展 望
平成29年度の水圧分野研究活動の動向*
塚越 秀行**
* 平成30年8月5日原稿受付
**東京工業大学 工学院システム制御系,〒152-8552 東京都目黒区大岡山2-12-1
1.はじめに
水圧駆動技術は,電気・空気圧・油圧を導入しづらい食品加工・原子炉作業・水中でのリハビリなどの領域への適用が検討されている.水圧分野の動向を調査した先般の本特集号における記事では,当該領域への導入を目指した水圧駆動用の弁やアクチュエータに関する要素技術や,これらを融合したシステムの制御技術に関する研究事例が主に紹介されてきた1-5).これらの性能向上を図った研究事例が現在も引き続き報告されている.一方,従来の構成とは異なる新規の水圧の応用領域など,新しい視点から水圧技術をとらえる研究も報告され始めている.そこで本報では,水圧の可能性を広げる要素技術,および水圧の新たな適用分野の開拓という2つの観点から平成29年度に注目を浴びた水圧関連技術の研究動向を調査し,当該分野の今後の方向性を探ることにする.
2.水圧の可能性を広げる要素技術の整備
水圧の可能性を広げる要素技術の視点から,平成29年度に報告された研究事例を紹介する.
中尾ら6)は,静圧軸受けによって支えられた水圧駆動ステージの圧力制御手法について報告した.また,伊藤ら7)は,水圧サーボモータの速度制御方法について検討を行った.さらに同氏ら8)は,水圧シリンダの押し出し動作におけるエネルギーの節約方法の検討も行った.Dengら9)は,直動式水圧リリーフバルブの動特性を改善させるための設計方法を提案した.本研究では,バルブ内に内在するダブルオリフィスの減衰現象に着目し,減衰特性の最適化を図る方法を検討した.
ADS(アクアドライブシステム)の国際標準化に向けた取り組みも報告されている.眞田ら10)は,水圧ポンプの動作試験における定量評価手法を検討した.また,柳田ら11)は,両ロッドの水圧シリンダが,スティックスリップを生じることなく0.1 mm/s以下の低速動作で安定に駆動できる手法を示した.
油圧システムで培った技術を水圧に適用する動向もみられる.吉田ら12)は,圧力調整弁を用いずに圧力を調整できるアクティブチャージアキュムレータ(ACA)を水圧駆動系に適用するシステムを検討し,その動作特性を表した数学モデルの提案を行った.ACAは北川ら13)によって提案された圧力調整方式である.本研究で提案されたモデルの妥当性は,ACAを用いた水圧シリンダを駆動するシステムの実験により検証された.
3.水圧の新たな適用分野の開拓
重松ら14)は,100 MPa以上の高静水圧を食品素材に施すことで,細胞構造や生体成分に変化が生じる現象に着目し,機能性成分の富化を伴う新しい食品加工技術を開発した.導入した高静水圧処理により,サトイモの根のでんぷんの酵素糖化が,大気圧での熱処理よりも低い温度で可能となったことが報告された.
Zhang15)らは,重荷重条件下における中性子ビームラインシャッターの低速位置決め動作を水圧駆動システムにより実現した.始動・停止時に引き起こされる負荷の影響を考慮して,2つの異なる速度制御ループが有効であることを示すと同時に,クッション性能を定量化するためにシミュレーションモデルを確立し,終端速度3mm / s未満の動作による位置決め制御の可能性を検討した.当該水圧駆動システムは,現在建設中の中国中性子ビームラインシャッターシステムに使用されている.
4.おわりに
以上,本稿では平成29年度に話題となった水圧関連分野の研究動向について報告した.上述のように,水圧駆動システムの要素技術が着々と整備されつつある.また,水圧の新たな適用分野が提案されており,我々にとって身近な水圧が新たな可能性を発揮しつつあることを紹介した.これらの水圧関連技術の研究成果が,近い将来社会に還元されることを期待したい.
参考文献
塚越秀行:平成24年度の水圧分野研究活動の動向, 日本フルードパワーシステム電子出版緑陰特集号, Vol.44, No.E1, E13(2013)
木村仁:平成25年度の水圧分野研究活動の動向, 日本フルードパワーシステム電子出版緑陰特集号, Vol.45, No.E1, E14(2014)
鈴木健児:平成26年度の水圧分野研究活動の動向, 日本フルードパワーシステム電子出版緑陰特集号, Vol.45, No.E1, E15(2015)
塚越秀行:平成27年度の水圧分野研究活動の動向, 日本フルードパワーシステム電子出版緑陰特集号, Vol.47, No.E1, E18(2016)
伊藤和寿:平成28年度の水圧分野の研究活動の動向, 日本フルードパワーシステム電子出版緑陰特集号, Vol.48, No.E1, E11(2017)
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著者紹介
つかごし ひでゆき 塚越 秀行 君 1998年東京工業大学大学院理工学研究科博士課程修了.
同年日本学術振興会特別研究員,1999年東京工業大学助手,2004年同大学院助教授,准教授 現在に至る. 2001年~2004年科学技術振興事業団さきがけ21研究員兼任.生物に学ぶ流体駆動原理・レスキューロボット・医療福祉用アクチュエータなどの研究に従事.2007年度文部科学省若手科学者賞, 2012年IEEE Robotics and Automation Best Service Robotics Paper Award, 2015年Journal of Robotics and Mechatronics Best Paper Award, などを受賞. 博士(工学). |