資 料

 

機能性流体フルードパワーシステムに関する研究委員会*

 

中野政身**

 

* 2019618原稿受付

** 東北大学未来科学共同研究センター

980-8577 宮城県仙台市青葉区片平2-1-1 東北大学産学連携先端材料研究開発センター内

 


1.本研究委員会の概要

ER(Electro-Rheological)流体,液晶,EHD(Electro-Hydro-Dynamic)流体・ECF(Electro-Conjugate-Fluids) MR(Magneto-Rheological)流体,磁性流体および機能性ソフトマテリアルなどは,電場や磁場などの外場に反応して流体の物理化学的性質が変化する機能性流体である.これまで,これらの機能性流体を活用したさまざまな特徴的なデバィス・システムが提案・実証あるいは実用化されてきている.フルードパワーの分野でも,機能性流体を活用したフルードパワーシステムが種々提案され,振動制御やロボティクスの分野などにおいて実用化の事例も見受けられようになってきている.このような機能性流体を活用したフルードパワーシステムは,機器の高性能化,小型化,高機能化,省エネルギー,クリーン化(対環境性),低振動・騒音化,高い信頼性や安全性の確保など,機能性流体の機能・特長を活かすことによってフルードパワー技術のブレークスルーを牽引するポテンシャルを有している.本研究委員会(委員長:中野政身,幹事:吉田和弘,副幹事:竹村研治郎,柿沼康弘,委員30名)は,機能性流体フルードパワーシステムの構築と更なる実用化を図ることを目的に,20184月に設置されました.その後,以下の調査研究項目に関して,研究テーマの設定と実施,および研究成果発表を行なうなどして,一年間の活動を展開してきたところである.

(1) 新規機能性流体の創製・評価と高機能化,(2) 機能性流体を活用したバルブ,クラッチ,ブレーキ,ダンパ,アクチュエータ,ポンプ,センサなどの機能性流体要素テクノロジーの研究開発と実用化,(3) 機能性流体フルードパワーシステムの構築と実用化.

2.2018年度の研究活動

2018年度は本研究委員会の初年度であり,第1回〜第4回の4回の研究委員会を開催して,委員からの話題提供や外部への依頼講演などを実施して調査研究活動を展開して来た.以下に,各回の研究委員会で講演があった研究成果のテーマとその概要などを列挙して研究活動の報告とする.

2.1 第1回研究委員会(2018524日,25日,於:機械振興会館,17名出席)

 平成30年春季フルードパワーシステム講演会1)において,本委員会のメンバーが研究成果を発表したGS「機能性流体」,OS「機能性流体によるフルードパワーシステムの高機能化・高性能化」,および特別講演「MR流体とその先進フルードパワーテクノロジー」を第1回研究委員会とし,一般講演9件,特別講演1件の発表があり,一般講演の参加者が約30名,特別講演の参加者が約100名と,活発な質疑応答のもと大変盛会であった.

2.2 第2回研究委員会(20181114日,於:CIC東京,10名出席)

(1) ナノ粒子ER流体の分散・凝集と微細間隙における流動評価(京都工芸繊維大学:田中克史先生

 最初に,外部電場の印加・除去によって見掛けの粘度が増加・回復する現象(ER効果)を示すER流体について,粒子分散系と均一系ER流体に分けて,その発現モデルや粒子の分散・凝集現象などについて説明の後,マイクロ粒子分散系ER流体の粒子沈降,印加電場強度の限界,微細間隙での使用不可などの諸課題が示された.本講演では,微細間隙を有するMEMSなどでの使用を目的として開発された比較的高い電場印加が可能な一次粒子径が15 nmの酸化チタンナノ粒子分散系ER流体に関して,50μmの平行円盤間微細間隙における無電場,直流電場,交流電場(振幅,周波数)に対するER効果の応答特性が一次粒子に凝集した二次粒子の形成などと関連付けて報告された.さらに,粒子体積分率,粒子径(400nm300nm15nm),分散媒等のER効果に及ぼす影響も紹介された.ER効果と流動場は密接に関係していることから,下部の透明電極付き円盤を通して観察されたER流体の流動挙動とER効果との同時観察により,せん断速度の増減に対するER効果のヒステリシス現象などが説明された.最後に,MEMSチャンネルを模擬した微細流路を流れるナノ粒子ER流体のER効果と透明電極を通して可視化観察された流動挙動との密接な関係が示され,電場下で流路をナノER流体が流れる際には,粒子クラスターが一部電極両面に固着する現象が現れることが報告された.

(2) 電界共役流体(ECF)マイクロポンプの高出力化を可能にするMEMS加工技術(東京工業大学:金俊完委員)

 直流電圧を印加することでジェット流を発生できる機能性流体ECFElectro-conjugate Fluid)の電極対をMEMS加工技術で製作することで高出力パワー密度のマイクロポンプが実現できることを背景として説明があった.本講演では,更なる高パワー密度化のために開発された高度なMEMS加工技術について紹介された.前半では,TPSETriangular Prism & Slit Electrode Pair)の高アスペクト比化でできるUV-LIGAプロセスについて,着想に至った経緯,原理,製作結果,このプロセスで製作したECFマイクロポンプの性能評価などについて報告された.また,優れたUV透過性を有する超厚膜フォトレジストによる高アスペクト比のマイクロ鋳型の形成に成功したことも報告された.後半では,高アスペクト比のレジスト鋳型を選択的に効率よく除去する方法として,CO2レーザを用いた主プロセスとO2 / CF4プラズマエッチングによる後処理プロセスとを融合した新たな方法が提案され,この除去方法を用いることで従来の2倍のアスペクト比を有する高さ約1mmTPSEの製作に成功している.この方法を用いて製作したECFマイクロポンプはより高いパワー密度が達成できていることが報告された.

(3) EHDポンプの特性に及ぼす電荷生成機構と液体温度の影響(豊橋技術科学大学:柳田秀記委員

 電気流体力学(Electrohydrodynamics, EHD)ポンプの作動原理,特長,応用例の説明の後,課題として,ポンピング機構の詳細,ポンプ特性の液温依存性,特性の経時変化・耐久性などがまだ明らかにされていないことが指摘された.本講演の前半では,ポンピング機構の解明に関する話題として,電荷注入現象と解離現象により生じる電荷がEHDポンプ特性に及ぼす影響を数値解析で調べた研究成果が報告された.両現象により生じる電荷の相互作用により,各電荷生成現象が単独で生じた場合の発生圧力の和よりも大きな圧力が生じること,そして,電極形状によっては相互作用の影響が大きく表れることなどが示された.後半では,EHDポンプ特性に及ぼす液温の影響についてフッ素系溶剤を作動液として用いた実験と数値解析による研究成果が紹介され,液温が低いほど低流量時の発生圧力が高くなることが示され,これは低温ほど注入電荷密度が増大する特性に起因していることが報告された.

2.3 第3回研究委員会(2019124日,於:CIC東京,14名出席)

(1) 機能性流体を用いた小形制動装置と小形吸着アクチュエータの紹介(法政大学:田中豊委員

 機能性流体の特性を活かした小形デバイスの研究事例として,不均一電界印加で流れが発生するECFを応用した小形吸着アクチュエータと,電界印加で粘度が上昇するERFを応用した小形制動装置について紹介された.小形吸着アクチュエータは,針−リング形電極対により発生したECFの流れで吸着パッド内のラバーバルーンを上方にたわませ,生じた負圧によりタコの吸盤のように吸着するものである.直径11 mm,長さ23.7 mmのデバイスで7.5 kV印加時に0.91 Nの吸着力が得られている.小形制動装置は,マイクロマウス競技においてより高い運動性能を実現するためのものである.DCモータのトルク特性,粒子分散系ERFおよび液晶系ERFのレオロジー特性をモデル化してシミュレーションが行われ,粒子分散系ERFにより優れたブレーキ特性が得られることが示された.6対の円板電極から成る直径20.8 mm,長さ32 mmERブレーキが試作され,その特性が実験およびシミュレーションにより明らかにされた.現在,小形電源回路の試作が進められている.

(2) 永久磁石電磁石併用および永久磁石のみを用いた磁気粘性流体の省動力界磁(横浜国立大学:佐藤恭一委員

 磁界印加で粘度が上昇する磁気粘性流体MRFを応用したデバイスのための永久磁石を用いた省動力界磁の研究事例として,永久磁石と電磁石を併用したデバイスと,永久磁石を機械的に移動させるデバイスが紹介された.永久磁石電磁石併用形デバイスは,ヨークの途中に減磁しやすい特性を有する永久磁石材料(Alnico5)を挿入した構造で,Alnico5を電磁石へのパルス電流通電により瞬間的に着磁させ,その後,電源を切っても磁界を維持するものである.実験的に提案するデバイスの特性が明らかにされるとともに,磁界維持時間0.7 s以上における省エネルギー効果が示された.永久磁石を機械的に移動させるデバイスは,永久磁石を平行移動してヨークと永久磁石の重なりを変化させ,貫通する磁束を変化させるもので,永久磁石にはたらく磁気力が小さくなる構造が実験的に明らかにされた.さらに,永久磁石を回転させる構造についても検討されている.このような構造により,手動で永久磁石を移動させることにより,自転車のブレーキなどに応用できるとされている.

(3) 磁気粘性流体ブレーキと空気圧人工筋肉を用いた身体装着型デバイス(中央大学:奥井学先生

 磁気粘性流体MRFを応用したMRブレーキと空気圧人工筋肉を用いた高機能な身体装着型デバイスの研究事例が紹介された.直径52 mm,長さ39 mmで,内部に17枚の円板を有し,粘性トルクの時定数が25 msであるMRブレーキと,35 gと軽量でありながら2000 Nの大きな発生力と40 %の大きな変位が得られる柔軟な空気圧人工筋肉とを組み合わせることにより,高い応答性,可変粘弾性,および高いバックドライバビリティが実現できることが示された.これを応用した可変粘弾性下肢アシスト装具のハードウェアおよび制御システムが開発されている.バックドライバビリティを用い使用者が走ることができることが示され,また立ったり座ったりしたときの筋電位測定結果によりその妥当性が示された.さらに,デルタ型パラレルリンク機構において空気圧人工筋肉とMRクラッチを直列接続したアクチュエータを用いた力覚提示デバイスが開発されている.このほか,装着型力覚提示デバイス,溶接アシストデバイスなどが紹介された.

2.4 第4回研究委員会(201937日,於:東北大学産学連携先端材料研究開発センター,13名出席)

(1) 電界共役流体ECFを用いたパソコンCPU液浸冷却システムの試作(足利大学:桜井康雄委員

 しゅう動部分をもたない,騒音振動が発生しない,単純構造であるといった理由から,ECFポンプは空冷に代わる液浸のCPU冷却システムに応用できる可能性がある.ポンプの小型化とシステムの小型化に関する研究結果について説明があった.ECFの絶縁性に着目して,液浸冷却システムを提案し,各種試作した冷却システムについての実験結果が示された.メッシュ電極形ECFポンプを用いてPCCPUを液浸で冷却した結果,上部にポンプを設置して噴射することで冷却効率が高まることが示された.10円玉程度の大きさに小型化したECFポンプでも,PCCPUを冷却可能であった.ECFポンプとCPUのギャップは20mmくらいがもっともよく,フィンによるヒートシンクとECFポンプを組み合わせた冷却システムはさらに冷却効率が向上した.空冷ファンとヒートパイプの機構を備えた実用化されているCPU冷却システムの冷却性能が比較のために提示され,CPU温度を40度程度に一定に保てることが示され,CPU負荷率10%程度であれば提案したECFを用いたCPU液浸冷却システムは適用可能であることが述べられた.

(2) 微粒子設計と材料開発(大阪大学:阿部浩也委員

 微粒子プロセス技術を用いたナノMR流体について説明された.まず,磁性ナノ粒子の設計とMR効果について説明された.ナノ粒子は直径1μm以上では重力が支配的になり沈降が生じ,1μm以下ではブラウン運動が支配的となり沈降は抑えられるがMR効果は低くなる.磁気双極子相互作用と熱エネルギーの比により評価することができる.飽和磁化が高い鉄を用い,従来より粒子径が大きいナノMR流体がアークプラズマ法を用いて試作され,通常のMR流体に近いMR効果が確認されている.また,表面修飾により粒子表面に凹凸を付けることで粒子間の引力が低減され,分散性のよい比較的高いレベルの降伏応力のナノMR流体が実現されている.つぎに,磁性ナノクラスタの設計とMR効果について説明された.マグネタイトを用いた球状ナノクラスタの合成が行われ,粒子径30nm以下で磁化特性にヒステリシスがない超常磁性が実現されている.最後に,複合粒子技術の応用について説明された.超低熱伝導断熱材,物理的な粉砕技術を用いナノ粒子を被覆して流動性を向上した粒子などが紹介された.

(3) イオン液体静電噴霧による高効率二酸化炭素分離吸収(東北大学:高奈秀匡委員

 始めに新設された研究環境やビジョンを含めて流体科学研究所についての説明があった.二酸化炭素と気温の上昇には相関があり,急激な温度上昇による問題,二酸化炭素による海洋の酸性化などの深刻な問題が示され,現在の二酸化炭素の削減に向けた回収貯留技術や分離回収技術にについて示された.イオン液体についての特徴と機能性について述べた後,イオン液体に用いられるカチオンとアニオンの種類について紹介があった.このイオン液体による化学吸収法で二酸化炭素を吸収できることが述べられた.アミン水溶液に比して,イオン液体は4倍の吸収性能を有し,これを静電噴霧によりナノオーダの超微細液滴を連続生成し,クーロン反発により広範囲に分散されることで吸収を効率よく行う手法を提案している.イオン液体は粘度が高く静電噴霧が適し,噴霧モードと印加電圧の関係を調べた結果が示された.印加電圧を増加して液滴を微細化することで,二酸化炭素の吸収量が増加し,最大3倍以上の吸収量を示した.また,液滴生成や吸収の数値計算についての研究成果についても紹介があった.

参考文献

1)         平成30年春季フルードパワーシステム講演会講演論文集, p.29-40p.41-855,別冊p.1-6(2018.5.24-25)

 

著者紹介

なかのまさみ

中野政身 君

1982年早稲田大学大学院機械工学専攻博士後期課程修了.同年山形大学助手,助教授を経て,1997年同教授,2008年東北大学教授流体科学研究所,2018年東北大学教授未来科学技術共同研究センター,現在に至る.機能性流体,流体関連振動・騒音,振動制御などに関わるスマート流体制御システム工学に従事.日本フルードパワーシステム学会(理事),日本機械学会などの会員.日本機械学会フェロー,JABEEフェロー.

E-mail: masami.nakano.b2(at)tohoku.ac.jp

URL: http://www.masc.tohoku.ac.jp/projects/index.html