展 望
平成29年度の空気圧分野の研究動向*
高岩 昌弘**
* 平成30年6月5日原稿受付
**徳島大学大学院社会産業理工学研究部,〒770-8506 徳島市南常三島町2丁目1番地
1.はじめに
本稿では,平成29年度に発刊された,本学会主催の春季講演会,当該年度が開催年であった国際会議JFPS International Symposium on Fluid Power 2017,ならびにロボティクス系の講演会である平成29年度日本機械学会ロボティクス・メカトロニクス講演会から,空気圧分野に関する研究動向を調査し,空気圧システムを構成する要素技術という側面から主に制御弁とアクチュエータ・制御手法について,また,空気圧システムの応用分野として従来より多くの研究開発が行われている医療福祉分野への応用事例について,筆者の独断的主観に基づき幾つか紹介したい.
2.空気圧システムを構成する要素技術
2.1 制御バルブ
Miyaki1)らは柔軟チューブの自励振動を用いた切り替えバルブを提案している.1本のシリコンチューブから2又に分かれて平行に配置された2本のチューブ間を磁力により磁石が往復運動できるようになっている.両チューブの磁石側側面にはホールが空いている.磁石によりホールが塞がれた片方のチューブは漏れることがないので,そのチューブに接続されたアクチュエータに空気が流入していく.そして圧力が上昇し,ホール部の押し出し力が磁力に勝ると,磁石は他方のチューブ側に移動するとともにホールからの空気流出により圧力は低下する.そして反対側のチューブのホールが塞がり圧力が上昇していく.これを繰り返すことで,電気的な動力を一切使用することなく一定周期の切り替え弁の機能を実現している.周期は流入流量により線形的に調整できる.本バルブはインチアーム駆動の配管ロボットに内蔵された.また,ドライアイスを用いたエアー源も内蔵することで完全に独立駆動が達成できることを示している.
森崎ら2)はシリコンチューブを摘むことで流量を調整するピンチ型サーボ弁を開発した.電動モータでカムの回転角度を制御し,摘むチューブに位相差を設けることで4ポートの流量型サーボ弁を実現している.通常,バルブとアクチュエータ間はチューブで連結され,これが長くなると圧力損失や応答遅れの要因となるが,本バルブは空気圧ゴム人工筋の入力ポートに内蔵されておりその心配が無い.また,不感帯の補償を行うことで振動の無い圧力応答が実験的に得られている.
下岡ら3)はON-OFF弁を用いた擬似的なサーボ弁を開発した.2つの小型ON-OFF弁を一体型管路でつなぎ,供給側の弁を給排気切り替え用の2位置3ポート弁として使用し,アクチュエータ側の弁をPWM駆動による流量制御弁として利用している.また,これらを駆動するマイコンも弁と一体化させることで全体として小型・軽量化が達成されており,ウエアラブルデバイスへの組み込みによる利用が大いに期待できる.
2.2 アクチュエータおよび制御手法
空気圧サーボの運動制御性能向上において圧力制御系の目標値追従性能は重要なファクターである.Mikamiら4)は,圧力制御系に適用した外乱オブザーバの設計における一手法を提案した.制御信号から圧力までの伝達特性は通常積分特性を有するが,定常ゲイン(0次モデル)をノミナルモデルとすることで,ダイナミクスのずれを外乱としてまとめて推定・補償する.これにより圧力センサの測定ノイズの影響が低減され,安定性を補償する低域濾過フィルターの時定数を下げることができるため,より高い閉ループ系のバンド幅を達成できる.実験では一定容積の条件下ではあるが,約30Hz程度の目標圧力に追従できることが示されている.
吉永ら5)は物体の非接触搬送としてエアジェットを用いる手法を提案した.エアジェットはその流れの中にある丸い物体を中心に引き込む流体力学的性質(コアンダ効果)がある.これを利用することで空中に対象物を浮上させた状態で,ジェットノズル間を次々に受け渡して搬送していく.ノズルと物体との距離を一定に保つようにフィードバック制御により噴出量を調整することで,対象物を空間に保持することを可能とし,また,ノズル間の受け渡しを実現できることを実験的に示した.
空気圧駆動源の小型・携帯化はウエアラブルデバイスへの応用という観点からも重要な課題であり,近年,化学反応を利用した種々のタイプの空圧源が提案されている.東島ら6)はゴム人工筋の内部を液体のフッ化水素で満たし,ヒータで加熱することで気化させた気体の圧力により人工筋を駆動する手法を提案した.フッ化水素は沸点が大気圧下で50度と低く,わずかな熱エネルギーの供給・放出で相変化が行われる.従来手法による応答性の問題を改善しており,圧力微分値として電力供給開始時は0.21[MPa/s],電力遮断後は-0.14[MPa/s]を達成している.コンプレッサーを別途必要としないことからシステム全体のコンパクト化が期待できる.
同様に,化学反応を利用したガス圧の生成において和田ら7)は,従来より実施してきた固体高分子形燃料電池(Polymer electrolyte fuel cell, PEFC)を利用した水の電気分解/合成反応によるガス圧生成を用いる手法を提案している.PEFCの曲げ剛性を低下するように電極を工夫し,それを内含した柔軟アクチュエータを構成し,実験的にその運動特性を検証している.
3.医療福祉分野への応用
空気圧アクチュエータは空気の圧縮性に起因する低剛性特性が,人体接触時の柔軟性として機能し,またバックドライブ特性が緊急回避等の安全性として作用するため,医療福祉分野への応用研究が多い.
Katoら8)は,柔軟チューブの中を圧力差で移動するボールの運動を外部に取り出すことで柔軟な空気圧シリンダを構築しており,これを複数本用いた手首のリハビリテーション装置を開発している.把持部の位置・姿勢を検出するために,シリンダに巻きついた形のワイヤー式エンコーダを新たに提案している.圧力応答部に存在する無駄時間の影響を陽に捉えたスミス型補償器の導入により,制御性能の向上が示されており,リハビリ効果の向上が期待できる.
齋藤ら9)はラバーレス人工筋を用いた免荷機能を有する歩行支援システムを構築した.一定の免荷力を目標とする力制御系を構成することで,歩行時の腰の上下変動が生じてもほぼ目標とする免荷力が達成できることを実験的に示した.
笹沼ら10)はウレタンシートとナイロン生地で構成されるバルーンアクチュエータを用いて爪先の背屈動作(爪先を上に向ける動作)を支援するリハビリ装置を開発した.本バルーンアクチュエータは複数枚重ねた状態から扇子を開くように駆動され,これによりモーメントアームをかせぐとともに低圧でも十分な効果が得られることを示している.リハビリ装置では安全性の担保が重要となるが,本装置では過大な力が生じると,それまで屈曲されていたチューブが開くことでエアーを開放する安全弁が構成されている点が興味深い.
八瀬ら11)は合計8本のMcKibben型人工筋を大腿部前面で交差させ,その収縮により大腿部の振り出しをサポートするパワーアシストウエアを構築した.内骨格タイプであるため全重量は0.7[kg]と非常に軽量である.仮想的なバネ特性が作用するように力ベース型のコンプライアンス制御を実装することで歩行時の歩容矯正効果があることを実験的に示した.
今中ら12)は,空気圧シリンダで駆動されるパラレルマニピュレータを用いた理学療法士の訓練のための手首患者シミュレータを構築した.患者手首の機械特性を実現するために粘弾性特性の実装とAR技術の導入による徒手動作時のトルクのかけ具合を視覚的に表示することで訓練効果が向上することを示した.
4.おわりに
本稿では平成29年度に報告された空気圧分野の研究動向について,応用分野のカテゴリーごとにいくつかを紹介した.このように纏めてみるとどれも空気圧の特徴を活かした事例ばかりで,改めて空気圧システムの面白さを感じることができる.
近年,柔軟材料で構成されたアクチュエータやセンサによるソフトロボティクスの分野が注目されている.その背景には3Dプリンターによる柔軟材料の容易かつ迅速な成型,世界的な高齢化による人間支援分野への応用の必要性,産業分野における柔軟ハンドリングの実用性などが挙げられよう.2014年から専門のジャーナルが刊行され,またインターネットサイト13)ではその作成過程から制御方法や機構解析に至るまでが詳細に解説されており,本研究分野の裾野の広がりが今後も期待できる.
参考文献
1) Y. Miyaki, H. Tsukagoshi:Soft Simple Compact Valve Inducing Self-excited Vibration,Proc. of the 10th JFPS International Symposium On Fluid Power, 1B02(2017)
2) 森崎ほか:空気圧ゴム人工筋に内蔵可能なピンチ型サーボ弁の開発,平成29年春季フルードパワーシステム講演会講演論文集,p.63-65 (2017)
3) 下岡ほか:超音波センサを用いた空気圧伸張型アクチュエータ用変位センサと搭載型擬似サーボ弁の試作,平成29年春季フルードパワーシステム講演会講演論文集,p.10-12(2017)
4) K.Mikami, K.Tadano:Flow Disturbance Compensator with Zero-Order Model for Pressure Control, Proc. of the 10th JFPS International Symposium On Fluid Power, 1B10(2017)
5) 吉永ほか:複数の空気噴流による3次元物体搬送,ロボティクス・メカトロニクス講演会講演論文集,2A2-B03(2017)
6) 東島ほか:気液相変化駆動のゴム人工筋アクチュエータによるマニピュレータの制御,平成29年春季フルードパワーシステム講演会講演論文集,p.94-96 (2017)
7) 和田ほか:気液可逆反応を利用したガス圧アクチュエータ-第7報:柔軟PEFCの開発とバルーンアクチュエータの実現-,ロボティクス・メカトロニクス講演会講演論文集,2P1-D03(2017)
8) N.Kato, et.al:Development of Wearable Wrist Rehabilitation Device Using Twisted Wire Type Potentiometer and Built-in Controller with Disturbance Observer, Proc. of the 10th JFPS International Symposium On Fluid Power, 1B06(2017)
9) 齋藤ほか:空気圧人工筋肉駆動型体重免荷システムによる歩行支援制御,平成29年春季フルードパワーシステム講演会講演論文集,p.88-90 (2017)
10) 笹沼ほか:足首動作を支援するセーフティ機能付きモーションソックス,ロボティクス・メカトロニクス講演会講演論文集,2A1-I05 (2017)
11) 八瀬ほか:空気圧ゴム人工筋を使用した下肢用パワーアシストウエアの開発,ロボティクス・メカトロニクス講演会講演論文集,1P1-L08 (2017)
12) 今中ほか:空気式パラレルマニピュレータを用いた患者手首シミュレータの構築,平成29年春季フルードパワーシステム講演会講演論文集,p.91-93, (2017)
13) https://softroboticstoolkit.com/
著者紹介
たかいわ まさひろ 高岩 昌弘 君 1967年7月17日生まれ. 1992年岡山大学大学院修士課程修了.同年岡山大学機械工学科助手.2000年同システム工学科講師,2007年同自然科学研究科准教授,2015年徳島大学教授,現在に至る.空気圧サーボを中心とした人間親和型ロボットシステムに関する研究に従事.日本フルードパワーシステム学会,日本ロボット学会,日本機械学会,計測自動制御学会などの会員.博士(工学). |