解 説

 

学術論文賞受賞について*

 

宮本 寛之**

 

* 平成27618日原稿受付

** 千葉大学フロンティア医工学センター,〒263-8522 千葉県千葉市稲毛区弥生町1-33

 

 

1.はじめに

このたび,栄誉ある平成26年度日本フルードパワーシステム学会学術論文賞を受賞し,学会員の皆様に心より感謝を申し上げる.本稿では,当研究論文「胸腔鏡下手術のための変形式肺ポジショナの開発(吸着力向上とディスポーザル化のための設計製作)」1)について解説する.

近年,呼吸器外科において患者に対し低侵襲である胸腔鏡下手術の症例数が増加している2).従来の開胸手術は患者の肋骨を切断する処置が必要で痛みの大きい術式であるが,胸腔鏡下手術では,患者の創が胸壁の小さな切開で済む.胸腔鏡下手術における肺がんに対する肺葉切除術では,まず片肺を脱気し胸腔内に空間を確保する.続いて胸壁に取り付けるポートより細長い内視鏡や術具を挿入し手術を行う.手術においては,適切な視野展開のための肺葉の挙上が必要である.しかしながら,通常の鉗子を用いる場合,鉗子先端部が小型であるため対象を挟んで操作する際に組織を傷つけてしまう恐れがある.

上記の課題に対し,対象を愛護的に挙上するための,吸盤により対象に吸着する胸腔内変形式肺ポジショナを開発した3), 4)(以下,一次試作機と呼ぶ).心臓外科においては,心臓に吸着し操作するための吸盤機器が市販されている.上腹部外科においては,Philip5)により腹腔鏡下手術用の肝臓を挙上するための吸盤機器が開発されている.この機器はチューブが接続された環状の吸盤であり,吸盤を腹腔内部に挿入後,肝臓上面と腹壁内面とで挟んだ状態で吸着を行う.これにより胆嚢等の露出が可能であるが,対象が吸着固定されているため,対象物の位置,姿勢を操作して術野を展開する手技には対応していない.本論文の変形式ポジショナの吸着部は変形可能な機構であり,直線形状で細径ポートに挿入後,ケーブルの操作により三角形状の面を構成する.これにより,対象物を広域な面で捉え,操作することが可能である.肺ポジショナの要求仕様を以下に示す.1) 12 mm径のポートより挿入可能である.2) 人間の片肺の平均質量6)より重い500 gは吸着挙上可能である.3) 対象への吸着の際,血液等が流路内部に流入する可能性がある.流路部は構造上滅菌が難しいため,臨床での運用を鑑み1回の使用で使い捨てるディスポーザブルとする.

一次試作機は,上記の要求仕様1)を満たす細径な形状であったが,2章で後述するように十分な吸着力を達成できていなかった.本論文では,2)および3)の事項を満たすため,一次試作機の吸着部の設計を大幅に変更した.柔軟で曲面を有する対象に安定して吸着するため,小型の吸盤を多数配置する方式とした.また,吸盤面が対象物に受動的になじむベローズ型の吸盤を採用した.さらに,新規に開発したバルブを各吸盤に導入することで,一つの負圧流路で多数の吸盤を作動可能な方式とした.吸着部の構成部品は,型を用いたシリコーンゴム成形や樹脂部品で製作することとし,ディスポーザブルとした.以下,2章にて変形式肺ポジショナの設計について述べる.3章にて製作したポジショナの試作機とその性能の検証結果について述べる.4章にて本稿のまとめと今後の課題について述べる.

2.変形式肺ポジショナ

変形式ポジショナの模式図を図1に示す.吸着部は各リンクがヒンジ関節で接続された3リンクの構成である.図1左に示すように,リンクが直線の状態で12 mm径のポートより胸腔内へ挿入する.挿入後,先端部に取り付けてあるケーブルを引くことにより,ヒンジ関節を屈曲させ,同図右に示す三角形状の面を構成する.同図に示す手首関節を曲げることで,三角形状の面を対象物に接触させる.パイプ部の内部にケーブル,手首関節を駆動するためのロッド,吸盤への流路であるチューブが通っている.

本ポジショナの吸着部の断面の模式図を図2(a)に示す.一次試作機では,各リンクに大型の吸盤が配置されており,計3個の吸盤を有する吸着部であった.しかし,この方式では柔軟な対象物と吸盤との間に隙間が生じやすく,吸着力を発揮できなかった.これに対し,本ポジショナでは,吸盤を小型とし,各リンク内に3個の吸盤を配置し,計9個の吸盤を有する吸着部とした.また,吸盤面と対象物の密着性を向上させるため,吸盤形状をベローズ形状とし,吸盤にコンプライアンスを付与することとした.

2 (a)の破線で示す吸着部断面の拡大図を同図(b)に示す.一次試作機では計3個の各吸盤に負圧源から直接流路を接続した計3本の流路を要する機構であった.しかしながら,各吸盤に直接流路を接続する方式では,3個より多くの吸盤に対応することは機器を細径に収める点で困難である.本ポジショナでは同図(b)に示すように,各吸盤にバルブを導入することで,負圧源に接続された1本のみの流路で吸盤を作動することが可能である.

バルブの動作について図 3を用いて説明する.同図(a)の状態で,上部に負圧を印加すると,弁体が引き込まれ同図(b)に示す状態となる.このとき,弁体中央部にある穴より空気が漏れるが,小径であるため流路の負圧の低下は小さい.この状態で対象物と吸盤が密着した瞬間が同図(c)である.続いて,バルブと対象物の間の空間が,弁体の穴より徐々に減圧される.バルブの上部と下部の圧力が釣り合うと,弁体を支持しているはりのばね性により同図(d)のようになり,吸着のための流路が確保される.

2(b)に示す,吸盤,バルブや流路の各部品は,12 mm径に収まるように設計し,シリコーンゴムで成形することとした.また,リンク部品の素材に生体適合性,耐ヒンジ性を有するポリプロピレンを選定し,対象挙上時の負荷に耐えうる設計とした.吸着部は,ポリプロピレン製部品,およびシリコーンゴムの成形部品で構成されており,ディスポーザブルな構造である.

3.実験

製作した変形式ポジショナの試作機を図 4に示す.同図(a)は吸着部の吸着面側の様子であり,同図(b)は試作機の概観である.同図(a)に示すように,吸着部の流路はヒンジ関節部においてベローズで構成しており,屈曲時および負圧印可時に閉塞しない構造である.術者は同図(b)に示す把持部を把持し,対象物の挙上の操作を行う.同図の試作機を用いて以下に述べる検証を行った.

本ポジショナの吸着部の変形検証の様子を図 3に示す.胸壁のモデルとしてアクリル製の半球を用いており,12 mm径のポートを設置している.本ポジショナはポート挿入後,ケーブルを引っ張ることで三角形状に変形可能であった.ポジショナの挿入から三角形状の変形までの時間は3回の試行で12 s10 s14 sであった.

吸着力の検証の様子を図 5に示す.設定した負圧値については,市販されている心臓外科用の吸着ポジショナを参考とし-40 kPaとした.豚の脱気した肺は入手できなかったため,代替として市販の食用豚肝臓を吸着対象として用いた.検証では,本ポジショナを用いて豚肝臓とおもりの合計質量510 gを挙上した.目標である500 gの挙上は達成した.

試作したバルブの性能について検証を行った.バルブの動作時,弁体の穴や,弁体と弁座の密着部の予期せぬ隙間より空気が漏れて,流路内の圧力(負圧の絶対値)が減少する.図 4(a)に示す試作機の各バルブについて,図 3(b)に示す状態における1個あたりの圧力減少値を測定した.負圧源に真空エジェクタ(諸元:ノズル径1.3 mm,最高真空圧力-48 kPa,最大吸込流量70 l /min(ANR))を用いた.バルブに1から9番まで近位側から番号をつける.一つあたりのバルブの-40 kPaからの圧力の減少値を表 1に示す.同表に示すように,12489番のバルブでは圧力減少は比較的抑えられている.しかし,6番では15 %の圧力減少がみられるほか,バルブの性能にばらつきがある.これはバルブを構成する弁体と弁座の2部品を手作業で接着しているため,取り付け誤差が生じ,図 3(b)に示す密着部の接触が確保できていないためと考えられる.続いて,比較的性能のよい12489番のバルブに着目し,吸盤が対象物と密着した状態から外れた時のバルブの挙動について検証した.上記の5個の吸盤を対象物と密着した状態から外しても弁体と弁座密着が確保され負圧値-37 kPaを維持することが可能であった.すなわち,吸着部の操作により吸盤と対象物との密着が確保できた後は,上記の吸盤5個が外れたとしても,残りの吸盤は吸着力を維持可能であった.

4.おわりに

 本論文では,12 mm径のポートを通過可能であり,500 gを挙上可能な吸着力を有するディスポーザブルな変形式肺ポジショナを開発した.要求仕様を満たすため,生体適合性,柔軟性を有するシリコーンゴムやポリプロピレンを部材に選定し,要素技術を新規に開発した.開発した吸着のための流路の方式は4リンク以上でより多数の吸盤にも対応可能であり,応用性があると考えられる.

 今後の課題として,バルブ,吸盤についての性能向上が挙げられる.また,本ポジショナは正三角形の形状であったが,臨床での使用に際し,適切な視野展開のための最適な形状への改良も改善点として挙げられる.また,生体組織に対する吸盤による吸着の影響の検証が必要と考えられる.

参考文献

1)         宮本寛之,高山俊男,小俣透,大泉弘幸:胸腔鏡下手術のための変形式肺ポジショナの開発(吸着力向上とディスポーザル化のための設計製作),日本フルードパワーシステム学会論文集,Vol. 45, No. 4, p. 51-57 (2014)

2)         Committee for Scientific Affairs, The Japanese Association for Thoracic Surgery et al. : Thoracic and Cardiovascular Surgery in Japan during 2012, General Thoracic and Cardiovascular Surgery, Vol. 62, Issue 12, p. 734-764 (2014)

3)         Osaki M, Omata T, Takayama T and Ohizumi H: Transformable Lung Positioner for Thoracoscopic Surgery, IEEE/SICE International Symposium on System Integration, p. 138-143 (2011).

4)         宮本寛之,高山俊男,小俣透,大泉弘幸:胸腔鏡下手術に用いる吸引式肺ポジショナの柔軟シリコーンゴムを用いた開発,平成25年春季フルードパワーシステム講演会講演論文集,p. 4-7 (2013).

5)         Philip Gan: A Novel Liver Retractor for Reduced or Single-port Laparoscopic Surgery, Surgical Endoscopy, Vol. 28, Issue 1, p. 331-335 (2014)

6)         Molina, D. Kimberley, DiMaio Vincent J.M. : Normal Organ Weights in Men: Part II—The Brain, Lungs, Liver, Spleen, and Kidneys, The American Journal of Forensic Medicine and Pathology, Vol. 33, No. 4, p. 368-372 (2012)

みやもと ひろゆき

宮本 寛之君

19841221日生まれ.

2008年東京工業大学工学部卒業.

2014年東京工業大学大学院総合理工学研究科博士後期課程修了.

同年千葉大学フロンティア医工学センター特任助教,現在に至る.流体を用いた手術機器の研究開発に従事.日本フルードパワーシステム学会,日本ロボット学会,日本コンピュータ外科学会の会員.博士(工学).

E-mail:miyamoto@chiba-u.jp

                                                                            

 

 
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