展 望

平成29年度の油圧分野の研究活動の動向*

柳田 秀記**

* 平成30年6月5日原稿受付

**豊橋技術科学大学大学院〒441-8580 愛知県豊橋市天伯町雲雀ヶ丘1-1

1.はじめに

本稿では,平成29年4月から30年3月の間に発表された油圧分野の研究について調査した結果の概略を記す.調査対象は本学会論文集(英文論文集(JFPS International Journal of Fluid Power System)含む),本学会講演会論文集,日本機械学会発行の和文及び英文の論文集とした.平成29年10月に福岡で開催された第10回JFPS国際シンポジウムで発表された油圧分野研究の動向については,本学会誌49巻3号(平成30年5月発行)で解説されているので1),それを参照されたい.

2.研究動向

 平成29年度に上記の論文集に掲載された油圧分野の査読付き学術論文数はやや少なく,当学会論文集(英文ジャーナル含む)に6編,日本機械学会論文集に2編であった.フルードパワー講演会は春季のみ開催され,6件の油圧分野の研究発表があった.これら14件の研究は「要素」あるいは「システム・制御」に分類することができたので,この分類に従って研究概要を以下にまとめる.なお,平成29年10月に開催された第10回JFPS国際シンポジウムでは,全部で58件の油圧分野の発表が行われている1)

2.1 要素

・桜井ら2)は,周方向に90度間隔で穴の開いた中空円筒型金属部品とそれに内接するシリコンゴムチューブからなる簡易な構造の圧力脈動抑制装置を提案し,ポンプの吐出圧力脈動を約1/10に低減できること,特に高周波数成分の脈動低減に有効であることを示した.

・増原ら3)は,体積割合で20~40%の気泡を含有する油(自動車の動力伝達系の作動油)を対象として,サイクロン構造の油中気泡分離装置の分離性能をCFD解析により調べた結果,放気口径の増加とともに気泡分離率は向上する一方で作動油の流出量も増加することが明らかとなり,気泡含有率に対応した放気口径の設計が重要になると指摘している.

・坂間ら4)は,密閉空間内の作動油をサーボシリンダで加圧し,圧力と体積の変化から油の等価体積弾性係数を測定することで,大気圧下における油中気泡の体積混合比を精度良く測定できることを示した.

・Zhangら5)は,油圧アキュムレータ内のガスの圧力と体積の関係について,ガスと容器壁面との間の熱伝達を考慮した数学モデルを用いて,ガスの状態方程式や状態変化の形態(断熱,等温)の影響を調べている.

・Yanadaら8)は,油圧作動油をはじめとする各種潤滑油の浄化用静電フィルタ内の電場と速度場の数値解析結果を用いてフィルタ内での汚染物粒子の2次元軌跡解析を行い,粒子の捕捉割合を求め,浄化性能が実験結果と定性的に一致し,軌跡解析が浄化性能の予測に役立つことを示した.

・浮田ら10)は,制御弁の軽量化や構造の簡素化を目的として圧電素子による加振により,拘束されていない微粒子が弁座を開閉するポペット弁型の微粒子励振型制御弁を提案している.本論文では,圧電素子により流れ方向と直交する方向に弁座を加振する方式を新たに提案し,この方式により比較的高粘度(動粘度30 mm2/s)の油を用いても確実に動作することを示した.

・近藤ら11)は,自らが考案した円筒型2段磁極式電磁比例アクチュエータの外形寸法と放熱特性や推力特性の関係を実験的に調べ,アクチュエータの外形寸法を表す代表長さと消費電力,推力および動作ストロークの関係を明らかにし,外形寸法と性能の関係を表す図を求める手法を明らかにした.

・田中ら14)は,斜板式ピストンポンプのピストンにストレート型とテーパ型を用いた場合の摩擦力を測定し,潤滑状態が厳しい状態ではテーパ型が優れ,潤滑状態が緩やかな状態ではストレート型が有効であるという結果を得た.また,混合潤滑状態を前提とした理論により考察を加えている.

・Cuiら12)は,油膜に作用するせん断応力を利用してトルク伝達を行う流体粘性駆動系(hydro-viscous drive)について,ドーナツ形状円板間の流体の流れ場やトルクの特性を数学モデルにより精度良く予測できることを実験との比較により示した.

・Kazama13)は,これまでに構築した斜板式ピストンポンプ・モータのスリッパモデルに斜板振動とリテーナ拘束のモデルを追加し,非定常状態下でのスリッパの運動と種々の特性を数値解析により調べている.リテーナによりスリッパの跳躍動作が抑制されること,および,リテーナ負荷はスリッパ隙間の変化の減少に寄与し,結果として漏れ量そして平均動力損失の低減に寄与することを示した.

2.2 システム・制御

・塩井ら6)は,流量ゲインなど公称値が変動するパラメータを含む油圧アームのパラメータ同定法を鉛直型回転1自由度油圧アームに適用し,交差検証により同定法が有効であることを示すとともに,作動油への気泡混入によるパラメータの同定結果より,提案同定法が故障検出に有効であると述べている.

・玉木ら7)は,柔軟チューブ,その内部に配置する鋼球,内部の鋼球の前後の位置でチューブ外周部に同一円周上に等間隔で配置する小径の鋼球群,鋼球群を内蔵するアクリル製スライドステージから成る柔軟油圧シリンダを試作して動作実験を行い,無駄時間を有するものの可搬型リハビリテーション機器への応用が可能であると述べている.

・戸松ら9)は,油圧ショベル掘削作業時に発生しうる地中の未知物体との接触に起因するバケット軌跡制御性能の悪化を防ぐため,サーボ型モデル予測制御を導入してその制御方法の検証実験を行い,未知物体を押しのけて作業が継続できることや,目標形状からの逸脱を抑制できることなどを示した.

・山藤ら15)は,電磁比例圧力制御弁,その弁からの指令圧を増幅させる圧力比例弁,油圧シリンダから成る油圧システムにおいて,電磁比例圧力制御弁内のスプールに作用するクーロン摩擦力が油圧システムを不安定化するメカニズムを解明するとともに,安定限界となるクーロン摩擦力の閾値を算出する設計手法を提案した.

3.おわりに

平成29年度の油圧分野の国内における研究の概略を記した.最近は論文数が減少傾向にあったが,本年に入ってから増加傾向に転じており,油圧分野の研究論文が多く公表されることを期待したい.本稿が何らかの参考になれば幸いである.

参考文献

風間俊治:JFPS2017福岡における油圧分野の研究動向,フルードパワーシステム,Vol.49, No.3, p.8-12 (2018)

【平成29年春季フルードパワーシステム講演会講演論文集】

桜井康雄,兵藤訓一,饗庭健一:圧力脈動抑制装置の試作,平成29年春季フルードパワーシステム講演会講演論文集,p.41-43 (2017)

増原伊織,坂間清子,田中豊:気泡除去装置の形状パラメータの最適化~気泡含有率の高い条件における設計と評価~,平成29年春季フルードパワーシステム講演会講演論文集,p.44-46 (2017)

坂間清子,北澤勇気,菅原佳城,田中豊:油圧システムの油中気泡量測定技術の開発(作動流体の圧縮性評価による気泡混入量測定方法の提案),平成29年春季フルードパワーシステム講演会講演論文集,p.47-49 (2017)

Shuce ZHANG, Kazushi SANADA:Effect of operating pressure on gas performance in hydraulic accumulator, 平成29年春季フルードパワーシステム講演会講演論文集,p.54-56 (2017)

塩井優,渥美翔太,酒井悟:鉛直油圧アームの交差検証とオンライン故障検出,平成29年春季フルードパワーシステム講演会講演論文集,p.57-59 (2017)

玉木博章,堂田周治郎,赤木徹也,小林亘,松井保子:可搬型リハビリテーション機器のための柔軟油圧シリンダの試作,平成29年春季フルードパワーシステム講演会講演論文集,p.60-62 (2017)

【日本フルードパワーシステム学会論文集】

Yanada, H., Matsuura, S., Yokoyama, T., Nishikawara M.: Numerical simulation of particle trajectories in the charge-injection type of electrostatic oil filter, 日本フルードパワーシステム学会論文集, Vol. 48, No. 6, p.39-46 (2017)

戸松匠, 野中謙一郎, 関口和真, 鈴木勝正:油圧ショベルにおけるモデル予測追従制御の基礎実験(未知物体押しのけに起因する掘削形状からの逸脱の抑制),日本フルードパワーシステム学会論文集, Vol. 49, No. 1, p.1-9 (2018)

浮田貴宏, 鈴森康一, 難波江裕之, 神田岳文:流路に直交方向の加振を利用した油圧微粒子励振型制御弁の試作と評価,日本フルードパワーシステム学会論文集, Vol. 49, No. 1, p.10-17 (2018)

近藤尚生, 菱田智博, 若澤靖記:円筒形2段磁極式電磁比例アクチュエータの研究(第2報,アクチュエータ外形寸法を変えた場合の放熱特性と推力特性の検討),日本フルードパワーシステム学会論文集, Vol. 49, No. 1, p.18-25 (2018)

【JFPS International Journal of Fluid Power System】

Hongwei CUI, Zisheng LIAN, Yuanyuan DENG, Qiliang WANG:The Research on Characteristics of Flow Field and Shear Torque of Oil Film for Hydro-viscous Drive, JFPS International Journal of Fluid Power System, Vol.10, No.2, p.9-17 (2017)

Toshiharu KAZAMA:Numerical Simulation of a Slipper with Retainer for Axial Piston Pumps and Motors under Swashplate Vibration, JFPS International Journal of Fluid Power System, Vol.10, No.2, p.18-23 (2017)

【日本機械学会論文集】

田中嘉津彦,藤田祐介:斜板式ピストンポンプにおけるピストンとシリンダ間摺動部の摩擦特性(ピストンの幾何学的形状による影響),日本機械学会論文集,Vol. 83, No. 850, 16-00540 (2017)

山藤勝彦,山本建,澤田賢治:電磁比例弁内のスプールに作用するクーロン摩擦力に起因した不安定振動の解析と安定化させるための設計法,日本機械学会論文集,Vol. 83, No. 852, 16-00553 (2017)

著者紹介

柳田秀記 (3)

やなだ  ひでき

柳田 秀記 君

1982年豊橋技術科学大学大学院工学研究科修士課程修了.同年同大学教務職員,1992年同助教授,2012年同教授,現在に至る.電気流体力学(EHD)流れの基礎と応用,水圧シリンダの特性解明,静電フィルタ等の研究に従事.日本フルードパワーシステム学会,日本機械学会などの会員.工学博士.
E-mail: yanada(at)me.tut.ac.jp