展 望

平成29年度の機能性流体分野の研究活動の動向*

 俊完**

* 平成30年6月5日原稿受付

**東京工業大学 科学技術創成研究院 未来産業技術研究所,〒226-8503 神奈川県横浜市緑区長津田町4259-J3-12

1.はじめに

機能性流体とは,外部刺激(電場,磁場,熱,光など)により,特定の物理的,化学的特性が変化する流体の総称であり,この特殊な機能は学術的,工業的に多様な分野で応用されている.代表的な機能性流体として,(1)電気粘性流体(ERF),(2)磁気粘性流体(MRF),(3)磁性流体(CMF),(4)電界共役流体(ECF)などがあり、多様な研究が行なわれている.近年には,このような機能性流体を発展させた電気粘着ゲル(EAG),磁気ゲル(MG)などの機能性ソフトマテリアルも広義の機能性流体に分類される.機能性流体は,小形化,高性能化,知能化などの特長を有しているため,従来のフルードパワーシステムの油圧,空気圧,水圧などのパワー源との相互融合により,次世代のフルードパワーシステムを実現することができる.本稿では,活発に研究されている機能性流体の研究を,(A)電場応答性の流体・ソフトマテリアルと(B)磁場応答性の流体・ソフトマテリアルに区分し,平成29年度の研究動向を紹介する.

2.電場応答性の流体・ソフトマテリアル

2.1 電界共役流体(ECF)

 電界共役流体(ECF)とは,その中に挿入された電極対に直流電圧を印加することで電極間に活発なジェット流を発生させる機能性流体である.ECFジェットは電極対の寸法が小さくなるほど,パワー密度が大きくなることが過去の研究で実験的に確認されていることから,高出力パワー密度を有するマイクロポンプに適している.平成29年度において注目された学術論文は,(1)英文ジャーナル:4件,(2)和文ジャーナル:1件である.これらを小区分で分類すると,(A)ECFジェット発生メカニズム:2件,(B)ECFジェットの応用研究:2件,(C)ECFデバイスの加工技術:1件である.

メカニズム解明として,「Understanding of electro-conjugate fluid flow with dibutyl decanedioate using numerical simulation—Calculating ion mobility using molecular dynamics simulation」では1),数学的モデリングを用いて,ECFジェットの発生メカニズムの基本的な理解を発展させ,そのパラメータを理論的に調べている.可視化されたECFジェットと計算で求めたものを比較することによって,このモデルの妥当性を証明している.「電界共役流体のジェット発生メカニズム解明に関する格子ボルツマン・シミュレーション」では2),クーロン力が粘性力よりもはるかに支配的である状況において,電極間に強いマイクロジェットが発生する可能性があると主張している.強いマイクロジェットの発生により誘導される流速は,印加する電界強度にほぼ比例して増加することを明らかにしている.

 応用研究として,「A bio-inspired 3D-printed hybrid finger with integrated ECF (electro-conjugate fluid) micropumps」では3),ECFマイクロポンプを埋め込んだ新しいフィンガを提案している.従来のCNC機械加工,成形および手動組立の代わりに,ハイブリッド材料(硬質および軟質材料)を3Dプリンタで直接製作することで,液圧駆動形フィンガを実現している.MEMSプロセスを用いて製作した三角柱-スリット形電極対で構成されるECFマイクロポンプは高出力パワー密度を有していることを実証し,ECFマイクロポンプを内蔵したハイブリッドフィンガーの駆動実験により,その実現可能性を立証している.また,「Droplet generating device for droplet-based μTAS using electro-conjugate fluid」では4),ECFジェットで操作する液滴ベースのμTAS用において液滴生成装置の実現を目指している.微細な電極対を流路に配置することによって発生するECFジェットでμTAS用の液滴を生成している.液滴生成実験を行い,液滴がうまく生成する実験条件を確認している.印加電圧により液滴の径および生成速度が制御できることを明確にしている.

 加工技術として,「UV-LIGA technique for ECF micropumps using back UV exposure and self-alignment」では5),高出力パワー密度のECFマイクロポンプを開発することを目的に,裏面UV露光と自己整合を融合した新たなUV-LIGA加工技術を提案し,高アスペクト比マイクロマシニング(HARM)を実現している.ECFマイクロポンプの性能評価により,提案した裏面露光のUV-LIGA技術は高出力ECFマイクロポンプを可能とする電極製作に効果的であることを証明している.

 その他,国内学会において,「電界共役流体を用いた小形吸着アクチュエータ」6),「電界共役流体を用いたパソコン CPU 用液浸冷却システム」7),「パリレンを用いた可変焦点形ECFレンズ」8)など新規性の高い研究が発表されている.

2.2 電気粘性流体(ERF)

 電気粘性流体(ERF)とは,電界印加により見かけの粘度が変化する機能性流体である.この変化は可逆的であり,流路に設置した電極対に電界を印加することでその流れを制御できる.ERFは均一系ERFと粒子分散系ERFに区分される.平成29年度において注目された学術論文は,(1)英文ジャーナル:4件,(2)和文ジャーナル:1件である.これらを小区分で分類すると,(A)ERFメカニズムと特性:3件,(B)ERFの応用研究:2件である.

特性評価として,「Enhanced temperature effect of electrorheological fluid based on cross-linked poly(ionic liquid) particles: rheological and dielectric relaxation studies」9)では,架橋PIL(C-PIL)粒子に基づく新しいERシステムを開発し,適切な架橋がER特性をわずかに低下させるもののPIL粒子のERFの動作温度範囲を著しく改善することを実証している.示差走査熱量測定および誘電分光法を用いて,異なる架橋レベルのC-PILのER特性を測定し,改善された温度効果のメカニズムを明らかにしている.また,「Micro-gap flow behavior and micro-structure of stored electro-rheological nano-suspensions in the presence of sinusoidal electric field」10)では,正弦波電場を印加したときのER効果を直流電場下でのものと光学的な同時観測法を用いて比較している.流れの安定性およびER応答は,1kHzの正弦波電場の印加時においてかなり良好であったが,ナノ懸濁液の実質的な壁スリップが問題であると指摘している.「パターン電極間におけるポリエチレングリコール微粒子分散系の低電場下での鎖状構造形成」11)では,低電界下でのERFの挙動に焦点を当て,ポリエチレングリコール(PEG)/シリコーンオイル懸濁液の鎖構造が肉眼で観察できる電圧を検証している.オイルの粘度および粒子含有量を増加させることによって,この電圧が高くなることを実験的に示している.

 ERFの応用研究として,「Design and dynamic modeling of electrorheological fluid-based variable-stiffness fin for robotic fish」12)では,ERFを用い,コンパクトでありながら剛性がチューニングできるフィンを提案し,その設計,試作,および動的モデリングについて考察している.剛性を電気的に制御できるフィンにおいて,提案されたモデルの有効性を検証するために,ERFが充填された柔軟なビームがプロトタイプとして試作され,この特性を実験的に明らかにしている.印加電界の変化において,固有振動数が約40%増加することを確認している.また,「Wear forms of heterogeneous electro-rheological fluids working in a hydraulic clutch system」13)では,流体クラッチと粘性クラッチからなる複雑なクラッチシステムにおいて作動流体である不均一なERFの劣化を実験的に検証している.高い電界強度,電気絶縁破壊、高温のシリコーンオイル,湿った空気から吸収された水,シリコーンオイルの炭化水素鎖の損傷などがERFの劣化に重大な影響を及ぼすことを立証している.

3.磁場応答性の流体・ソフトマテリアル

磁気粘性流体(MRF)とは,粒子分散系ERFと類似なものであるが,電界の代わりに磁界を印加することで強い降伏せん断応力を有するビンガム流体に類似する特徴を持つものである.平成29年度にもこのMRFを用いた斬新なダンパ14) 15),ブレーキ16),触覚デバイス17)などが開発されている.

4.おわりに

以上のように,平成29年度にも機能性流体を用いた多様な研究が活発的に行なわれた.クリーンイノベーションやライフイノベーションの分野において,機能性流体を発展させたフルードパワーシステムは,次世代技術としてフレークスルーが期待できる.

参考文献

Y. Kuroboshi, K. Takemura, K. Edamura: Understanding of electro-conjugate fluid flow with dibutyl decanedioate using numerical simulation—Calculating ion mobility using molecular dynamics simulation, Sensors and Actuators B: Chemical, Vol.255, pp.448-453 (2018)

佐藤明,二村宗男:電界共役流体のジェット発生メカニズム解明に関する格子ボルツマン・シミュレーション,日本機械学会論文集,Vol.84,pp. 17-00558 (2017)

Dong Han, Hongri Gu, Joon-wan Kim, Shinichi Yokota: A bio-inspired 3D-printed hybrid finger with integrated ECF (electro-conjugate fluid) micropumps, Sensors and Actuators A: Physical, Vol.257, pp. 47-57 (2017)

Y. Iijima, K. Takemura, K. Edamura: Droplet generating device for droplet-based μTAS using electro-conjugate fluid, Smart Materials and Structures, Vol.26, pp. 054002 (7pp) (2017)

D. Han, Y. Xia, S. Yokota, J.W. Kim: UV-LIGA technique for ECF micropumps using back UV exposure and self-alignment, Journal of Micromechanics and Microengineering, Vol.27, pp. 125008 (20pp) (2017)

中村栄竣,田中豊,枝村一弥,横田眞一:機能性流体パワーを用いた小形吸着アクチュエータの設計と試作,「運動と振動の制御」シンポジウム講演論文集,Vol.15, B02 (2017)

桜井康雄,髙實子正樹,中田毅,枝村一弥:電界共役流体を用いたパソコンCPU用液浸冷却システムの開発,フルードパワーシステム講演会講演論文集,pp.75-77 (2017)

小川真史,金俊完,吉田和弘:パリレンを用いた可変焦点形ECFレンズの提案,フルードパワーシステム講演会講演論文集,pp.22-24 (2017)

Yang Liu, Jinhua Yuan, Yuezhen Dong, Xiaopeng Zhao, Jianbo Yin: Enhanced temperature effect of electrorheological fluid based on cross-linked poly(ionic liquid) particles: rheological and dielectric relaxation studies, Soft Matter, Vol.13, pp.1027-1039 (2017)

Katsufumi Tanaka, Seiya Robson, Midori Takasaki, Haruki Kobayashi, Masami Nakano, Atsushi Totsuka: Micro-gap flow behavior and micro-structure of stored electro-rheological nano-suspensions in the presence of sinusoidal electric field, Colloid and Polymer Science, Vol.295, pp. 441–451 (2017)

田中 大喜, 廣瀬 裕二:パターン電極間におけるポリエチレングリコール微粒子分散系の低電場下での鎖状構造形成,「日本レオロジー学会誌,Vol.45, pp.145-147 (2017)

Sanaz Bazaz Behbahani, Xiaobo Tan1: Design and dynamic modeling of electrorheological fluid-based variable-stiffness fin for robotic fish, Smart Materials and Structures, Vol.26, pp. 085014 (15pp) (2017)

E. Ziabska, J. Duchowski, A. Olszak, K. Osowski, A. Kesy, Z. Kesy, S.B. Choi: Wear forms of heterogeneous electro-rheological fluids working in a hydraulic clutch system, Smart Materials and Structures, Vol.26, pp. 095032 (19pp) (2017)

伊藤嘉昭,河合高志,三輪晃司,内海慎太郎:MR 流体を用いた制振装置の開発とHV への適用,自動車技術会論文集,Vol.49, pp. 42-47 (2018)

佐藤駿介,小林尚暉,川瀬圭祐,中川聡子:MR流体ダンパを取り入れた新構成エレベータ非常止め装置の基礎検証,日本AEM学会誌,Vol.25, pp.106-111 (2017)

中野政身,戸塚厚,田口修,尾高成也,古川仁,道辻善治:超小型EV向けMR流体ブレーキの開発と実装,フルードパワーシステム講演会講演論文集,pp.81-83 ( 2017)

阿部功,熊谷尚也,菊池武士,野間淳一:ナノMR流体を用いた触覚提示用MRデバイスの開発と特性試験,ロボティクス・メカトロニクス講演会講演概要集,1P2-F11 (2017)

著者紹介

JoonwanKIM_PI

きむ じゅうんわん

金 俊完 君

2005年東京大学大学院工学系研究科精密機械工学専攻博士後期課程修了.2005年から東京工業大学精密工学研究所助手(助教),2013年から同大学准教授,現在に至る.機能性流体,MEMS,マイクロマシン,超精密機械加工,メカトロニクスなどの研究に従事.日本フルードパワーシステム学会,日本機械学会などの会員.博士(工学).
E-mail: woodjoon(at)pi.titech.ac.jp