展 望
平成17年度の機能性流体の研究動向*
中村太郎**
* 平成18年6月5日原稿受付
** 中央大学理工学部精密機械工学科,〒112-8551 東京都文京区春日1-13-27
機能性流体とは,電磁場や光,温度等の外部刺激によって,流体の特性を制御することができる流体の総称である.現在,工学的分野で応用が期待される流体は以下のとおりである.
・電気粘性流体(ERF:Electro-Rheological Fluids)
電場の印加によって流体の見かけ上の粘弾性特性が変化する流体.
・磁気粘性流体(MRF:Magneto-Rheological Fluids)
磁場の印加によって流体の見かけ上の粘弾性特性が変化する流体.
・磁性流体(Magnetic Fluids)
磁場の印加によって流体の体積が変化する流体.
・EHD/ECF(Electro-Hydro-Dynamic Fluids/Electro-Conjugate-Fluids)
直流高電圧を印加するとジェット流が発生する流体
上記の4種類の流体は,それぞれの性質を上手に利用することによって,クラッチなどによる動力伝達機構,ブレーキやダンパなどのエネルギの消散機構,バルブなどの流体制御機構,シールなどの摩擦低減機構,モータなどの動力発現機構(アクチュエータ)などの多岐にわたる機械要素に適用することができる.これらの機械要素は,機械システム全体の高速化・コンパクト化・安全化を図ることが可能となる.
機能性流体に関する研究は種々の分野にまたがっている.大まかには,化学工学系分野を主とした「機能性材料の開発」,流体力学やレオロジ系の分野を中心とした「機能性流体の特性解析」,制御工学や振動系,ロボティクス・メカトロニクス系を中心とした「機能性流体を用いたデバイス開発・応用」,の3種類の研究領域に分類することができる.
本稿では,特にフルードパワーシステムに関連する分野として,「機能性流体の特性解析」および「機能性流体を用いたデバイス開発・応用」に関連した研究動向を中心に展望していく.
平成17年度の機能性流体の各学会における活動状況および論文等の発表件数等について概観する.とりわけ本稿では,国内の学会として,日本フルードパワーシステム学会および日本機械学会を中心として科学技術振興機構で運営されている検索システム「J-DreamU」を用いて検索し,海外では「IEEE Explorer」や「Ingenta」等の検索システムを利用して,学術論文やプロシーディングを調査した.
まず,日本フルードパワーシステム学会においては,「機能性流体を用いたスマートフルドパワーシステムに関する研究委員会」(委員長:山形大学 中野政身教授)1) を中心とした研究活動があげられる.平成17年における本研究委員会は,4年間の研究活動の総括として,通常の研究活動に加えて以下の活動が行われている.
(1) 公開研究会(米沢市)の開催:委員以外の一般の方々も参加できる形式を採用.招待講演9件および一般講演13件が発表2)された.
(2) 第6回フルードパワーに関する国際シンポジウム:オーガナイズドセッションとして「機能性流体とフルードパワーシステム」が企画され,ER流体関連6件,MR流体関連1件,EHD/ECF関連4件のあわせて11件が発表3)された.
(3) 研究成果報告書:これまでの研究活動の報告書として編纂1)された.ER流体関連9編,MR流体関連7編,磁性流体関連2編,EHD関連4編,機能性ゲル関連2編のあわせて24件が報告された.
また,H17年度春季日本フルードパワーシステム講演会講演論文集4)にはER流体2件,MR流体1件のあわせて3件が発表されている.なお,本学会の論文集では毎年,機能性流体関連の論文が数件掲載されているが,本年度に限っては報告されなかった.
次に,平成17年度における日本機械学会の研究動向を紹介する.日本機械学会論文誌における機能性流体関連の論文掲載は13件が報告※されている.このうちER流体関連4報,MR流体関連5報,磁性流体関連2報,EHD/ECF関連2報となっている.また,日本機械学会関連の講演会を含めると,66件の講演発表※が確認されており,その内容も多岐にわたっている.
一方,平成17年度の海外における研究動向しては,IEEE関連の論文およびプロシーディングとして,ER流体関連4件,MR流体関連18件,EHD/ECF関連26件が報告されている.また,スマート材料の開発からその応用まで広く紹介されている論文誌Smart material and structuresでは,ER流体関連37件,MR流体関連38件,磁性流体関連1件が報告されている.さらに,Journal of Modern Physics B, Vol.19, No.7-9においては,昨年度開催されたThe 9th Int. Conf. on ER fluid and MR suspensions(ERMR2004)の特集が組まれ,95編の論文が報告された.
※ 検索キーワード(JST:J-DreamUにて検索):機能性流体 or ER流体 or MR流体 or 磁性流体 or EHD or ECF
3.各機能性流体の研究状況について
上記に示した4種類の各機能性流体について平成17年度の研究状況とその傾向について報告する.
3.1 電気粘性流体(ER流体)―新たな材料開発に期待―
ER流体は,電界を印加することにより見かけ上の粘弾性が可逆的かつ高速に変化する流体の総称である.本流体の種類は,電界印加時の粘弾性特性やその発現機構の違いから,粒子分散系と均一系に大別される.本稿ではそれぞれの流体についての研究状況を報告する.
(1) 粒子分散系ER流体
粒子分散系ER流体は,電場下において電気分極する微粒子を絶縁性の液体中に分散した流体であり,電場を印加するとビンガム流動下において流体のせん断応力が変化する.今年度における粒子系ER流体の研究状況は,従来から活発に行われてきた種々の応用研究(振動用ダンパ,研磨,医療福祉機器)をさらに発展した研究5) 6) 7) 8)が多く見られた.流体の特性解析としては,回転平行二円盤間のせん断応力の時間的な特性変化を実験的に検討した論文9) が見られた.また,粒子分散系ER流体をゲル構造化したERGの開発および応用研究10)が活発に進められている.このERゲルは,ER粒子がゲル相に固定されているため,従来のER流体のように粒子の沈降が起こりにくい.今年度においては,片側パターン電極を用いた際の本ゲルの基本的な特性を検討した論文11) のほか,クラッチをはじめとした種々の機械要素への適用が見られた.
(2) 均一系ER流体
均一系ER流体は,高分子液晶や低分子液晶が電場の印加によって配向する現象を利用した流体であり,粒子系ER流体やMR流体の特性と違い,電場を印加するとニュートン流動を維持した状態で,流体の見かけの粘性係数が変化する.本流体は,インテリジェント歩行器12)などの医療福祉機器への応用がここ数年にわたって活発に行われている.今年度における本流体の研究動向としては,高分子液晶系ER流体を用いた直動系ダンパを空気圧除振装置に適用した例13) や,低分子液晶をスライド軸受の潤滑油として利用するために,電場印加による膜圧制御について検討した例14) が報告された.また,本流体のセミアクティブデバイスとしての機能を鑑みて,フェイルセーフ機能を備えた人間共存型ロボットへの応用に関する研究15)が行われている.本流体の特性解析としては,非定常電場を利用した流動現象に関する研究16) や,温度上昇に関する数学的モデルの導出17)などが報告されている.
3.2 磁気粘性流体(MR流体)―有用性ではトップクラス―
MR流体は,磁界を印加することにより見かけ上の粘弾性が可逆的かつ高速に変化する流体の総称である.本流体の特徴としては,同様の特性を有する粒子系ER流体よりも粘性(減衰力)変化が非常に大きいことが上げられる.これらの特性から,Lord社やDelphi社を中心した,自動車用振動用ダンパ18) 等への実用化・応用研究が活発に行われている一方,建設用ダンパといった大規模システムの振動制御への適用例19)も見受けられる.また,本流体を用いた研磨装置への応用が実用化20) 21)されており,現段階において種々ある機能性流体の中でもっとも有用性の高い流体であるといえる.また,ER流体と同様にリハビリテーション用機器22)をはじめとした医療・福祉分野への応用研究も活発に行われている.
3.3 磁性流体 ―医療分野への応用に期待―
磁性流体の近年の研究状況としては,従来から行われている界面現象や液滴等の流体的特性に関する研究に加えて,マイクロアクチュエータや医療分野への応用研究が注目されている.特に医療分野への応用については,薬剤の磁気誘導23) 24)・磁性流体ハイパーサーミヤ,MRIイメージング,血液ポンプのシールへの応用25)26)など,いくつかの興味深い研究が行われている.薬剤の磁気誘導は,エマルジョン磁性流体に制がん剤などの薬物を含有した磁性マイクロカプセルを構成し,それを磁場により体内の希望する場所に長時間作用させることで,薬物の副作用の影響を局所的に限定することを目的とした応用研究である.本研究は,家兎等の動物実験レベルにおいてその有用性が確認23)されている.また,血液ポンプのシールへの応用に関しては,左心室補助の軸流型人工心臓のシールに磁性流体を使用し,長期試験や細胞毒性ともに異常がないことが実証25)されている.さらに,これらの研究は,磁性流体の生体適合性を十分に検討する必要がある.現在,磁性流体の人体の投与についての毒性試験はすでに実施されており,その副作用は弱いことが報告されている.しかしながら,フェライト金属組織の検討や臓器への蓄積検査当に関してさらに調査を行う必要があるとされている.
3.4 ECF/EHD ―マイクロアクチュエータとして利用可能性あり―
ECF/EHDに関しては,アクチュエータやポンプへの応用が活発に行われている.特に本流体を用いたアクチュエータは,従来の磁気利用型アクチュエータと違い,電界に印加のみによって直接アクチュエーションすることから,構造がシンプルでマイクロ化しやすい.現在ECFにおいては,外形2mmの超小型モータの開発27)をはじめとして,マイクロ人工筋28)や平面薄型ポンプ29),リニア駆動アクチュエータ30)などが試作されている.また,EHDにおいても,モータ31)やポンプ32)の試作が行われている一方,EGDと呼ばれるEHDを気化させた流体を利用したモータの開発33)も進められている.
以上,本稿では機能性流体として,工業的有用性の高い4種類の流体を中心にその研究動向を検討した.機能性流体の実用化が叫ばれて久しいが,最近になってMR流体を中心に製品化・商品化の動きが活発化している.本流体を用いた製品が広く世界に使用されることを期待する.
1) 機能性流体を用いたスマートフルードパワーシステムに関する研究委員会 研究成果報告書(T),日本フルードパワーシステム学会 (2006).
2) 「機能性流体を用いたスマートフルードパワーシステムに関する研究委員会」公開研究会講演論文集,日本フルードパワーシステム学会(2005).
3) CD-ROM, Proceedings of the 6th JFPS Int. Symp. on Fluid Power, Tsukuba (2005).
4) 平成17年度春季日本フルードパワーシステム講演会講演論文集,日本フルードパワーシステム学会, (2005).
5) L. Seungchul, P. Sang-Min: AI vibration control of high-speed rotor systems using electro-rheological fluid, J. Sound Vib., Vol.284 No.3/5, 685-703 (2005).
6) HONG S., CHOI S. and LEE D.: Comparison of vibration control performance between flow and squeeze mode ER mounts: Experimental work, J. Sound Vib., Vol.291 No.3-5, 740-748 (2006)
7) ZHANG L., ZHAO J., et al.: Investigation into electrorheological fluid-assisted polishing, Int. J Mach. Tools, Vol.45 No.12-13, 1461-1467 (2005).
8) 古荘,小柳,片岡他:三次元上肢リハビリ訓練システムの開発(第1報:ERアクチュエータを用いた機構およびシステムの開発),日本ロボット学会誌,Vol. 23, No. 8, 1011 (2005).
9) M. Nakano, K.yamashita, et al. : Dynamic shear rate flow of electro-rheological fluids between two rotating parallel disks, Proceedings of the 6th JFPS Int. Symp. on Fluid Power, 2D4-5 (2005).
10) Y. Kakinuma, T. Aoyama H. Anzai: A study on the Application of Electro Rheological gel to torque transfer device, The 3rd International Conference on Leading Edge Manufacturing in 21st Century, 459,(2005)
11) 柿沼,青山,安斉他:ERゲルに対する片側構造電極の適用とその性能評価(第1報),精密工学会誌,Vol. 71, No. 12, 1607 (2005).
12) 川上 他:歩行支援機用ERデバイスの開発,機能性流体を用いたスマートフルードパワーシステムに関する研究委員会 研究成果報告書(T),59-60 (2006).
13) M.C shih, T. Y Wang, P.C.Chen: Semi active and control of an ERF embedded in pneumatic vibration isolator, Proceedings of the 6th JFPS Int. Symp. on Fluid Power, 2D4-6 (2005).
14) Y. Matsumura, S. Shiraishi, S. Morishita: Dynamic characteristics of liquid crystal film in a slide bearing under electric field, Proceedings of the 6th JFPS Int. Symp. on Fluid Power, 2D4-3 (2005).
15) 赤松,中村:機能性流体を用いた柔軟関節マニピュレータの開発,平成18 年度春季日本フルードパワーシステム講演会講演論文集, (2006).
16) T. Tsukiji, Y. Murata, J Ito: Flow of a liquid crystal mixture in the mini cylinder under rotating electric fields, Proceedings of the 6th JFPS Int. Symp. on Fluid Power, 2D4-2 (2005).
17) 中村:機能性流体を用いたメカトロニクス機器の応用に関する研究,機能性流体を用いたスマートフルードパワーシステムに関する研究委員会 研究成果報告書(T),55-58 (2006).
18) 出頭,L. C. Yanyo:MR流体,装置,システムの自動車への応用の展開,自動車技術会学術講演会前刷集, N0.76-05, 25-28(2005).
19) 西村,井上 他:MRダンパを用いたセミアクティブ免震建物に関する研究(その11〜14),日本建築学会大会学術便概集,B-2 構造U,735-742(2005).
20) 山口:磁気粘性流体を利用した精密加工技術の開発研究-磁気粘性流体ベーススラリーの開発とその加工性能, 精密工学会誌(CD-ROM)
Vol.72, No.1,
100-105 (2006)
21) WU Y., KATO M.,Effects
of Particles Blend Ratio on Surface Quality in Surface Polishing using Magnetic
Polishing Liquid, Key Eng Mater., Vol.291/292, 337-342 (2005).
22) HAKOGI H. and OHABA M.:
Torque Control of a Rehabilitation Teaching Robot Using Magneto-Rheological
Fluid Clutches , JSME Int. J.
Ser. B (Jpn. Soc. Mech. Eng.),
Vol.48 No.3, 501-507 (2005)
23) Proceedings of the Fifth International Conference on Scientific and Clinical Applications of Magnetic Carriers, J. Magn. Magn. Mater., Vol. 293, 1 (2005).
24) C. Alexiou, et al.: In vitro and in vivo investigations of targeted chemotherapy with magnetic nano-particles, J. Magn. Magn. Mater., Vol. 293, 139,(2005).
25) 迫田, 三田村 他:連続流血液ポンプ用磁性流体シールの開発 ,磁性流体連合講演会講演論文集,Vol.2005-12 ,55-58 (2005.)
26) 三田村, 迫田 他:磁性流体と医療への応用,日本機械学会流体工学部門講演会講演論文集(CD-ROM),Vol.83rd Page.ROMBUNNO.F-2 (2005)
27) 横田, 河村 他:電界共役流体(ECF)を用いたマイクロモータの高出力化,電気学会論文誌 E ,Vol.126 No.4 ,137-143 (2006).
28) 小泉, 竹村,横田:ECFマイクロ人工筋セルの積層化 ,日本機械学会関東支部・精密工学会山梨講演会講演論文集, 223-224 (2005) .
29) 横田,除 他:電界共役流体を利用した電子チップ液冷却用平面薄型ポンプ,日本機械学会論文集,Vol.71,No.709,2798-2804(2005).
30) 中田 他:電界共役流体を用いたピストン型リニアアクチュエータ,機能性流体を用いたスマートフルードパワーシステムに関する研究委員会 研究成果報告書(T),127-132 (2006).
31) FENG Y., et al., Control of Liquid Flow Distribution Utilizing EHD Conduction Pumping Mechanism , IEEE Trans Ind. Appl., Vol.42 No.2, 369-377 (2006)
32) 松本, 早川 他:多孔薄膜電極を用いたイオンドラッグマイクロポンプの研究,電気学会論文誌 E,Vol.125 No.6,266-271 (2005).
33) S. Terasaka, et al.: The new type actuator by applying the EHD phenomenon −Development of the EGD motor−, Proceedings of the 6th JFPS Int. Symp. on Fluid Power, 2D3-4 (2005).
なかむらたろう
中村太郎君
1975年1月生まれ.信州大学大学院工学系研究科博士後期課程修了.99年秋田県立大学機械知能システム学科助手,04年中央大学理工学部専任講師を経て06年より中央大学助教授,現在に至る.人工筋肉・機能性流体をはじめとしたスマートデバイスの制御とマニピュレータへの応用,生物規範型ロボティクスに関する研究に従事.博士(工学).日本機械学会,日本ロボット学会,日本フルードパワーシステム学会,IEEE等の会員.
E-mail:nakamura@mech.chuo-u.ac.jp
URL:http://www.mech.chuo-u.ac.jp/%7Enakalab/index.html