解 説

油空圧機器技術振興財団顕彰受賞について*

柳田 秀記**

* 平成30年6月5日原稿受付

**豊橋技術科学大学大学院〒441-8580 愛知県豊橋市天伯町雲雀ヶ丘1-1

1.はじめに

この度,図らずも筆者らが行った研究1)を油空圧機器技術振興財団顕彰の受賞対象にしていただいた.励みとなる賞をいただき,財団の方々をはじめ関係各位に厚く御礼を申し上げる.筆者は,油圧作動油をはじめとする各種潤滑油の清浄度を維持するために,油中の微細な汚染物まで除去する静電フィルタの研究を行ってきている.本稿では,受賞対象研究「Numerical simulation of particle trajectories in the charge-injection type of electrostatic oil filter」の概要について紹介させていただく.

2.研究概要

2.1 背景と目的

液体中の固体粒子は正または負に帯電していることが通常であり,このことは油中の汚染物粒子(以下 粒子)にも当てはまる.したがって,電極となる金属板を油中に挿入し,直流高電圧を印加するとクーロン力により,粒子は帯電極性と逆極性の電極に向けて泳動し,電極上に捕捉される.これが静電フィルタの基本原理であるが,一般に粘度の高い油中では粒子の泳動速度は遅く,浄化には時間がかかる.筆者は,電気流体力学(EHD)ポンプの一つの作動原理である電荷注入現象を用いて油中に電荷(イオン)を生成し(電荷注入という),その電荷を粒子に付着させることで帯電量を増加させることを着想し,粒子の泳動速度の向上,したがって,油の浄化速度の向上が可能であることを示した.粒子を捕捉する表面積を増やすためにフィルタエレメントを電極間に挿入し,浄化速度に及ぼす電極とフィルタエレメントの形状の影響についても調べたが,フィルタ内で粒子がどのような軌跡を描いて最終的に捕捉されるのかその詳細が分かっておらず,電極等の寸法形状や運転条件が浄化速度に及ぼす影響を正しく理解できるには至っていなかった.そこで,本研究では,フィルタ構造を2次元で近似したモデルを用いて粒子軌跡を数値解析し,捕捉状況を調べた.また,粒子軌跡に及ぼす供給流速や油温の影響を調べるとともに,浄化実験の結果と比較検討を行った.

2.2 フィルタと計算モデル

 1は実験で用いた静電フィルタモデルである.中央に粒子を捕捉するコレクタ電極を配置し,それを挟むように電荷を注入するエミッタ電極を2枚対称に配置している.そして,コレクタ電極とエミッタ電極の間に粒子捕捉用のフィルタエレメントを挿入した構造となっている.エミッタ電極には多数の三角形突起を形成してあり,フィルタエレメントには長方形の穴が複数一定間隔で加工されている.フィルタモデルをx-y平面で切断した断面図を2(a)に示す.x方向の1ピッチ分のみを示している.電荷注入用突起は紙面に垂直方向に等間隔で離散的に配置された三角形であるが,突起先端部のみが紙面に垂直に連続的につながったワイヤとして近似した(2 (b)). 

 フィルタ内の速度場と電場は,それらを記述する支配方程式を解くことで求めた.数値解析モデルについては文献2), 3)に詳細を記している.フィルタ内の流度場と電場を数値解析し,その後,その数値解を用いて粒子に作用するクーロン力と抗力(ストークスの抵抗則)を算出し,粒子の運動軌跡を数値計算した.粒子とコレクタ電極あるいはフィルタエレメントとの距離が粒子の半径以下となったら粒子は捕捉されたものとみなした.

2.3 結果と考察

 3は,フィルタ内の電界強度分布(図(a))と電荷密度分布(図(b))の一例を示している.4は流れ場の数値解析結果の一例である.左側の流入断面から油が流入するが,突起部から注入された電荷に作用するクーロン力によってコレクタ電極に向かって引き起こされる流れが加わり,注入部上流側では反時計回りの渦が生じ,注入部下流側では時計回りの渦が形成される.以上のような電場と流れ場にさらされた粒子がフィルタ内で描く軌跡の数値計算結果の一例を5に示す.入口から出口に向かうにつれて粒子が全体にコレクタ電極に向けて移動していることがわかる.また,コレクタ電極に捕捉される粒子(小さい丸印)の数に比べてフィルタエレメントに捕捉される粒子の数はかなり少ない.これは,3 (a)に示すように,フィルタエレメントの上側(コレクタ電極側)と下側(エミッタ電極側)では電界強度が異なり,後者では前者より電界強度が低いことが主因であると考えられる.3 (b)に示すように,突起先端から注入される電荷により,突起より上部を通過する粒子は帯電量が高くなることが期待されるが,フィルタエレメントの上側空間を通過する粒子は,下側に流れ込むことがほとんどなく,それもフィルタエレメントでの捕捉を少なくする理由であると思われる.

フィルタを通過する粒子の捕捉割合と供給流速や油の温度(粘度)の関係は実験結果と定性的には一致した.本数値計算では粒子の帯電量をフィルタ内で一定としたが,3 (b)に示す注入電荷の分布域を通過することで帯電量が増加するはずであり,そのことを定量的に明らかにすること,ならびに,それを考慮した軌跡解析が今後の課題である.これにより静電フィルタの性能予測の精度が向上できると思われる.

3.おわりに

電荷注入式静電フィルタモデル内の電場・速度場の数値解析およびそれを用いた粒子の軌跡解析に関する研究について概要を紹介した.上記の課題解決に向けてさらに研究を進めたい.

参考文献

Yanada, H., Matsuura, S., Yokoyama, T., Nishikawara M.: Numerical simulation of particle trajectories in the charge-injection type of electrostatic oil filter, 日本フルードパワーシステム学会論文集, Vol. 48, No. 6, p. 39-46 (2017)

Tran KD, Kojima Y and Yanada H.: Measurement and numerical simulation of flow and electric fields in charge injection type of electrostatic oil filter, 日本フルードパワーシステム学会論文集, Vol. 40, No. 1, p. 8–15 (2009)

Yanada H, Yamada T, Asai Y, et al.: Measurement and numerical simulation of ion drag pump characteristics, Journal of Fluid Science and Technology, Vol. 5, No. 3, p. 617–631 (2010)

著者紹介

柳田秀記 (3)

やなだ  ひでき

柳田 秀記 君

1982年豊橋技術科学大学大学院工学研究科修士課程修了.同年同大学教務職員,1992年同助教授,2012年同教授,現在に至る.電気流体力学(EHD)流れの基礎と応用,水圧シリンダの特性解明,静電フィルタ等の研究に従事.日本フルードパワーシステム学会,日本機械学会などの会員.工学博士.
E-mail: yanada(at)me.tut.ac.jp

 

図1

図1 静電フィルタモデルの電極とフィルタエレメント

 

図2

図2 静電フィルタの基本形状と2次元モデル

 

図3

図3 フィルタ内の電界強度分布と電荷密度分布の例(印加電圧V =10 kV)

 

図4

図4 フィルタ内の速度場の例(Uin=1.48 cm/s, V =10 kV)

 

図5

図5 粒子軌跡解析結果の例(Uin=0.37 cm/s, V =10 kV, =15.5 mPa・s. 丸印は粒子の捕捉点を示す.)