解 説

 

2019年度学術論文賞を受賞して*

 

大内田剛史**

 

* 202065日原稿受付

** ヤンマーホールディングス株式会社521-8511 滋賀県米原市梅ケ原2481番地

 


1.はじめに

このたびは2019年度日本フルードパワーシステム学会学術論文賞という栄誉ある賞をいただき,大変光栄に感じている.この論文を執筆するにあたり,これまで私の研究をご指導・ご支援くださった方々,特に博士論文研究にお導きくださった田中裕久先生(横浜国立大学名誉教授),博士論文研究をご指導いただいた共著者でもある佐藤恭一先生(横浜国立大学教授)には深く御礼申し上げる.本稿は受賞論文である「油圧機械式無段変速機の設計手法に関する研究1)」について紹介する.

2.油圧機械式無段変速機の設計手法に関する研究

2.1 背景

 近年,農業用トラクタに対する要求性能は,ますます高くなってきている.中でも燃料消費量を削減するための高効率伝達特性と,簡単で精密な作業を可能とする操作性の向上はより重要となってきている.一方,産業車両の動力伝達機構において,油圧機械式無段変速機は,油圧による動力伝達と機械による動力伝達の2種類の動力伝達経路をもつことから,高い動力伝達効率をもち,迅速で滑らかな変速ができることが知られている.しかしながら,油圧機械式無段変速機は,油圧による動力伝達経路を持つことから,純機械式の動力伝達機構と比較すると,特有の油圧騒音が問題となる可能性がある.そこで本研究では,油圧に起因する騒音の観点から油圧機械式無段変速機を設計する手法を説明する.

2.2 油圧機械式無段変速機

 従来のトラクタ用変速機は主に機械式と油圧式の2種類の動力伝達方式に大別できる.図1に示す本報で対象とする油圧機械式無段変速機の特徴は,中央に位置するただ1個のプランジャブロックに,軸方向両側からポンプおよびモータプランジャが嵌挿されていること,プランジャ膨張−圧縮行程での油路を切り替えるために,油圧式無段変速機で多く用いられるバルブプレートを用いずに,タイミングスプール機構を有していること,電磁比例弁による変速制御機構を持つこと,油圧による伝達動力と機械による伝達動力が遊星歯車を用いずに合成もしくは分割されることがあげられる.

 タイミングスプールはポンプ側およびモータ側プランジャの各々1本に対し,1本ずつ図1のようにプランジャブロックに嵌装されている.タイミングスプールの先端はスプールカムという部品のカム溝に収まり,図2に示すように,プランジャブロックの回転に伴いカム溝に沿って軸方向に変位し,吸入および吐出行程の完了時に高圧ポートもしくは低圧ポートへと油路を切り換えている2).タイミングスプールは,油路の切り欠き形状などが油圧騒音に大きく影響することが知られているHST3)のバルブプレートに相当するものである.

2.3 油圧騒音レベル予測手法

 本無段変速機の油圧騒音レベルを設計段階で把握するために図3にフローチャートで示す騒音予測手法を構築した.はじめに,1次元油圧回路シミュレーションにより,動力伝達状態にある無段変速機内部の各部圧力を計算する.計算の一例として,トラクタ実機作業中のエンジン回転数を模擬した入力回転速度および負荷トルク条件でのプランジャチャンバ圧力および高圧側ポート圧力の計算結果を実測結果と比較して図4に示す.

 つぎに変速機の3次元有限要素モデルに前ステップで計算した圧力を入力し,変速機が発生する加振力を拘束反力として求める.つづいて変速機が取り付けられているトランスミッションカバーの有限要素モデルに,この加振力を入力しカバー表面の振動速度および加速度を求める.結果の一例を図5に示す.そして最後に,波動方程式を用いてカバー表面から所定の距離離れた位置での音圧レベルを計算する.

2.4 油圧騒音レベル予測精度検証

 以上で述べた予測手法の精度を検証するため,試作実車両において無段変速機の油圧騒音を計測した.騒音計測は,エンジンを停止することによりエンジンからの騒音の影響をなくし,代替の駆動源として遮音を施した電気モータおよびベルト駆動部によりトランスミッションへの入力軸を駆動した.マイクは計算条件と同様,トランスミッションカバーより1m離れた地点に設置した.

 この騒音実測結果を図6の実線に,前節で騒音予測結果を図6の点線に示す.この結果より,6002,000Hzの領域においては騒音レベルのピークが現れる周波数は良好に予測できており,また各ピークの騒音レベルはおおむね10dB程度の予測誤差に収まっていることが確認できた.

2.5 結論

 農業用トラクタの動力伝達機構において,高い伝達効率を持つことで知られる油圧機械式無段変速機の,油圧脈動および脈動による加振力,さらにその加振力により発生する騒音の音圧レベルを予測する手法を提案するとともに,騒音計測実験を行なうことにより,その予測精度を検証した.本手法を用いることにより,油圧機械式無段変速機から発生する油圧騒音を設計段階で抑制することができると考える.

参考文献

1)         大内田剛史,佐藤恭一:油圧機械式無段変速機の設計手法に関する研究,日本フルードパワーシステム学会論文集,Vol.50No.1p.9-17 (2019)

2)         Ouchida, T. et al.: European Patent, EP 1691110 A1 (2006)

3)         Grahl, T.8 AFK187-204 (1988)

著者紹介

大内田剛史

大内田おおうちだ剛史たけし 君

1994年大阪大学工学部産業機械工学科卒業.同年ヤンマーディーゼル(株)(現ヤンマーホールディングス(株))入社.2019年横浜国立大学大学院工学府博士後期課程修了,現在に至る.油圧による動力伝達の研究に従事.日本フルードパワーシステム学会などの会員.博士(工学).

E-mail: takeshi_ouchida(at)yanmar.com

 

 

 

 

1 油圧機械式無段変速機

 

 

2 タイミングスプール機構

 

 

3 騒音予測手法フローチャート

 

 

4 プランジャチャンバ圧力および高圧側ポート圧力の計算および実測結果比較

 

 

5 トランスミッションカバー表面の振動加速度計算結果

 

 

6 油圧騒音レベルの計算および実測結果比較