資 料
油圧機器のトライボロジーなどの基盤技術に関する研究委員会*
西海 孝夫**
* 平成30年6月28日原稿受付
**防衛大学校システム工学群機械システム工学科,〒239-8686 横須賀市走水1-10-20
1.はじめに
本研究委員会は,油圧機器のトライボロジーなど基盤技術を対象として平成27 年4 月に設置され,1年の活動延長を申請して3年間の活動を行ってきた.年に3回の会議を開き,その中で話題提供や工場見学などを実施しながら,若手とベテランの油圧技術者の交流を図ってきた.本稿では,昨年度の議事録をもとに本委員会の活動内容について報告する.
2.研究委員会の活動状況
本委員会は,表1に示すとおり26名の委員で構成されている.平成29年度の活動状況は以下のとおりである.
(1) 第1回研究委員会
日時:2017 年7 月21 日(金)14:00~17:00,場所:㈱タカコ 滋賀工場,出席者:14 名
(a) 工場見学 ㈱タカコ滋賀工場(写真1)
工場見学に先立ち,㈱タカコの橋本部長から会社概要と生産製品に関する説明があった.その後,同社横山部長の案内で工場内を見学した.工場は第1 工場~第4 工場の4 つから構成されていた.第1 工場では球付ピストン(胴側に球を持つタイプ)の生産ラインとシリンダブロックやリテーナプレートなどを加工するマシニングライン,スプールの一個流しラインである.第2 工場は,1 階にはN ピストン(シュー側に球を持つタイプ)の生産ラインが,2 階には小型アキシアルポンプおよびソレノイドバルブの組立・出荷試験を行うためのクリーンルームが完備され,コンタミコントロールの下で製造されていた.
(b) 話題提供者:高辻 和正委員(タカコ)
・ 題目:小型アキシアルポンプユニットの特性について
・ 概要:小型アキシアルポンプは,ポンプ単体5 機種(1回転当たりの押しのけ容積:0.4,0.8,1.6,3.15,6.3 cm3)が先行して製品化されている.各種バルブやオイルタンクも一体化されたポンプユニットとして,これまでに4 機種(0.8,1.6,3.15,6.3 cm3)が開発された.ポンプユニットはポンプ,ドレン吸収弁,リリーフ弁,オイルタンクから構成されており,各種バルブを追加することができる.ドレン吸収弁は,片ロッドシリンダなど流量差が発生するアクチュエータの組み合わせに対して有効である.押しのけ容積が3.15 と6.3 cm3 のポンプユニットでは,既存のパイロットチェック弁を搭載しているが,0.8 と1.6 cm3 ではシャトル弁を採用し小型化を図っている.小型アキシアルポンプは, 単体で回転速度3000 min-1 で容積効率97 % (押しのけ容積1.6 cm3,定格圧力15 MPa)であり,低域の回転速度300 min-1 においても90 %以上を確保できる.この理由は,シリンダブロックとバルブプレート摺動面に球面形状を採用することで,高圧条件下でのシリンダブロックの解離を吸収できる構造となっているためである.ユニット化することで,各種バルブによるエネルギー損失を極力抑えることができる.また0.4 と0.8 cm3 ポンプでは,高い回転速度5000 min-1 を実現している.
(2)第2回研究委員会
・ 日時:2017 年11 月24 日(金)14:00~17:00,場所:機械振興会館6-62 室, 出席者:16 名
(a) 話題提供者:伊藤 宙委員(川崎重工業)
・ 題目:ショベル用油圧モータの信頼性向上について
・ 概要:ショベルの旋回用で使用している油圧モータ,減速機の製品紹介,旋回用油圧モータの特長,構造,作動および,旋回用減速機の信頼性向上に対する取り組みについて紹介があった.油圧ショベルは新興国市場への展開により使用環境も過酷になってきており,使用されている油圧機器にはより高い信頼性が求められている.発表では旋回用減速機の信頼性向上として,歯車の表面疲労(ピッチング)損傷に着目し,減速機作動時の歯車の倒れを考慮して歯筋,歯形といった歯面修正の最適化を行うことで,歯面のエッジ当たりによる過大面圧を抑制して,寿命を向上することが可能となるとの説明があった.また,歯面の接触面圧の解析とベンチでの減速機単体の耐久試験での歯当たりの比較を行い,解析により歯端部に面圧が発生する歯面形状では,ベンチ試験においても歯端部に早期に強い当たり痕が発生したのに対し,接触面圧を抑えるように歯筋,歯形修正を入れた場合はベンチ試験においても局所当たりは確認されなかった.その他としては,動力循環式歯車試験機を用いた歯車要素試験に関する取り組みについて説明があった.歯面の接触面圧,滑油を変えた条件で,歯面損傷が発生するまでの歯の噛合い回数を調査した結果の紹介があった.
(b) 話題提供者:富松 幸亮委員(日本ルーブリゾール)
・ 題目:Evaluation of efficient hydraulic
・ 概要:油圧作動油向け添加剤を用いた試験室および実機での効率化改善試験結果の題目にて,話題提供があった.なお本報告は,2017 年11 月に米国のDr. Shubhamita Basu からTribology and lubricanttechnology (TLT)へ寄稿された内容にもとづいている.油圧作動油に含まれるポリマーに着目して,同社開発品と一般的に作動油で使用されているポリメタアクリレート(PMA)を比較した試験結果が説明された.簡易的なベンチ試験(MTM 摩擦試験およびKRL せん断試験),油圧システム効率ポンプ試験,実機試験,フィールド試験による4-step で比較試験を実施した.それぞれの試験結果で開発品はPMA より良好な性能を示した.質疑応答では,開発品が高効率に貢献したメカニズム,油圧システム内のポンプやモータ,配管などの各部での機械効率,容積効率,実機およびフィールド試験の詳細な試験方法および解析方法等に関して質問があった.
(c) 話題提供者:西山 遼委員(住友精密工業)
・ 題目:内接ギヤポンプにおけるギヤの軸方向の挙動について
・ 概要:内接ギヤポンプにおけるギヤのシャフト回転軸方向の挙動について話題提供があった.CADを利用した流体解析が盛んであるが,基礎的な隙間流れの式を用いたモデル化という古典的な手計算による見当づけの重要性が解説された.また実際の内接ギヤポンプを使用したギヤ側面圧力の計測結果と運転結果より,ギヤ側面の圧力を計測することでギヤの位置を把握するモデル式を実用した例が解説された.質疑応答では,運動量保存則に基づく流体力のモデルをはじめ, より現実に則したモデル化を行うための指摘があった.
(3)第3回研究委員会
日時:2018 年3 月2 日(金)14:00~17:00,場所:機械振興会館B3-1 室,出席者:19 名
話題提供者:林 明宏委員(油研工業)
・ 題目:ピストンポンプのスワッシュプレート軸受部における摺動特性改善
・ 概要:はじめに可変容量形アキシャルピストンポンプの構造について説明があり,ポンプ性能評価試験を通しての軸受部摺動性能の評価方法およびその評価結果が発表された.軸受部の摺動性評価方法としては,スワッシュプレートを揺動させるポンプ運転条件において,吐出し圧力のサージ圧やコントロールピストン室圧などのヒステリシスを指標とし評価した.評価した軸受は,軟窒化+MoS2 コーティング,ガス窒化,Ni-P メッキの3 種類であり,それぞれ初期状態,慣らし運転後でのポンプ性能データの紹介があった.実験結果では,軟窒化+MoS2 コーティングは初期状態では優れた性能を示すが,慣らし運転後の性能は優れず,耐久性が懸念される.一方ガス窒化とNi-P メッキ品は初期性能が劣るものの,慣らし運転後は初期なじみにより性能が改善し,耐久性を期待できる結果が得られた.
話題提供者:田中 真二委員(東京工業大学)
・ 題目:油圧機器を想定した摺動環境下におけるZnDTP 由来のトライボフィルム形成と潤滑特性
・ 概要:建機の油圧機器(ポンプ・モータ)において,出力密度の向上が進められているが,機器の高負荷化により,摺動環境が過酷化して摩耗や焼付きなどの摺動問題が課題となっている.耐摩耗・耐焼付き性の向上のためには,最適な材料表面処理やトライボフィルム形成が重要と考えている.そこで,まずトライボフィルム形成状態を把握するために,机上試験機で基礎的知見を収集し,ZnDTP由来のトライボフィルム形成に及ぼす,潤滑油中添加剤の作用および材料表面の影響について調べた.ZnDTP 系実用油圧作動液を用いて摺動した際に,顕著な高摩耗が観察されたため,この腐食的高摩耗に焦点を当て,トライボフィルム形成と高摩耗発現機構を検討した.ZnDTP および金属系清浄剤の添加量を変化させた机上試験の結果,ZnDTP の添加量を増量しても腐食的高摩耗を抑えることはできなかったが,金属系清浄剤を増量すると,腐食的高摩耗は低減した.このことから,油種による摩耗挙動の変化は,ポリリン酸皮膜の非形成,鋼表面の硫化反応,清浄剤中のCaCO3 粒子によるアブレシブ摩耗と含Ca 皮膜生成のバランス,から決定されると考えた.
話題提供者:風間 俊治委員(室蘭工業大学)
・ 題目:油圧機器を想定した摺動環境下におけるZnDTP 由来のトライボフィルム形成と潤滑特性
・ 概要:はじめに,弾性流体潤滑(EHL)ならびにTEHL が関与する機械要素類に関する解説があり,製品設計や性能予測のために,その理論やシミュレーションが重要であることが述べられた.TEHL計算は,レイノルズ方程式,エネルギー方程式,弾性方程式などを,潤滑油の物性値式とともに,圧力・温度境界条件を満たしつつ非常に非線形性の強い方程式群を解く必要がある.そのために,メモリや計算量が膨大となる.そこで,隙間方向の温度分布を2次関数で近似することにより,エネルギー方程式の次元を下げる方法がしばしば用いられる.しかし,この仮定に対する数値解への影響は詳しく論じられていなかった.そこで,完全式と近似式の両者に対して計算を行い,見掛けの接触域の前縁において温度分布のバンプが生じ,これが解に影響を及ぼす場合があるなど,その差異が論じられた.
つぎに,潤滑油の物性値に対する評価の影響を論じた内容の説明があった.鉱油系および合成系の5種類の潤滑油に対して,密度,粘度,定圧比熱,熱伝導率,熱膨張率を圧力と温度の関数とした.
主な結果として,熱伝導率の圧力依存性がTEHL 解に及ぼす影響が大きいことなどが述べられた.
さらに,非ニュートン性の影響について解説された.ニュートン流体を仮定した上記の結果に比較して,たとえば,圧力スパイクが緩和されるなどの結果が説明された.最後に,粘度の粘度温度指数について,さらに考究した結果について手短に紹介された.以上のTEHL モデルや本結果は,転がり軸受の転動体と転動面などのような,機械要素の潤滑面に限られる成果ではなく,ピストンポンプのピストンやシリンダボアの端部,ベーンポンプのベーン先端部,歯車ポンプの歯面間など,油圧機器のさまざまな摺動部にも活用および応用できる基礎的な知見を有することなどでまとめられた.
3.おわりに
日本フルードパワーシステム学会の研究委員会などを通し,油圧機器メーカの若手技術者が活発な意見交換や情報共有を図り,油圧の基盤技術が益々発展することを祈っている.
最後に,話題提供のために委員会での講演や議事録作成にご協力頂いた委員の方々,またご多用のところ快く工場見学をお引受頂いた㈱タカコの関係各位にこの場をお借りして御礼申し上げる.
著者紹介
にしうみ たかお 西海 孝夫 君 1976 年青山学院大学理工学部機械工学科卒業,1979 年成蹊大学大学院工学研究科博士前期課程機械工学専攻修了,1983 年成蹊大学助手,1992 年防衛大学校助手などを経て,現在 同教授, 油圧に関する研究に従事,日本フルードパワーシステム学会,日本機械学会の会員,博士(工学) |
写真1 ㈱タカコ滋賀工場での見学風景
表1 油圧機器のトライボロジーなど基盤技術に関する研究委員会の構成(2018 年3 月,順不同)
| 氏 名 | 所 属 |
委員長 | 西海 孝夫 | 防衛大学校 システム工学群 機械システム工学科 教授 |
幹事 | 一柳 隆義 | 防衛大学校 システム工学群 機械システム工学科 准教授 |
幹事 | 高辻 和正 | (株)タカコ 技術本部 第一開発部 |
委員 | 井上 翔太 | 出光興産㈱ 営業研究所 設備油グループ |
委員 | 大塚 正和 | 潤滑油協会 |
委員 | 大橋 彰 | 日本フルードパワー工業会 |
委員 | 押見 真宏 | ボッシュ・レックスロス㈱ ポンプモータ技術部 ポンプモータ1課 |
委員 | 風間 俊治 | 室蘭工業大学大学院 もの創造系領域 教授 |
委員 | 黒川 道夫 | イートン㈱技術部 グループリーダー |
委員 | 小曽戸 博 | コソド油圧ポンプ設計事務所 所長 |
委員 | 伊藤 宙 | 川崎重工業㈱ 精密機械カンパニー |
委員 | 小川 睦 | KYB㈱ 技術本部 基盤技術研究所 要素技術研究室 |
委員 | 鈴木 隆司 | ㈱オーパスシステム 気泡除去技術研究所 所長 |
委員 | 竹内 英雄 | 三菱電線工業㈱ シール事業本部 副本部長 兼 営業部長 |
委員 | 田中 嘉津彦 | 福井工業高等専門学校 機械工学科 教授 |
委員 | 田中 真二 | 東京工業大学 工学院・機械系 コマツ建機革新技術共同研究講座 特任准教授 |
委員 | 野中 暁 | JXTG エネルギー株式会社 中央技術研究所潤滑油研究所 工業用潤滑油グループ |
委員 | 富松 幸亮 | 日本ルーブリゾール株式会社 工業油潤滑油添加剤 テクニカルサービスマネージャー |
委員 | 桜井 茂行 | 日立建機(株) 研究開発本部 先行開発センタ |
委員 | 林 明宏 | 油研工業(株) 戦略製品開発プロジェクトチーム ポンプグループ |
委員 | 平山 朋子 | 同志社大学 理工学部 機械系学科 教授 |
委員 | 鈴木 健太 | (株)日立製作所 研究開発グループ 機械イノベーションセンタ 信頼性科学研究部 研究員 |
委員 | 諸橋 博 | 東京計器(株) 油圧制御システムカンパニー 技術部 |
委員 | 西山 遼 | 住友精密工業(株) 油機事業室 技術グループ |
委員 | 菊池 雅夫 | 東京工業大学 工学院・機械系 コマツ建機革新技術共同研究講座 特任教授 |
委員 | 小村 隆輔 | コマツ サービス本部 サービスオペレーション部 代理店サポートグループ サービス技術チーム |