平成27年度の水圧分野研究活動の動向*

 

塚越 秀行**

 

* 平成28726日稿受付

** 東京工業大学 工学院システム制御系,〒152-8552 東京都目黒区大岡山2121

 

 

1.はじめに

20世紀後半から21世紀冒頭にかけて出現した新たな水圧駆動技術は,高齢者の福祉介護・半導体基板加工・食肉加工など,空気圧や油圧を適用しづらい領域で注目されつつある.水圧分野の動向を調査した先般の本特集号における記事では,このような水圧特有の領域への導入を目指した水圧駆動用の弁・モータ・シリンダに関する要素技術や,これらを融合した水圧システムの制御技術に関する研究事例が主に紹介されてきた1-3).もちろん,これらの技術を進化させた開発事例は現在でも報告され続けている.一方,従来の構成とは異なる水圧アクチュエータや,水圧の新しい応用領域など,新たな視点から水圧技術をとらえる興味深い研究も昨今報告され始めている.そこで本報では,水圧の可能性を広げるアクチュエータ,水圧の新たな適用分野,水圧をさらに発展させた液圧駆動系,これら3つの観点から27年度に注目を浴びた水圧関連技術の研究動向を調査し,当該分野の今後の方向性を探ることにする.

2.水圧の可能性を広げるアクチュエータの新展開

水圧の可能性を広げるアクチュエータという視点から,平成27年度に報告された水圧アクチュエータに関する研究事例を紹介する.

中里ら4は,手指の麻痺改善を目的としたベローズ形水圧式リハビリ機器を開発した.開発したリハビリ機器は,ベローズを複数連結して構成されており,内部を水圧で加圧すると湾曲する仕組みとなっている.手の甲に装着して指の開閉運動を支援することを目指した.水圧式は,非圧縮性流体による駆動のため空気圧式に比べてエネルギーロスが少なく,そのうえ環境汚染が油圧式に比べて少ない.さらに,モータよりも柔軟な動作が可能と考え,水圧式を採用している.また,当該リハビリ機器の使用対象者を脳卒中の急性期患者とし,介護者なしでもリハビリ訓練が行えるCPMの実現を目標としている.なお,駆動に使用した圧力帯域や生成できたトルクなどに関する情報は明らかにされていない.

大道ら5)は,3 クランク式の水圧モータを開発した.開発したモータは,3 本のシリンダをクランク構造に配置したもので,位相を120°ずつずらして駆動される.また,各シリンダに対応した切換弁が,シリンダの動きに同期して駆動力を発生するように,切換動作が自動的に生じる.水圧モータは,圧力14MPaのもとで出力トルク24kNmが生成でき, 1 シリンダに比べて脈動が大幅に抑えられることを確認している.

塚越ら6)は,水道圧程度の水圧エネルギーで偏平チューブに生じる自励振動が,移動体の推進動作に有効であることを示した.偏平面に対して垂直方向に曲げた偏平チューブを根元で固定し,内部を流体圧で加圧すると,自励振動が生じる.Flat Ring Tube (FRT)と称するこの柔軟デバイスは,偏平チューブの座屈部が流路を遮断しながら移動するため周期的な振動となる.内径2.5mmの円筒形チューブを潰して製作された長さ30mmの偏平チューブに,圧力0.2MPa, 流量200ml/minの水圧を加圧したとき,11Hzの振動が生じた.そして,FRTによる振動は往復時に異なる軌道をたどるため,接触面に対して異方性のある推進動作に変換できる.この特性を利用して,柔軟ホースの外周にFRTを装備した配管内推進ロボットや,粘着ゲルで密閉性を保ちながら真空圧で吸着しながらコンクリート壁面をFRTで蹴って進む壁面移動体など,柔軟構造で推力を生成する移動体への応用事例が報告されている.

 

3.水圧の新たな適用分野の開拓

梶本ら7)は,シャワーヘッドから出る水流と音楽とを融合することにより,触覚刺激を提示する装置を開発した.開発された装置は,シャワーヘッドから出る水流を制御して水流の強弱を生み出し,身体の広範囲に振動触覚刺激を誘発させて,その触覚刺激を音楽と同期させるものである.シャワーヘッドから出る水流のOPEN/CLOSE の制御は,モータによる円運動をカム機構により幅8mm の往復運動が実現されている.この制御により,身体への水流の接触・非接触を生み出し周期的な触覚刺激が提示できる.提案手法の有効性を検証する評価実験として,脚にシャワーによる刺激を与え,刺激のタイミングを音楽と同期させた場合と遅れなどで同期させない場合とで比較した結果,前者の方が被験者にとって気持ちのよい刺激を提供できたことを確認した.また,水流の適切な制御により,『自然さ』,『心地よさ』,『好み』の点において音楽体験が向上し,特に特徴的な拍・メロディを持つ音楽に対して効果的であることを明らかにした.

望山ら8)は,フレキシブルなウォータジェット噴射管を有する小型遊泳機構を開発した.開発された機構は,推進のためのウォータジェットと,その噴射管を弾性体のねじり動作により噴射方向を制御する構造から成り,この構造により素早く滑らかに推進方向を変化させることを目指している.ねじり動作を行う弾性体は,弾性ディファレンシャルと呼ばれる差動機構を採用し,2 枚の帯状弾性体片端を貼り合わせた尖状弾性体と2 個のモータとの組み合わせにより2自由度運動を行える装置である.開発された小型遊泳機構は,水中での遊泳実験により,最大秒速0.43[m/s]の推進速度を保ちつつ,体長350[mm]間隔の水平スラローム運動,ならびに体長600[mm]間隔の垂直スラローム運動も実現している.

4.新たな液圧駆動系への展開

水圧駆動から派生した関連分野として,水溶液の液圧でアクチュエータの駆動を試みた事例や,水以外の液圧を利用した駆動系など,いくつかの興味深い駆動原理も報告された.ここでは,それらの一部を紹介する.

小西ら9)は,熱応答性流体バルブと圧力駆動バルーンアクチュエータとを一体化した構成により,温度の信号で圧力制御を行えるコンパクトな流体駆動装置を開発した.熱応答性流体バルブは,作動流体である熱応答性流体とヒーターのみで構成されているため,従来の多くの弁で使用されてきた可動部分は存在せず,簡易な構造となっている.熱応答性流体にはPluronic®F127水溶液(PF水溶液)を使用している.PF水溶液は,加熱すると粘性が高くなってゲル状に変化し,冷却すると粘性が低下して液状へと戻る特性を有する.この状態変化は可逆であるため,バルブの繰り返し開閉動作に適するものとして注目されていた.バルブの一端には圧力供給源であるシリンジポンプが接続され,もう一端にはバルーンアクチュエータが接続されている.ヒーターに0.08Wの電力を印加することにより,温度が31以上となり,濃度17%のPF水溶液が十分にゲル化したことを確認している.また,提案された構成によりバルーンアクチュエータの屈曲を保持できることも検証している.

渋谷ら10)は,船や水中ロボットに採用されているコージェネレーションシステムに着目し,排熱を利用して浮力を調整する機構を提案した.船には,排熱で熱せられた80以上の熱水が流れている.このエネルギーを利用してパラフィンワックスを融解して相変化を起こし,体積変化を生じさせるという方式である.提案された浮力調整装置は,複数の2段ピストン,パラフィンワックスを内蔵した箱型容器,熱水および冷水が通る流路などから構成される.流入口より熱水を流し,流出口から排出することで熱水の循環を行い,その間にパラフィンワックスを融解させ,変化した体積相当の水が押されることでピストンを稼働させるという原理である.装置のサイズは縦100mm,横200mm,高さ100mmであり,質量2.1kgのパラフィンを用いて20mm程度の浮上を試みた.排熱水として80の温水を用いて,1525分経過した後,ピストンが動き始めたことを確認している.目標の性能を得るために改善すべき課題も残されている.

5.おわりに

以上,本稿では平成27年度に話題となった水圧関連分野の研究動向について報告した.上述のように,従来のシリンダやモータとは異なる動作原理を利用した水圧アクチュエータや,水圧の新たな適用分野が研究されており,我々にとって身近な水圧が新たな可能性を発揮しつつあることを紹介した.また,水圧から発展した特殊な液圧駆動技術に関しても,いくつか興味深い研究が行われていることを述べた.これらの水圧関連技術の研究成果が,近い将来社会に還元されることを期待したい.

参考文献

1)      塚越秀行:平成24年度の水圧分野研究活動の動向,日本フルードパワーシステム電子出版緑陰特集号, Vol.44, No.E1, E13(2013)

2)      木村仁:平成25年度の水圧分野研究活動の動向,日本フルードパワーシステム電子出版緑陰特集号, Vol.45, No.E1, E14(2014)

3)      鈴木健児:平成26年度の水圧分野研究活動の動向,日本フルードパワーシステム電子出版緑陰特集号,Vol.45, No.E1, E15(2015)

4)      高橋達也,中里裕一:手指の麻痺改善を目的とした小型リハビリテーション機器の研究,日本機械学会Robomech2015, 1A1-E04(2015)

5)      杉山寿幸,伊藤優吾,大道武生:水圧モータの開発,日本機械学会Robomech2015, 1A1-R07(2015)

6)      田中翔太,塚越秀行:流体駆動式自励振動による推進動作の生成,日本機械学会Robomech20151P1-C03(2015)

7)      星野圭祐,高下昌裕,蜂須拓,小玉亮,梶本裕之,Jorro Beat:シャワーを用いた浴室での触覚刺激装置(第3 報)音楽体験への寄与の検証”,日本機械学会Robomech2015, 2A1-A09(2015)

8)      高原駿,望山洋:フレキシブルなウォータジェット噴射管を有する小型遊泳機構,日本機械学会Robomech2015, 2A2-E05(2015)

9)      本多舟,辻村祐樹,王若望,小西聡:熱応答性流体バルブとその圧力駆動アクチュエータへの一体化,日本機械学会Roboemch2015,2A2-C03(2015)

10)   奥村直洸,山下知哉,渋谷恒司:排熱利用を目指した体積変化型浮力調整装置の開発-2 段ピストンを利用した体積可変機構の適用-,日本機械学会Robomech2015, 2A1-D03(2015)

 

著者紹介

 つかごし ひでゆき

塚越秀行君

1998年東京工業大学大学院理工学研究科博士課程修了.

同年日本学術振興会特別研究員,1999年東京工業大学助手,2004年同大学院助教授,准教授 現在に至る. 2001年〜2004年科学技術振興事業団さきがけ21研究員兼任.生物に学ぶ流体駆動原理・レスキューロボット・医療福祉用アクチュエータなどの研究に従事.2007年度文部科学省若手科学者賞,2012IEEE Robotics and Automation Best Service Robotics Paper Award2015Journal of Robotics and Mechatronics Best Paper Award などを受賞. 博士(工学).

E-mail: htsuka@cm.ctrl.titech.ac.jp