1.はじめに

この度は,平成29年通常総会において栄誉ある日本フルードパワーシステム学会SMC高田賞を賜り,誠に光栄である.受賞論文は「樹脂部品を用いた高圧対応ギヤポンプ」であり,本受賞に際し,学会員の皆様と本研究にご協力いただいた社内外の皆様に感謝を申し上げる.本稿では受賞論文の研究概要について紹介させていただく.

2.研究の背景と目的

外接ギヤポンプは構造が単純で低コストであり,耐久性が高いことなどから自動車や産業機械などで広く利用されている1).しかし,一般的な構造の外接ギヤポンプはピストンポンプ等と比べて低粘度の流体を高圧で吐出することが難しいとされる2).その中でも低粘度流体の高圧吐出に対応可能なギヤポンプとしてシールブロック式ギヤポンプがある3).ギヤポンプを構成する部品は動作時の圧力によって部品同士が接触してシール性を維持する.高効率化には各接触面からの漏れを低減することが必須のためポンプを構成する部品に対して高い加工精度が要求される.しかし,ギヤポンプを小型化した場合,構成部品の接触面に生じる隙間も同時に小さくしないと内部漏れにより効率が大きく低下する.たとえば自動車のブレーキシステムでは比較的小量の作動液を高圧(15MPa以上)に昇圧可能な小型ポンプが必要とされる.このような用途のポンプとして,小型化しても高効率で高圧吐出可能なギヤポンプの構造検討と開発に取組んだ.

3.樹脂部品を用いたギヤポンプ

課題を解決するための新たなギヤポンプ構造として,本研究では 図1 に示す樹脂製の「L型ブロック」を用いたL型ブロック式ギヤポンプを考案した.L型ブロック式ギヤポンプはポンプ室になる円筒状の凹部を有するケースとその内側に収容される複数の部品で構成される.図1(a)はポンプ室の中の主要部品を斜め上から見た図,図1(b)は本ポンプの特徴であるL型ブロックを横から見た図を示す.また,図1(c)はケースの上部を取り外してポンプ室を上から見た図を示し,図1(d),(e),(f)は各切断平面における断面図を示す.L型ブロックを採用したのは漏れ要因となる部品同士の接触箇所数の削減と側板のラジアル軸受機能の省略により,軸や軸受の高い加工,組み立て精度を必要としないようにするためである.さらに,L型ブロックを樹脂製とすることでポンプ内部の圧力上昇時に弾性変形量の拡大による接触部の密着性の向上と接触部の摺動性の向上とを見込み,高効率な高圧吐出の実現を目指した.

本ポンプの内部部品全体に作用する圧力とシールリングの反発力による荷重は図 1(d)下側に示すケース内壁面方向に作用して密着するように各部の形状を設計し,部品同士の接触部におけるシール性を確保する.ただし,ギヤ側面との接触部はシールと同時にギヤのスラスト軸受の役割を果たすことが求められる.そのため,ポンプ高効率化には作動液がギヤと側板或いはL型ブロックの間に入り込み4) ,作動液によって潤滑された状態で動作することが望ましい.ところが高い容積効率を実現する場合,隙間を可能な限り小さくすることが求められるため,固体接触を含む純すべり状態で摺動することが想定される5).そのため,大きなギヤのスラスト方向の荷重により接触部の隙間を抑制するとギヤの摺動抵抗が大きくなりポンプの効率を損なう可能性がある.

本ポンプで用いる樹脂製のL型ブロックは部品の表面作用する圧力による変形が大きいためシール性と摺動性を同時に実現するには部品の変形を加味して,必要最小限のスラスト荷重になるように形状を決定することが必要である.そこで,複雑に入り組む各部品の圧力分布を考慮した解析で各部品の接触状態に関する詳細な検討を行い,高効率で動作可能なポンプ構成と部品形状を導出した.

4.部品変形を考慮した解析

ポンプ内部部品の接触状態を詳細に分析するために構造解析を用いた.ポンプの構成部品の詳細な3Dモデルを作成し,解析時は実機と同様に各部品の移動を部品同士の接触によって拘束した.さらにポンプ動作時と同等の圧力を部品表面に境界条件として与えることで各部品の変形による接触状態の解析を可能とした.

最初にL型ブロックのギヤ歯先と対向する部分(歯先シール部)の構成に関する検討結果を紹介する.図1(d)に示すようにL型ブロックは位置決めのために金属の固定ピンを設置する.図2の模式図のように固定ピンの片側のみをケースに固定する構成(a)と固定ピンの両側をケースに固定する構成(b)を比較するため歯先シール部の最大変形量に関する解析結果を 図3 に示す.この解析により,固定ピンの両端をケースに固定する構成のほうが,固定ピンの片側をケースに固定した構成よりも変形が小さくなることを明らかとし,この結果を基に位置決めに使用する固定ピンの構成を決定した.

つぎに,ギヤ側面と摺動する部分に関する解析を用いた検討について紹介する.図4図5 はポンプ動作中にギヤ側面とL型ブロックの摺動部に生じる隙間を解析した結果を示す.図4(a)に示すようにL型ブロックのケースと対向する面が平面の場合,摺動抵抗低減のためにギヤ側面に押しつける方向の荷重を小さく設計すると, 図 4(b)の解析結果に示すように摺動面のギヤ歯先付近に隙間ができることを明らかにした.解析結果を分析すると図4(c)のポンプ変形時の横断面の模式図に示すように図の上と左右方向から圧力によってL型ブロックは低圧側に変形することがわかる.しかし,下方向にはケースの壁面があるためこの方向に変形できず,隙間がある側板の上部方向(図中上)にL型ブロックの中央付近が変形する.この方向への変形によってギヤが押し上げられることがギヤ側面の歯先付近に隙間ができる理由であることがわかった.

そこで,漏れを低減するために図5(a)に示すようにL型ブロックのケース側の面に空間を設けた.図5 (c)の部品変形時の横断面の模式図に示すように,底面が平面のときにギヤ方向に変形していたL型ブロックの摺動面が空間のあるケース方向(図中下)に変形し,ギヤを押し上げない.このような部品形状とすることで,図5(a)と同じ荷重でも図5(b)に示すようにギヤ側面とL型ブロックが密着することがわかった.

5.ポンプの性能評価

解析結果を基に構成,部品形状を決定したL型ブロック式ギヤポンプ試作品の性能評価結果を説明する.

ギヤポンプ試作品の理論押しのけ容積は0.35cm3/rev(ギヤ基礎円径φ15.3mm)とし,ポンプケースの内径はφ36mmとした. L型ブロックと側板にPEEK系の樹脂を用い,ギヤ,固定ピン,ケースなどの金属部分に鉄を用いている.ギヤポンプ試作品の駆動軸をサーボモータに接続し,回転数を制御して駆動できる構成とした.トルクはギヤポンプ試作品の入力軸に取り付けたトルク検出器(定格10N・m)を用いて測定した.ギヤポンプ試作品の吐出圧力は吐出口の下流に取り付けたひずみゲージ式圧力変換機(定格50MPa)により検出し,吐出流量はリリーフ弁の下流配管に設置したギヤ式容積形流量計(標準測定範囲 0.01~7L/min)を用いて測定した.また,実験時にギヤポンプ試作品と作動流体の温度は恒温槽で管理し,作動流体としてブレーキフルードを用いた.

図6 は一定速度(2000min-1)でギヤポンプ試作品を動作させた場合の圧力‐容積効率と圧力‐全効率を示すグラフである.これらのグラフのプロットはリリーフ弁を調整し圧力を一定に保った状態で圧力,流量,トルクを測定して平均した結果を示す.

図6 に示すように温度上昇で作動流体の動粘度が低下しても効率の低下が小さく抑えられている.これは解析による検討で得られたポンプ構成と部品形状によりシール性を確保できる最低荷重としたことにより漏れの低減と摺動抵抗の低減を同時に達成することができたためと考える.なお,ギヤポンプ試作品は3台製作して25℃,15MPa,2000 min-1における全効率は69.2~75.4%になった.

また,1MPa付近で効率の低い部分があるが,部品の製造誤差などによる接触部の隙間からの漏れが原因と予測され,部品に樹脂を用いたことで圧力の上昇と共に部品が密着して隙間が減り,高圧では漏れが小さくなるため高い効率を維持できるものと考えられる.

また,従来構造のシールブロック式ギヤポンプとの性能比較を 図 7 に示す.ここでポンプの回転数は3000min-1, 動作環境を50℃とした場合のデータと比較している.この図に示すようにL型ブロック式ギヤポンプは従来のシールブロック式ギヤポンプよりも高い効率を有することを確認できた.

6.おわりに

本稿では,小型で高効率なギヤポンプで実現するために考案したシールブロック式ギヤポンプの構成とポンプの主要部品を設計するために用いた解析手法と試作したポンプの性能を紹介し,受賞論文の概要を述べた.受賞論文で紹介した試作ポンプは高効率な動作が可能であることを示したが,部品材料の最適化などにより更なる効率向上が見込まれる.また,製品に適用する場合にポンプには効率だけではなく静粛な動作も求められるが,静粛性に関する検討については不十分な点もある.今後は更なる効率向上と静粛性に関する検討を行い,従来は実現できなかった効率と静粛性を両立する小型ギヤポンプの開発に取組みたい.

参考文献

1) (社)日本油空圧学会:油空圧便覧,オーム社,(1989)
2) 市川常雄:歯車ポンプ,日刊工業新聞社,(1962)
3) 平工賢二,貞森博之,野上忠彦,亀谷裕敬,粟田昌幸,喜多康雄:低粘性流体用高効率シールブロック式ギヤポンプ,日本油空圧学会論文集,32-6,157/162(2001)
4) E. Koc, C.J. Hooke:An Experimental Investigation into the Design and Performance of Hydrostatically Loaded Floating Wear Plates in Gear Pumps, Wear, 209, 1-2, 184/192(1997)
5) 風間俊治,小熊尚太,黄鋭:外接歯車ポンプに用いられる側板のトライボロジー(温度と振動の測定および形状の設計),設計工学,44-5,309/314(2009)

著者紹介

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伊藤 貴廣いとう  たかひろ

2004年東京大学大学院工学系研究科博士前期課程修了.
同年㈱日立製作所入社,現在に至る.
油圧制御,自動車システムの研究に従事.
日本フルードパワーシステム学会,日本機械学会などの会員.

E-mail: takahiro.ito.sq@hitachi.com

 

 

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図1 シールブロック式ギヤポンプの模式図および断面図

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図2 固定ピン端部の固定方法模式図

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 図3 固定方法による歯先シール部変形の違い

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図4 底面が平面時のL型ブロック解析結果

 

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図5 底面が凹面時のL型ブロック解析結果

 

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図6 試作ポンプの全効率

 

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図7 従来のシールブロック式ギヤポンプと

   L型ブロック式ギヤポンプの性能比較