随 想

 

技術功労賞を受賞して*

 

大科 守雄**

 

*平成26612日原稿受付

**日立建機株式会社,〒300-0013 茨城県土浦市神立町650

 


1.はじめに

このたび,本学会から技術功労賞をいただくことができました.大変光栄に思っております.

具体的にどのような貢献ができたかと考えると心許無いのですが,40年近い油圧関連業務での活動や,学会を通じて得られた交流の場での技術論議が,相互に,私を含めた油圧技術者・研究者のモチベーションアップにつながってきていたのなら幸いです.

今回,このような投稿の機会を与えていただき有難うございます.折角の機会なので,私の油圧関連業務の一端を紹介させていただくとともに,今後も日本の油圧技術が世界に先んじていくことを期待して,私なりに感じている油圧技術の動向や,油圧技術を振興していくための学会の役割についても述べてみたいと思います.

2.油圧技術者として

日立建機に入社して以来,40年近くにわたり油圧機器やシステムの研究開発に携わってきました.日立建機は建設機械のメーカーですから,本来油圧技術のユーザーの立場です.ただし,建設機械に最適な仕様と信頼性を得るために,主要な油圧機器は社内で開発・生産もしています.つまり,油圧機器そのものの研究開発を行う会社でもあります.

1970年代後半の入社当時は,当社が自主技術で斜軸ポンプの開発に取り組んでいた時期で,最初に担当したのが入力軸とシリンダブロックとを同期回転させる等速自在継手の開発でした.等速性が乱れると誤差角度に起因するトルクが生じ,それが継手自身の負荷トルクになります.したがって,自在継手の等速性は重要な機能でした.しかし,当時は入出力軸間の等速性を計測する手段も無かったため,入出力軸に計測用歯車を取り付け,電磁ピックアップで得た信号をメモリースコープに入れて,入力軸の信号でトリガーを掛けて出力軸の信号を掃引しそのバラツキを読み取りました.何とも原始的な方法で,最近の計測技術からは隔世の感がありますが懐かしい思い出です.

その当時,効率改善のために斜軸ポンプの損失分析も行いました.ポンプ内部にはいろいろな種類の損失があり,これらを分離計測できるようにと斜軸ポンプの実験機をすべて自作しての挑戦でした.回転数や圧力などの運転条件の影響を排除するために潤滑特性値なる無次元量で整理すると,正規化した損失が一つの曲線上にきれいに分布しました.軸受の分野でいうストライベック曲線の考え方です.ポンプ内部の複雑な摺動損失の正体を見たような気がして感動したのを覚えています.当時の計測技術では限界があり,さらに追及することはしませんでしたが,ポンプ・モータ内部の損失分析は今でも大きな課題です.効率向上や信頼性を確保する設計手法に直接役立ちます.最近では海外のいくつかの大学で,油膜の構成された領域(流体潤滑領域)での摺動部の挙動については解析され,そのモデルの検証も進んできています.最新の解析・計測技術をツールにすれば,より高度な内部損失の分析が可能だろうと感じています.

その後,78トン級のホイールローダのHST(油圧閉回路駆動)の開発を行いました.このクラスでは当時トルコン駆動が主流で,国産機では初めての挑戦でした.開発当初,HST駆動は動作が硬くジャーキーで使い物になりませんでした.この問題はすでに欧州で提案されていたオートモーティブ制御を採用することで対応できました.加えて,駆動力と掘削力とのバランスをとる構造や,ブレーキング時のエンジンオーバーランを回避する機構を新規に開発して市場から好評を得ることができました.この開発に対し1989年度の当学会の技術開発賞を受賞させていただきました.

HSTシステムとの縁は深く,その後の業務の中で,道路機械(タイヤローラ,マカダムローラ,小型振動ローラ)や全旋回型クローラキャリアのHSTの開発に相次いで取り組む機会を得ました.これらは,HST機器メーカーである内田油圧(現ボッシュ・レックスロス株式会社)殿やダイキン工業(現ダイキン・ザウアーダンフォス株式会社)殿との協業の賜物で,当時苦楽を共にした方々とは今も親しく交流させてもらっています.

2007年からは,当社で内製化している機器事業に携わりました.建設機械本体の会社で,インハウスで機器の開発・生産を行うことは,市場情報をいち早く捉えられる点で有利ですが,機器業界の中では競合相手ともなるため,オープンな技術情報交換が難しくなる一面もあります.そのような中で,本学会の活動は,大学の先生方だけでなく,油圧機器業界の会員各位とも親しく技術交流できる場であり,視野を広く保つ上で大変貴重な場であったと感謝しております.

3.建設機械と油圧技術

太古の昔,ピラミッドのような大きな建造物や道路建設などに,人々は大変な苦役を強いられてきました.建設機械は多くの人をこの苦役から解放するために進化してきたといえます.そのために建設機械は大きな動力を使いつつ,一方で繊細な動作を求められます.これを実現するために油圧技術は多大な貢献をしてきました.部分的には電動化の動きもありますが,飛び抜けたパワー密度を持つ油圧駆動方式に代わる技術の見通しは得られていません.

社会を豊かにし,人々に幸せをもたらす建設機械にとって,油圧技術は今後も重要なテクノロジーであり続けると考えています.

ショベルを例にとると,1947年にイタリアで初めての油圧駆動ショベルが製作されました.それまでのウィンチとワイヤーとによる機械式ショベルに比べて画期的に使いやすく,瞬く間に世界に広がりました.日本には1960年代に導入され,その後,日本企業の弛まざる改良努力によって,やがて日本は世界の油圧ショベル技術のリーダ的存在に成長してきました.

パワー密度が高いという大きな特徴の一方,油圧駆動には扱い難い点もたくさんあります.作動油の剛性が高いため機械の動作はギクシャクとなりがちで,滑らかに動かすためには流量や圧力をロスさせて応答性を犠牲にすることもあります.作業の力は圧力で調整することができますが,そのために圧力調整弁(リリーフ弁)でエネルギを絞り捨てています.また,作業機を自動制御する場合には,油圧要素の非線形特性のために速度や精度が十分にあげられない問題も抱えています.

これらの油圧の使い難さを克服して,使いやすい建設機械をつくるためには,多くのトレードオフを調整する必要があります.「摺り合わせ型技術」の最たるもので,これを得意とする日本で進化してきたといえるかもしれません.

4.油圧技術の新しい流れ

最近の世界の油圧技術動向を見ていると,いよいよ油圧機器やシステムの電子制御化が本格化してきたと感じます.電子制御化を適用できる環境が整ってきたということです.

その一つは,自動車の電子制御化が市場に受け入れられ,大幅な燃費低減など電子制御ならではの多大な成果を上げていることです.これを受けて,建設機械の領域でも,すでに本格的に電子化された油圧機器が使われ始めています.

もう一つの要因は,電気/電子に関する機能安全の国際規格が整備されてきたことです.これによって,電子制御機器やソフトウェアを搭載するリスクを闇雲に心配するのではなく,対応すべきリスク回避手段の基準(ガイドライン)が示されたことになります.

電子制御を採用することで多くのメリットを享受できます.システム開発時に必要な調整作業の多くは,ソフトウェアで調整可能になります。前項で示した油圧駆動の扱い難さも大幅に改善することができるでしょう.すでに欧州や米国では,大学や研究機関から電子制御を前提とした低損失の油圧システムのコンセプトが示され,機器メーカーは,コンセプトを実現するための油圧機器の開発に取り組んでいます.

5.日本の油圧技術のこれからと学会の役割

自動車の世界で起きた電子制御化のイノベーションを油圧の世界へ取り込むためには,新しい技術課題があります.このような領域でぜひ日本が先頭に立ちたいものです.

たとえば油圧機器では「必要なセンサーと電磁アクチュエータで制御部をシンプルに構成し,応答性と安定性の高い制御方式を実現すること」が課題になり,制御技術も含んだ新構成の機器になるはずです.

また,油圧システムでは,エンジン情報と連携して低損失を実現したり,サブシステムごとに線形化制御して操作性を高めたり,それらを統合して複雑な作業を自動化・自律化させたりということが新しい課題になってくると思います.

一方で,油圧の特徴である「高いパワー密度」に磨きをかけることも継続した課題です.高圧化や高速化を進めるには,ポンプやモータ内部の摺動性能の向上が重要です.油膜挙動だけでなくトライボロジーの領域まで踏み込む必要があります.また,機器内の流速が速くなるので,流体解析などによる流体力評価やエロージョン防止への取り組みも必要になります.これらは油圧の基盤技術と言われる領域です.

欧米では,産学連携がうまく機能しているように思います.システムのコンセプトづくりや基盤技術の研究は大学が担当し,それを受けて,具体的な製品化を産業界で担当するという棲み分けによって,効率的な研究開発がされています.

一方,日本ではシステム開発を民間会社が行いその技術を囲い込んでいます.油圧システムが「摺り合せ型技術」であることを考えると,すべてを囲い込む開発体制が日本の製品を優位に保ってきたとも言えます.今後は電子制御化によってある程度は組み合わせ型の方向にシフトすることも想定されます.変革の時期を迎え,日本が世界に伍していくためには,産学連携による技術開発の効率化が必要と感じています.本学会がその調整役になれることを目指して,今後の活動に取り組んでいきたいと考えています.

6.おわりに

今年の春,相次いで欧米の大学や研究機関,油圧機器メーカーなどを訪問する機会を得ました.そこでは油圧技術研究に対する層の厚さと,学生はじめ若い研究者が生き生きと研究に取り組む様子を目の当たりにして心強く感じる一方で,日本での研究開発や人材育成の体制に不安を感じました.

本稿では,私が感じている油圧技術の動向と,その中で本学会を軸として日本がプレゼンスを確保していきたいという思いを述べさせてもらいました.具体的なアクションはこれからになりますが,今後も日本の油圧技術レベルの向上に向け,学会の皆さまと共に努力して参りたいと考えております.

 

著者紹介

おおしな もりお

大科 守雄君

1952916日生まれ.

1975年金沢大学工学部第二機械工学科卒業.

同年日立建機株式会社入社.

主に油圧機器・システムの研究・開発に従事.

現在 開発本部技師長.

日本フルードパワーシステム学会員・フェロー,日本機械学会員

E-mail:m.ooshina.cm@hitachi-kenki.com