解 説

 

油空圧機器技術振興財団顕彰を受賞して*

 

吉灘 裕**

 

*平成2663日原稿受付

** 大阪大学大学院工学研究科,〒565-0871吹田市山田丘2-1 F1-203

 

 

1.はじめに

このたび,油空圧機器技術振興財団顕彰をいただきましたこと,まことに光栄に思います.受賞対象論文「大型バイラテラルマニピュレータの研究 第1報コンセプトの立案と単軸モデル実験」は,著者が東京工業大学総合理工学研究科社会人大学院プログラムに在学中に,横田眞一先生のご指導のもとにまとめたものである.あらためてここに横田先生はじめ,お世話になった皆様にお礼申し上げます.本稿では,受賞論文の概要を紹介する.

2.大型バイラテラルマニピュレータ

バイラテラルサーボ(双方向サーボ)は,指令側から制御対象側にサーボ系が構成されているだけではなく,制御対象側から指令側に向かってもサーボ系が構成されている制御系を示す.一般的には指令側から制御対象側へは位置サーボ系が,制御対象側から指令側へは力伝達の系が構成されることが多い.バイラテラルサーボは,航空機の大型化に対応して操舵システムに油圧サーボが導入された際に,これまで操縦桿を介してパイロットに伝達されていた舵に加わる空気の反作用力を感じることが困難となり,これを解決するために進められた研究に起源があると言われている.操舵システムの例では,操縦桿から水平舵に向かって位置サーボ系が構成されているだけではなく,水平舵から操縦桿に向かっても位置サーボ系が構成されており,操縦桿と水平舵は位置サーボの仮想のリンクで結合された構成となっている1).舵に加わる空気の反力は,この仮想のリンクを介して操縦桿に伝えられる.バイラテラルサーボはその後,遠隔操作のマニピュレータに人間の技量を伝達するための重要技術となり,放射線物質を取り扱うマニピュレータや海底探査用のマニピュレータなどに幅広く適用されている2).また近年ではその特性を活かして,手術用のマニピュレータへの適用も試みられている3)

一方,大型のマニピュレータにバイラテラルサーボを導入すれば,重量物を自在かつ繊細に取り扱える可能性があるが,そのような研究事例はきわめて少ない.一連の研究として知られているものに1960年代にコーネル大学とGeneral Electricが取組んだHardimanがある.Hardimanは,1500ポンド(680kg)のワークを自在に扱うことを目的として研究が進められ,大型のバイラテラルマニピュレータのさきがけとして貴重な知見をもたらした4).しかし四肢の形を模して作られた人間型マニピュレータの内部にオペレータが入り操縦するという,当時としては先鋭過ぎたコンセプトのために失敗に終わっている.また現在のようにコンピュータを容易に組込める時代ではなく,非線形性の補償や幾何学演算など多くの部分を機構の工夫で対応せざるを得ず,十分な性能を発揮することはできなかった.

著者らは市場調査を行い,自動化が困難な重工業を中心に自在性の高い大型マニュアルマニピュレータのニーズが高いことを明らかにした.また要求される作業の分析を行った結果,搬送作業だけではなく,組立や加工(バリ取りなど)といった難易度の高い作業が相当の割合で含まれていることが分かった.これらの要求に対応するために,油圧駆動の大型バイラテラルマニピュレータをコンセプトとして立案した.バイラテラルサーボの基本構成はすでにいくつか提案されており,その特損失も明らかにされている.しかし大型のマニピュレータへの適用という観点で検討が行われたものはない.本論文ではバイラテラルサーボを大型機に適用するための検討を行い,また大型機に固有と考えられる課題の解決にも取組んだ.

バイラテラルサーボの代表的な構成として,「対称型」,「力逆送型」,「力帰還型」の三つが知られている.このうち力帰還型は力逆送型の発展・改良型と考えられ,基本的には力センサを用いない「対称型」と力センサを用いる「力逆送型」のふたつに分類される(図1).対称型は力センサが不要なためシンプルで信頼性が高い.大型マニピュレータのようなヘビーデューティな用途に対しては適切なシステムである.ただし位置の偏差をマニピュレータに加わる外力と見なしているため,マニピュレータが十分な位置追従性を有することが前提となる.これは大型のマニピュレータでは達成が容易ではない条件であり,そのままでは十分な性能が得られない.力逆送型は優れた力伝達性を有する.また油圧駆動では圧力センサで力センサを代用できるメリットがある.ただし力逆送型はマニピュレータが固い対象物に接触した場合に不安定になりやすいことが知られており対策が必要である.これらの得失を考えて,大型機に適したシステムとして図2に示す複合型のバイラテラルサーボ系を提案した.

油圧駆動は空圧駆動や電動駆動に比べて,きわめて剛性が高い.これは位置制御には好都合であるが,逆に力の制御はやりにくい.油圧駆動系の剛性は圧力フィードバックによって制御が可能である.圧力フィードバック量を増やして,系のコンプライアンスを高い状態にすれば力の制御性は向上する.しかし圧力フィードバック量の増加とともに位置制御性は劣化する.位置と力の制御性が,それなりに満足できる妥協点に圧力フィードバック量を設定する方法も考えられるが,大重量物の高速搬送から組立・加工まで,きわめてダイナミックレンジの広い制御性を実現するためには,この方法では不十分である.作業に応じてパラメータを変更することも考えられるが,操作が煩雑である.力の制御が要求されるのはマニピュレータが拘束に近い状態にある場合がほとんどで,相対的にマニピュレータの速度は遅い.ここに注目して,マニピュレータの速度に反比例して圧力フィードバックゲインを増大させるシンプルな制御則を採用した.

3に本制御則の実験結果を示す.実験は単関節マニピュレータを用いて行った.図3(a)は位置のステップ応答である.ステップ応答ではマニピュレータはほぼ最高速で動き,圧力フィードバックゲインは最小値となる.この時,系の剛性は一番高く,その結果良好な追従特性が得られている.一方図3(b)では,マニピュレータは十分に剛性の高い鉄製の台を押しており,マニピュレータの速度はほぼゼロである.したがって圧力フィードバックゲインは最大値となり,系はもっともコンプライアンスの高い柔軟な状態となる.その結果良好な力制御性が実現されている.

そのほか,マニピュレータの自重や,油圧駆動系では避けることのできないシリンダの静止摩擦力,粘性摩擦力など,外乱となる力の補償方法を考案し,その有効性も確認している.ここでは紙面の都合により詳細は省略する.図4に本システムの全体構成を示した.

3.おわりに

本論文で取り上げた大型バイラテラルマニピュレータの制御方法は,その後多軸の試作マニピュレータで性能・作業性評価を行い5),最終的に可搬重量222[kN]の重量物ハンドリングマニピュレータシリーズとして市場導入されている.これまでに鋳造,鍛造,鉄鋼,車両,鉄道など,重量物を扱う多分野の工場で採用されている.

参考文献

1)         中田:「工学解析」,オーム社, (1972), pp.414-418.

2)         池田,猪熊,西山,奥村:「深海作業用マニピュレータについて」,関西造船協会誌,Vol.184, (1982), pp.21-18.

3)         K. Kawashima, K. Tadano “Master Slave Robot System for Laparoscopic Surgery with Haptic Perception using Pneumatic Actuators”, Proceedings of 8th JFPS International Symposium on Fluid Power, (2011), K-1.

4)         R.S. Mosher “Handyman to Hardiman”, Soc. Autom. Eng. Int. (SAE), (1967), Detroit MI, Tech. Rep. 670088.

5)         吉灘,武田,横田:「大型バイラテラルマニピュレータの研究(2報プロトタイプモデルの試作と作業性評価)」,日本フルードパワーシステム学会論文集,第44巻,第4, (2013), pp.7-12.

 

著者紹介

よしなだ ひろし

吉灘 裕君

1952529日生まれ.

1978年東京工業大学大学院博士課程前期課程修了.同年コマツ入社.

2012年大阪大学大学院工学研究科コマツ共同研究講座招聘教授.現在に至る.

建設ロボット,フィールドロボット,遠隔操作などの研究に従事.

日本フルードパワーシステム学会,日本機械学会,日本ロボット学会,

IEEEなどの会員.博士(工学)

E-mail: yoshinada@jrl.eng.osaka-u.ac.jp

URL: http://www.jrl.eng.osaka-u.ac.jp/komatsu/Site/Welcome.htm