展 望

 

2019年度の機能性流体分野の研究活動の動向*

 

吉田和弘**

 

* 2020721日原稿受付

**東京工業大学 科学技術創成研究院 未来産業技術研究所,〒226-8503 神奈川県横浜市緑区長津田町4259-R2-42

 


1.はじめに

2019年度の機能性流体分野の研究活動について概観する.ここでは,代表的な機能性流体として,電界印加で粘度が上昇するERFElectro-Rheological FluidER流体,電気粘性流体),磁界印加で粘度が上昇するMRFMagneto-Rheological FluidMR流体,磁気粘性流体),不均一電界印加で活発な流動を発生するECFElectro-Conjugate Fluid,電界共役流体)およびEHDElectrohydrodynamics,電気流体力学)を取り上げる.本稿では,英文ジャーナルの文献検索を行うとともに,本学会および日本機械学会が関連する国内会議の講演論文を概観する.

2.英文ジャーナルの文献検索結果

機能性流体分野の研究活動の世界的動向を把握するために,英文ジャーナルの文献検索を行った.2019年に発行された英文ジャーナル(レビューおよび国際会議講演論文は除く)について,各流体の名称のキーワードが論文題目,抄録,またはキーワードに含まれるものを検索した.ここでは,フルードパワー技術は広く解釈した.文献検索の結果は以下の通りである.

(1)    ERF関連(ERエラストマを含む):

ER効果関連19編,ダンパ関連8 編,ブレーキ・クラッチ関連1編,アクチュエータ関連1編,その他5編,合計34

(2)    MRF関連(MRエラストマを含む):

ダンパ関連146編,MR効果関連128編,ブレーキ・クラッチ関連15編,加工応用関連13編,アクチュエータ関連11編,その他4編,合計317

(3)    ECFEHD関連:

加工応用関連82編,ECFEHD効果関連81編,アクチュエータ関連27編,熱伝達関連21編,その他16編,合計227

出版された英文ジャーナルとしては,加工応用などのフルードパワー技術以外のものを除いてもMRF関連のものが多い.ECFEHD関連のフルードパワー技術関連がその次である.それぞれの効果に対する基礎的な研究も多く占めており,機能性流体自身の性能向上が図られていることがうかがえる.

3.国内会議におけるERF関連の研究

国内会議におけるERF関連の研究では,ER効果関連1件,ブレーキ関連1件,マイクロアクチュエータ関連1件などの発表があった.

金滝らは,低分子ネマティック液晶のパラメータを実験的に同定し,液晶分子の配向分布を解明している 1).外川らは,マイクロマウスのための小形ERブレーキを試作し,シミュレーションにより有効性確認を行っている 2)Sudhawiyangkulらは,フレキシブルERマイクロバルブを搭載した2自由度ソフトマイクロアクチュエータを提案,試作している 3)

4.国内会議におけるMRF関連の研究

国内会議のMRF関連の研究では,ダンパ関連1件,加工応用関連3件,磁気浮上関連2件,シール関連1件,センサ関連1件,熱磁気自然対流関連1件などの発表があった.

小阪らは,着磁した磁性エラストマー粒子を粒状体として両ロッドシリンダに封入したセミアクティブダンパを提案,開発している4).森らは,情報機器に用いる微細溝の内壁部を高精度に仕上げるため,MCFMagnetic Compound Fluid,磁気混合流体)スラリーを永久磁石で支持する研磨手法を提案,開発している5).渡辺らは,脆性材料の高能率,高精度研磨の可能性があるMCFホイール研磨のメカニズムを実験的に解明している6).山本らは,MCFを用いた精密研磨の加工量の予測のため,相関があることがわかっているせん断応力の特性を実験的に明らかにしている7)山口らは,磁性流体液滴を上方の電磁石で吸引する磁気浮上を実現し,その特性を実験的に明らかにしてる8)宮尾らは,水素の製造のため,水ベース磁性ナノ流体を電解液とし,磁気浮力により気泡を電極から離脱させる手法を提案,開発している9宮内らは,磁性流体シールを搭載した磁気軸受を提案し,その基本的な特性を実験的に明らかにしている10).池田らは,MCFゴムを用いた力センサの放射線環境下における特性を実験的に明らかにしている11).栄らは,温度により磁化特性が著しく変化する感温性磁性流体を用いた熱磁気自然対流について実験および数値解析により検討している12)

5.国内会議におけるECFEHD関連の研究

国内会議のECFEHD関連の研究では,ECF効果関連1件,マイクロポンプ関連1件,ロボット関連4件などの発表があった.

進藤らは,ECFジェットの駆動電圧を低減する局所的に高電場が得られる電極構造を提案し,その流れ場を実験的に解明している13).相らは,ECFマイクロポンプの高出力化のため,三角柱−スリット形電極対の改良形を提案し,その妥当性を実験的に明らかにしている14).金らは,ECFを用いた液圧源を搭載し瓦礫などの不整地で移動を行う昆虫形ソフトロボットを提案し,その開発を行っている15)金らは,ECFによる吸引形液圧源によるジャミング転移現象を用いたマイクログリッパを提案,開発している16)森田らは,水中ソフトロボットのためEHDポンプを駆動源としたヒレ駆動機構を試作し,その特性を実験的に明らかにしている17).杉岡らは,力覚提示デバイスに用いるテーパ形電極と円筒電極から成る小形EHDポンプの高出力化を行っている18)

6.おわりに

2019年度の機能性流体分野の研究活動の動向について,英文ジャーナルの文献検索結果,および本学会および日本機械学会が関連する国内会議の講演論文の概観により示した.ERFMRFECFの他にも興味深い流体の特性を用いた研究が行われている.たとえば,堀部,山本は,Shear-thickening粘性を示す粘弾性流体について数値解析により特性を解明している19).本学会には「機能性流体フルードパワーシステムに関する研究委員会」(委員長:東北大学,中野政身教授)が設置されており,技術情報交換が活発に行われている.今後も,ユニークな特性を有する機能性流体を用いた高い機能を有するフルードパワーシステムの開発が期待される.

参考文献

1)    金滝泰英,辻知宏,蝶野成臣:低分子ネマティック液晶の円板間せん断流れ,機学2019年度年次大会講論集(DVD-ROM),S05307P (2019)

2)    外川貴規,橘拓真,田中豊: 小形ロボット搭載用ERブレーキの試作と評価,機学2019年度年次大会講論集(DVD-ROM),J11111 (2019)

3)    SudhawiyangkulThapanun,吉田和弘,嚴祥仁,金俊完: Proposal of a two-DOFs soft microactuator integrated with flexible ER microvalves,機学第31回「電磁力関連のダイナミクス」シンポジウム講論集,22B1-1 (2019)

4)    小坂亮輔,堀田俊介,井門康司,岩本悠宏,豊内敦士: 磁性エラストマー粒子を用いた両出し型セミアクティブダンパー,機学第31回「電磁力関連のダイナミクス」シンポジウム講論集,23C4-3 (2019)

5)    森俊樹,野村光由,呉勇波,土井聖将,野本憲太郎: 磁気混合流体(MCF)を用いた微細内壁研磨技術の開発,機学2019年度年次大会講論集(DVD-ROM),S13205P (2019)

6)    渡辺隆文,野村光由,鈴木庸久,藤井達也,呉勇波: MCFホイール研磨におけるスラリー形状による研磨性能への影響,機学2019年度年次大会講論集(DVD-ROM),S13206P (2019)

7)    山本久嗣,西田均,百生登,島田邦雄,井門康司,池田愼治: 磁気機能性流体のせん断応力に関する基礎研究,2019年春季フルードパワーシステム講演会講演論文集,p. 83-85 (2019)

8)    山口宗一朗,大路貴久,飴井賢治,清田恭平: 磁性流体に対する位置決め制御と液滴磁気浮上の試み,機学第31回「電磁力関連のダイナミクス」シンポジウム講論集,22C2-1(2019)

9)    宮尾仁士,千村幸太郎,井門康司,岩本悠宏,高木繁,川崎晋司,石井陽祐,バラチャンドランジャヤデワン: 水電解における磁性ナノ流体の電気化学的特性の調査,機学第31回「電磁力関連のダイナミクス」シンポジウム講論集,23C4-2 (2019)

10) 宮内涼,大路貴久,飴井賢治,清田恭平: 磁気支持と磁性流体シールの一体化に関する基礎的検討,機学第31回「電磁力関連のダイナミクス」シンポジウム講論集,22C2-3 (2019)

11) 池田遼,高橋秀治,木倉宏成,島田邦雄: 放射線環境下におけるMCFゴムセンサの電位特性,機学第31回「電磁力関連のダイナミクス」シンポジウム講論集,23C4-5 (2019)

12) 栄中武,瀬合恭平,田澤拓也,山口博司: 感温性磁性流体を用いた熱磁気自然対流に関する研究,機学第31回「電磁力関連のダイナミクス」シンポジウム講論集,23C4-4 (2019)

13) 進藤俊太朗,小笠原尚輝,佐藤明,二村宗男: 電界共役流体中に誘起されるジェットの高効率化の条件,機学2019年度年次大会講論集(DVD-ROM),S00112P (2019)

14) 相翔太,吉田和弘,金俊完: ECFマイクロポンプの高出力化を可能にする新たな電極対の提案,2019年春季フルードパワーシステム講演会講演論文集,p. 86-88 (2019)

15) 金俊完,鳴海将,吉田和弘: ECF液圧源で駆動する昆虫形ソフトロボットに関する研究,機学第31回「電磁力関連のダイナミクス」シンポジウム講論集,23B1-1 (2019)

16) 金俊完,濱野真衣,吉田和弘: 電界共役流体(ECF)を液圧源とするマイクロジャミングリッパに関する研究,機学2019年度年次大会講論集(DVD-ROM),J11113 (2019)

17) 森田浩輔,武井裕輔,寺阪澄孝,下大川丈晴,三井和幸: EHDポンプを駆動源とした水中ソフトロボットの開発に関する基礎的研究−ヒレ駆動機構の開発−,2019年春季フルードパワーシステム講演会講演論文集,p. 23-25 (2019)

18) 杉岡健一,村田尋斗,小柳健一,中山勝之:小型EHDポンプ内に生じる静電場解析,機学2019年度年次大会講論集(DVD-ROM),S00105 (2019)

19) 堀部悠河,山本剛宏: Shear-thickening粘性を示す粘弾性流体の数値流動解析,機学2019年度年次大会講論集(DVD-ROM),S05306P (2019)

 

著者紹介

吉田和弘

吉田よしだ和弘かずひろ 君

1989年東京工業大学大学院博士課程修了,同大学助手,助教授(准教授)を経て2015年4月教授.2008年10月〜2009年3月米国UCSB客員研究員,2015年7月〜9月米国MIT客員研究員.流体マイクロマシン,機能性流体の研究に従事.JFPS,JSME,IEEEなどの会員.工学博士.

E-mail: yoshida(at)pi.titech.ac.jp