随 筆
メカトロ開発エンジニアの果てしなき夢*
神田国夫**
* 平成18年5月30日原稿受付
** セラミックサーボ研究所,〒247-0011横浜市栄区元大橋1-23-20
機械工学科を出て流体系メカトロ関連の研究開発に従事してはや50年になる.特筆するような実績はないが,油圧の中堅企業その他で,一人の開発エンジニアが追ってきた夢の一端を本特集号で紹介させていただくことにしたい.
周知のように研究開発エンジニアの目標はその時々の社会情勢,経済状況から出るニーズに大きく影響される.したがって目標の追及のプロセスで育まれたエンジニアとしての夢も職場環境と社会情勢の変化に伴って変遷し現在に至っている.
以下の各節で筆者の職歴を時間軸に50年間の夢を以下の4スッテプに分けて述べてみたい.
(1)流体力学/理論解析の夢(学部と大学付置研究所)
(2)シーズ/ニーズ混在の開発での夢(企業研究所)
(3)海外との技術交流で生まれた夢(韓国企業および研究機関からの受託研究開発)
(4)現在の夢
なお,タイトルで自称メカトロニクス開発エンジニアとしたが,メカトロニクスは流体機器を含むメカ,電気,電子,情報とこれらを結ぶインタフェース技術などの総合技術であり,筆者が初期の段階からメカトロ技術者ということではないことを断っておきたい.ただ,1980年前後からメカトロを指向(嗜好)してきたので,指向の背景,経緯と現況を年代順に夢ということで追ってみることにする.
この時期は神武景気とそれに次ぐ岩戸景気などで経済的に良好であったように思われる.現在のような産学協同といった強い社会要請はそれほど感じられず,シーズ指向の環境で自由な勉強をさせていただいた.そして湯川さんのノーベル賞の余韻があったのだろうか,筆者にも身の程知らずであるが,理論物理/理論工学への夢があった.それは完結した理論体系のもつエレガントさとスマートさへの憧れからきたものだったろうか.
理論解析への夢の第1歩は学部での弾性力学の卒業研修で与えられた平面問題におけるAiryの応力関数に関するものであった.この関数は薄い円盤などの面に平行な外力に対するもので,応用が限定されたものであったが,最近,多用化されている円盤型ピエゾセラミックを用いた圧力センサなどの設計の基礎となると思われる.後述(3)で補足したい.次に研究所での夢に話題をかえる.ここでは,軸流コンプッレサ1)の2次流れが主題で,解き方としてはshear
flowとして理論的に処理する方法と羽根車の翼型の揚力の実験データを考慮に入れた運動量理論によるモデル化が検討された.前者の理論解は筆者の所属研究室のH先生が見事に解かれ,昭和38年に機械学会賞を得られた2).後者の手法は筆者の企業への移籍もあって夢として残された.昔の記録をみると,現象の複雑さもあったと思われるが渦度や循環などの取り扱いなどに苦慮したことが思いだされる.本章の最初にこの時期,社会からの具体的要請はあまり感じられなかったと述べたが,エレクトロニクス関連の世界では要素技術の代表として真空管型のコンピュータの開発およびシステム工学での自動制御理論の研究が企業要請からと想像されるが,盛んに行われていた.筆者もこの時期の第3ステップとして,サーボ理論に関心をもち自動制御の調査検討を開始した.主な参考資料は高橋安人先生と寒川武氏の著書でメカトロへの出発点になった.またこれが契機となり真空管使用のサーボコントローラなども手がけるようになりメカトロ修行と夢の旅が始まった.
この期間は日本が高度成長を果たした時代であり,それを支えた技術社会のトレンドも社会ニーズに伴って変遷した.直接的に経済成長に貢献したのは欧米からの技術導入で,これよって生産性の向上による所得倍増が達成された.しかし90年代の初めにはこの手法の賞味期限も切れ産学協同などによる自主開発の気運が出はじめた.本節ではメカトロ技術の基本となる要素技術とそれを統合するシステム技術での筆者に残されている夢を述べる.なお,要素開発はシーズ型,システム開発はニーズ指向の傾向が強かったので本節のタイトルを採用した.説明の都合で最初に要素の研究開発,ついでロボットなどのシステム開発について述べる.したがって要素とシステムの開発時期は説明が前後することになる.
企業に移籍後のメカトロとの最初の遭遇は油圧サーボの主要素である電気油圧サーボ弁の研究開発で,興味深いテーマであった.しかし,この種の弁は,すでにMoogをはじめとする欧米で開発済みのものであり新規開発の夢は持てない情況であった.日本の各企業は例外はあるがひたすら外国製品のコピーに力を注いだ.ただ幸いなことに,設計理論が完成されていなかったこともあり研究する機会は残されていた.特に,"力"フィードバック型などはフラッパ周り設計理論が完全でなかったためか,内外の研究機関で長期にわたりASME誌上などで議論された.後年,この時期の経験を踏まえて,サーボシステムの仕様を満たすサーボ弁の最適化設計法(逆解析)3)を研究したので機会をみて発表したいと考えている.ハードウエアの開発は電気油圧変換器であるトルクモータや真空管式のサーボコントローラなどの試作実験などが中心であったが新製品に到らなかった.1960年前半トランジスターは機械系の企業ではまだ普及していなかった.
メカトロ技術の第1の柱は要素技術で,筆者が流体要素として追加したいのは液体フルイデイクス素子である.1960年頃から10年間ほどー種のブームとして,信頼性,経済性などが期待され,世界各所で研究された.しかし大山鳴動して鼠一匹で予想ほどの成果は出なかったのも事実である.筆者もブームにのったー人であるが機械学会でアナログ液圧流体素子(噴流制御型)の基本特性を発表4)した.現在も流体機器のマイクロ化などへの応用の夢も捨てがたく,近く圧力偏向型液体素子(写真1)の再開を予定している.
要素開発の最後はセンサ開発で1980年代の初めから検討され始めた.これは提携技術の消化も進み,導入技術のシステム化と高度化が意識されたことによると考えられる.その実施手段として,センサ開発が各研究機関で企画,実施された.筆者もセラミック利用の静電容量型の油圧用の圧力および変位センサの開発にチャレンジし(写真2),その成果を韓・日WORKSHOPで後日発表5)した.センサ技術は本年の科学技術会議案にもあるように技術立国の基礎技術として欠かせない.マイクロ化には静電型は有利なことが予想される.当方にも,周波数変換型(Phase
Locked Loop)センサの開発が夢として残されている.
メカトロ技術の第2の柱であるシステム技術は,1970年前後から油圧式の産業用ロボットの開発の形でスタートした.これもー種のブーム的なもので各企業がわれ遅れじと開発を競った.他人事でなく筆者もその一人であったが,公共研究機関との共同の研究開発6)ではあったが,せめてもの救いは,現在の電気式ロボットに多用されている多関節型(写真3)の先鞭をつけたことであろう.当時は珍しく,油空圧国際見本市などで好評であった.前出の流体素子や静電容量セラミック型センサと後述の組み込みマイコンの統合システムは電気式にない流体利用のマイクロ化ロボットの創出を秘めているかもしれない.なお,ここでのべたシステムは,電油サーボ弁,サーボコントローラ,角度センサおよびワンチップCPU
(intel 8008)などのハードウエアの有機的組織として説明したが,システムのソフト面ではロバスト(robust)なシステムを構築するための現代制御理論による設計法7)の導入が1985年ころから議論され始めた.
メカトロの第3の柱として上述のロボットなどのロバストサーボ設計法や運用ソフトなどのソフト寄りの技術をあげておきたい.1970年代の運用ソフトはほとんどアセンブラー言語で記述され,サーボ系は負荷変動や外乱などは無視できるとして設計された.写真3はそのー例で,ジョイステックからの入力と関節の出力はよく一致した.現実にはサーボ系は負荷変動と外乱を受ける,いわゆるExogenous
Inputs系として扱わねばならないが,歴史のあるDCモータサーボなどでさえこれをクリアしている例をみない.電気モータを原動機とする流体ポンプ系のモータ制御はまさにこの問題に直面しているように思われる.この時期に大学機関との共同研究開発7)で医療用に試作したマイクロポンプ(写真2)のDCモータの負荷制御は,筆者の現在の夢の課題の一つで,後述のように組み込みマイコン制御の開発の一環として進められている.いい換えればロバスト制御やオブザーバのマイコンによる実現(Implementation)ということになろうか.
メカトロシステムの開発には,シミュレーションを統合した設計法の構築が業種を問わず重要になってきた.ちなみに,定年直前に所属した航空機部門での筆者の提案はフレーム剛性,ばね質量負荷および配管系を含む,サーボシステムの数学モデルの作成,シミュレーションによるモデル確認,そして同定に基づく実用モデルによる設計法の構築であった.近年,メカトロシステムの信頼性設計などにはシミュレーションソフトが不可欠になってきたことは前述したが,1980年代はメカトロの名称が漸く定着し始めたころで,使用ソフトは,大企業向けには,MATRIXx,ANSYSおよびCADAMなどの高価なソフトが導入されていたが,中小企業,研究室などでの研究開発援用ソフトにはMatlab,Vissim,Mathcadなどの初期バージョン,解析用言語にはFortranとBasicが主流であったように思われる.この期間でのベンチャー指向の筆者の夢はCAD(製図),SPICE(電子回路),流体設計解析用のプラットホームと実験計測システムを統合した低価格の設計開発システムの構築であった,次々章(4)以降で構築の現状を補足したい.
技術交流での主テーマは下記の流体機器の基本設計のためのソフト開発である.限られた期間での開発であるため残された課題も多いが,それらがつぎの挑戦のターゲット,いい換えれば夢となっている.
テーマ名と目標および概略の経緯を列挙すればつぎのようになる.
(a) パワーショベルの数学モデルの構築/シミュレーションと実験データの対比によるモデルの検証と設計への活用 :Multibody
Body Problem9) としてLagrange
Equationによるモデル作成,ブーム,ボデーなどの実験との対比によるモデル検証を実施し,これにもとづく全体設計法をまとめ提案をした.
(b) Force
Feedback型電油サーボ弁の最適化設計法の開発 :主要パラメータによるモデル構築,メーカのデータを使ったパラメータの同定と上記モデルに基づく最適化設計法の例示.
(c) 空圧バルブ用低電力ソレノイド(0.5,1.0,2.0watt)の最適化設計法の開発10)
:規定寸法と入力パワー最小の拘束条件での吸引力のMinMax問題を実施した.狙いはソレノイドの省エネと起動時の安定作動の確保であるが,サンプル設計の段階で終わっている.実機による確認が残されている.夢の一つか.
(d) ピエゾ素子をパイロットに持つ空圧バルブの開発 :ピエゾバイモルフ素子の解析実験および微小電流駆動ポペット型スイッチングバルブの解析.
(e) 斜板アキシャルピストンポンプの基本設計法の開発 :斜板ポンプの数学モデルの構築/ポンプの全効率の数学モデルの作成とこれを基にした効率を含めた設計法の開発.
(f) フルードパワー関連機器の加速試験法に関する研究 :機器の性能劣化の数学モデルによる加速試験法の構築/サンプル機器として電油サーボバルブ,斜板ピストン,シリンダ,アキュムレータ,コンプレッサの5機種の加速負荷による特性劣化から故障を予測する手法の提示をおこなった.
10年余に渡る海外との技術交流の詳細についてはつぎの機会に譲って,総括的に感想,課題,要素開発そして,これらに関連しての筆者の夢を追加してみたい.総論的に,筆者にとってのメリットは日本を含めた先進国のー級技術を,その交流のプロセスの中で図面またはサンプルで見ることができたことである.業務上であるが,日本国内の優れた製品の図面などの閲覧の機会があり有益であった.韓国ではサンプル品の図面化(コピー)は専門技術として位置づけられている.シミュレーション時のモデル作成には精密な図面に助けらた.水平思考のメカトロ技術とは対照的な韓国でのコピー業務は分業指向の典型といえるかもしれない.上記に関連して,韓国S重工のS博士,K研究院のK博士およびY博士からは多大の情報の提供をうけた.
課題も10年一昔といわれるように,技術の質もコンピュータのハードとソフトの進歩によって大きく変わってきた.社会ニーズもコスト至上主義から安全,信頼性へと移行し,(a)のショベルなどでは,設計段階でアームの局所応力をシミュレートして設計の信頼性を確保するようになってきた.その意味で,(f)に関連して,信頼性の確認のためのより合理的な加速試験法の開発が期待される.ここでは,比較的短時間で収集できる劣化情報からの破壊の予測法の必要性を提言するにとどめる.近年,問題になった自動車の脱輪事故でのブレーキデスクの磨耗からのハブの疲労破壊予測は類似の問題で筆者の関心事の一つである.
メカトロ技術の中核の一つである要素技術は製品設計のためのシミュレーション技術もかなり普及し,マイクロ化や高度化を指向しているように思われる.(c)の開発過程で確認したソレノイドの低効率は,原理的に不可避なせいかあまり話題になっていない.(d)のピエゾ素子応用の省電力駆動はこれに対する対応策とみるべきであろう.ソレノイドに代替する耐久性のある低コスト圧電アクチュエータの開発が期待される.最後に(e)の斜板アキシャルピストンポンプは,歴史もあり多くの研究者の努力で実用化され現在に至っている.しかし具体的に設計計算を実行してみると,いくつか課題が浮上する.そのーつは容積型機器にまつわる,ポンプ各所に散在する摩擦,磨耗,隙間流れの推定である.ポンプ特性を代表する効率は上述の三つの特性値によってほぼ決定されるが,現行では経験値に依存している.より合理性のある設計では,ポンプの作動中に発生する内部の主要な隙間群(ポンプ性能をほぼ支配する)をReynols方程式でシミュレートし,これを設計段階で導入するなどの改善が必要と考える.近年の大規模な流体解析ソフトでは容易かもしれない.PCレベルでの解決が筆者の夢である.
2006年の現在の社会要請は,本年3月に科学技術会議で提案されているように,かなりメカトロの色彩が濃いものである.例示すると,情報技術,センサ技術,インテリジェントロボットなどの開発と実用化である.そして,これらに関連して安全性とマイクロ化技術が要求されている.過去50年間で,筆者に課題として残された,セラミックセンサ,流体素子,ピエゾ素子,ミニポンプなどの要素技術を,組み込みマイコンなどによってシステム化と高度化する事が現在での第一の夢である.センサの実用化でのUSB内臓マイコンの導入もその一例となろう.これ等の夢を実行するには手軽に使える計測装置が不可欠である.現在,MatlabのDAQ
ToolとNI-DAQの組み合わせで進めている.前述のように1970年代での使用マイコンは8ビットではあったが,その応用ではそれなりのレベルを自負していた.しかし昨今の技術のレベルは片手間のフォローでは不可能になった.日進月歩のマイコンを自由に操り,フルードパワーを高度化することは簡単ではない.マイコンの組み込み技術はメカトロシステムの"実現(Implementation)"の重要なファクターで,これによりフィールドでのサーボシステムのリアルタイム・オぺレーションや最適化制御なども実現可能と考えられる.第二の夢は電気モータの制御で,ポンプ系をExogenous負荷とする,マイコン制御システムの開発である.省エネ問題や生体の心臓の制御も絡めて,筆者には興味のある課題である.これら夢の実現がフルードパワーシステムの医療,ロボットなどの分野への開発に役立てばと願っている.
これまでメカトロ・エンジニアとしての夢の変遷を追ってみた.夢の変遷は筆者の価値観の変遷といえるかもしれない.数式モデルの持つ美などというと気障になるが,実験の裏付けのない数式は空虚であり,設計などに活用されなければその価値は認められまい.実験データの裏づけのあるモデルづくりが肝要である.
周知のように,メカトロ技術は機械系の力学,電磁気学,電子回路,計測制御,コンピュータ,ソフト,情報と広い分野にわたり,古典物理のかなりの分野を包含する総合技術である.大企業であればそれぞれの分野を分担できるがベンチャーでは難しい.しかし最近では,組み込みマイコンをもとにSOHO(Small
Office Home Office)でメカトロを実行している中小企業も出てきている.これまでに,筆者のメカトロの夢を支えてくれた社会に少しでもお返し出来ればと願いつつ,内外の研究機関および企業との交流をはかりながら,実験工房(写真4)で夢を追っていきたい.
1) B.ECKERT:Axial Compressoren Und Radial Compressoren,1953,SPRINGER-VERLOG
2) M.Honda :Theory of Shear Flow in a Cascade,Proc.of Royal Society,SerA,265(1961),46
3) 神田:サーボシステムと電気油圧サーボ弁の統合設計法,1997,Mar,油空圧学会編集委員会資料
4) 同上:開放型アナログ流体増幅器の静特性,1966,日本機械学会講演前刷集,NO.158
5) 同上:セラミック容量型センサーと油圧機器への応用,1993, 韓日WORKSHOP(韓国機械研究院)
6) 佐藤,神田 他2名:油圧式多関節マニピュレータ,1970,第13回自動制御連合講演会279
7) 神田:現代制御理論の油圧サーボ設計への応用(ロバスト制御系),カヤバ技報,Oct.1993,NO.7
8) 加藤―郎 他7名:電油式多自由度動力義手の研究開発,1976,日本船舶振興会 補助事業
9) R.A.Wehage andE.J.Haug :Generalized Coordinate Patitioning for Dimension Reduction in
Constrained Dynamic Systems ,ASME,Journal of Mechanical Design,vol.104,Jan.1982,pp.247-255
10) 神田:油圧機器と周辺機器の最適化設計,2001,韓国自動車部品セミナー資料(啓明大学)
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