資 料

機能性流体テクノロジーの次世代FPSへの展開

に関する研究委員会*

中野 政身**

* 平成30年6月5日原稿受付

**東北大学未来科学技術共同研究センター

980-8577宮城県仙台市青葉区片平2-1-1 東北大学産学連携先端材料研究開発センター内

1.本研究委員会の概要

ER(Electro-Rheological)流体,EHD(Electro-Hydro-Dynamic)現象・ECF(Electro-Conjugate-Fluids),液晶,MR(Magneto-Rheological)流体,磁性流体および機能性ソフトマテリアルなどは,電場や磁場などの外場に反応して流体の物理化学的性質が変化する機能性流体である.これまで,これらの機能性流体を活用したさまざまな特徴的なテクノロジー(機能性流体テクノロジー)が提案・実証あるいは確立されてきている.一方,次世代フルードパワーシステム(FPS)には,高性能化,小型化,高機能化,省エネルギー,クリーン化(対環境性),低振動・騒音化,高い信頼性や安全性の確保などが益々要求され,そのブレークスルーを牽引する一つの技術として,機能性流体テクノロジーが挙げられる.本研究委員会(委員長:中野政身,幹事:吉田和弘,副幹事:竹村研治郎,柿沼康弘,委員33名)は,これらの機能性流体テクノロジーの次世代フルードパワーシステムへの展開を図ることを目的に,2015年4月に設置されました.その後,二年間の調査研究活動を経て,一年間の期間延長をし,2018年3月末に活発な研究活動の下に終了しました.現在,その研究成果報告書をとりまとめており,2018年9月に発刊する予定でいる.

2.2017年度の研究活動

2017年度は本研究委員会の最終年度であり,第9回~第12回(最終)の4回の研究委員会を開催して,委員からの話題提供や外部への依頼講演などを実施して調査研究活動を展開して来た.以下に,各回の研究委員会で講演があった研究成果のテーマとその概要等を列挙して研究活動の報告とする.

2.1 第9回研究委員会(2017年5月25日,26日,於:機械振興会館,17名出席)

 平成29年春季フルードパワーシステム講演会1)において,本研究委員会としてOS「機能性流体テクノロジーとその次世代FPSへの革新的展開」を企画し,本研究委員会のメンバーを中心に一般講演10件の発表があった.一般参加者も含めて約35名の参加者があり,活発な質疑応答のもと大変盛会であった.

2.2 第10回研究委員会(2017年9月25日,於:CIC東京,14名出席)

(1) How to make materials to be smart - Electric- and magnetic field responsive polymers for engineering and biomedical applications -(Semmelweis University, 東北大学客員教授:Prof. Miklos Zrinyi)

 電界や磁界に応答するスマート材料について,興味深い現象および効果が紹介された.

 まず,スマート材料の開発における,特有の材料特性や現象を把握する,複数の材料を組み合わせる,自然を学び模倣する,というポイントが紹介された.例として,温度により相変化し光透過性が変化する高分子溶液を用いた窓などが紹介された.つぎに,磁界や電界に応答する高分子ゲルが紹介され,磁界応答と電界応答で理論式が類似していることが指摘された.異方性がある磁界応答高分子ゲルが紹介され,その変形が示された.つぎに,温度によりたんぱく質の通過を制御するスマートメンブレンが紹介された.さらに,磁性体微粒子を組み込んだファイバが紹介された.最後に興味深い現象として,ER効果,電気対流,直流電界下で自発的に誘電体粒子の回転運動が発生するクインケ効果が紹介された.クインケ効果については,誘電体微粒子を分散させたものを用いると電界に敏感に応答する実験結果などが示された.

(2) プラズマアクチュエータ効果を用いた管内微粒子搬送/イオン液体静電噴霧のエネルギー・環境応用/セルロース新素材創製プロセス(東北大学:高奈秀匡委員)

 まず,プラズマアクチュエータ効果を用いた管内微粒子搬送について紹介された.プラズマアクチュエータは,誘電体薄板の上下にすらせて配置した平板電極に交流電圧を印加すると,非熱プラズマの流れが発生するものであり,グロー放電とストリーマ放電を繰り返すメカニズムが説明された.つぎに,電極対を管壁にらせん構造に配置した構造で,プラズマアクチュエータ効果で微粒子搬送を行うデバイスが紹介され,詳細な実験結果が示された.

 つぎに,イオン液体静電噴霧を用いたエネルギー・環境応用について紹介された.細管電極に円孔電極を対向させたデバイスに電圧を印加すると,細管からイオン液体が噴霧され,衛星のイオンスラスタに応用することができる.これに対しパルス電圧駆動が提案され,噴霧の量を増やすことができることなどが示された.また,環境対策への応用についても示された.

 最後に,セルロースナノファイバを静電界で配向する新素材創製プロセスが紹介された

(3) 静電誘導リソグラフィーを用いた電気粘着マイクロピラーアレイの開発(慶応義塾大学:柿沼康弘副幹事)

 微小部品を固定搬送するために開発を進めている電気粘着マイクロピラーアレイに関して,これまでの研究経緯も含めて紹介された.まず,従来の電気粘着ゲルにおける電気粘着効果のメカニズムについて説明があった.ゲルに分散したER粒子の粒子間力ならびに界面に生じる電気力によって,表面にゲルが隆起し粘着現象が生じることが示された.つぎに3次元微細構造を応用した電気粘着表面の開発について紹介された.フォトリソグラフィによって作製した微細構造体にゲルを含侵した電気粘着表面は,電気粘着効果が生じる領域を制御できることが示された.一方で製造に時間がかかる.そこで,粘着領域を制御できる機能性は維持したまま,より簡易的に製造できる電気粘着ピラーアレイの開発に着手していることが説明された.静電誘導リソグラフィーを応用し,電気粘着ゲルに規則的で微細な凹凸を施すことでピラーアレイ化できることが示された.電場-構造連成解析により材料変形の挙動を解析した結果や,粒子含有率の違いにより発生する固定力が異なることが示された.

2.3 第11回研究委員会(2017年12月15日,於:CIC東京,18名出席)

(1) 側鎖結晶性ブロック共重合体による熱レオロジー流体の創製(福岡大学:八尾滋氏)

 ポリエチレン(PE)に側鎖結晶を付加した側鎖結晶性ブロック共重合体(SCCBC)をPE微粒子の分散液に少量加え粘度を劇的に低下させ,温度上昇により粘度が著しく上昇する熱レオロジー流体(TR流体)について解説された.動画により,温度が45°C付近で粘度が著しく上昇して固体化し,その後,冷却すると40°C付近で粘度が低下するTR流体が紹介された.XRD,SEM,TEMを用いた分析や分子動力学シミュレーションの結果に基づきそのメカニズムが説明された.高分子材料は高分子PEのとき効果が大きいこと,反応部分が溶媒と親和性が高いほど効果が大きいこと,濃度が高過ぎるとミセルを形成し効果が低下するため0.5~1 wt%の濃度で効果が大きいことなどが実験的に示された.応用として,ガン治療のための動脈塞栓剤への応用について紹介された.また,多孔膜の表面改質も可能で,銅の無電解めっきができること,テフロンの表面改質もできることなどが紹介され,今後の展望が述べられた.

(2) ソフトアクチュエータ研究の最新動向(山梨大学:奥崎秀典委員)

 導電性高分子を応用したソフトアクチュエータについて解説された.まず,導電性高分子について,フレキシブルから,印刷,伸長可能,ウェアラブルエレクトロニクスに至る開発が進められており,高性能なPEDOT:PSSについて,コンデンサ,有機EL,タッチパネル(透明電極),太陽電池などへの応用分野,階層的な高分子構造,製作方法,および高い導電性,生体適合性,高安定性などの特性が説明された.これはポリグリセリン添加により大きく引き伸ばすことが可能で,導電性高分子を応用したイオン導電性高分子ソフトアクチュエータ,ピエゾイオン効果を用いたソフトセンサが紹介された.つぎに,導電性高分子に電流を流し磁場を与えたときのローレンツ力を用いたローレンツアクチュエータの動作が紹介された.最後に,ナイロンコイルを加熱したときエントロピー弾性により収縮する現象を用い,導電性高分子をヒータとして用いた電熱ソフトアクチュエータについて紹介された.

(3) MR流体による衝撃緩衝/流体スロッシングにおけるスワーリング(慶応義塾大学:澤田達男委員)

 まず,衝撃力のピークを抑えるMR流体を用いたショックアブソーバについて解説された.ピストンにテーパ状の部品を取り付けオリフィスに通し,ピストン変位により断面積が変化する構造が提案され,構築された詳細な流体力学解析モデルおよびその解析結果が紹介された.つぎに,テーパ状部品が持たないデバイスと持つデバイスが試作され,オリフィスの個数,磁場などを変えた特性が実験的に解明され,流体力学解析結果との比較が示された.

 つぎに,流体スロッシングにおけるスワーリングについて解説された.液体を入れた円筒容器を水平の一方向に振動させたとき,液面が傾き回転するスワーリングが生じることが紹介されるとともに,円筒容器を適切に回転運動させたとき,スワーリングが抑えられる実験結果が示された.実験的検討の結果,液面変位は横方向の加振周波数に回転角速度を加算および減算した周波数で共振することが示された.また,流体力学的な理論解析結果が紹介された.

2.4 第12回研究委員会(2018年3月12日,於:東北大学流体科学研究所,24名出席)

(1) ER流体を用いたリハビリテーションロボットSEMULの臨床評価,および回転せん断型MR流体デバイスの最適設計(大分大学:菊池武士委員)

 MR流体デバイスに関する最適設計ならびにER流体を用いた福祉応用研究について最近取り組んでいる研究について話題提供があった.まず始めに,回転型MR流体ブレーキの基本原理,設計方針,応答速度の測定方法,電流アンプの設計について説明があった.つぎに2つの設計問題を例に,力学系設計式と電磁気学系設計式の相互作用を考慮し,遺伝的アルゴリズムによる最適化計算をしてデバイス形状の各種パラメータを決定する手法について紹介があった.トルクの最大化を目的として,計算には透磁率や磁気抵抗の非線形性を考慮して繰り返し計算が行われる.これに基づき設計した実際のMRブレーキについて示された.続けてER流体を用いた2重軸構造のブレーキを基本とした視覚-聴覚-力覚を複合刺激するリハビリシステム(SEMUL)について紹介があった.ロボティックセラピーという新たな考えが生まれ,卓上型のSEMULを用いて,その効果を検証する試みを実施している.雑巾がけ作業のように位置と力の同時制御を行うWIPEゲームによる評価を実施し,その評価方法についても検討している.ネットワークを活用してリハビリ評価結果を収集する仕組みも構築中であることが紹介された.

(2) 磁気機能性流体の精密加工への応用と流体力学的特性(富山高等専門学校:西田均委員)

 MR流体に分散性が高い磁性流体を混合した磁気混合流体(MCF)を用いた精密加工について紹介された.まず,研究内容が概観され,iPhone 7の外周面最終仕上げなどの実用化例が示された.つぎに,各流体の流動曲線について説明され,MCFの特性は磁性流体と類似しているがせん断応力は高いなどの特徴が示された.また,各流体に砥粒を加え磁場を与えたときの磁気クラスタ構造について説明された.MCFを用いた平面研磨および細管内研磨について説明され,加工圧力と断面曲線,およびせん断応力と加工量に相関があることなどが示された.つぎに,MCFを用いたリング状精密部品の内面研磨について紹介された.ツールが同軸の場合,偏心運動する場合ともに,加工量などが最大となるせん断速度が存在し,可視化した結果,そのとき磁気クラスタが長く太くなることが示された.つぎに,平面および凹面の精密加工について紹介された.直流磁場より0.1 Hzのパルス磁場の方が磁気クラスタ形成が安定し,良好な加工結果が得られることなどが紹介され,可視化実験結果が示された.また,プレストンの経験則に当てはめ断面曲線を予測した場合,パルス磁場ではよく一致することなどが示された・

(3) 知能流体制御を目指して-最終講義-(東北大学:中野政身委員長)

 始めに,これまでの教育研究に関する経歴に関して述べられた.若い頃より産学連携を積極的に進め,ロボティックスの観点から流体制御という新しい分野を切り拓き,1990年代に知能流体であるER流体やMR流体の研究を始めた.現在は,機能性流体,流体関連振動,知的制御・情報科学を融合活用した知能流体制御デバイスの創成を目指して研究に取り組んでいる.つぎに,2つの視点からこれまで取り組んできた研究について述べられた.第一の研究は,流体制御に関する研究である.空気圧人工筋の位置・力ハイブリッド制御,円柱ウェークの制御,インクジェットの液滴形成過程に関する研究とノズルの開発,流体・構造連成解析による逆止弁の自励振動解析,ホールトーン自励発振現象の発振機構の解明と制御,部分開空間での漏洩水素の強制換気制御について具体的な研究結果が示された.第二の研究は,機能性流体に関する研究である.ER流体ならびにMR流体の原理,性能の違い,代表的な流れモードとその応用などの基礎事項を説明した後,これまでの開発研究(ER/MR流体の流れ形態,マイクロERバルブのPWM制御,ER流体の点字表示システム,ナノ粒子分散系ER流体の創製,エポキシ系電界応答ポリマーのマイクロモータ,ER流体ダンパ,モータ用MR流体ブレーキ(励磁,無励磁作動),MR流体多孔質コンポジットの特性とそのコイル巻線用テンション制御装置への応用,MR流体測定用磁場印加型レオメータおよびクラスタ構造可視化,Shear-thickening MR流体やドライMR流体,小型EV用MR流体ブレーキ,福祉機器への応用)に関する有用な結果が示された.最後に現象解明とものづくり双方の視点を持つことが研究者にとって重要であることが述べられ,最終講義が締められた.

3.新規研究委員会の設置

2018年4月より,新たに「機能性流体フルードパワーシステムに関する研究委員会」(委員長:中野政身,幹事:吉田和弘,副幹事:竹村研治郎,柿沼康弘)が設置されました.機能性流体を活用したさまざまな特徴的なデバィス・システムが提案・実証あるいは実用化されてきており,フルードパワーの分野でも,機能性流体を活用したフルードパワーシステムが種々提案され,振動制御やロボティクスの分野等において実用化の事例も見受けられようになってきている.本研究委員会では,機能性流体フルードパワーシステムの構築と更なる実用化を図ることを目的に,研究テーマの設定と実施,および研究成果発表などを行い,研究活動を展開する予定である.委員として参加を希望される方は学会事務局あるいは委員長までお申し出ください.

参考文献

平成29年春季フルードパワーシステム講演会講演論文集, pp.19-39,pp.75-83 (2017.5.25-26)

著者紹介

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なかの  まさみ

中野 政身 君

1982年早稲田大学大学院機械工学専攻博士後期課程修了.1981年早稲田大学助手,1982年山形大学助手,助教授を経て,1997年同教授,2008年東北大学教授流体科学研究所,2018年東北大学教授未来科学技術共同研究センター,現在に至る.機能性流体,流体関連振動・騒音,振動制御などに関わるスマート流体制御システム工学に従事.日本フルードパワーシステム学会(理事),日本機械学会(フェロー),計測自動制御学会などの会員.工学博士.

E-mail: masami.nakano.b2(at)tohoku.ac.jp

URL: http://www.masc.tohoku.ac.jp/projects/index.html