解 説
技術開発賞受賞について*
江川 祐弘**
* 平成27年6月19日原稿受付
** KYB株式会社,〒252-0328 神奈川県相模原市南区麻溝台1-12-1
このたび,電動油圧省エネシステム(EHESS)に対して,光栄にも技術開発賞が授与され,学会において高いご評価をいただいていることに感謝を申し上げる.本システムの原理研究の成果については,平成22年春季フルードパワーシステム講演会で講演させていただいていたが1),その後は,製品化に向けて各機器仕様を適正化して新規にコンポーネントの開発を行ない,システム性能の向上を図ってきた.
本稿では,本システムの主要な機器と油圧回生制御技術の一例,およびシステムを搭載した実証機の実車試験結果について解説する.
システム概要を図1に示す.従来のパワーショベルシステムに油圧のアシストポンプ,回生モータ,バルブ,電動機,バッテリ,コントローラなどで構成されたアシスト回生システムを追加することでハイブリッドシステムを構築している.本システムは,旋回やブーム下げ時に発生する油圧動力を,回生バルブを介して油圧回生モータに導き,同軸接続されたアシストポンプを駆動する構成としている.アシストポンプの吐出油はメインポンプ吐出回路に合流され,再びアクチュエータへと送られる.アシストが不要な場合は,余剰な回生エネルギーは同軸接続された電動機によって電気エネルギーに変換されてバッテリに蓄電される.蓄電した電力はアシストポンプを駆動する動力として再利用することが可能である.本構成を既存の油圧パワーショベルシステムに追加し,エンジン回転数を低くして出力を下げ,必要に応じて不足する動力をアシストポンプで補うことにより,オリジナルの油圧パワーショベルの操作性を維持すると共に,燃料消費を少なくすることが可能となる.また電気系統が故障しても,従来の油圧ショベルとしての作業を継続することができるハイブリッドショベル構成となる.
図2は本システムを搭載した実証機(20トン)と主な搭載機器である.キャビン後方の車体中央位置にバッテリシステムを搭載している.電動油圧ポンプモータとブーム回生バルブはキャビンとは反対側の燃料タンク前方に搭載し,コントローラはキャビン内に搭載している.また図示されてはいないが,旋回回生バルブとアシストバルブは,車体の旋回モータ周辺のスペースに搭載している.
電動油圧ポンプモータのアシストポンプと回生モータは,同一軸で構成された2連一体型のタンデムポンプモータである.電動機とポンプモータは減速機を介して接続されている.またアシストポンプ,回生モータ共に傾転角は最大傾角までの制御が可能であり,電子制御による電磁比例減圧弁の2次圧制御によって,無段階の流量制御が可能な仕様となっている.
ブーム回生バルブは,図3に示すようにブームシリンダ,油圧回生モータ,コントロールバルブに接続されている.制御を容易にするために,スプール弁は1本のみの構成としている.主な機能は,ブームシリンダボトム側からの戻り流量を回生モータ側へ分流させる機能(回生機能)とコントロールバルブ側に分流させる機能(ブリード機能)をもつ.また,ブームボトム戻り流量をロッド側へ再生することにより,ロッド側キャビテーションを防止すると共にシリンダ速度を増速させる再生機能や,シリンダ保持のためのアンチドリフト機能,過大な外力が作用した際の安全弁としてのリリーフ機能も設定されている.
回生率を向上させるためのブリード可変制御について説明する.回生率とは,操作時に発生する回生可能な油圧エネルギーと実際に回生モータで回収された油圧エネルギーの比率として定義する.具体的には,回生率=(油圧回生モータ入力エネルギー)/(回生可能油圧エネルギー)として表され,回生可能油圧エネルギーは,ブーム下げ時のシリンダボトムからの戻り油による油圧エネルギーと旋回減速時の旋回モータからの戻り油による油圧エネルギーとの和として定義する.20トンクラスの油圧ショベルにおいて,代表的な作業である掘削90度旋回操作1サイクルの作業において,ブーム下げ動作時に発生する回生可能な油圧エネルギーは,旋回減速操作時に発生する油圧エネルギーのおよそ3倍以上であるため,このエネルギーを効率よく回生することができるかがシステム性能(省エネ性)を向上させる鍵となる.
掘削90度旋回操作中のプロのオペレータのブーム操作レバーのパイロット圧力に注目してブームの動きを調べた結果,ブーム下げ操作が行われているときは,図4に示すように操作レバー中間域を多用していることが判明した.このためレバー中間域の操作時に,回生エネルギーを多く得られるようにブーム回生バルブのスプール弁を制御するアルゴリズムの開発を新たに行なうこととした.図5に原理研究時のスプール開口面積特性,図6に新制御アルゴリズムによるスプール開口面積特性を示す.原理研究ではブリード開口を固定値としたスプールを使用し,ブーム下げのパイロット圧力に比例して回生側開口が増加するようにスプールを制御していた.新制御アルゴリズムでは,ブリード開口をストロークに応じて絞るように変更し,ブーム下げパイロット圧力とは独立した制御とすることで,パイロット圧力に対してレバー中間域ではブリード量を減らして回生量を多くするようにした.また回生側開口面積を大きくできるので,回生側回路の圧力損失は低減してエネルギーロスが少なくなる.さらにフルレバー操作域では,ブリード量を増やして回生量を減らすことで,電動機への過大入力を防止して安全性を高めた.また本ブーム回生バルブは,電子制御型であるため,制御ソフトの変更によりスプール開口面積特性を変更することができる.そのためスプール変更をすることなく,母機特性に合わせてソフトのみを変更することで操作性を変更することが可能となった.
本システムを搭載した実証機の試験結果について説明する.ブーム下げ単独操作の回生特性結果を図7に,掘削90度旋回操作の回生特性結果を図8に示す.回生エネルギーは原理研究結果に比べて増加し,表1に示すように,回生率はブーム下げ単独操作で2.6倍に,掘削90度旋回操作では3.3倍に増加した.なお図8において,戻り区間において回生モータ入力動力が発生しているが,これは旋回加速時に回生した油圧動力である.旋回操作の回生可能油圧動力は減速時の慣性動力として定義したため,旋回加速時はゼロとなる.
表2はプロのオペレータが掘削90度旋回操作を行なった場合の掘削燃費試験の結果である.油圧モードとは,本システムの動作を停止し,オリジナルの既存油圧システムのみで操作するモードである.実証機はスイッチ1つでハイブリッドモードから油圧モードへの切換えが可能となっており,高精度な燃費性能の比較が可能である.またハイブリッドパワーモードとは,油圧モードと同等のアクチュエータ速度に設定したモードで、エコモードは軽負荷時にはアシスト動力をやや少なくしてバッテリの消費を抑え,掘削時はパワーモードと同等な掘削力が得られるように設定したモードである.掘削サイクルタイムは各モードにおいて同等であり,プロのオペレータの感応評価結果は,操作性に関しては油圧モードと比較してハイブリッドパワーモード,エコモード共に問題はなく,特にエコモードにおいてはパワーモードよりも力があるように感じた,と評価された.本システムは掘削操作で消費したバッテリエネルギーを,非操作の時に充電できる機能をもっており,燃料消費量の比較は,消費したバッテリエネルギーを基のエネルギーレベルまで回復するのに要した燃料消費量も含めたトータルの燃料消費量で比較した.その結果,ハイブリッドパワーモードでは油圧モードと比較して14%,ハイブリッドエコモードで16%の燃費低減効果を確認した.
電動油圧省エネシステム(EHESS)専用のコンポーネントを新規に開発して,20トン油圧ショベル(実証機)に搭載し,回生率を向上させる制御技術の開発を行ない,操作性を犠牲にすることなく燃費を低減できることを実証した.
1) 江川祐弘,川崎治彦:ハイブリッド建機用電動油圧省エネシステム(EHESS)の研究,平成22年春季フルードパワーシステム講演会講演論文集,p.43-45(2010)
2) 米原康裕,江川祐弘,川崎治彦:建設機械用電動油圧省エネシステム,油空圧技術,Vol.50,No.11,p.16-20(2011)
3) 米原康裕,福田俊介:ハイブリッドショベル向けアシスト回生システムの製品化開発,KYB技報,第44号,p.8-13(2012-14)
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