解 説

 

SMC田賞受賞について*

 

坂間 清子**

 

* 平成27618日原稿受付

** 法政大学 マイクロ・ナノテクノロジー研究センター,〒184-0003 東京都小金井市緑町3-11-15

 

 

1.はじめに

この度,日本フルードパワーシステム学会論文集Vol.45No.5に掲載された「気泡除去装置の設計と評価に関する研究(第2報 スパイラル係数を用いた放気口径と流出口径の選定)」で名誉あるSMC田賞を受賞することができ,誠に光栄である.本論文の共著者である法政大学教授の田中豊先生,株式会社オーパスシステムの鈴木隆司氏をはじめ,本研究を遂行するにあたりご協力いただいた関係の皆様に心より感謝申し上げる.本稿では,本研究の経緯と上記論文の概要を説明する.

2.「気泡除去装置」の研究

気泡除去装置は,旋回流を利用して作動油中に混入した気泡を取り除く装置であり,油中気泡に起因して生じる油圧動力伝達システムの諸問題を解決することを目的として受賞論文の著者の一人である鈴木隆司氏により開発された装置である.図1に装置の構造と原理を示す.気泡除去装置は,気泡の混入した作動油を管路の接線方向から流入させることで旋回流を起こし,比重の異なる油と空気を分離する.装置の中心軸上に集合した気泡は,流出口側に背圧をかけることで放気口から除去され,流出口からは気泡の取り除かれた作動油が流出する.鈴木氏は,前職での油圧作動油中の気泡が原因で生じたトラブルの経験から,気泡除去装置を用いた油中気泡の除去技術を考案し,20年以上の長きにわたって気泡除去装置の研究に取り組まれている.鈴木氏が気泡除去装置を開発して間もなく,鈴木氏と,受賞論文の共著者である法政大学教授の田中豊先生の研究室との共同研究が始まり,今日まで継続して研究が進められてきた.これまでの研究で,気泡除去装置は効率よく油中気泡を除去すること,また,気泡除去装置を用いた油中気泡の除去は,キャビテーションの発生や機器の動特性の低下,作動油の酸化劣化の抑制に有効であることが明らかにされている1)-4).さらに,先行研究では,気泡除去装置の設計指針を確立するために,数値解析により装置の形状パラメータや装置に流入する流体の条件の違いが装置の性能におよぼす影響を確認している5).しかし,装置の最適形状は明らかになっておらず,筆者は気泡除去装置の設計指針の確立を目的として本研究に従事してきた.その中で,筆者は装置の性能を評価する「スパイラル係数」という指標を考案し,この指標が装置内部の気泡の挙動の評価に有用であることを明らかにした.受賞論文ではこの指標を用いた装置の形状パラメータの選定法について検討している.

3.放気口径と流出口径の違いが気泡の挙動におよぼす影響

気泡除去装置の流出口径D2と放気口径D3は,装置の気泡分離除去性能に大きく影響をおよぼす.図2は流出口径D2と放気口径D3を種々変更して実施した可視化実験の結果である.流出口径D2が小さい,あるいは放気口径D3が大きい条件で,気泡は装置の中心軸上に集合しやすくなることがわかる.放気口からタンクに戻る気泡は,径が大きいほどタンク内での浮上速度が上昇し,消泡性が向上する.したがって,気泡の集合,合体しやすい条件は,気泡除去性能の高い条件であると評価できる.しかし,流出口径D2が小さく,放気口径D3が大きいNo.89の条件では,集合した気泡は流出口方向に流出し,気泡の除去率を表す図中のEBの値が小さく,気泡除去性能は低下することがわかる.

以上のことから,流出口径D2と放気口径D3には最適な関係があり,流出口径D2と放気口径D3を最適化するには,それぞれのパラメータを個々に最適化するのではなく,双方の関係を考慮する必要がある.なお,この二つの形状パラメータは,流出口と放気口内の旋回方向と軸方向の流速に大きく影響をおよぼすパラメータである.そこで,著者らは旋回方向と軸方向の流速の比で表されるスパイラル係数という指標を導入し,この指標を用いて流出口径D2と放気口径D3を選定する方法を検討した.スパイラル係数Sは,以下の式(1)で定義される.

              (1)

ここで,Uzは装置の中心軸方向の流速,Usは装置の旋回方向の流速を表している.まず,流出口径と放気口径が変化したときに旋回方向と中心軸方向の流速がどのように変化するのかをスパイラル係数の分布で比較してみる.図3に数値解析の結果から算出した装置断面のスパイラル係数Sの分布を示す.白く塗りつぶされている範囲(S ≥ 1)と黒く塗りつぶされている範囲(S ≤ -1)は,それぞれ流出口に向かう流速と放気口に向かう流速が旋回流速に対して速いことを表している.また,そのほかの範囲(-1 < S < 1)は,旋回方向の流速が軸方向流速に対して速いことを表しており,S = 0に近づくほど,相対的に中心軸方向の流速が遅くなり,旋回方向の流速が速くなる.流出口径D2が同一の条件でスパイラル係数の分布を比較すると,放気口径D3が大きくなるほど放気口内の軸方向流速に対する旋回流速が速くなることがわかる.放気口径D3が同一の条件で比較すると,流出口径D2が小さくなることで放気口内の軸方向流速に対する旋回流速が速くなり,流出口内の軸方向流速に対する旋回流速が遅くなることがわかる.以上のことから,装置の流出口径と放気口径は,装置内部の旋回流れと軸方向流れの挙動に大きく影響をおよぼすことがわかる.

4.スパイラル係数を用いた放気口径と流出口径の選定

著者らは,装置断面のスパイラル係数の分布を比較するだけでなく,スパイラル係数を用いて各条件に一意の値を定め,流出口径D2と放気口径D3を選定する方法を検討した.流出口と放気口内の旋回方向と中心軸方向の流れの影響を考慮して流出口径D2と放気口径D3を選定するために,装置内部の油を剛体と仮定して放気口と流出口の管路内のスパイラル係数を計算している.スパイラル係数は式(1)で定義され,このときの放気口内のスパイラル係数Svと流出口内のスパイラル係数Soは,それぞれ以下の式(2)と式(3)で表される.

           (2)

          (3)

ここで,UzvUzoは放気口と流出口の軸方向平均流速,UsvUsoは装置内部の油を剛体と仮定したときの放気口と流出口内壁面上の周速度であり,装置の形状パラメータと各ポートから流出する流体の体積流量QvQoで決まる.

放気口と流出口内のスパイラル係数の式は,放気口と流出口のそれぞれの管路内の旋回方向と軸方向の相対的な流れの速さを簡易的に表したものである.受賞論文では,流出口と放気口の流れの挙動を合わせて評価するために,放気口と流出口のスパイラル係数の比をとって各条件での性能を比較している.スパイラル係数の比Sv / So は,(2)(3)式より,以下の式(4)で表される.

                   (4)

論文では,図2で示した9つそれぞれの条件と別途実施した可視化実験の条件で式(4)のスパイラル係数の比を算出し,スパイラル係数の比に対する気泡除去率の関係をまとめた.図4にその結果を示す.は図2で示したNo.19の結果,はそのほかの条件で実施した実験結果である.Sv / So < 0.59の条件ではEBが大幅に低下すること,Sv / So > 2.66の条件では流入管路部とテーパ管路部内で気泡が合体しづらいことが確認された.以上のことから,流入管路部とテーパ管路部内で気泡を合体させ,気泡を放気口から効率よく除去させる条件は0.59 < Sv / So < 2.66の範囲に存在することが明らかになった.すなわち,スパイラル係数の比がこの範囲の値を示すように流出口径D2と放気口径D3を選定することで,高い気泡分離除去性能が得られる.

5.おわりに

本稿では,作動油中の気泡を分離除去する気泡除去装置について紹介し,受賞論文の概要を述べた.受賞論文では,気泡除去装置の流出口径と放気口径の違いが装置の性能におよぼす影響を確認し,これらのパラメータの選定法を示したが,装置を設計する上で考慮すべきパラメータはこのほかにも数多くある.これまでの研究でさまざまな条件で可視化実験や数値解析を実施し,装置に関わるパラメータが装置の性能におよぼす影響を確認してきたが,検討が不十分な点も多く残っている.今後は,流体の条件や装置の形状パラメータの違いが装置の性能におよぼす影響をより詳細に明らかにし,従来の技術では気泡の除去が困難であった使用環境下でも効率よく気泡を除去することが可能な装置の設計指針を確立していきたい.

参考文献

1)         Y. Tanaka, R. Suzuki, K. Arai, K. Iwamoto, and K. Kawazura: Visualization of Flow Fields in a Bubble Eliminator, J. Visualization, Vol.4, No.1, p.81-90 (2001)

2)         H. Goto, S. Sakama, R. Suzuki, and Y. Tanaka: Reduction of Cavitation Damage by Elimination of Bubbles in Oil Reservoir, Proc. The 12th International Symposium on Fluid Control, Measurement and Visualization, OS1-02-4, (2013)

3)         Y. Tanaka, S. Sakama, and H. Goto: Experimental Investigation of Effective Bulk Modulus of Oil with Entrained Air Bubbles, Proc. The 12th International Conference on Motion and Vibration, 2D22, (2014)

4)         Y. Tanaka, S. Sakama, and R. Suzuki: Bubble Elimination from Working Oil for Environmentally Friendly Hydraulic System Design, International Journal of Automation Technology, Vol.6, No.4, p.488-493 (2012)

5)         R. Suzuki, Y. Tanaka, and H. Goto: Bubble Elimination from Hydraulic Fluids for Reduction of Environmental Burdens, Proc. of the twelfth Scandinavian International Conference on Fluid Power, Vol.2, p.341-353 (2011)

 

著者紹介

さかま  さやこ

坂間 清子君

2011年法政大学デザイン工学部卒業,2015年同大学院デザイン工学研究科博士後期課程修了.現在法政大学マイクロ・ナノテクノロジー研究センターのポスト・ドクター.油圧機器の高性能化に関する研究に従事.日本フルードパワーシステム学会,日本機械学会の会員.工学博士.

E-mail:sayako.sakama.83@hosei.ac.jp