世界のフルードパワーに関する学界の3人のリーダにも会うことができた.そして,著者が編集委員長を務めた工業会発行の『実用油圧ハンドブック(赤本)』を渡してきた.日本語のため理解されることはないが,ページをめくりながら,『非常によく纏まっている.これだけのものは他にないよ.できるだけ参考にさせてもらうよ』などといわれれば,お世辞とわかっていても嬉しくもなる.
ハノーヴァ・メッセに出かける際玄関先で,妻から『男の花道なのだから,頑張って来てね』といわれた見本市に行っている最中に,学会より技術開発賞の知らせが入った.自分が中心になって開発した製品を世界に向けて発表している時に,技術者として大変名誉となる賞の知らせを受けたことになった.丁度その日に会社主催の慰労会があったので,その席で発表し,皆で喜び合った.そこには他の3人のメンバも加わっていた.
これまでの,学術論文賞,技術功労賞,フェローなどを含めると,産業界にいる者が受賞できるであろうと思われる,すべての賞を受けたことになる.しかし,いずれも,社内外を含む多くの方々の支援があったからこそ得られたものであることを,片時も忘れてならないと心懸けている.そして,これから先も,“油圧ポンプに懸け,油圧の良さを広げる人生を全うしたい”と考えている.
参考文献
1) 小曽戸:ポンプそして人生(U),フルードパワーシステム,39-E1, E25/E27,(2008)
2) 小曽戸:油圧ピストンポンプの小形化,フルードパワー,25-2,4/8,(2011)
3) 石崎義公:まあいっぺん聞いとくなはれ,産経新聞出版,20,(2008)
著者紹介
小曽戸 博 君
1967年 静岡大学工学部修士課程修了,工学博士(東京大学)
(株)タカコ技術本部開発部技師長
E-mail : h-kosodo@takako-inc.com