展 望
平成25年度の水圧分野研究活動の動向*
木村 仁**
*平成26年6月5日原稿受付
**東京工業大学大学院理工学研究科,〒152-8552 東京都目黒区大岡山2-12-1
水を機械の動力に利用することは紀元前から行われており,空気と共にもっとも古いフルードパワー分野と言える.しかし,エッフェル塔の水圧式リフトなどの例外を除けば,金属部品を多用する近代工業分野では水の低い粘性に伴う密閉,潤滑,あるいは錆,腐食などの問題から,液体としての水は駆動流体としてあまり積極的に利用されてきたとは言いがたい.しかし,ここ十数年の金属を含めた各種材料の耐腐食性そのほかの各種性能の向上や,制御技術などの発展により,水は再び工業分野における駆動流体としての注目を集めはじめている.海水などを含めれば水は入手しやすく,かつ非圧縮性能の高い流体であることや,環境や生体に対する悪影響がほとんどないこともその理由のひとつである.また,水圧機器は生体への親和性から食品加工や医療技術などへの応用も期待されている.東日本大震災によって生じた除染や原子炉解体の問題においても水圧機器は注目を集めており,水圧関連分野の研究は今後の動向が注目される分野のひとつと言えるだろう.本稿ではアクアドライブシステムと呼ばれている新しい水圧駆動技術について,水道水の圧力領域でも駆動可能な機構などを紹介するほか,柔軟な袋状構造を利用した水力学的骨格と呼ばれるシステムによるアクチュエータや移動ロボット,複数チャンネル制御弁について述べる.
水圧機器は潤滑,密閉や錆の問題さえクリアできれば,原理的には油圧で駆動される機器と同じ種類のものを作ることが可能である.石川らは,アキシャルピストンポンプの水圧駆動実験から,潤滑の特性などを測定している1).この研究ではポンプ効率のうち特にトルク損失を主とした機器効率について議論している.すでに述べたように水は粘性が低いため油のように弾性流体潤滑膜によるピストンシュー(球面軸受)と斜板の摺動面を分離することは通常期待できないと考えるのが常識であった.しかし,近年の材料技術の進歩によって実現された高機能性樹脂を利用すれば,弾性変形による負荷容量の増加で水潤滑の実現が期待できるという報告がされている2)3).上記のアキシャルピストンポンプの実験結果はポンプ差圧が上昇すると共にトルク損失が減少する傾向を示しており,摩擦係数をポンプ差圧で割ったパラメータがある特定の値となるときに損失が最小となると報告されている.今後測定対象を広げることによってさらに実用的なパラメータ同定,モデル化を期待したい.
一般的に普及している水圧源として,水道水の圧力(約0.2〜0.5 MPa)による駆動が実現できれば幅広い応用が期待される.水道水の圧力領域は通常の油圧機器が使用するよりかなり低い領域に分類されるため,駆動実現の難しさはあるものの,低コスト,大量生産による大型需要が期待される領域でもある4).
水道水を駆動流体として利用する機器として,村上らは医療・介護用の「寝浴・座位浴一体型で入浴できる装置」と名付けられた特殊入浴装置について報告している5).これは,入浴用車椅子下部の昇降プレートを水圧シリンダによって駆動し,入浴を補助する装置である.油圧駆動では浴槽に油が漏れる心配があるが,圧力流体が水道水であれば流体漏れが生じても大きな問題にはなりにくい.現状では単動一段式の水圧シリンダを採用しているため浴槽下部に深いピットが必要な構造であるが,2段式のテレスコープ方式水圧シリンダの開発によって必要なピット深さを減らす試みが行われている.
水道水圧そのものを利用する試みもある.宇根らは,水道水の圧力で駆動するシリンダが防水版を昇降させる電力不要の防水シャッター機構を報告している6).こちらは0.2 MPaの非常に低い圧力で駆動するため,シーリング用のパッキンの摩擦力低減に工夫がこらされている.著者も過去にクラウンギアを利用した水圧駆動高減速比モータを開発していたが7),実際に水圧を駆動流体として利用する場合には摺動部分のシーリングが常に重要な問題となった経験がある.報告にあるような水圧シリンダの開発ノウハウは水圧駆動機器を発展させる際に重要なポイントを占めると考えられる.
浸水災害防止を目的とする機構の大規模なものとして,浮力を利用した海底設置型フラップゲート式可動防波堤が挙げられる7).これはフラップゲートと名付けられた防波堤(板)が浮力で起き上がる構造で,やはり電力は不要であり高い動作信頼性が期待できる.このような水圧の利用方法も,水圧機器の形態のひとつとして記憶しておきたい.
著者らの研究している柔軟な流体駆動機構もこの場をお借りして紹介させていただきたい.ミミズやイソギンチャクなどの生物に見られる,袋状構造内に流体圧を加減圧して剛性を変化させるメカニズムは水力学的骨格と呼ばれるが,著者らはこの原理を利用した機構を研究している.この袋状構造は内部に流体を出し入れするだけで摺動部が無いため,一般的に流体駆動機器で問題となる摺動部のシーリングの問題がない.したがって原理的にほとんどの流体を駆動用に用いることができ,もちろん水圧も利用可能である.管路と弁が詰まってしまうほどの不純物でなければ多少汚れた流体でも駆動可能な点もメリットである.
以下にこの水力学的骨格を利用した機構をいくつか紹介する.多層構造の柔軟袋状アクチュエータによる能動関節機構は,直径の異なる複数の円筒形袋状構造をロシアのマトリョーシカ人形のように同一軸上に重ねて配置したものである9).袋状構造が伸びようとすることによる発生トルクは,同一駆動圧ならば太い方が大きいため,本機構は異なるトルクを持つアクチュエータを同一駆動軸上に配置した機構となっている.袋状構造は減圧されていれば柔軟なため,高減速比のギアヘッドがついた通常のモータのように外部から動かすことが困難であるような問題が無い.このためこの能動関節機構は通常では難しい複数アクチュエータを同一駆動軸に配置することが可能になっている.これにより,本機構は要求トルクに応じて利用するアクチュエータを変更するような動作が可能である.
著者らはこの水力学的骨格を移動ロボットに利用することも試みている.HS(Hydraulic Skeleton)クローラと呼ぶ複数の袋状構造を連結した柔軟クローラを,幅広のシート上に複数配置して包むと,非常に幅広のクローラができる.この幅広クローラの左右両端を連結すると,全接地面が同一方向に駆動される二重ループ構造の密閉型移動ロボット「MOLOOP」が完成する.通常のホイールやクローラは上下部分を地形に挟まれるとスタックしてしまうが,このロボットは全体が柔軟な構造なため地形に挟まれても適応変形しながら全接地面が同一方向に駆動されて通過できる.
流体圧で駆動する機構においては弁も重要な機械要素である.MACS (Multiple Actuators Control System) Valveと呼ぶこの機械式弁機構は,カムを利用したピンチバルブ方式を採用している.この機構では通常のスリーブの代わりにカムフォロワがシリコン製の弾性配管チューブを押さえつける.同じ体積のソレノイドバルブなどと比較して大きな流量を扱うことができ,複数のチューブ(管路)を同時に制御可能なので,複数チャンネル制御弁として使用することができる.このため,上述したMOLOOPや繊毛駆動ロボットなどへの応用が可能である.
以上に述べた柔軟な袋状構造内部に流体を満たす方式は,宇宙空間などでは必要な流量がきわめて少なくなる利点がある.ほかにも深海生物と同様の原理で動作するので,深海のようなきわめて高い圧力環境下での動作が期待できるなど,今後の応用の広がりが期待できる分野だと考えられる.
近年の環境汚染の対策として,水圧を利用した機器は今後積極的に利用していきたい機械システムであると言えるだろう.現状では油空圧機器の占める割合はまだまだ大きいが,水圧駆動機器の技術向上に伴って既存の油空圧機器を代替できる性能のものが実用化されていくことも考えられる.そのほか現状では予想できない水圧利用分野が開拓されることもありうるだろう.今後ますますこの分野が発展することを期待したい.
1) 石川竜乃介, 宮川新平:中圧・高速の斜板式水圧アキシャルピストンポンプ性能の実験的考察,フルードパワーシステム講演会講演論文集, (2013), pp.10/12.
2) 汪雄鷹, 山口惇, 宮川新平:水圧システム用ポンプ・モータに適用する静圧軸受の特性 (第1報, 実験), 日本油空圧学会論文集,Vol. 30, No. 7, (1999) ,pp.177/182.
3) 汪雄鷹, 山口惇:水圧システム用ポンプ・モータに適用する静圧軸受の特性 (第2報, 理論), 日本油空圧学会論文集,Vol. 30, No. 7, (1999), pp.183/188.
4) 宮川新平: ADSの技術開発と製品化への道, 日本フルードパワーシステム学会論文集, Vol.44, No.4, (2013), pp.205/208.
5) 村上康裕:水圧シリンダとその応用-1, 日本フルードパワーシステム学会論文集, Vol.44, No.4, (2013) , pp.212/214.
6) 宇根利典:水圧シリンダとその応用-2, 日本フルードパワーシステム学会論文集, Vol.44, No.4, (2013) , pp.215/217.
7) 木村仁, 広瀬茂男:低速高トルク流体駆動ユニットクラウンモータの開発”, 日本機会学会論文集C編, Vol. 69, No.677, (2003) , pp.117/125.
8) フラップゲート式可動防波堤開発グループ:フラップゲート式可動防波堤 実海域試験”, 最終報告書(概要版), (2013), http://www.hitachizosen.co.jp/products/pdf/products026_02.pdf
9) Hitoshi Kimura, Takuya Matsuzaki, Mokutaro Kataoka, Norio Inou:Active Joint Mechanism Driven by Multiple Actuators Made of Flexible Bags: A Proposal of Dual Structural Actuator, The Scientific World Journal, Vol.2013, Article ID 128916, (2013) 10 pages.
10) Mokutaro Kataoka, Hitoshi Kimura, Norio Inou:Hermetically-Sealed Flexible Mobile robot“MOLOOP” for Narrow Terrain Exploration-Improvement of Flexible Bags with Fibrous Material-, The 39th Annual Conference of the IEEE Industrial Electronics Society(IECON 2013), (2013) pp.4154/4159.
11) 東拓矢, 木村仁, 伊能教夫:マルチアクチュエータ用方向制御弁 MACS-valveの開発, 第31回日本ロボット学会学術講演会講演論文集(DVD版), (2013) 3D1-03.
きむら ひとし
木村 仁君
1972年3月17日生まれ.
1996年東京大学大学院博士課程前期課程修了.会社勤務を経て2004年東京工業大学大学院博士課程修了,同年同大学大学院機械制御システム専攻助手.2007年助教,現在に至る.消防ロボット用水圧車輪,フルードパワーを利用した柔軟な機械システムなどの研究に従事.日本フルードパワーシステム学会,日本機械学会,日本ロボット学会などの会員.博士(工学).
E-mail:kimura@mech.titech.ac.jp URL: http://www.mech.titech.ac.jp/~inouhp/