解 説
学術貢献賞について(油圧にかかわって)*
西海孝夫**
* 2019年7月1日原稿受付
** 芝浦工業大学MJHEPプログラム機械工学科,
MJHEP, MJII(MARA-Japan Industrial Institution) Lot 2333, Jalan Kajang-Seremban,
43700 Beranang, Selangor Darul Ehsan, Malyasia
令和元年5月の通常総会にて,学術貢献賞をいただきましたこと誠に光栄である.歴代の受賞者の先生方に比べ,小職のような本学会に対して殆どお役に立てていない者が選考され,驚きとともに学会関係各位に,この紙面をお借りして厚く御礼を申し上げる.筆者は,フルードパワーシステムの高性能・高機能化を目指し,とくに油圧を中心として流体を扱う機器・システムの教育研究に携わってきた.本稿では,筆者の油圧とのかかわりについて述べる.
受験の辛さも厳しさも一切経験せずに進学した青山学院大学理工学部在学中に,故 渡部一郎教授(慶応大学名誉教授)から熱力学の講義を受けたのを機に,はじめて学問の面白さに引き付けられた.その後,同先生の研究室に入り,卒業研究を通じ流体機械の魅力について導いていただいた.渡部先生から直接に手取り足取り指導頂いた英文論文の輪講は,今でも忘れることはできない.大学時代には体育会航空部に所属し,グライダーを飛ばすための舞台裏の仕事として,索を巻き上げるためのウィンチや索引き車の整備を格納庫で夜遅くまで作業していた.大学3年のとき,ウィンチ車の油圧ブレーキが故障し,マニュアルを片手に自ら修理をしたことがあり,関連企業に出向き支援をいただいたり,油圧の作動原理が知りたくて図書館で書籍を調べたりした.パスカルの原理程度しか知らなかったが,これが油圧に興味を持つきっかけとなり,色々な文献を調べる中で,その当時アンチスキッドブレーキを研究テーマとしていた成蹊大学大学院へ進学することになった.
成蹊大学工学部水力研究室では,大学院修士課程および助手時代にわたり故 前田照行教授に公私ともに大変にご厄介になり,油圧研究の手ほどきを受けた.入学当時に前田先生は, ポペット弁の自励振動問題に興味を持っておられ,その応用として油圧削岩機や油圧発振器を開発されていた.そこで問題となっていた大振幅の圧力脈動が油圧管路をどのように伝播するかを調べることを目的に,「圧力変動が大きい場合の油圧管路の動特性」を修士論文のテーマとして頂戴した.同研究室に在籍中には,ポンプの内部挙動を中心に研究し,その後も研究を継続し,平成7年に「可変容量形ベーンポンプのベーン挙動に関する研究」にて学位を取得することができた.
平成4年,縁あって防衛大学校航空宇宙工学教室の小波倭文朗教授(現在,同校名誉教授)の助手として採用され,小波先生からの温かいご指導を賜りながら油圧サーボなどについて幅広く学ぶ機会を得た.その間に,海外での在外研修に恵まれ,英国カーディフ大学のワットン教授の下で1年間ニューラルネットワークを油圧サーボの補償器に適用した研究を行い,油圧制御について見識を広げた.平成13年,小波教授の退官とほぼ同時期に,研究室は学科再編成により機械システム工学科に移り,助手として一柳隆義氏(現在,同校准教授)を迎え入れて新たな体制を整えた.また同時に,フィンランドのラッペンランタ工科大学のハンドローズ教授とも長年にわたり共同研究を行ってきた.今までに油圧を中心として手掛けてきた主な研究の要約は以下のとおりである.
3.1 容積形ポンプの内部挙動1)
ベーンポンプのベーン挙動を理論的かつ実験的に調べ,ベーン先端がしゅう動面より離れ,容積効率の低下や騒音を誘発する現象を定量的に解明した(図1).この論文が評価され日本油空圧学会より平成5年度学術論文賞を頂戴した.また,その要因であるポンプ室内の過剰な圧力上昇を低減するために付加容積室を設け,ベーンの離間を抑制した.さらに,二対のベーンから成るデュアルベーンの挙動をシミュレーション解析し,実験結果と対比することで,この方式が流体潤滑特性に優れることを明らかにした.そのほかに,ピストンポンプや歯車ポンプについても,現場で起こるさまざまなトラブルや物理現象の解明を目的に解析や実験を実施してきた.
3.2 油圧サーボシステムのニューラルネット制御2)-3)
人間の脳神経細胞の信号伝達特性を模擬したニューラルネットは,非線形特性を改善し柔軟な適応学習能力を有している(図2).この非線形写像能力を持つニューラルネット補償器を用いて,種々の外乱に対してロバストな油圧サーボアクチュエータの速度および位置制御システムを構築し,油圧サーボ系における応答性や定常特性の改善を図った.とくに,非線形特性が強い油圧アクチュエータで問題とされている低速度領域での不感帯特性を克服するために,微小信号を重畳したニューラルネット補償器を導入することによって制御性能が向上した.また,ニューラルネットとオブザーバを併用することによって油圧サーボシステムの特性を改善した.これら一連の研究成果をまとめ,共同研究者である防衛省技官の加藤博司氏は学位論文に仕上げることができた.
3.3 自励振動法による油圧機器の動特性パラメータ同定4)
油圧サーボバルブやサーボアクチュエータなど応答性の高い油圧機器の前段に非線形要素を設け,このシステムから生じる自励振動の波形から流体機器の動特性パラメータを容易に同定する方法を提案した.この自励振動法を実装し,リアルタイムで動特性パラメータが同定できることを実証した(図3).また,本同定法において必須な係数を記述関数法によって求められることを実験的に検証し,平成17年度学術論文賞を本学会より頂戴している.自励振動法は,海外の研究者によって空気圧サーボ系にも適用されており,その有効性が確認されている.
3.4 横流体力を利用した流量測定法5)
本流量計は,片面の中央部がわずかに細くなった板状の受圧体が矩形管路内に置かれた構造となっている(図4).測定原理は,以下のとおりである.流体が上下の流路すきまを流れると,流れの不均衡が原因となり,受圧体の両面には流量に比例した圧力差が生じる.この圧力差の分布は,中心軸O回りに流量Qに比例した力のモーメントを発生するため, 中心軸Oに生じるトルクTを検出することで流量Qを計測できる.この流量計を試作して,理論計算値と比較することで,作動流体の温度(粘度)変化に対しての有用性を検証した.
3.5 油圧ロータリバルブの開発6)
油圧ロータリ制御バルブは,スプールを軸方向ではなく,回転方向に動かして作動油の流路を切替えるバルブで,いわゆる電気入力信号の関数として流量制御する直動形サーボ弁に属する.本バルブは,回転スプール,回転スリーブ,ボディーの主要部品から構成され,スプールとスリーブがそれぞれ独立して回転できるのが特徴である(図5).この機構により,回転方向に対する機械式油圧フィードバックのサーボ系が構成でき,変位制御だけでなくスリーブが回転することで角速度制御も可能となる.このようなバルブに対して,静特性試験を実施し,ポート配列の影響やスプールとスリーブ間のすきま寸法の影響などを調べ,流量制御特性の改善を行った.
3.6 パイロット用耐Gスーツの開発7)
航空機が飛行中に旋回運動などを行うとき,頭から脚方向への加速度負荷(G)が人体に働くと,血液が下部に集中して脳貧血状態となり,視覚障害や意識喪失を引き起こす.耐Gスーツの着用は,このような致命的な医学的症状の対策として,空気圧により下半身を圧迫して血液を上半身へ送り込み,脳内血流量の低下を防ぐ役割がある.近年の航空機の性能向上にともない,高い応答特性を持つ耐Gスーツの開発が急務とされており,その構造や圧力制御方式の見直しを図った(図6).たとえば,パイロット の生体情報や航空機の飛行諸元をコンピュータで解析して,最適な圧力での耐Gスーツの作動方法を検討した.
3.7 油圧管路内での定在波8)
油圧管路内における圧力脈動の共振現象を避けるためには,ポンプの運転周波数と定在波の共振周波数が一致しないように接続管路の長さを設計することが重要となる.しかし,共振周波数は管路の特性だけでなく,管路の終端,すなわち,管路が接続されている任意の油圧機器のインピーダンス特性にも依存する.そこで,管路終端のインピーダンス特性と共振周波数との関係を明らかにするために,正規化した終端インピーダンスの振幅と位相をパラメータとして定在波の共振周波数を数値計算により調べた(図7).その結果,終端条件によっては従来から知られている管路長さの半波長や1/4波長の周波数だけでなく,これらの間の周波数を移行する周波数で圧力脈動が増大することが明らかになった.
3.8 扁平のヘルムホルツ型油圧サイレンサによる圧力脈動の低減9)
ヘルムホルツ型サイレンサは,油圧システム内の圧力脈動を減ずることにより装置の静粛化に寄与している.このサイレンサは峡帯域でのみしか圧力脈動を低減できないために,減衰特性を正確に予測する必要がある.対象が円筒容量部の形状が扁平なサイレンサ(図8)のため,従来から用いられてきた軸方向の粘性平面波動理論による分布定数系モデルでは減衰特性を正しく評価できない.そこで,サイレンサの容量部などの形状が減衰特性に及ぼす影響を明らかにすることを研究目的とした.まず,扁平型円筒容器の半径方向に平面波動理論を適用した分布定数系モデルを新たに構築した.サイレンサの容量部の長さと直径の比やネック部の寸法をパラメータとして減衰特性を求め,数学モデルの妥当性を実験によって検証した.つぎに,サイレンサの容量部が扁平な場合の,上下壁面の弾性変形が減衰特性に与える影響を調べた.とくに,容量部長さおよびカバーの厚さをパラメータとして,サイレンサの減衰特性を測定し数学モデルと比較した.これら一連の研究成果をまとめ,共同研究者である防衛省陸上自衛隊の栗林哲也氏は学位論文に仕上げることができた.
3.9 油圧管路内の圧力脈動の経時変化10)-11)
農業用建設用車両では,同一の運転条件にもかかわらず,油圧システムから生じる騒音が経時変化し,聴感の悪化やヘルスモニタリングでの不良につながる場合がある.油圧システムの主な音源である圧力脈動では,媒質が空気の音圧と比較して,同一運転中に経時変化し得る因子が数多く,それらが複雑に振舞うため,これまで経時変化の原因は明らかにされていなかった.ここでは,油圧管路内の圧力脈動の推定に必要なパラメータである作動油の体積弾性係数,音速,空気混入率などの諸変数と時間との関係を考察した.その結果,諸変数は温度の関数として定式化できることを示すとともに,温度と時間の関係から,油圧管路内で圧力脈動が経時変化することを示した.とりわけ,音速の経時変化による波長の伸縮が油圧管路内の共鳴状態を変化させることで,各周波数での圧力脈動の振幅が変化することを明らかにした.これら一連の研究成果をまとめ,共同研究者であるヤンマー樺央研究所の中川修一氏は学位論文に仕上げることができた.また,この研究が評価され,日本機械学会の推薦により令和元年度の油空圧機器技術振興財団論文顕彰を頂戴した.
3.10 そのほかの教育研究
油圧技術をはじめ流体力学・流体機械の教育面での整備を進めるため,関連書籍12)-16)を出版した.また,油圧ポンプ・モータの損失測定についてのISO規格に関する共同研究に参画しており,本年10月に米国フロリダで開催されるASME/BATH 2019 Symposium on Fluid Power and Motion Controlにて,その成果を発表予定17)である.
若い頃に,とくに研究者にも教育者にも憧れていたわけでもない無能な小職が,油圧が取り持つ縁で優秀な先生方や技術者の方々と一緒に仕事ができたのも,尊敬する恩師や素晴らしき研究パートナー達に恵まれるとともに,フルードパワー関係者のご支援があってのことと深く感謝している.
本年3月に防衛大学校を定年退官し,芝浦工業大学MJHEPプログラム機械工学科教授としてマレーシアに派遣されている.MJHEPとは18),Malaysia Japan Higher Education Programの略で,マレーシア人の学生(大学1〜2年相当)に対し,流体力学をはじめ機械工学の数科目を日本語にて教鞭をとっている.純粋な眼差しで真剣に講義を受けてくれる学生達に刺激を受け,彼らが日本の各大学(約24校)に編入してからも十分に能力を発揮できるよう初心に立ち返り教育法のあり方を模索する日々が続いている.今後も学会員各位のご厚情を賜りながら,微力ながら少しでも油圧の面白さを若手後継者の方々に伝授できればと考えている.
1) 西海,前田:可変容量形ベーンポンプにおけるベーンの挙動(第1報 圧力上昇過程のベーン離間現象)油圧と空気圧,Vol.24,No.7,p.92-99(1995)
2) 西海,加藤,原口,一柳:油圧サーボモータ系のモデリングにもとづくニューラルネ ットワーク角速度補償器の設計,日本機械学会論文集 B 編 ,Vol.71 ,No.712 ,p.2941-2948 (2005)
3) 加藤,西海:ニューラルネットとオブザーバを用いた油圧サーボ系の制御,日本フル ードパワーシステム学会論文集,Vol.39,No.5,p.95-101 (2005)
4) 西海,一柳,加藤,小波:自励振動法を用いた油圧サーボアクチュエータ系の実時間パラメータ推定(積分要素と2 次遅れ要素から成る近似伝達関数のオンライン同定),日本フルードパワーシステム学会論文集,Vol.36,No.1,p.1-7 (2005)
5) 西海,一柳,小波:管路内の静止テーパ物体に働く横流体力を利用した流量計の研究(静特性の解析と測定評価),日本フルードパワーシステム学会論文集,Vol.35,No.4,p.63-69 (2004)
6) 一柳,西海,金道,高谷:油圧ロータリ制御バルブの基本特性,日本機械学会 2006 年度年次大会講演論文集 Vol.2,p.325-326 (2006)
7) 加藤,西海:航空機操縦者用空気圧耐Gスーツの圧力制御(耐スーツの圧力応答特性),平成20 年春季フルードパワーシステム講演会講演論文集,p.38-40(2008)
8) 一柳,栗林,西海:正規化終端インピーダンスの複素パラメータと油圧管路内圧力脈動の定在波の関連性(数値計算による共振モードの遷移の解析),日本フルードパワーシステム学会論文集,Vol. 44,No. 5,p. 102-109 (2013)
9) 栗林,一柳,西海:ヘルムホルツ型油圧サイレンサの減衰特性に関する研究(容量およびネックの寸法形状が減衰特性に及ぼ す影響),日本機械学会論文集,Vol.80, No. 814,p.1-16(2014)
10) 中川,一柳,西海:油圧管路内のポンプ誘起の圧力脈動に及ぼす油温の経時変化の影響,日本機械学会論文集,Vol.83,No.845, p.1-18 (2017)
11) 中川,一柳,西海:実稼働中の油圧システムにおける作動油中の音速に関する研究,日本機械学論文集,Vol.83,No.847, p.1-16(2017)
12) 小波,西海:油圧制御システム,東京電機大学出版局(1999)
13) 西海:図解はじめて学ぶ「流体の力学」,日刊工業新聞社(2010)
14) 西海:絵とき「油圧」基礎のきそ,日刊工業新聞社(2012)
15) 西海,一柳:演習で学ぶ「流体の力学」入門,秀和システム(2013)
16) S. Konami, T. Nishiumi: Hydraulic Control Systems - Theory and Practice, World Scientific(2016)
17) P. Achten , R. Mommers, T. Nishiumi, H. Murrenhoff, N. Sepehri, K. Stelson, J-O Palmberg, K. Schmitz: Measuring the losses of Hydrostatics Pumps and Motors - A Critical Review of ISO4409:2007 , Proceedings of the ASME/BATH 2019 Symposium on Fluid Power and Motion Control FPMC2019-1615, Sarasota, FL, USA(2019)
18) https://www.mjhep.edu.my/
にしうみたかお
西海孝夫 君
1976年青山学院大学理工学部機械工学科卒業,1979年成蹊大学大学院工学研究科博士前期課程機械工学専攻修了,1983年成蹊大学助手,1992年防衛大学校助手,その後に講師,助教授を経て2007年同校教授, 2019年芝浦工業大学MJHEPプログラム機械工学科教授,現在に至る.油圧に関する教育研究に従事,日本フルードパワーシステム学会評議員,博士(工学).
E-mail: nishiumi(at)jadypm.edu.my
図1 ベーンの離間現象
図2 ニューラルネット
図3 自励振動法での動特性パラメータ同定
図4 横流体力による流量測定法の概念
図5 ロータリ制御バルブの構造
図6 耐Gスーツ
図7 管路中の定在波(終端が絞り弁の場合)
図8 容量部が扁平なヘルムホルツ型油圧サイレンサ