随 想

 

学術貢献賞の受賞について*

 

北川 能**

 

* 平成25615日原稿受付

** 東京工業大学名誉教授,〒152-8552東京都目黒区大岡山2-12-1

 

このたび学会より学術貢献賞をいただきましたこと,まことに光栄に思います.昭和54年に東京都立工業高等専門学校機械工学科に教師として着任したことを手始めに,昭和57年から東京工業大学工学部制御工学科の助手に着任したあと平成25年の定年までフルードパワーの研究を一筋に進めてきた.その間の研究は,(1)基礎研究:管内非定常流れの研究からはじまり,(2)開発研究:制御弁とアクチュエータの開発,(3)応用研究:流体制御の特質を活かしたロボットの研究,(4)実用研究:介助や介護のための生体協調システムの研究,のように基礎から実用の方向に進んできた.

基礎研究として印象深いのは管内流れにおける液柱分離,残留空気,負圧発生である.液柱分離の実験を進めるうち,逆に最初から管内に空気だまりがある方が激しい圧力変動が発生することに気が付いた.図1(a)の管路端の弁を急開放すると管路端で(b)のような圧力サージが発生する.この圧力サージ波形には突起(赤丸)があるが,この突起は空気量が多いほど大きくなる1).空気が必ずしもクッションのような役割を果たして圧力サージを吸収する訳ではないことがわかった.同じく液柱分離の実験を進めるうち,油圧作動油などが比較的細い管路を流れる場合は必ずしも液柱分離せずに負圧(絶対圧以下の張力)が発生することがあることに気が付いた.図2はその実験装置と実験結果で,弁を急閉止すると,通常は(a)のように管内の圧力は絶対圧零までしか下がらず液柱分離するのに対し,何回もやると(b)のように管路途中で絶対圧零(赤線)以下になることがある.これをきちんと確認するための実験法と実験結果が図3である.管内を加圧しておき,両端を急開放すると圧力降下波が管路中央で重なり絶対圧以下の負圧が生じるはずである.実際は管路をループ状にして両端の同時開放を実現した.実験結果の(a)(b)は初期圧力が高いので負圧にはならないが,(c)は初期圧力が低いので管路途中で絶対圧零(赤線)以下の負圧が生じている.(a)(b)(c)の波形はまったく同じで位置が平行移動しただけであり,負圧であっても同じ波動現象が起こっていることが確認できる.

つぎに進めた研究のうち水圧駆動に関連するものとして水圧用高速電磁弁の開発研究がある.この水圧制御弁は使用しやすくかつ外部漏れの無いものとするためポペット弁を使うこととし,図4に示すように流量を確保するため2段式とした3).この弁はパイロット弁のPWM制御によって主弁周りの漏れ流量を制御しており,主弁はパイロット弁の動きに高速で追従する.実験ではパイロット弁および主弁とも1ms程度で開閉することが確認されPWMキャリア周波数50Hz100Hzの制御が可能である.図5PWMキャリア周波数50Hzの場合の流量特性(流量−Duty ratio)であり,ほぼ線形な特性となっている.

流体駆動ロボットの研究では,油圧,空気圧,水圧などの種々のフルードパワー駆動のものを考案した.その一つに水圧駆動消火ロボットがある.消火のためには,階段などの不整地対応性能に加え,耐火・耐水性能が要求される.前者にはWavy movement,後者には水圧駆動で対応した.Wavy movementは図6に示すように複数本の棒を並べ,位相をずらして同一回転数で回すことにより波動(うねり)が生じることを利用したもので,実際には3個の十字棒で一つのWaveを形成し,4つのWaveでロボットを移動した.水圧駆動により精密な速度制御や位相制御が可能で,このロボットが平地に加えて階段の昇降が可能なことを示した4) 5)

生体協調流体システムに関する研究に,携帯空圧源とそれを用いた歩行アシスト下肢の研究がある.図7の左図は携帯空圧源である.ドライアイスをこの中に密閉すると次第に圧力と温度が上昇し,液体となる.図7の右図は二酸化炭素の状態図で,固液空の3状態が混在する3重点は0.52MPaabs)である.したがって,この容器にリリーフ弁を設け,3重点の圧力より若干高く設定しておけば,容器内は液体で満たされた状態に保たれる.そして,この容器から空圧(二酸化炭素ガス)を放出すると,液体が無くなるまで出力圧は0.52MPaabs)[0.42MPagauge)]に保たれる.すなわち一定圧力のガスが得られ,これは空圧源として非常に有利な点である6).図8にこの携帯空圧源を利用した歩行アシスト下肢の構造と装着法を示している.この歩行アシスト下肢は歩行筋力はあるが股関節や膝関節の痛みによって歩行困難となっている人が使用するもので,疾患脚にかかる体重の一部を肩代わりすることにより痛みを和らげるものである.制御回路は図9のようになっており,疾患脚の足裏の荷重センサからの荷重値が閾値を越えた場合携帯空圧源からのガスをシリンダに導き疾患脚にかかる荷重を軽減する.携帯空圧源に蓄えられた430グラムのドライアイスによって約1時間(1600歩)の歩行アシストが可能となった7)

いくつかの研究を紹介したが,フルードパワー技術への貢献というにはまだまだほど遠いと考えている.今回このような賞を頂いたことはまことに光栄であり,今後もできる限りフルードパワー技術の発展に協力していきたい.

参考文献

1)  北川 能,浦田暎三,竹中俊夫:管内の残留空気が過渡現象に及ぼす影響,油圧と空気圧,6[2]78-831975

2)   一永,北川 能,竹中俊夫:管内油流の過渡時における負圧領域での挙動,日本機械学会論文集(B編),50[458]2655-26621984

3)  朴 聖煥, 北川 能:主弁周りの漏れをパイロット流れとして利用した水圧用2段式高速電磁便の低騒音・低脈動化に関する研究,日本機械学会論文集(C編), 71[705], 1498-1505 (2005)

4)  北川 能,張 亮,江口隆志,塚越秀行:回転連棒による波形進行を利用した移動ロボットの開発;日本機械学会論文集(C編),67[656]1085-10912001

5)  張 亮,北川 能,江口隆志:水圧駆動消火ロボットの開発;日本油空圧学会論文集;32[6]150-1562001

6)  北川 能,呉 海帆,塚越秀行,朴 聖煥:三重点における相変化を利用した携帯空圧源の開発,日本フルードパワーシステム学会論文集,36[6]158-1642005

7)   呉 海帆,北川 能,塚越秀行,留 滄海:携帯空圧源を利用した歩行支援のための空圧アシスト肢の開発,日本フルードパワーシステム学会論文集, 37巻, 4号,43-492006

きたがわ あとう

北川 能 君

昭和53年東京工業大学大学院理工学研究科博士課程満期退学.昭和54年東京都立工業高等専門学校講師,昭和57年東京工業大学助手,昭和59年同助教授,平成3年教授,平成25年同名誉教授.管路動特性,油圧および水圧制御弁,流体駆動ロボット,生体協調流体システムの研究に従事.日本フルードパワーシステム学会(理事,会長を歴任,フェロー).工学博士.

 
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