解 説
油空圧機器技術振興財団論文顕彰について*
村山栄治**
* 2019年6月18日原稿受付
** 芝浦工業大学システム理工学部,〒337-8570 埼玉県さいたま市見沼区深作307
たとえば,近年,自動車業界で盛んに導入されているモデルベース開発(MBD:Model Based Development)では,「設計品質の向上」,「開発コストの削減」,「開発期間の短縮」などの課題を解決するため,制御系設計プロセスの初期段階で積極的にシミュレーションによる検証・評価を取り入れ,不具合の早期発見と設計プロセスの手戻りを防いでいる.そのため,このモデルベース開発では,シミュレーションのベースとなる数式モデルの同定がキーポイントとなるが,フルードパワーシステムに適用した場合,サーボバルブに含まれる不感帯特性,シリンダに含まれる摩擦特性などの非線形特性を含むモデルの同定にかなりの工数が発生してしまい,実機の入出力データより同定したモデルを用いてPID制御器の調整をおこなう場合には,さらに時間を必要としてしまう.そのため,実際の現場で設計者が簡単に運用することは難しい.
一方,モデルを使用しない方法としては,VRFT(Virtual Reference Feedback Tuning)法,FRIT(Fictitious Reference Iterative Tuning)法などが提案されている.これらの方法は,前述のように,数学モデルの同定と制御系設計の二段階の手順を踏むことなく,実機の入出力データから直接的かつ自動的にPID制御器の調整をおこなえるため,制御系設計にかかる負担を軽減することが可能となる(図1). また,当初は制御対象の時定数の長い化学プラントなどプロセス制御系に用いられることが多かったが,近年では様々な分野で適用事例が提案され応用範囲も広い.
そこで我々は,加納らが提案したFRITの拡張系であるE-FRIT(Extended Fictitious Reference Iterative Tuning)法に着目し,空気圧サーボ系の力制御に使用するPID制御器のゲイン調整に適用し,その有効性を実験により明らかにした.E-FRIT法は,安定な閉ループ系で実験した一回の計測データにより,オーバーシュートなくユーザが指定した整定時間で目標値に到達するPID制御器のパラメータを短時間で調整することができ,実際の現場でも設計者が運用できる非常に実用的な調整方法として注目されている(図2).また,E-FRIT法では,ゲイン調整の際に最適化問題へ帰着するため,何らかの最適化アルゴリズムを実装する必要があり,最適解を探索する際の設計変数の上下限値の設定が問題となる.探索範囲を広くすると調整に多くの時間が必要となり,狭くすると大域的最適解が見つからない場合があるが,FRIT法やE-FRIT法を用いてPIDゲインを調整している多くの事例の中で,この点について触れられているものはほとんどない.そこで我々は,最適化アルゴリズムに粒子群最適化PSO(Particle Swarm Optimization)を採用し,設計変数の上限値設定を閉ループシステムの計測データを周波数解析することで見積もる方法を提案した.
図3にPIDゲインの調整のために閉ループ系で計測した入出力データを示す.このグラフから安定に動作しているが,定常偏差やオーバーシュートが発生していることがわかる.これらの計測データを用い,目標値までの到達時間を0.95sと設定し,E-FRIT法によりPIDゲインを調整して実験を行った結果を図4に示す.オーバーシュートなく設定した到達時間で応答することが確認できた.
1) 村山栄治,黒澤和磨,川上幸男:E-FRITを用いた空気圧サーボ系の力制御PIDコントローラ設計,日本フルードパワーシステム学会論文集,Vol.49,No.2,p.42-48 (2018)
むらやまえいじ
村山 栄治 君
2003年芝浦工業大学大学院修士課程修了.同年(株)ウェーブフロント入社,2005年ネオリウム・テクノロジー(株),2015年芝浦工業大学大学院理工学研究科博士課程満期退学,同年より芝浦工業システム理工学部機械制御システム学科非常勤講師,2017年博士(工学)芝浦工業大学大学(論文博士),現在に至る.空気圧駆動システム,ロバスト制御,モデリング,システム同定,ロボティクスなどの研究開発に従事.計測自動制御学会,日本フルードパワーシステム学会,日本機械学会などの会員.博士(工学)
E-mail: nb12107(at)shibaura-it.ac.jp
図1 制御系設計手順について
図2 E-FRIT法によるPID制御器調整のイメージ
図3 入出力(閉ループ駆動)データ
図4 調整結果