随 想

 

学術貢献賞受賞について*

 

柳田秀記**

 

* 202069日原稿受付

** 豊橋技術科学大学大学院,〒441-8580愛知県豊橋市天伯町雲雀ヶ丘1-1

 


1.はじめに

この度,学術貢献賞を授与していただけるとの知らせを受け,まったく予期せぬことに驚いたが,大変名誉なことと受け止めている.授賞を決定された関係各位に厚く御礼申し上げる.大学院修士課程を修了後,本会元会長の市川常雄先生の研究室に教務職員として採用していただき,それ以降フルードパワー分野の研究に従事することになった.本稿では,筆者が取り組んできたフルードパワー分野の研究について概観する.

2.取り組んできたフルードパワー研究

 19823月に大学院修士課程を修了し,同年4月より油圧の研究を主としておられる市川常雄先生・日比昭先生の研究室でお世話になることとなった.油圧モータの低速安定性に関する研究テーマを与えていただき,筆者のフルードパワー研究が始まった.

 

2.1 油圧モータの低速安定性

 各形式の油圧モータは,押しのけ容積の周期的な脈動,摩擦トルクの脈動,漏れ流量の脈動により,出力トルクが脈動する.そのため,低速運転時には速度に変動が生じる.歯車モータとアキシアルピストンモータについて,摩擦トルクや漏れ流量の脈動特性などを丹念に調べ,数値計算も併用して速度変動を調査した1.これらの成果を博士論文にまとめ,当時東工大で教授を務めておられた中野和夫先生が主査をお引き受け下さり,種々ご指導いただき,博士号を授与していただいた.

この研究では,配管の変更などを繰り返したが,その過程で油漏れ,油回収,床拭きを何度も経験したこと,また,電磁オシログラフの記録紙を多量に消費したことが記憶に残っている.

 

2.2 歯車ポンプ

 上記の研究を進める傍ら,歯車ポンプの閉じ込みに関する研究に関わった.これは,歯車ポンプの研究で多くの成果を挙げられた市川先生のお若い頃の研究テーマである.過去に,逃げ溝位置に関して,歯車のバックラッシが「ある場合」と「ない場合」に分けて提案しておられたが,バックラッシの有無の判断基準が曖昧であった.この点を明確にしたいとのことで定年近くに取り組まれた研究に筆者も関わる機会を得た.高価な小さい圧力変換器の取り扱いには苦労したが,バックラッシの大きさと閉じ込み部の圧力の関係などを知ることができた2

 この後,30年近い時を経て最近再び油圧ポンプの研究に取り組んでいる.自動車用自動変速機の損失・騒音・質量の低減ならびにモデルベース設計推進に関する研究プロジェクト3)にポンプ担当として参加することになったためである.ポンプの専門家ではないのだが,これも何かの縁と思っている.まだ十分な成果を得るには至っていないが,久しく遠ざかっていた「油圧」らしい研究に懐かしさを覚えている.

 

2.3 油圧サーボシステムの性能向上

 先進制御理論を油圧・空気圧サーボシステムに適用する研究が盛んに行われるようになり,遅ればせながら筆者も興味を抱き取り組んでみた.色々な制御理論があり大変興味深く感じたが,H制御理論以降の理論の理解にかなり難渋した.スライディングモード制御や単純適応制御で論文をいくつか発表した後,このテーマから撤退した.

 

2.4 フルードパワーアクチュエータの動的摩擦特性と摩擦モデル

 油圧モータの低速安定性の研究を博士論文にまとめた後,油圧モータ速度変動時の非定常摩擦挙動の研究を行った.非定常摩擦挙動に関しては,工作機械の案内面におけるスティックスリップを対象にした研究が行われていたが,油圧モータに関してはまだ研究例が極めて限られていた.油圧モータを一定作動圧力状態で速度を正弦波状あるいはスティックスリップ状に変動させ,そのときの摩擦トルクの変動を調べ,速度変動過程の摩擦挙動を知ることができた4).摩擦モデルに関しては,定常特性用の数式モデルの他に,動的な摩擦挙動を表す数式モデルが存在することはその当時勉強不足でまったく知らなかった.

 その後,2.3節で記した油圧サーボシステムの性能向上に関する研究に取り組むようになってから,摩擦補償に関する論文を読む機会が幾度もあり,その過程で動的摩擦挙動を良く表すとされるLuGreモデルを知ることとなった.しかし,そのモデルが表す動的摩擦挙動は,筆者が若い頃に測定した油圧モータの非定常摩擦特性4)をまったく表現できないものであることもわかった.これがきっかけとなり,動的摩擦挙動を表す数式モデルについて研究するようになり,油膜の形成遅れを考慮した修正LuGreモデル5),さらにそれを流体摩擦域まで拡張したモデルを提案し6),油圧シリンダの動的摩擦挙動が良好に再現できることを示した.この研究は空気圧シリンダについても行った7), 8).モデルパラメータが多くなるという問題はあるが,フルードパワーアクチュエータの動的な摩擦挙動を比較的良好に再現できることを示した.

 

2.5 静電フィルタ

 市川先生がご在職中はポンプ,モータ,バルブの主要3要素を主たる研究対象としていたが,これらに関して新たに研究テーマを見出すのに困難を感じるようになり,日比先生と相談し,静電浄油法を新たな研究テーマとすることになった.液体中にある固体粒子は,イオンの吸着などにより自然に帯電するため,直流電界を印加すると帯電粒子が反対極性の電極に向けて泳動することがこのフィルタの作動原理である.電界作用下の油中粒子の挙動を顕微鏡で観察すると粒子が複雑な挙動を示し,興味深くは思えたが,最初の研究論文としてまとめるまでに数年を要した.

 その後,電気集塵機で研究例のある交流電界と直流電界を併用する方式9に取り組み,交流電界下での粒子の凝集粗大化現象についての基礎研究なども行ったが,結果としては「論文にはなるが物にはならない」の典型例となった.さらにその後,次節で記す電気流体力学現象に関する研究を行うようになってから,電荷注入式静電フィルタを着想し,静電フィルタの浄化速度を高められることを示すことができた10).当初は実験研究だけであったが,電荷注入現象を伴う流れ場や電場の数値解析用の計算コードを作成できたことで浄化性能と力学因子・フィルタ形状との関連が考察できるようになった.この研究に関連し,本会の学術論文賞(20095月)11),油空圧機器技術振興財団顕彰(20185月)12)を授与していただいた.

 

2.6 電気流体力学現象に関する研究

 前節の静電フィルタの研究では直流高電圧電源を必要とするが,それが利用できる研究テーマとして電気流体力学(Electrohydrodynamics, EHD)ポンプの研究を開始した.特に当時は研究費が十分ではなかったため,限られた設備で研究せざるを得なかったことから始めたテーマである.研究を始めてしばらくは,電荷注入現象を利用して余剰電荷(偏在する正または負の電荷)を生成し,それに作用するクーロン力を駆動力とするイオンドラッグポンプの実験研究を行っていたが,その後よく頑張る優秀な学生が数値解析用計算コードをまとめてくれ,数値解析もできるようになった13).余剰電荷としては正負の解離電荷も存在するが,駆動力に寄与する程度は低いと考えられていたことから,筆者も考慮していなかった.近年になって数値解析コードに解離電荷のモデルを組み込み解析したところ,解離電荷の影響は決して小さくはないこと,また,注入電荷と解離電荷の相乗効果により,ポンプ発生圧力が大きくなる場合があることなどを明らかにした14)

 

2.7 水圧シリンダの特性

 この研究は,日本フルードパワー工業会殿が2015年度から始められたADS国際標準化推進事業にお誘いいただき,水圧シリンダの特性解明と試験方法の検討を担当するようになったことに始まる.油圧シリンダほどの耐久性はまだ達成できていないが,総しゅう動距離300 kmの運転にも耐えられること,推力効率が90%前後以上と比較的高いこと,また,シール材料の特性に起因すると思われるが,低速域で速度の低下とともに摩擦力が低下するという興味深いストライベック曲線を示すことなどが明らかになっている15)

3.おわりに

筆者がこれまで取り組んできた主なフルードパワー研究について概観させていただいた.ご指導・ご助言いただいた先生方,ならびにその時々の研究を支えてくれた卒業生諸氏と現役学生諸氏には深く感謝申し上げる.筆者は無事に生きていれば20233月に定年退職予定である.それまで今しばらくフルードパワーの研究を続けたい.

参考文献

1)         (例えば)柳田秀記,日比昭,市川常雄:油圧モータの低速安定性に関する研究(3報,ポンプ制御のアキシアルピストンモータ),日本機械学会論文集(B編),Vol.52, No.476, p.1657-1664 (1986)

2)         Yanada, H., Ichikawa, T., Itsuji, Y.: Study of the trapping of fluid in a gear pump, Proceedings of the Institution of Mechanical Engineers, Part A: Power and Process Engineering, Vol.201, No.A1, p.39-45 (1987)

3)         https://trami.or.jp/outline/

4)         柳田秀記,稲葉剛,市川常雄:油圧モータの低速域における非定常特性に関する実験的研究,日本機械学会論文集(B編),Vol.56, No.528, p.2430-2437 (1990)

5)         Yanada, H., Sekikawa, Y.: Modeling of dynamic behaviors of friction, Mechatronics, Vol.18, No.7, p.330-339 (2008)

6)         Tran, X. B., Nur Hafizah, Yanada, H.: Modeling of dynamic friction behaviors of hydraulic cylinders, Mechatronics, Vol.22, No.1, p.65-75 (2012)

7)         Wakasawa, Y., Ito, Y., Yanada, H.: Dynamic Behaviors of Pneumatic Cylinder (Friction and Vibration Characteristics), JFPS International Journal of Fluid Power System, Vol.8, No.1, p.60-65 (2015)

8)         Tran Xuan Bo, Do Viet Long, Yanada, H.: Dynamic Friction Behaviour in Pre-Sliding Regime of Pneumatic Actuators, ASEAN Engineering Journal, Part A, Vol.7, No.1, p.55-73 (2017)

9)         柳田秀記,西山恵以地,西村直哉:交流電界の凝集促進効果を利用した液体用静電フィルタ(モデルによる性能評価),日本機械学会論文集(C編), Vol.68, No.666, p.628-634 (2002)

10)     Yanada, H., Tran, K. D.: Fundamental investigation of charge injection type of electrostatic oil filter, Journal of Advanced Mechanical Design, Systems, and Manufacturing, Vol.2, No.1, p.119-132 (2008)

11)     柳田秀記:電荷注入式油用静電フィルタにおける流れ場と電場の測定と数値シミュレーション,フルードパワーシステム,Vol.40, No.E1, p.E32-E36 (2009)

12)     柳田秀記:油空圧機器技術振興財団論文顕彰について,フルードパワーシステム,Vol.49, No.E1, p.E41-E43 (2018)

13)     Yanada, H., Yamada, T., Asai, Y., Terashita, Y.: Measurement and numerical simulation of ion drag pump characteristics, Journal of Fluid Science and Technology, Vol.5, No.3, p.617-631 (2010)

14)     Nishikawara, M., Shomura, K., Yanada, H.: Synergy between injection and dissociation mechanisms in electrohydrodynamic pumps modeled numerically, Journal of Electrostatics, Vol.93, p.137-145 (2018)

15)     柳田秀記:水圧シリンダの特性,フルードパワーシステム,Vol.50, No.3, p.118-121 (2019)

 

著者紹介

柳田やなだ秀記ひでき 君

1982年豊橋技術科学大学大学院工学研究科修士課程修了.同年同大学教務職員,1992年同助教授,2012年同教授,現在に至る.電気流体力学現象,水圧シリンダ,油圧ポンプなどの研究に従事.日本フルードパワーシステム学会,日本機械学会などの会員.工学博士.

E-mail: yanada(at)me.tut.ac.jp