展 望

 

平成26年度の機能性流体分野の研究活動の動向*

 

柿沼 康弘**

 

* 平成27617日原稿受付

**慶應義塾大学理工学部,〒223-8522 横浜市港北区日吉3-14-1

 

 

1.はじめに

機能性流体とは,主に電場や磁場による場の刺激により,物理的・化学的特性が変化する流体の総称である.機能性流体は,電場に応じて粘弾性が変化する電気粘性流体(ERF),磁場に応じて粘弾性が変化する磁気粘性流体(MRF),シールなどに利用される磁性流体(MF),電気流体力学に基づき能動的流動が生じるEHD流体や電界共役流体(ECF)がある.また,近年は機能性エラストマの研究も活発に行われており,ERFMRFを基にしたERゲル(ERG)やMRゲル(MRG)や,導電性高分子ソフトアクチュエータに関する研究開発も盛んである.さまざまに開発された機能性流体/エラストマは,以下の3つの観点で分類できる.

  機能性流体に与える場:電場もしくは磁場

  アクチュエータとしての振る舞い:受動アクチュエータ(電場や磁場により粘弾性変化が生じる)もしくは能動アクチュエータ(電場や磁場により動作や流動が生じる)

  物質の状態:流体もしくはエラストマ(固体と流体の両方の性質を持つ)

本稿では,電場応答性の流体/エラストマと,磁場応答性の流体/エラストマの二つに大別して,平成26年度の研究動向を紹介することにする.

2.電場応答性の流体/エラストマ

電気粘性流体は電界の印加によって粘弾性が変化する機能性流体である.基礎的研究に目を向けると,特殊な微粒子のER効果に関する研究1)が多くある中,電界がER流体の光学的性質に及ぼす影響2),櫛歯電極におけるER流体の挙動解析3),電極の微細構造による鎖状構造形成に関する研究4)など新たな性質や微視的な視点に注目した研究が目立った.応用デバイスの点から考えると,ER流体はMR流体に比べ粘弾性変化が小さいため,大型のダンパやブレーキなどへの適用は難しい.一方で,電気力が支配的になるマイクロ領域での応用は有効である.たとえば,吉田らは指のように動作するERマイクロアクチュエータを開発し,グリッパへの応用などを提案している5).毛色は異なるが,ER効果を高めたGiant ER流体を用いた非接触圧回転モータに関する研究も目を引いた6)

電界共役流体(ECF)は電場を印加することで能動的に流動が生じる流体であるため,マイクロポンプなどへの応用が期待されている.また,電気浸透流より積極的な流れ場を形成できると考えられるため,マイクロTASにおける作動流体としての利用価値もある.横田,吉田らは,ECFジェットを応用したマイクロポンプの開発や,ECFを応用したDroplet TASのための液滴を混合するデバイス開発7)を開発し,ECFの応用可能性を実験的に示している.

電場により能動的に駆動するエラストマである導電性高分子ソフトアクチュエータに関する基礎研究8)も活発に行われており,今後の応用デバイスへの展開に注目したい.

3.磁場応答性の流体/エラストマ

磁場応答性の流体には,磁性を帯びた流体である磁性流体(MCF)と磁場印加により粘弾性変化する磁気粘性流体(MRF)がある.MR流体に関する研究は,2014年度のSmart Martials and Structuresにも数多く掲載されており,基礎研究から応用研究まで活発に行われていることがわかる.基礎研究では,温度上昇によるせん断粘性率や熱膨張の影響を調べたもの9)や,逆磁気レオロジー流体なる研究10)もあった.応用研究に関しては,ブレーキやダンパを中心に実に幅広い産業分野のデバイスに応用が検討されており,論文数も多い.たとえば,MR流体の状態監視とエネルギハーベスティングまで含めたMRダンパ11)や,洗濯機に適用するMRダンパの減衰力制御性を高める適応ファジイ制御12)MEMS技術を応用した剛性分布を表示する触覚ディスプレイ13),ウェアラブルなMR流体ブレーキの制御方法14)などがあり,要素応用ばかりでなく制御手法に関する研究も増えている.また,中野らは,トルク安定性が向上するナノ粒子分散MR流体の開発15)や,新たなMR流体としてダイラタント流体を応用したMR shear thickening fluidsの研究開発16)を進め,その有効性を明らかにしている.さまざまな特徴を有する流体と機能性流体の融合は,今後の機能性流体研究の一つの潮流になる可能性がある.

MRエラストマに関してはSmart Materials and Structuresにて最近の進展に関する技術レビュー17)が掲載されるなど,海外を中心に研究が盛んに行われている.レビューには,材料とデバイスのモデリングから始まり,振動吸収,防振材,免震,感知デバイス等を含むMRエラストマデバイスについての研究開発が紹介されていた.そのほか,熱ゲル化MR流体18)など新規なMRエラストマ開発も行われている.

4.おわりに

本稿では機能性流体を電場・磁場と受動・能動という観点で分類し,平成26年度に掲載された最新研究を紹介した.特に国外における機能性流体研究に目を向けてまとめたつもりである.平成27年度より日本フルードパワーシステム学会では東北大学の中野政身教授を委員長として「機能性流体テクノロジーの次世代FPSへの展開に関する研究委員会」が新たに発足した.企業メンバも多いことから産学連携を図りながら新たな機能性流体/エラストマ研究に展開するものと期待している.

参考文献

1)         S. Goswami et al.: Electrorheological Properties of Polyaniline-vanadium Oxide Nanostructures Suspended in Silicone Oil, Smart materials and structures, 23, 10, (2014) page 105012, 1-10.

2)         T. Jin et al.: Electric-field-induced Structure and Optical Properties of Electrorheological Fluids with Attapulgite Nanorods, Smart materials and structures, 23, 7, (2014) page 075005.

3)         D. Wang et al.:Electrorheological Response Measured with Pectinated Electrodes, Journal of Applied Physics, 116, 19, (2014) p.194103.

4)         橋本和歌子ほか:微細パターンを持つ電極によるER粒子の鎖状構造制御に関する研究,平成27年春季フルードパワーシステム講演会講演論文集, p. 55-57 (2015)

5)         T. Miyoshi, K. Yoshida.:Proposal of a Multiple ER Microactuator System using an Alternating Pressure Source, Sensors and Actuators A, 222, (2014), pp. 167-175.

6)         W. Qiu et al.:Non-contact Piesoelectric Rotary Motro Modulated by Giant Electrorheological Fluid, Sensors and Actuators A, 217, (2014) pp. 124-128.

7)         小林紀穂ほか:電界共役流体を用いたDroplet TASのための液滴混合デバイスの開発,日本機械学会論文集,80819(2014) page MN0332.

8)         M. Fuchiwaki, J. Matinez, T. Otero.:Polypyrrole Asymmetric Bilayer Artificial Muscle: Driven Reactions, Cooperative Actuation, and Osmotic Effects, Advanced Functional Materials, 25, (2015) pp.1535-1541.

9)         D. Wang et al.:Temperature-dependent Material Properties of the Components of Magnetorheological Fluids, Journal of Material Science, 49, 24, (2014) pp. 8459-8470.

10)     L. Rodrigues, et al.: Inverse Magnetorheological Fluids, Soft Materials, 10, 33, (2015) pp. 6256-6265.

11)     M. Yu, X. Peng, S. Wang, J. Fu.:A New Energy-harvesting Device System for Wireless Sensors, Adaptable to On-site Monitoring of MR Damper Motion, Smart Materials and Structures, 23, 7, (2014) page 077002.

12)     X. Phu, K. Shah, S. :Choi, Design of A New Adaptive Fuzzy Controller and Its Implementation for the Damping Force Control of a Magnetorheological Damper, 23, 6, (2014) page 065012.

13)     H. Ishizuka et al.:Tactile Display for Presenting Stiffness Distribution using Magnetorheological Fluid, Mechanical Engineering Journal, 1, 4, (2014) page FE0034.

14)     三浦一将,桂誠一郎:人間装着型インタフェースのための受動負荷システムのロバスト速度拘束制御,精密工学会誌,Vol.80No.4p. 388-394 (2014)

15)     野間淳一ほか:ナノ粒子分散MR流体のクラスター形成とトルク安定性,平成27年春季フルードパワーシステム講演会講演論文集, p.52-54 (2015)

16)     W. Li et al.: Viscoelastic Properties of MR Shear Thickening Fluids, Journal of Fluid Science and Technology, 9, 2, (2014) page JFST0019.

17)     Y. Li et al.:A State-of-the-art Review on Magnetorheological Elastomer Devices, Smart Materials and Structures, 23, 12, (2014) page 123001.

18)     K. Shahrivar, J:Vicente, Thermogelling Magnetorheological Fluids, Smart Materials and Structures, 23, 2, (2014) page 025012.

 

かきぬま やすひろ

柿沼 康弘君

1977918日生まれ.

2006年慶應義塾大学大学院理工学研究科後期博士課程修了.2005年同大学理工学部システムデザイン工学科助手.2008年同大学同学科専任講師,2011年同大学同学科准教授,現在に至る.機能性エラストマの開発と応用,マイクロ機械加工,知能化工作機械の研究に従事.日本フルードパワーシステム学会,日本機械学会,精密工学会などの会員.博士(工学).

E-mail:kakinuma@sd.keio.ac.jp

URL: http://www.ams.sd.keio.ac.jp/

                                                                            

 

 
著者紹介