展 望

 

平成26年度の水圧分野の研究活動の動向*

 

鈴木 健児**

 

* 平成2768日原稿受付

** 神奈川大学,〒221-8686 神奈川県横浜市神奈川区六角橋3-27-1

 

 

1.はじめに

本稿では,平成26年度の水圧分野での研究活動について報告する.平成269月には東京ビッグサイトにおいてフルードパワー国際見本市(IFPEX2014)が開催された.前回,前々回のIFPEXと同様に,日本フルードパワー工業会(JFPA)の水圧部会を中心として「水圧テーマコーナー」が設けられた1)JFPAでは従前より,水圧駆動システム技術をADS (Aqua Drive System)と呼称しており,「水が機械を動かす!」をキャッチコピーとして水圧技術の普及・啓蒙活動に注力している.今回は,前回よりも展示面積を拡大して内容も拡充され,多くの見学者が訪れていた.また,平成2610月には松江市くにびきメッセにおいてJFPS主催の第9回フルードパワー国際シンポジウムが開催され,水圧セッションにおいていくつかの研究発表が行われた.

水圧機器の実用例や研究例を概観すると,今後の水圧の適用範囲は低圧・中圧域に応用が期待される2).この圧力範囲においては,損失低減による機器の効率向上,省エネルギー化,機器の小型化などが特に技術的な課題となる.以下では,省エネルギーや制御,水圧機器の開発について紹介するほか,新たな応用分野として超精密工作機械への適用について述べる.

2.省エネルギー,制御

水圧システムを構成する水圧機器は一般に高価である.また,水は粘性および潤滑性がともに低く,しゅう動部の摩擦や機器の内部漏れが無視できないほど大きいため,エネルギー効率が悪い.そこで,安価なON/OFF弁のみを用いてアクチュエータの運動を制御する水圧スイッチング動力伝達(FST)システムと,その動作サイクルにおいて運動エネルギーをアキュムレータに回生することによってエネルギー効率を向上させる研究が行われている.

Pham3)は,水圧FSTシステムと水圧ポンプ・モータによる動力伝達(PMT)システムとを,角速度応答および省エネルギーの観点から比較した.PMTシステムの方が角速度の定常偏差が小さく応答も滑らかであり,またエネルギー消費量や騒音も小さいことを明らかにした.

またPham4)は,水圧FSTシステムのエネルギー効率を改善するため,エネルギー消費を削減するための3種類の方法を導入し,解析・比較を行った.エネルギー効率を大幅に改善するとともに,制御性能もわずかに改善されることを,実験によって示した.

さらにPham5)は,水圧FSTシステムにおいて動作サイクル中に回生されたエネルギーが,つぎの動作サイクルの角速度応答の向上およびエネルギー性能の改善に対して有効であることを示した.

高い柔軟性と動力密度を有するアクチュエータとして医療・福祉分野を中心に使用されてきたマッキベン型人工筋を水圧で駆動する適用例において,変位制御を行う際にはアクチュエータの強い非線形性が問題となる.小林ら6)は,人工筋のモデルベースト制御の公称モデルとして用いる数学モデルを導出するため,システム同定によって人工筋をモデル化するだけでなく,Bouc-Wenモデルと呼ばれるヒステリシスモデルを組み合わせたモデルを提案し,実験によってその妥当性を示している.

またKobayashi7)は,人工筋に荷重が加わってパラメータが変化した場合でも,適応パラメータ推定アルゴリズムを組み合わせることによって荷重の影響が補償され,制御性能が改善できることを示した.

3.水圧機器

水圧システムの構成要素(ポンプ,バルブ,アクチュエータ)に関する研究も,少数ながら行われている.

Yin8)は,水圧アキシャルピストンポンプのピストン・シリンダ間のすき間およびポートプレートにおけるすき間の大きさがキャビテーションの発生に及ぼす影響を,CFD解析によって調べた.すき間内部におけるCouette-Poiseuille流れにより,ピストン・シリンダ間のすき間および吐出ポートのすき間においてキャビテーションの発生が認められた.すき間内における蒸気体積の割合はすき間の高さと関係があり,すき間が小さいほどすき間内においてキャビテーションが発生しやすいことを示した.

Liu9)は,ソレノイドを用いたパイロット弁を有する水圧リリーフ弁を設計した.静特性および動特性についてAMESimを用いて解析し,弁内部の流れについてFLUENTを用いて解析し,それらの結果に基づいて弁の構造を最適化した.静特性および動特性について実験を行い,良好な静特性,圧力オーバシュート12%未満,応答時間60 msなどの結果が得られた.

鈴木ら10)は,水圧システムの普及のため,低コスト化を目的として新たに設計したロータリー型の弁板を有する水圧サーボ弁について紹介した.従来の水圧サーボ弁および比例弁にはスプール弁が使用されているが,構造が複雑で高精度な部品加工が必要であり,高コストの原因となっている.そこで,平面研削盤で容易に加工できるよう,弁板を平板としたロータリー型の水圧サーボ弁を提案した.

鈴木ら11)は,弁前後の圧力差が変化しても流量を一定に保ち,かつ電磁弁によって任意に流量を制御するための,小流量制御用低水圧比例流量調整弁を開発した.ソレノイドを使用した市販の水圧用比例電磁弁と,その上流に新たに設計した圧力補償弁を組み合わせることにより,0.21 MPaまでの圧力範囲において,圧力差に関わらず0.21 L/minの範囲で流量を調整できることを示した.

鈴木ら12, 13)は,270°の範囲で揺動運動ができる水圧用揺動モータを開発し,その設計および基本性能を報告した.基本構造はシングルベーン型であるが,通常の構造では内部圧力によって軸受に大きなラジアル荷重が作用するため,潤滑性に乏しい水圧用では致命的である.そこで,3組のシングルベーンが同軸上に連結した構造として,内部圧力によるラジアル荷重を相殺し,軸受に偏荷重がかからないようにした.

4.超精密工作機械への応用

近年の水圧システムの新たな応用分野として,超精密工作機械への応用を紹介する.超精密加工においては,加工の際に生じた熱による機械の膨張や変形が大敵であるため,温度を一定に保つ必要がある.切削工具を高速回転させるスピンドルや直進運動させるステージは,空気静圧軸受によって軸を支持し,電動モータによって回転または変位させ,水冷によって温度を制御する.これらをすべて水圧によって行う水圧スピンドルおよび水圧ステージが開発され,性能向上のための一連の研究が行われている.

Nakao14)およびYamada15)は,水圧スピンドルの水静圧スラスト軸受について,目標とする支持剛性を実現するための設計手法を明らかにした.目標支持剛性は1 kN/μmで,1 Nの切削力が加わった際の変位が1 nmとなるスピンドルを想定している.さらにNakao16)は,その設計手法検証のために製作した水静圧スラスト軸受の支持剛性を測定し,検討を行った.また,長坂ら17)は,水静圧スラスト軸受剛性に及ぼす水圧によるスピンドル変形の影響について調べた.対向式静圧スラスト軸受に水圧が作用するとスピンドルのケース自体が変形し,支持剛性が低下する.そこで,使用する水圧を想定して変形量をあらかじめFEMによって計算し,最適なすき間となるよう補償することで,目標の支持剛性が達成できることを示した.

中尾ら18)およびTorii19)は,精密な直線運動を創成するための水圧ステージを開発し,その速度制御系設計について解析を行い,実験によってその効果を示した.

Higuchi20)は,水圧によって回転する水圧スピンドルの回転運動の精度向上を目的として,軸方向の運動精度について調べた.軸方向の振動の原因として,圧力脈動などの影響を定量的に示した.

5.おわりに

本稿では,平成26年度の水圧分野での研究活動について報告した.水圧システムは油空圧や電動とは適用分野が異なり,水圧の特長を活かした低圧・中圧域への応用拡大が期待される.まだまだ技術的課題は山積しているが,技術革新によって新たな用途が開拓できる可能性もある.今後の発展に期待したい.

参考文献

1)         鈴木:IFPEX2014における水圧分野の技術動向,フルードパワーシステム,Vol.46, No.1, p.14-16 (2015)

2)         伊藤:ここまで来た水圧システム,フルードパワーシステム,Vol.45, No.4, p.163-167 (2014)

3)         P.N. Pham, K. Ito, W. Kobayashi and S. Ikeo: Control and Energy Performances of Water Hydraulic FST and PMT Systems, Mechanical Engineering Journal, JSME, Vol.1, No.4 , p.2014FE0033 (2014)

4)         P.N. Pham, K. Ito, S. Ikeo: Energy Efficiency Improvement of Water Hydraulic Fluid Switching Transmission, International Journal of Automation Technology, Vol.8, No.5, p.733-744 (2014)

5)         P.N. Pham, K. Ito and S. Ikeo: The Effect of Recovered Energy in Water Hydraulic FST System, Proc. the 9th JFPS Intl. Symposium on Fluid Power, Matsue, 2A1-2.pdf, p.354-360 (2014)

6)         小林,伊藤:水道水圧駆動マッキベン型人工筋の変位制御(第1報 人工筋のモデル化およびBouc-Wenモデルの適用),日本フルードパワーシステム学会論文集,Vol.45, No.6, p.85/93 (2014)

7)         W. Kobayashi, K. Ito and S. Yamamoto: Displacement Control of Water Hydraulic McKibben Muscle with Load Compensation -Application of Model Predictive Control-, Proc. the 9th JFPS Intl. Symposium on Fluid Power, Matsue, 2C3-5.pdf, p.644-649 (2014)

8)         F. Yin and S. Nie: Simulation on Cavitation Flow for a Water Hydraulic Axial Piston Pump with Interface Gaps, Proc. the 9th JFPS Intl. Symposium on Fluid Power, Matsue, 2C3-4.pdf, p.637-643 (2014)

9)         X. Liu, S. Nie, S. Yin and M. Chen: Optimization Design and Experimental Investigation of the Water Hydraulic Piloted Solenoid Relief Valve, Proc. the 9th JFPS Intl. Symposium on Fluid Power, Matsue, 2C3-2.pdf, p.625-632 (2014)

10)     鈴木,米澤:水圧用ロータリー型サーボ弁の設計,日本機械学会中国四国支部第53期総会・講演会講演論文集CD-ROM,東広島市,講演番号307 (2015)

11)     鈴木,飯塚:小流量制御用低水圧比例流量調整弁の開発,日本機械学会関東支部第21期総会・講演会講演論文集,横浜市, 20616.pdf. (2015)

12)     鈴木,鳥居,中尾:水圧駆動用ベーン型270°揺動モータの開発および性能評価,日本機械学会ロボティクス・メカトロニクス講演会2014講演論文集,富山市, 1A1-F06.pdf (2015)

13)     K. Suzuki, R. Torii and Y. Nakao: Development of Vane-type Water Hydraulic Oscillating Motor of Three-Quarter Turn Type, Proc. the 9th JFPS Intl. Symposium on Fluid Power, Matsue, 2C3-3.pdf, p.633-636 (2014)

14)     Y. Nakao, K. Suzuki, K. Yamada and K. Nagasaka: Feasibility Study on Design of Spindle Supported by High-Stiffness Water Hydrostatic Thrust Bearing, International Journal of Automation Technology, Vol.8, No.4, p.530-538 (2014)

15)     K. Yamada, K. Nagasaka, K. Suzuki and Y. Nakao: Design Study of Spindle Supported by High Stiffness Water Hydrostatic Thrust Bearings, Proc. 15th Intl. Conf. on Precision Engineering, Kanazawa, p47.pdf, p.747-748 (2014)

16)     Y. Nakao, K. Yamada, K. Nagasaka and K. Suzuki: Characteristics of Bearing Stiffness of a Spindle with High Stiffness Water Hydrostatic Thrust Bearing for Ultra-Precision Machine Tool, Proc. 14th Intl. Conf. of the European Society for Precision Engineering & Nanotechnology, Dubrovnik, Vol.1, p.343-346 (2014)

17)     長坂,山田,林,鈴木,中尾:水静圧スピンドルのスラスト軸受剛性に及ぼす水圧によるスピンドル変形の影響,日本機械学会2014年度年次大会講演論文集,東京, S1310103.pdf (2014)

18)     中尾,鈴木,佐野,長島,鳥居:ウォータドライブステージの開発と速度制御,日本機械学会論文集, Vol.80, No.815 , p.2014DSM0214 (2014)

19)     Y. Torii, Y. Nakao and K. Suzuki: Design of Speed Control System of Water Driven Stage (Influence of External Load on Table Speed), Proc. 15th Intl. Conf. on Precision Engineering, Kanazawa, p63.pdf, p.792-795 (2014)

20)     T. Higuchi, K. Suzuki and Y. Nakao: Rotational Motion Accuracy of Water Driven Spindle (1st. report: Axial Motion Accuracy), Proc. 15th Intl. Conf. on Precision Engineering, Kanazawa, (2014), p46.pdf, p.745-746 (2014)

 

すずき  けんじ

鈴木 健児君

19691112日生まれ.

1995年神奈川大学大学院博士前期課程修了.同年光洋精工()を経て,1998年神奈川大学工学部助手,2013年同助教,現在に至る.水圧駆動に関する研究に従事.日本フルードパワーシステム学会,日本機械学会などの会員.博士(工学).

E-mail: suzuki@kanagawa-u.ac.jp

URL: http://www.mech.kanagawa-u.ac.jp/

                                                                            

 

 
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