解 説

 

技術開発賞受賞について*

 

西田信治**

 

* 201965日原稿受付

** 川崎重工業株式会社,〒651-2239 神戸市西区櫨谷町松本234番地

 


1.はじめに

この度は,「斜板式高速油圧モータM7Vシリーズ」に対して,技術開発賞という名誉ある賞を受賞できたことは,大変光栄であり,高く評価頂いたことに感謝を申し上げる.本油圧モータは,42MPaと高い定格圧力を維持しつつ,5,000min-1 (M7V112)を超える高速運転を実現している.建設機械や産業機械の性能,品質の向上に寄与し,将来へ展開が期待される技術が盛り込まれている.

 本稿では,M7Vシリーズの仕様,高速限界試験の結果,内部構造,適用技術等について解説する. 

2.開発の背景

 油圧モータは,油圧ショベルの旋回・走行用途やクレーンの巻上用途,ドリル機械のドリル駆動用途の他,回転駆動を必要とする建設機械,産業機械,船舶用装置などに広く使用されている.油圧モータが選択される理由は,電動モータに比べ,出力密度(単位重量あたりの出力)が高いという特長や油圧作動油に圧縮性があるため衝撃に対し耐性がある,また油圧バルブを追加するだけで負荷を容易に保持できるなどの優位性があるためと考えられる.油圧モータへの市場要求としては,小型軽量で高出力であること,高い信頼性を有し,高効率,低騒音であることなど多岐にわたる.当社の一般産業機械用油圧モータは,1,000cm3クラスまでの比較的大きな容積をラインナップしているが,小型で高出力を求められる市場には十分対応できていなかった.そこで小型で出力密度を従来の当社製油圧モータより飛躍的に向上させることを目的として開発を進めた.モータの出力は,トルクと回転速度になるが,トルクを高めるための高圧化および回転速度を上げる高速化を同時に実現させることを目指した.油圧モータには,斜板式ピストンモータの他,斜軸式ピストンモータ,ラジアルピストンモータ,ベーンモータ,ギヤモータなど多くの形式が存在するが,今回,開発対象としたのは,当社で経験豊富な斜板式ピストンモータであり,2006年から新開発製品であるM7Vシリーズの基礎研究を開始した.

3.仕様

 M7Vシリーズは,現在,表1に示すように,フレームサイズ852124サイズをラインナップしており,定格圧力は42MPa,最高圧力は50MPaまで許容している.これは当社従来製品の圧力仕様の1.4倍に相当する.回転速度仕様は速度係数Cp= n Vg1/3 で表すと約22,000cm/minとなる(n:回転速度,Vg:押しのけ容積).これは当社従来製品の回転速度仕様の2.0倍に相当し,これまで斜軸式ピストンモータでしか実現できていなかった高速回転が可能となった.

4.高速限界試験

 開発製品の性能や信頼性などの検証のため,効率計測試験や過回転試験,過負荷試験,その他各種評価試験を行うが,前述の仕様に対する余裕度を確認した一例として,高速限界試験の結果について説明する.試験回路を図1に示す.試験モータを,駆動モータによって回転させ,入力回転速度を徐々に上昇させていく.内部破損など異常が生じるまで回転速度を上げ続け,異常が生じた回転速度を限界回転速度として記録する.このとき,試験モータに負荷される圧力は,吸入側,吐出側とも3MPa,油温は50としている.また,試験モータの容積は,最大側に機械的に固定し,ロータリ部品にとって厳しい評価条件となっている.

2に高速限界試験の試験結果を示す.M7V1129,300min-1M7V1608,600min-1M7V2127,400min-1が各フレームサイズの限界回転速度であり,Cp値で表すと約45,000cm/minとなる.異常の内容は,内部部品の破損であり,同部品の強度は回転速度の影響を受ける.図2の理論強度限界線に示すように計算による強度限界回転速度と実測値がよく整合していることも確認できた.

 しかしながら,油圧モータが実際に使用される圧力や油温の条件は,前述の試験条件以上に厳しい場合が想定されるため,設計仕様上のCp値は低く抑えている.

5.内部構造

 つぎにM7Vシリーズの内部構造について説明する.図3に外観,図4に内部構造を示す.図4に示すようにシリンダブロック,ピストンを含むロータリ部と斜板の傾転を制御する傾転機構部,および傾転制御用の制御圧を供給するレギュレータなどで構成されている.ピストン本数は,11本を有しており,当社従来製品の9本に比べ増加させている.この11本ピストン化により,ピストン直径を小さくし軽量化することが可能となり,各ピストンに作用する慣性力が低減される.この結果,シリンダブロックの高速回転時の姿勢の安定化やピストンとのしゅう動状態改善などの効果が認められている.

 また,ポンプ動作時にロータリが高速回転すると,図5に示すようにピストン・シューが,シュープレートから離れようとする力がより大きく作用する.この力は,ピストン・シューの慣性力やピストンとシリンダボア間に作用する粘性抵抗などにより発生するものであり,当社従来製品では,スプリング力で対抗させる構造としていた.しかし,M7Vシリーズに同構造を採用した場合,高速回転時に対応した大きなスプリング力が必要となるため,しゅう動部の摩擦損失が運転中常に発生し,モータの機械効率が悪化してしまう.そのため,図6に示すようにリテーナガイドを介してピストン・シューがシューとシュープレートとの僅かな隙間を保った状態で機械的に位置決めされる構造とし,さらに生産性向上の点からリテーナガイドの位置決めに必要なシム調整はロータリ組込後に可能となるような構造とした.

6.適用技術

 高速化に当たっては,しゅう動部品の発熱による焼付きに特に注意して設計する必要がある.そのためには,発生する熱をマネジメントすることが肝要である.その方法として,熱の発生自体を抑制する機能と発生した熱を効率的に逃がす機能を持たせることが効果的である.M7Vシリーズの開発には,伝熱解析や流体解析を有効に活用した.しゅう動部品の実測温度との整合をとることでより解析精度を高め,部品形状や構造の最適化により,効果的な熱のマネジメントが実現できている.

7にバルブプレートとその周囲の温度分布を示す.周囲の作動油の流れや伝熱の条件,強制冷却による効果などを検討しバルブプレートの形状を決定した.特に周囲の作動油の淀みは,しゅう動部の伝熱の条件を悪化させるため,流路面積を効果的に広げることで淀みを改善し効率的に放熱できるようになった.

他のしゅう動部についても,流体解析を活用し,冷却効果を狙った形状を採用するとともに,材料面でも見直しを行った.また,しゅう動部品が互いに接触する部位の表面形状は,接触解析や評価試験により効率とのバランスも考慮しながら決定している.

M7V シリーズは,前述の高速化だけでなく,低騒音化や長寿命化,低速回転時の回転変動低減なども実現している.これらは,従来から当社が得意としている斜板式ピストンモータの性能改善技術をM7Vシリーズにも適用し,最適化した結果である.

7.おわりに

 M7Vシリーズは,斜板式油圧モータであり,構造上は斜板式油圧ポンプと類似しているため,両者に共通して適用できる技術は多い.油圧ポンプは,建設機械などでは,主にディーゼルエンジンで駆動される場合が多いが,今後,環境規制が世界中でさらに厳しくなり,電動機駆動に置き換わっていくことも想定しておかなければならない.その場合,油圧ポンプは高速で回転できるほうが電動機設計の自由度が高くなる.今回の技術を油圧ポンプの構造やロータリ部品へ展開することで高速化に貢献できると考えている.

 また,同一軸上で構成されるHST (HydroStatic Transmission)HMT (HydroMechanical Transmission)への技術の応用も考えられる.同一軸上での構成は,トランスミッションへの搭載性に優れており,今回の技術を適用することでさらにコンパクトな構成が可能となる.

 M7Vシリーズは,現在,各種建設機械で使用され,その性能の高さに満足いただいている.今後も油圧機器の性能向上を目指し,市場に望まれる製品を開発していきたい.

 

著者紹介

本人写真にしだしんじ

西田信治 君

1993年東北大学工学部機械工学第二学科卒業.

同年川崎重工業株式会社入社.

主に建設機械用油圧ポンプ・モータの設計,開発に従事.

日本フルードパワーシステム学会員.

E-mail: nishida_s@khi.co.jp

 

 

 

 

1 M7Vシリーズ仕様

フレームサイズ

85

112

160

212

最大押しのけ容積 Vg max [cm3 ]

88

112

160

215

圧力 P [MPa]

定格

42

最高

50

最高回転速度 nmax [min-1 ]

Vg max

3900

3550

3100

2900

Vg < 0.6Vg max

6150

5600

4900

4600
(0.4
Vg max)

 

 

 

1 高速限界試験用油圧回路

 

 

 

2 高速限界試験結果

 

 

 

 

3 M7Vシリーズ外観

 

 

 

 
4 M7Vシリーズ内部構造

 

 

 

5 ピストン・シューに作用する力

 

 

 

 

6 リテーナガイド部の位置決め構造

 

 

 

7 バルブプレートと周囲の温度分布