展 望

 

2019年度の水圧分野の研究活動の動向*

 

伊藤和寿**

 

* 202072日原稿受付

** 芝浦工業大学システム理工学部,〒337-8570埼玉県さいたま市見沼区深作307

 


1.はじめに

本報では,2019年度に報告された水圧機器およびシステム制御に関する研究動向をまとめる.内訳をみると,ポンプ,キャビテーション,水撃,サーボ弁,材料などの基礎研究分野,および人工筋制御やアクチュエータ開発に関する応用分野ともに9件ずつとなっており,この年は従来やや少なかった前者の報告が増えたことになる.一方国際ジャーナルおよび国際学会に限れば,中国からの報告件数が3件,日本,ドイツからがそれぞれ2件および1件となっており,英語化されていない論文が多いことを考えると依然として水圧分野も中国は研究者の層が厚そうなイメージがある.なお以下は,著者が2019年度に開催されたScandinavian International Conference on Fluid Power 2019の内容をまとめた「SICFP19参加記」(日本フルードパワーシステム学会誌20196号)にて報告している研究論文3編も含めたレビューである点をお断りしておく.

2.基礎的な研究成果

 三木らは,樹脂軸受を利用することで軸受部の摺動抵抗を抑え,低速度でも機械効率が低下しない正逆回転可能でモータとしても使用可能なポンプを開発した1).また,ばね負荷を有する水圧シリンダの位置決め制御にこれを適用し,数10μmの位置決め精度を達成している.

Schoemackerらは,アキシャルピストンポンプのスリッパの接触部のギャップ解析にレイノルズ方程式および固体接触モデルを用いたシミュレーション結果について報告している2).樹脂スリッパの変形の様子も示されているが,計算に使用された数値は実際のものよりもかなり離れており,参考結果と捉えて良いと思われる.

Pangらは,消音溝を考慮した圧力と流れの数学モデルを導くことで,水圧アキシャルピストンポンプのポートプレートの消音溝設計の最適化を行った3).シミュレーションにより支配的な設計パラメータを絞り込み,最適なV字溝による実験で1dB程度の騒音の低減化が図られることを示しているが,今後さらに改善が可能と結んでいる.

渡辺らは,制御開口部を単純化した矩形オリフィスに対し,その面積を一定にしたままアスペクト比を変化させた場合のキャビテーション噴流の評価を行った4).アスペクト比の変化により,噴流が直ちに広がる状態から,くびれのようなものが観察される軸変化が起きることを明らかにしている.

大塚らは,サーボ弁制御されるシリンダシステム配管における水撃によるサージ圧量を実験およびミュレーションから分析した5).サージ圧がシリンダ内体積の増加に伴って減少することを実験により確認したのち,配管用ステンレス鋼鋼管のJIS規格の配管寸法に対して許容流量および許容流速を示した表を提案しており,ステンレス配管の強度が保証される理論的範囲を示している.

Weiらは,水圧ポンプのスリッパ-斜板の組合せに耐熱ステンレス鋼AISI630を使用した場合の可能性について検討を行った6).三つの異なる潤滑条件下での腐食摩耗が,電子顕微鏡およびX線光電子分光法により評価され,腐食と摩耗の相乗効果が重要な役割を果たすこと,その総摩耗量の最大25%を占めることが明らかにされた.

高橋らは,Active Charge AccumulatorACA)に使用するために,スプールの静圧軸受用圧とシリンダ駆動用圧を分離することでシステム効率も改善した構造を有する新しいサーボ弁を用いた場合のシリンダ制御性能を報告している7).このサーボ弁とACAを組合せた場合には,従来の場合よりもシリンダ伸縮回数が増えており,また発生推力の安定化も図られている.一方,サーボ弁内のスプール位置のステップ応答は静圧軸受用圧力とシリンダ駆動用圧のバランスによる影響を受けることも示された.

平野らは,最適化有限要素(OFEM)モデルを基に定常カルマンフィルタを導入し,非定常流量を推定する手法を提案した8).配管の一部を層流流量計に置換えて3点の圧力を計測し,この情報を元に推定値と流量計との計測値を比較することで,ステップ状流量変化に対して0.1-0.5s程度の応答性が確認されている.さらに平野らは文献9において,順流と逆流で細管流と全流量の関係が同一の式で表せることを示し,逆流においても設定を変更することなく流量計測が可能なことを実験により示している.また,比較に用いているコリオリ式流量計の時定数を変えて実験を行うことにより,0.05sほどの時定数まで対応が可能であることが明らかになった.この研究成果は今後水圧に限らずに液圧分野の流量計測において注目すべき成果と考えられる.

3.応用的な研究成果

中村らは,ガス管内を検査する空気圧駆動移動ロボットの空気圧応答の遅れによる駆動時間の短縮を目的として駆動のOn-Offおよび流路切替モジュールに水圧駆動On-Off弁を採用した応答評価および今後の検討のためのモデル化も行っている10).空気圧駆動の場合と比較すると95%以上の応答時間短縮が実現されることが示された.

森らは,ダイアフラムを用いて圧力脈動を発電に利用し,アドオン型の圧力脈動吸収装置(PAD)を提案し,ダイアフラム厚さと装置容積をパラメータとして脈動吸収率とダイアフラム振幅との静特性をモデル化した11).さらに宮下らは文献12において,PADの初期容積が小さい場合にはダイアフラム振幅およびエネルギー吸収効率が理論上ともに高くなることに基づき,実験よりこの妥当性の検証を試みている.しかしこの二つの量は実験結果では逆の性質を示すことが確認されており,PAD上流圧が変化していることが考慮されていない可能性について触れている.

小林らは,ダイレクトドライブ方式による拮抗配置型人工筋の制御を提案し,モータの正転・逆転により二本の人工筋が伸長と収縮を繰り返すことを確認したのちに変位の制御性能評価を行っている13).従来の制御弁を用いた場合よりも時定数は伸びるものの,同等の最大収縮量23%が実現されることが確認された.

 稲田らは,水圧駆動されるMcKibben型人工筋のヒステリシス特性をBouc-Wenモデルで高精度に表現できることに注目してこれを補償することで動特性を線形化し,さらにモデル予測制御系と適応機構を組合せた制御手法を提案した14).従来の線形モデルと比して,負荷が変化しても平均絶対値で評価した追従誤差が63%減少した0.50mmが達成できることを実験により示した.続いて稲田らは文献15において,Bouc-Wenモデルに非対称性を導入することでMcKibben型人工筋の持つヒステリシスの再現度を大幅に改善し,それに基づくサーボ機構付き適応モデル予測制御系を構成した.実験結果の精度は平均絶対誤差で0.13mmであり,非常に高精度な目標値追従性能を得ている.さらに稲田らは,文献14で有効性を示した人工筋の非線形モデルに対し,従来試行錯誤的に決めていたために非常に大きな工数が必要であったモデル予測制御系内の重み行列の新たな決定法を提案した.具体的には,設計者の指定する極を元に逆最適化を行うことで希望の応答を達成する重み行列を非常に簡単に求めるものであり,実験により平均絶対誤差で0.15mmという目標値追従性能が示され,その有効性を確認した16)

Ningらは,マスター側を空気圧で,スレーブ側を水圧で駆動する,回転型1自由度の拮抗配置型人工筋駆動の水中マニピュレータシステムに対し,さまざまな負荷条件下でのPID制御器による制御性能を報告している17).マスター側ではスレーブ側のトルクを目標値に,スレーブ側ではマスター側の角度変位を目標値にそれぞれ制御を行っており,追従遅れはそれぞれおよそ0.5秒程度,1.0秒程度となっている.

宮本らは,これまで空気圧で性能が実証されてきた柔軟シリンダの作動流体を水道水に変え,チューブ内径およびスライドステージのピンチにウレタン球を使用するなどの検討を行った後にどの程度の変位制御性能が得られるかを報告している18).外乱オブザーバとモデル予測制御を組合せた手法,および流量計を用いた変位推定を行った場合でも,平均絶対誤差で0.9mmという空気圧駆動における精度と同等の目標値追従性能が得られることを示した.

4.むすびに

 発表件数は多くないものの,以上のように水圧分野でも今後の発展が注目される研究成果が公開されている.特に人工筋は扱いやすく,また応用範囲も広いため,現在も広く研究が行われている.

なお本稿では紹介を行っていないが,文献10の他にも弁制御は空気圧で行い,エンドエフェクタ部は閉回路の水圧システムで行うというハイブリッドアクチュエータの研究が進められている.これらは各作動流体のメリットを組合せたものであり,今後の成果が待たれる.

参考文献

1)         三木正之,水圧位置制御システムと位置センサ,2019年春季フルードパワーシステム講演会講演論文集,p. 71-73 (2019)

2)         Schoemacker, F., Schmitz, K., Methods for Determination of The Gap Height in Water-Lubricated Contacts, B3.1, Proc. of SICFP2019 (2019)

3)         Pang, H., Liu, Y., Wu, S., Wu, D., Cheng, Q., Optimization of Silencing Groove for Port Plate of Water Hydraulic Axial Piston Pump, B3.2, Proc. of SICFP2019 (2019)

4)         渡辺あかり,岡部仁美,吉田太志,飯尾昭一郎,長方形オリフィスからのキャビテーション噴流の騒音特性(噴流の下流圧と噴出口アスペクト比の影響),2019年春季フルードパワーシステム講演会講演論文集,p. 92-94 (2019)

5)         大塚怜汰,錦戸将也,眞田一志,水撃を考慮した配管寸法選定方法の提案,2019年秋季フルードパワーシステム講演会講演論文集,p. 62-64 (2019)

6)         Wei, L., Zhang, Z., Nie, S., Wu, X., Direct and indirect corrosion wear performance of AISI 630 steel for the slipper/swashplate pair in a water hydraulic pump, Proc. of the Institution of Mechanical Engineers, Part J: Journal of Engineering Tribology, p. 1605-1615, Vol. 233, No. 10, 2019

7)         高橋悟,吉田太志,飯尾昭一郎,北川能,ACAに用いる水圧サーボ弁の開発とシリンダ制御への応用,2019年秋季フルードパワーシステム講演会講演論文集,p. 53-55 (2019)

8)         平野翔太,千葉崇宏,眞田一志,カルマンフィルタを用いた層流流量計による非定常流量計測,2019年春季フルードパワーシステム講演会講演論文集,p. 89-91 (2019)

9)         平野翔太,眞田一志,カルマンフィルタを用いた層流流量計システムによる逆流計測,2019年秋季フルードパワーシステム講演会講演論文集,p. 59-61 (2019)

10)     中村蒼子,吉本昂平,真藤幸暉,先ア翔太郎,今野実,大貫彰彦,高西淳夫,石井裕之,空気圧応答高速化のための水圧駆動流路切替弁の開発,2019年秋季フルードパワーシステム講演会講演論文集,p. 13-15 (2019)

11)     森賢太郎,飯尾昭一郎,発電を想定した圧力脈動吸収装置の性能評価,2019年春季フルードパワーシステム講演会講演論文集,p. 95-97 (2019)

12)     宮下海渡,森賢太郎,田山厳,小野寺隆一,飯尾昭一郎,振動発電を想定した圧力動吸収装置の性能評価,2019年秋季フルードパワーシステム講演会講演論文集,p. 56-58 (2019)

13)     安永拓公未,小林亘,安松穂高,ダイレクトドライブ式水圧人工筋の開発,2019年秋季フルードパワーシステム講演会講演論文集,p. 148-150 (2019)

14)     Inada, R., Ito, K., Ikeo, S., Adaptive Model Predictive Tracking Control of Tap-Water Driven Muscle Using Hysteresis Compensation with Bouc-Wen Model, B3.3, Proc. of SICFP2019 (2019)

15)     Inada, R., Ito, K., Ikeo, S., Modeling and Hysteresis Compensation Using Asymmetric Bouc-Wen Model for Tap-water Driven Muscle and Its Application to Adaptive Model Predictive Tracking Control, Proc. of The 15th International Conference on Fluid Control, Measurements and Visualization FLUCOME2019, Paper ID 144 (2019)

16)     稲田諒,伊藤和寿,逆最適化を用いたモデル予測制御の重み最適化と水道水圧駆動人工筋への適用,2019年秋季フルードパワーシステム講演会講演論文集,p. 145-147 (2019)

17)     Ning, D., Che, J., Zhang, Z., Tian, H., Hou, J., Gong, Y., Position/force control of master-slave antagonistic joint actuated by water hydraulic artificial muscles, International Journal of Advanced Robotic Systems, May-June, p 1-12 (2019)

18)     宮本優佑,小林亘,堂田周治郎,赤木徹也,藤本真作,柔軟シリンダの水圧駆動化に関する研究,2019年秋季フルードパワーシステム講演会講演論文集,p. 151-153 (2019)

 

著者紹介

伊藤いとう 和寿かずひさ 君

1995年上智大学大学院理工学研究科機械工学専攻博士前期課程修了.同年コマツ入社.2001年上智大学大学院理工学研究科機械工学専攻博士後期課程修了,同年同大学理工学部機械工学科助手.鳥取大学准教授を経て,2011年芝浦工業大学システム理工学部機械制御システム学科教授,現在に至る.非線形制御理論とその機械システムへの応用,水道水を用いた環境融和型水圧システムの制御と省エネルギー化の研究,農業工学の実応用に関する研究に従事.日本フルードパワーシステム学会,計測自動制御学会,生物環境工学会の会員.博士(工学)

E-mail: kazu-ito(at)shibaura-it.ac.jp