解 説
学術論文賞受賞について*
奥井 学**
* 平成30年6月5日原稿受付
**中央大学研究開発機構,〒112-8551 東京都文京区春日1-13-27
1.はじめに
このたびは日本フルードパワーシステム学会学術論文賞という栄誉ある賞をいただき,大変光栄に感じている.この度の受賞にあたり,これまで私の研究をご指導・ご支援くださった方々,特に博士論文研究をご指導いただいた中村太郎先生(中央大学教授),修士論文研究および学士論文研究をご指導いただいた北川能先生(東京工業大学名誉教授),塚越秀行先生(東京工業大学准教授)に,深く御礼を申し上げる.本稿では受賞論文である「炭酸水素ナトリウムとクエン酸の化学反応を用いた小型増圧ポンプを有する携帯型空気圧源の提案1)」について紹介する.
2.炭酸水素ナトリウムとクエン酸の化学反応を用いた小型増圧ポンプを有する携帯型空気圧源
2.1 背景
近年,空気圧システムの柔軟・軽量という特性に着目した研究が多くなされている2),3).こういった装置の駆動には主にエンジンや大型モータのコンプレッサにより生成される圧縮空気が利用されるが,これらの大型/高重量の空気圧源は装置のモバイル化の障壁となっている.携帯可能な空気圧源により装置のモバイル化が可能となれば,装置の適用可能範囲が大きく広がり,空気圧駆動システムの用途が大きく広がると考える.これまでにも携帯空気圧源が開発されているが4), 5) 6),高圧印加時に圧縮空気の吐出流量が小さい,安定的に十分な圧力の圧縮空気を生成できないなどの理由から実用には至っていない.
そこで本研究では,新しい圧縮空気発生手法として炭酸水素ナトリウムとクエン酸の化学反応に着目した.圧縮空気はこれらの2物質と水の混合で発生する二酸化炭素により生成される.論文では,はじめに利用する化学反応の空気圧源としての特性を調べ,次に化学反応を安定的に継続させる小型増圧ポンプを提案した.最後に,試作した空気圧源による空気圧人工筋肉の駆動実験を行い提案手法の有効性を確認した.
2.2 炭酸水素ナトリウムとクエン酸の化学反応
式(1)に示すように,炭酸水素ナトリウムとクエン酸,水を混合することで二酸化炭素が発生することは広く知られている.これらの物質は一般的に清掃用に利用されており,安価で保存が容易,かつ簡易に入手および廃棄が可能である.また本反応により生成される二酸化炭素,水,クエン酸三ナトリウム(化学式:Na3C6H5O7)は無毒であり,下水に廃棄することが可能であるだけでなく,飲料用水としても利用可能である.
提案する化学反応の空気圧源としての基本特性を明らかにするため,発生可能な最大圧力と混合物質量あたりの発生積算流量を実験により測定した.実験では炭酸水素ナトリウム25.2 g の,クエン酸19.2 g,水300 mlを混合した.使用した炭酸水素ナトリウムとクエン酸はそれぞれ0.3 mol, 0.1 molにあたる.結果,1.1 MPaという空気圧システムの駆動に十分な圧力発生を確認した.また,発生気体の積算流量は6.54 NLであった.これは長さ180 mmの軸方向繊維強化型人工筋肉7)を0.3 MPaの圧力で約14回駆動可能な気体量であり,携帯空気圧源として使用に耐えうるだけの流量を発生可能であると考える.なお,発生気体量は1molの気体の体積を22.4 NLとした場合の理論値である6.72 NLとほぼ一致した.
C6H8O7+3NaHCO3 → Na3C6H5O7+3H2O+3CO2↑ (1)
2.3 増圧ポンプ
空気圧人工筋肉に代表されるラバーアクチュエータは空気圧印加によって収縮するが,空気圧による膨張する力がゴムの弾性力を下回っている状態では収縮しない.本研究ではこのラバーアクチュエータが収縮を開始する圧力を基底圧力と呼ぶこととする.本節ではラバーアクチュエータの基底圧力特性を利用し外部動力を用いずに駆動される増圧装置について述べる.
増圧装置の動作原理図を図1に示す.本装置は軸方向繊維強化ゴムチューブと単動空気圧シリンダ,ターミナルおよびチェック弁から成る.軸方向繊維強化ゴムチューブは軸方向が炭素繊維で拘束されているため,径方向にのみ膨張し長手方向には収縮する.シリンダ内に流体が入った状態で軸方向繊維強化ゴムチューブに圧力を印加することでシリンダが押され,人工筋肉に印加した圧力よりも高い圧力を吐出する.
本増圧装置を利用した空気圧源のシステム全体図を図2に示す.システムはラバーアクチュエータ,2方弁,3方弁,レギュレータ,リリーフバルブ,増圧装置,クエン酸水溶液の入ったボトルA,重層と水の入ったボトルBから成る.ボトルBからの圧力によりラバーアクチュエータを駆動し,その排気圧力により増圧装置を駆動しボトルAのクエン酸水溶液がボトルBに注入される.
2.3 試作機による実験
提案するシステムの有効性を確かめるため,試作機による人工筋肉駆動実験を行った.実験装置を図3に示す.なお,実験装置のシステム構成は図2と同様である.図4に示す実験結果より,人工筋肉と増圧装置が交互に駆動され,増圧装置が駆動されるごとにクエン酸飽和水溶液がボトルBに注入されることを確認した. また結果より,人工筋肉を0.225 MPaの印加圧力で17回駆動させるだけの圧縮空気が生成されたことを確認した.本実験において気体発生に使用したクエン酸,水,炭酸水素ナトリウムの総質量は94.4 gであるため,人工筋肉を一回駆動させるために,約5.6 gの反応物質が必要といえる.これは,1.5 kgの反応物質を使用したとすると約268回の駆動が可能であり,たとえば30 sに一回人工筋肉を駆動させる工場作業などを想定した際に,134 min使用可能であり十分仕様に耐える時間と考える.
2.3 結論
本研究では化学反応を利用した圧縮空気生成手法と,アクチュエータの排気により駆動する増圧装置を有する化学反応継続システムを提案した.また実験により,提案システムで圧縮空気を継続的に発生できることを確認した.提案する空気圧源は,入手・保存・廃棄が容易な物質で圧縮空気の生成が可能であり,今後屋外などでの空気圧システム駆動への応用が期待される.
参考文献
奥井学, 名倉裕貴, 飯川伸吾, 山田泰之, 中村太郎:炭酸水素ナトリウムとクエン酸の化学反応を用いた小型増圧ポンプを有する携帯型空気圧源の提案, 日本フルードパワーシステム学会論文集, Vol.48, No3 (2017)
M. Okui, S.Iikawa, Y.Yamada and T. Nakamura.: Variable viscoelastic joint system and its application to exoskeleton, Proc. of The 2017 IEEE/RSJ International Conference on Intelligent Robots and Systems(IROS), Vancouver, Canada, p.3897-3902 (2017)
Chiun Tai Loh, Hideyuki Tsukagoshi.: Pneumatic Big-hand Gripper with Slip-in Tip Aimed for the Transfer Support of the Human Body, IEEE International Conference on Robotics & Automation (ICRA), p.475-481 (2014)
則次俊郎,韓建海,高岩昌弘:電磁石型リニア駆動小型コンプレッサの開発,日本フルードパワーシステム学会論文集, Vol.33, No.4, p.83-90 (2002)
K. Suzumori, A. Wada and S. Wakimoto.: A new mobile pressure control system for pneumatic actuators using reversible chemical reactions of water, IEEE/ASME International Conference on Advanced Intelligent Mechatronics(AIM), p.122-127 (2013)
北川能,呉海帆,塚越秀行,朴聖煥:三重点における相変化を利用した携帯型空気圧源の開発,日本フルードパワーシステム学会論文集, Vol.36, No.6, p.16-22 (2003)
T. Nakamura, D. Tanaka, H. Maeda.: Joint stiffness and position control of artificial muscle manipulator using instantaneous loads using a mechanical equilibrium model, Advanced Robotics, Vol.25, p.387–406 (2011)
著者紹介
おくい まなぶ 奥井 学 君 2012年東京工業大学制御システム工学科卒業.2014年同大学大学院理工学研究科機械制御システム専攻修了.同年日産自動車(株) 入社.2016年より中央大学研究開発機構研究補助員.2018年中央大学大学院理工学研究科精密工学専攻博士課程修了.2018年より同大学研究開発機構助教,現在に至る.柔軟アクチュエータによるリハビリ支援装置,人工筋肉と機能性流体を用いたアシスト装置,携帯空気圧源の研究開発に従事.日本フルードパワーシステム学会平成24年春季講演会最優秀講演賞, |
図1 増圧ポンプの構造1)
図2 化学反応継続システム1)
図3 人工筋肉駆動実験装置1)
図4 実験の様子1)