展 望
平成30年度の油圧分野の研究活動の動向*
佐藤恭一**
* 2019年7月14日原稿受付
** 横浜国立大学大学院,〒240-8501 神奈川県横浜市保土ヶ谷区常盤台79-5
本報では,平成30年度(2018年4月~2019年3月)に発行されたフルードパワーシステムに関わる代表的な学術出版物に掲載された論文をレビューし,油圧分野に関する主に国内の研究活動の動向を報告する.なお,電子版論文については,公開日が2019年4月以降のものであっても,早期公開日が平成30年度にあるものは本報の対象に含めている.調査対象は,日本フルードパワーシステム学会論文集,JFPS International Journal of Fluid Power System,春季,秋季フルードパワーシステム講演会講演論文集,および日本機械学会論文集とし,これらのなかから,油圧分野の論文について紹介する.
平成30年度における油圧研究は,日本フルードパワーシステム学会論文集では2編,JFPS International Journal of Fluid Power Systemでは1編,春季フルードパワーシステム講演会では7編,秋季フルードパワーシステム講演会では15編,日本機械学会論文集では6編の論文が掲載されていた.これらを便宜上,(A)油圧システム・制御,(B)油圧要素・省エネルギー・トライボロジー,(C)モデリング・シミュレーション・解析の3つのカテゴリーに分類し,主な研究について概要を示す.なお.複数のカテゴリーに関わる論文は,筆者の主観でいずれか一つのカテゴリーに振り分けていることをご了承いただきたい.
・ 山内らは,農業用車両の油圧式トランスミッションに起因する音の音質制御を目的として,変動音の低減手段と実証結果を報告した.変動音の低減には,近接遮蔽が合理的であるが,評価点の音圧に寄与が高い発音部を同定する必要があり,その方法を示した1).
・ 平野らは,油圧システムの省エネルギー化を目的に,管路動特性の数学モデルとカルマンフィルタを用いて流量センサを使用せずに流体動力を計測する手法2)と,定常カルマンフィルタを用いた管内流れの把握手法を応用した層流流量計量システム3)を提案した.
・ 清水らは,油圧システムの2足ヒューマノイドロボットの適用について,アクチュエータである油圧シリンダを油圧開回路でポンプ流量制御する方式4)と,油圧閉回路で直接駆動する方式5)について報告した.
・ 江口らは,油圧ショベルの掘削時の地中障害物反力を考慮した障害物回避手法を提案し,モデル予測回避制御を適用した実機検証を報告した6).
・ 吉田らは,原子炉内の燃料デブリ取り出しのため,原子炉内で力センサを用いずに,圧力センサなどの他のセンサを用いたシステム同定により,油圧シリンダ実出力を推定する手法を提案した7).
・ 酒井らは,油圧アーム用油圧シリンダの制御に存在する従来のベルヌーイの式とは異なる非定常流を再現する流量要素を同定する手法8)と,水平1自由度油圧アームの手先力センサに依存しない力センサレス直接教示9)を提案した.
・ 小林らは,鉄道架線と走行車両のパンタグラフからなる集電系の動的相互作用について,パンタグラフを定置で試験するハイブリッドシミュレーションシステムの構築と,架線モデルとパンタグラフとの接触状態を再現する油圧式加振装置の制御を報告した10).
・ 浮田らは,流路中の一オリフィスと一粒子で構成される弁を製作し,その制御特性,流量特性を報告した.この弁は,オリフィスを塞ぐ粒子に圧電素子で振動を励起することにより粒子をオリフィスから離間させ,オリフィス通過流量を制御するものである11).
・ 大島ら,流路内の磁気粘性流体の流動を制御する機械可動部を有しない弁を開発し,シリンダの駆動に適用した.弁の上流に磁気粘性流体と作動油の動力変換部を設けることにより,圧力源は通常の油圧ポンプを使用し,作動油を作動流体としている12).
・ 吉灘らは,油圧式の2重旋回・複腕機構の多自由度を有する災害対応重作業ロボットについて,その制御法と遠隔操作法およびフィールド試験を報告した13).
・ 高見澤らは,作動油中に混入している気泡を除去する装置の設計と気泡除去性能の評価にCFDの適用が有用であることと,CFDの乱流モデルや計算格子の違いがCFD解析の収束性及ぼす影響を報告した14).
・ 塩田らは,昇圧および降圧過程における気泡の混入した作動油の体積弾性係数の実験値と理論値の比較を行い,体積弾性係数のモデル化には時間をパラメータとしたポリトロープ指数および気泡の溶解・析出の考慮が必要であることを示した15).
・ 北澤らは,作動油と空気を動力伝達媒体とする新たなアクチュエータ(気泡を含まない作動で駆動される油両ロッドシリンダのピストンが二分され,その間に気泡が混在する作動油が収められた容積が設けられている)を提案し,油圧のサージ抑制効果に優れていることを解析と実験により示した16).
・ 橋本らは,シリコンゴムの弾性を利用し配管にインラインで取り付け可能な圧力脈動低減素子について,耐久性を向上し,製作も容易で,性能ばらつきも小さい新しい構造を提案し,その性能を実験的に検討した17).
・ 一柳らは,ポンプの従来の簡易的な数学モデルで要求された実験でのパラメータ同定を必要としない内部インピーダンスの数学モデルを構築することを目的に,ポンプの内部流路の形状を考慮に入れた管路モデルを構築するとともに,JIS B 8349-1:2017(ISO 10767-1:2015)に準拠して圧力補償機構付き斜板式アキシアルピストンポンプの内部インピーダンスを測定し,従来のモデルや提案モデルを比較することで,モデルの妥当性検証を行なった18).
・ 佐藤らは,油浴式ティルティングパッド軸受における軸受温度の高精度予測を目的に,より精度のよい油膜入口温度推定式を考案し,種々の条件のもと詳細な軸受温度分布を計測し,解析精度を検証した19).
・ 田中らは,斜板式ピストンポンプ・モータの開発設計に際する技術情報の拡充のために,幾何学的にストレートと順・逆の各テーパ形状を有するピストンを対象にして,混合潤滑解析と連成させたピストンの数学モデルを数値的に解き,この結果に基づいて動力損失を定量的に求めた20).
・ 橋本らは,潤滑油中のブロックオンリング摩擦摩耗試験において,模擬的に汚損による異常を発生させ,それを摩擦係数,接触電気抵抗,AE,加速度の4種類の測定値に基づく機械学習により自動検知できるシステムを構築し,その妥当性を評価するとともに,機械学習における学習方法の最適化について検証した21).
・ 肥後らは,CFD解析の結果を管路の数学モデルの作成に利用することにより,任意な形状を持つ管路の合理的な数学モデルの作成する方法を提案し,管路損失の非線形を考慮するとともに,抵抗要素と慣性要素を同時に満足する慣性のパラメータを導出することを可能にした22).
・ 宮下らは,ブラダ形アキュムレータのブラダのゴムと窒素ガスとの接触面の熱伝達と,ゴム内部の厚さ方向の1次元熱伝導を考慮した数学モデルを提案し,窒素ガスには実在気体モデルとしてvan der Waals方程式を利用した.提案したモデルは,ブラダ形アキュムレータの充填過程と放出過程の実験結果をよく再現することを示した23).さらに,張らは,ブラダのゴムと作動油の間で発生する熱伝達,ゴムおよび作動油内の熱伝導を考慮した数学モデルを提案し24),ZHANGらは実在気体モデルであるSoave-Redlich-Kwongの断熱変化方程式を利用したアキュムレータの数学モデルを構築した25).
・ 増田は,油圧サーボ弁のノズル・フラッパ機構により形成される流体のばねを油圧ばねとし,その機構の寸法変化のサーボバルブ電流変位特性に与える影響を市販のシミュレーションソフトで検証することにより,油圧ばねがサーボ弁の特性に与える影響は小さいことを示した26).
・ 松村らは,ベーンポンプの三次元流れ解析を行い,CFD解析の精度を評価することによってCFD解析の有用性を検証するとともに,十分な精度を持つ高速回転領域での内部しゅう動すき間と初期の溶存空気の含有率を考慮した解析モデルを構築した27).
・ 釜田らは,ターボチャージャの軸受自励振動,ならびに複数しゅう動部を考慮した斜板式油圧ピストンポンプの効率最適設計を例に,潤滑・機構・構造の連成解析技術を紹介した28).
・ 小谷らは,CFDを用いた数値解析により油圧機器の脈動伝達特性を求める同定手法を提案し,研究の初段階として,既に精度の高い数学モデルが確立されている剛体直管を対象に,CFDにより同定した脈動伝達特性と比較することにより,CFD解析による同定の妥当性を検証した29).
・ 肥後らは,CFDを用いて気液2相流れのシミュレーションを行い,油路に滞留する空気は流れにより圧縮されることを確認した.また,一次元動特性解析を行う際は,油路に滞留する気泡群はポリトロープ変化でモデル化することが適切であることを示した30).
・ 上村らは,油圧ショベルで掘削する土砂を個別要素法(Discrete Element Method: DEM)によってモデル化し,剛体・油圧駆動システムとのコーシミュレーションを行うことによって,土砂の掘削挙動を考慮した剛体・油圧駆動システムの動的シミュレーションを行うとともに,土砂の特性に対する油圧駆動システムの評価が可能となることを示した31).
平成30年度における本学会等で発表された油圧関連の主な論文の概要を紹介することで,国内の油圧分野の研究活動動向の報告した.調査対象となった文献は31編であり,(A)油圧システム・制御,(B)油圧要素・省エネルギー・トライボロジー,(C)モデリング・シミュレーション・解析の3つのカテゴリーに分類すると,各10編程度となり,油圧分野の各カテゴリーで満遍なく研究が展開されていることが窺える.
1) 山内,深田,中川:油圧式トランスミッションに起因する変動音の同定と音質制御,平成30年度春季フルードパワーシステム講演会講演論文集,p.91-93(2018)
2) 平野,眞田:カルマンフィルタによる非定常動力推定計算の実装について,平成30年度春季フルードパワーシステム講演会講演論文集,p.94-96(2018)
3) 平野,千葉,眞田:カルマンフィルタによる管内流れ推定法を応用した層流流量計システム,平成30年度秋季フルードパワーシステム講演会講演論文集,p.8104-106(2018)
4) 清水,大谷,橋本,高西:流量制御に基づく油圧システムの2足ヒューマノイドロボットへの適用,平成30年度春季フルードパワーシステム講演会講演論文集,p.97-99(2018)
5) 清水,大谷,水上,橋本,高西:2足ヒューマノイドロボット向け油圧直接駆動システムの応答性の検討,平成30年度秋季フルードパワーシステム講演会講演論文集,p.91-93(2018)
6) 江口,野中,関口,鈴木:油圧ショベルにおける地中障害物反力を考慮したモデル予測回避制御,平成30年度春季フルードパワーシステム講演会講演論文集,p.100-102(2018)
7) 吉田,石川,大西,山丈:システム同定を用いた油圧シリンダ出力の推定と制御,平成30年度秋季フルードパワーシステム講演会講演論文集,p.88-90(2018)
8) 永井,那花,酒井:油圧アームの非定常流量要素の最適行列同定,平成30年度秋季フルードパワーシステム講演会講演論文集,p.85-87(2018)
9) 西村,酒井:水平1自由度油圧アームの力センサレス直接教示,平成30年度秋季フルードパワーシステム講演会講演論文集,p.94-96(2018)
10) 小林,山下,臼田,David P. STOTEN:多質点系架線モデルに基づく集電系ハイブリッドシミュレーションシステムの開発,日本機械学会論文集,84-867,p. 18-00229(2018),DOI 10.1299/transjsme.18-00229
11) Takahiro UKIDA, Koichi SUZUMORI, Hiroyuki NABAE, Takefumi KANDA: Fabrication and Evaluation of Hydraulic Particle Excitation Valve Vibrated Perpendicularly to Direction of Flow Path, JFPS International Journal of Fluid Power System, 11-2,pp.9-17(2018), DOI 10.5739/jfpsij.11.9
12) 大島,福田,清水:PWM制御法による磁気粘性流体バルブによる油圧アクチュエータの速度制御,平成30年度秋季フルードパワーシステム講演会講演論文集,p.35-37(2018)
13) 吉灘,倉鋪,近藤:力持ちで器用な災害対応重作業ロボット,平成30年度秋季フルードパワーシステム講演会講演論文集,p.97-99(2018)
14) 高見澤,舟知,坂間,田中:CFDを用いた気泡除去装置の性能評価~計算モデルと計算格子の影響~,平成30年度秋季フルードパワーシステム講演会講演論文集,p.117-119(2018)
15) 塩田,坂間,菅原,田中:気泡の混入による作動油の体積弾性係数の変化の実験的評価,平成30年度秋季フルードパワーシステム講演会講演論文集,p.120-122(2018)
16) 北澤,坂間,菅原,田中:気泡の混入による油圧システムにおける応答性低下とサージ抑制に関する研究,平成30年度秋季フルードパワーシステム講演会講演論文集,p.123-125(2018)
17) 橋本,桜井,兵藤,饗庭:油圧システム用新型圧力脈動抑制素子,平成30年度秋季フルードパワーシステム講演会講演論文集,p.110-112(2018)
18) 一柳,西海:アキシアルピストンポンプの内部インピーダンス特性に関する研究,日本機械学会論文集,85-872,p. 18-00483(2019),DOI 10.1299/transjsme.18-00483
19) 佐藤,辺見,山下,高橋:軸受熱流体潤滑解析における混合油温度計算の改良及び評価,日本機械学会論文集,85-871,p.18-00385(2019), DOI 10.1299/transjsme.18-00385
20) 田中,桃園,京極,藤田:斜板式ピストンポンプ・モータのピストン幾何学的形状によるピストンとシリンダ間摺動部の動力損失への影響,日本機械学会論文集,84-868,p.18-00359 (2019),DOI 10.1299/transjsme.18-00359
21) 橋本,本田,持田,杉山,中村,高東:機械学習を用いたしゅう動面状態監視システムに関する研究,日本機械学会論文集,84-868,p. 18-00275(2018),DOI 10.1299/transjsme.18-00275
22) 肥後,清水,田中:3D-CFDを用いた複雑油路の管路モデルの導出,平成30年度春季フルードパワーシステム講演会講演論文集,p.16-18(2018)
23) 宮下, 眞田:熱伝導を考慮したブラダ形アキュムレータの数学モデル,日本フルードパワーシステム学会論文集,49- 2,pp. 49-55(2018),DOI 10.5739/jfps.49.49
24) 張,眞田:熱伝達と熱伝導を考慮したアキュムレータの数学モデル,平成30年度春季フルードパワーシステム講演会講演論文集,p.85-87(2018)
25) Shuce ZHANG, Hiromu IWASHITA, Kazushi SANADA:Soave-Redlich-Kwong Adiabatic Equation for Gas-loaded Accumulator,日本フルードパワーシステム学会論文集,49-3,pp. 65-71(2018),DOI 10.5739/jfps.49.65
26) 増田:サーボバルブのノズル・フラッパ油圧バネに関する1Dシミュレーションモデル,平成30年度春季フルードパワーシステム講演会講演論文集,p.88-90(2018)
27) 松村,秋吉,築地,中村,渡辺:ベーンポンプ内のCFD解析,平成30年度秋季フルードパワーシステム講演会講演論文集,p.101-103(2018)
28) 釜田,林,金澤,二江,鈴木:潤滑・機構・構造連成解析を用いた流体機械の信頼性・性能向上設計技術,平成30年度秋季フルードパワーシステム講演会講演論文集,p.107-109(2018)
29) 小谷,一柳,西海:CFDによる油圧管路の脈動伝達特性の解析,平成30年度秋季フルードパワーシステム講演会講演論文集,p.113-115(2018)
30) 肥後,清水,岡田,藤井,田代,鈴木,土田,田中:CFD解析を用いた油圧システム内に滞留する気泡群の一次元モデル定義式,平成30年度秋季フルードパワーシステム講演会講演論文集,p.126-128(2018)
31) 上村,今西:土砂の掘削挙動を考慮した剛体・油圧駆動システムの動的シミュレーション,日本機械学会論文集,84-861,p.17-00468(2018),DOI 10.1299/transjsme.17-00468
さとうやすかず
佐藤恭一 君
1992年横浜国立大学大学院工学研究科博士課程後期修了.同大学講師,准教授を経て,2012年同大大学院工学研究院教授,現在に至る.油圧動力の伝達,制御,メカトロニクスに関する研究に従事.日本フルードパワーシステム学会,日本機械学会,自動車技術会などの会員.博士(工学).
E-mail: sato-yasukazu-zm(at)ynu.ac.jp