展 望

 

平成30年度の機能性流体分野の研究活動の動向*

 

柳田秀記**

 

* 2019725原稿受付

** 豊橋技術科学大学大学院441-8580 愛知県豊橋市天伯町雲雀ヶ丘1-1

 


1.はじめに

機能性流体とは,磁界の印加により粘度が増大する磁気粘性流体(MRF),磁性流体(MF),磁気混合流体(MCF),電界の印加により粘度が増大する電気粘性流体(ERF),電界の印加により流動が生じるEHD(電気流体力学)現象が発現しやすい流体を主に指している.電界印加により顕著な流動が生じる液体は電界共役流体(ECF)と呼ばれることもある.また,母材に液体ではなくゴムなどの柔らかい材料を用いて電界や磁界の印加により吸着力が変化する機能性ソフトマテリアルの研究も行われている.

 科学技術文献情報データベースJDreamで検索すると,MRFだけで1年間に100件を超える文献情報が出てくる.多くは海外の研究であり,とても網羅することはできないので,本稿では平成30年度に報告された機能性流体とソフトマテリアルに関する研究状況について,本学会講演会など国内で発表された研究を概観する.

2.研究動向と概要

2.1 MRFMFMCF

 MRFに関しては,非電磁式省動力界磁機構の研究,力覚提示装置への応用研究,シリンダの速度制御への適用研究の他,トルク伝達特性に及ぼすクラスタ形成の影響やMRFの粘度に及ぼす温度の影響を調べた基礎研究などがある.MFに関しては大口径・高速回転対応のシール開発,MCFでは精密加工法への適用研究が行われている.

・中村らは1),永久磁石を用いてMRFに磁界を印加する非電磁式界磁機構において,永久磁石の回転と角度保持に要するトルクを低減する省動力形のヨーク磁気回路を提案し,実測によりトルクが大幅に低減できること,ならびに,電磁界解析により制御できる磁界強度範囲が十分であることを示した.

・大島らは2)MRFを作動流体として,永久磁石と電磁石の作る磁場を対抗させるノーマルクローズ型のMRFバルブを構成し,電磁石印加用電圧をPWM制御によりデューティ比を変えることで,アクチュエータシリンダの速度制御が可能であることを示した.

・船引らは3)MRFを充填したゴムチューブに加える磁束密度を制御することでゴムチューブの曲がりやすさを変化させ,手首関節の剛性を変化させて力覚提示を行う手首装着型力学提示デバイスを提案した.

・川崎らは4),臨床手技向上のためのシミュレータ開発を目標とし,癌などの腫瘤の発生によって臓器の一部の硬さが任意に変化する機構をMRF内蔵の弾性可変機構により再現し,その機構を模擬臓器(乳房モデル)に組み込んで臨床医の評価を受け,実際の腫瘤に近いものであることを確認した.

・飯野らは5)MRFを用いたケーシングローター型トルク伝達装置の伝達特性に及ぼすクラスタ形状,破壊,再形成の影響について調べている.

・松坂らは6) MRFの構成材料を変化させて,温度変化に伴う粘度の変化について測定し,MRFの応用について検討している.

・嶋崎らは7),山梨県米倉山太陽光発電所の「超電導フライホイール蓄電システム」の超電導磁気軸受けやフライホイールとモータとの間をシールするために特化した大口径かつ高速回転対応磁性流体シールを開発した.

・山本らは8)MCFを用いた新規の円筒内面精密加工法について,加工中の圧力分布の測定ならびに磁気クラスタの挙動や形状の観察を行い,加工特性に及ぼす磁気クラスタの影響について調べている.加工量はせん断速度(工具回転速度)の増加に伴い直線的に増加するが,あるせん断速度で磁気クラスタが破断し,いったん加工量が低下した後,再び増加することなどを明らかにした.

・道下らは9)MCFを用いた平面研磨の高能率化を目的として,研磨工具とワークを電極とし高電場を印加する手法について,直流電場または交流電場を用い,MCF平面研磨特性に及ぼす電場強度,交流波形,交流周波数の影響を調べた.

・笹木らは10)MCFを用いた円筒内面加工法の加工能率向上を目的として,磁場に加えて電場も印加する方法について検討している.

2.2 ECFEHDERF

 ECFEHDに関しては,CPU冷却システムへの適用,グリッパや吸着型アクチュエータへの応用,交流電気浸透流ポンプ,EHDポンプ特性に及ぼす液温の影響を調べた研究があり,ERに関してはブレーキシステムへの適用研究が行われている.

・桜井らは11),パソコンCPU冷却システムの小型化を図るため,CPUECF内に浸漬させ,同じくECF内に設置した小型ECFポンプによりCPUに向けてジェット流を衝突させるとともに,ECFの気化による相変化を利用して外部に放熱する冷却システムを提案し,十分機能することを示した.

・金らは12),変形しやすい袋に微粒子を封入し真空引きすると袋と粒子が固体のように固化するジャミング転位現象を利用したグリッパの真空発生部にECFマイクロポンプを適用し,グリッパとして機能することを示した.

・中村らは13),変形しやすい素材で製作されたECFタンクを吸着パッドの空洞部に隣接して配置し,タンク中に設置したECFポンプを作動させることで吸着空洞部に負圧を発生させる吸着形アクチュエータ(外径11mm,高さ24mm)を試作し,質量約93gの物体の持ち上げられることを示した.

・鳴海らは14)ECFジェットによる液圧源を搭載したマイクロ歩行形ロボットを提案し,蜘蛛の関節を模倣したソフトアクチュエータの特性について検討している.

・浅井らは15),交流電気浸透現象を応用したマイクロポンプにおいて,出力増強を目的として電極間にT字形の補助電極を配置した新しい電極構成を提案し,T字形電極の寸法や電極対の数の影響を数値シミュレーションにより調べるとともに,電極構成の有効性を示した.

・柳田らは16)EHDポンプを熱輸送デバイスでの冷媒循環用ポンプとして用いることを想定し,EHDポンプ特性に及ぼす作動液体の温度の影響を実験と数値解析により調べ,液温の上昇とともに低流量時の発生圧力は低くなるが,圧力流量特性の傾きは小さくなり,吐出可能流量が増大することを示した

・外川らは17),マイクロマウス競技用小形ロボットへの搭載を念頭においてERFを用いた小形ERブレーキの構造や試作結果について示すとともに,高電圧印加に必要となる駆動回路の設計を行い,さらにERブレーキの制動特性をシミュレーションにより明らかにした.

・田中らは18),中型の医療機器に取り付けられている移動用キャスタの車輪にERブレーキを取り付けて,加速度応答と変位応答を抑制する手法についての検討を行い,スライディングモード制御を用いた制御器により抑制効果を確認している.

2.3 ソフトマテリアル

 以下に記すように,ブレーキデバイスへの応用研究が行われている.

・川島らは19),シリコンゴムに粒子系ERFで用いられる粒子を分散させたシート状の電気的吸引材料(Electro-Attractive MaterialEAM)をブレーキデバイスとする歩行支援機能を有する短下肢装具を開発し,ヒトの足首周りの筋肉が歩行時に発生する力の10 %を補助できることを示した.

・杉森らは20),内視鏡検査時に片手が自由にできるようにEAMブレーキデバイスを用いた内視鏡固定具の開発を目的とし,内視鏡の送り方向の固定を可能にする固定装置を試作して基礎実験を行い,試作装置の有効性を示した.

3.おわりに

本稿では取り上げなかったが,機能性流体に関する研究が海外でも多く行われていることを改めて知ることができた.201811月に仙台国際センターで開催された第15回流動ダイナミクスに関する国際会議(ICFD2018)の中のOSSmart Fluids & Soft Matters and the Advanced Applicationsでは機能性流体及び機能性ソフトマテリアルに関する講演が11件報告されており,中野21)により報告内容がまとめられているので参照されたい.

本学会には機能性流体に関する研究委員会(委員長:東北大学, 中野政身教授)が継続して設置されており,研究情報等の交換が活発に行われている.委員会メンバーをはじめとする研究者・技術者により今後も新しい成果が報告されるものと期待される.

参考文献

1)         中村勇貴,佐藤恭一:永久磁石の揺動を利用した磁気粘性流体の非電磁界磁機構,平成30年春季フルードパワーシステム講演会講演論文集,p.53-55 (2018)

2)         大島信生,福田真也,清水悠平:PWM制御法による磁気粘性流体バルブによる油圧アクチュエータの速度制御,平成30年秋季フルードパワーシステム講演会講演論文集,p.35-37 (2018)

3)         船引大輝, 山崎陽一, 井村誠孝:MR流体を用いた関節剛性可変機構による力覚提示,日本バーチャルリアリティ学会大会論文集,Vol.23,論文No.34C-2 (2018)

4)         川崎智佑喜,他8名:触診訓練用シミュレータの開発 ― MR流体を用いた弾性可変機構を有する触診シミュレータの設計・製作,日本ロボット学会学術講演会予稿集,Vol.36, 論文No.2B2-01 (2018)

5)         飯野晟典,瀬戸雅宏, 山部昌:磁気粘性流体を用いたトルク伝達装置におけるクラスター形成に関する研究,日本機械学会北陸信越支部総会・講演会講演論文集,Vol.56,論文No.G042 (2019)

6)         松坂貴裕, 瀬戸雅宏, 山部昌:磁気粘性流体を構成している材料の温度変化に伴う粘度特性について,日本機械学会北陸信越支部総会・講演会講演論文集,Vol.56,論文No.G043 (2019)

7)         嶋崎靖幸,他8名:超電導フライホイールの開発 2大口径高速回転磁性流体シール,低温工学・超電導学会講演概要集,Vol.96p.141 (2018)

8)         山本久嗣,西田均,他5名:磁気混合流体を用いた円筒内面に対する精密加工特性の流体力学的考察,平成30年春季フルードパワーシステム講演会講演論文集,p.29-31 (2018)

9)         道下滉司,西田均, 山本久嗣, 木下豊章, 百生登:磁気混合流体を用いた平面研磨の高能率化に関する基礎研究,日本機械学会北陸信越支部総会・講演会講演論文集,Vol.56,論文No.C021 (2019)

10)     笹木遼馬, 西田均, 山本久嗣, 百生登:磁気混合流体を用いた円筒内面加工の電場印加による高能率化,日本機械学会北陸信越支部総会・講演会講演論文集,Vol.56,論文No.C022 (2019)

11)     桜井康雄,石井翔太,斎藤拓也,中田毅,枝村一弥:電界共役流体と相変化を用いたパソコンCPU用液浸冷却システムの開発,平成30年春季フルードパワーシステム講演会講演論文集,p.38-40 (2018)

12)     金俊完,嵯峨由彬,Zebing MAO,吉田和弘:ECFマイクロポンプを用いたジャミンググリッパの提案,平成30年春季フルードパワーシステム講演会講演論文集,p.41-43 (2018)

13)     中村栄竣,田中豊,金城拓,枝村一弥,横田真一:機能性流体パワーを用いた小形吸着アクチュエータ,平成30年春季フルードパワーシステム講演会講演論文集,p.44-46 (2018)

14)     鳴海将, 吉田和弘, KIM JoonwanECFマイクロポンプを搭載した昆虫形ソフトロボットの提案,日本機械学会関東支部・精密工学会山梨講演会講演論文集,Vol.2018,論文No.YC2018-083 (2018)

15)     浅井健太,吉田和弘,嚴祥仁,金俊完:T形電極アレイを用いた交流電気浸透マイクロポンプの提案,平成30年春季フルードパワーシステム講演会講演論文集,p.50-52 (2018)

16)     柳田秀記,西川原理仁,米田涼,宮北健,澤田健一郎:EHDポンプ特性の温度依存性に関する研究,平成30年春季フルードパワーシステム講演会講演論文集,p.47-49 (2018)

17)     外川貴規, 橘拓真, 田中豊:小形ロボット搭載用ERブレーキの設計と試作,日本機械学会関東支部・精密工学会山梨講演会講演論文集,Vol.2018,論文No.YC2018-067 (2018)

18)     田中柊, 鎌田祟義:スライディングモード制御則を用いたキャスタワゴンの地震応答抑制,Dynamics & Design ConferenceVol.2018,論文No.220 (2018)

19)     川島源樹,安齋秀伸,長妻明美,三井和幸:EAMブレーキデバイスを用いた歩行支援機能を有する短下肢装具の開発,平成30年春季フルードパワーシステム講演会講演論文集,p.32-34 (2018)

20)     杉森信之,羅偉烽,安齋秀伸,三井和幸:EAMブレーキデバイスを用いた内視鏡固定装置の開発,平成30年春季フルードパワーシステム講演会講演論文集,p.35-37 (2018)

21)     中野政身:ICFD2018におけるフルードパワー関連研究,フルードパワーシステム,Vol. 50, No. 4, p.182-184 (2019)

著者紹介

やなだひでき

柳田秀記 君

1982年豊橋技術科学大学大学院工学研究科修士課程修了.同年同大学教務職員,1992年同助教授,2012年同教授,現在に至る.電気流体力学現象,水圧シリンダ,油圧ポンプなどの研究に従事.日本フルードパワーシステム学会,日本機械学会などの会員.工学博士.

E-mail: yanada(at)me.tut.ac.jp