資 料
油圧機器のトライボロジーなど基盤技術に関する特別研究委員会[U] *
西海孝夫**
* 2020年7月2日原稿受付
** 芝浦工業大学MJHEPプログラム機械工学科,
MJHEP, MJII(MARA-Japan Industrial Institution) Lot 2333, Jalan Kajang-Seremban,
43700 Beranang, Selangor Darul Ehsan, Malaysia
1.はじめに
本研究委員会は,油圧機器のトライボロジーなど基盤技術の発展を目的に2015年4月に設置され,1年の活動延長を申請して3年間の活動を行ってきた.昨年度からは基盤強化委員会のもとでの特別研究委員会に名称変更となった.本委員会は,年に数回の研究委員会を開き,その中で話題提供や工場見学などを実施しながら,若手とベテランの油圧技術者の交流を図っている.本稿では,昨年度の議事録をもとに本委員会の活動内容について報告する.
2.研究委員会の活動状況
本研究委員会は,表1に示すとおり24名の委員で構成されている.2019年度の活動状況は以下のとおりである.
● 第1回研究委員会
日時:2019年8月27日(金)14:00〜17:00,場所:品川JXTGエネルギー株式会社、出席者:22 名
(a) 話題提供者:杉村健委員(日本アキュムレータ梶j
題目:モバイル装置用の省エネシステム
概要:油圧ショベルの燃費改善の新しい手法として,駆動源であるディーゼルエンジンと油圧ポンプを最高効率付近でのみ運転させながら,従来のオープンセンター(OC)やクローズドセンターシステム(CC)では熱として捨てられていたブーム下げや旋回ブレーキなどのエネルギーを回収することができる油圧システムの紹介があった.このシステムはエネルギー蓄積用の油圧アキュムレータを備える定圧力網油圧システムである.システムで使われる油圧ポンプは従来機よりも20%程度小型化されているが,アキュムレータからの動力補償によって,油圧ショベルの生産性はむしろ向上している.従来機の油圧ポンプは各アクチュエータに流体動力を直接分配しているが,このシステムではアキュムレータにエネルギーを蓄積するためだけに使われている.定圧力網油圧システムでは,各圧力網の圧力レベルの選定がエネルギー効率に大きく影響する.そのために,開発の段階で油圧ショベルの負荷パターンをよく分析し,無駄のない圧力レベルを設定することが重要である.
さらに従来技術であるOC又はCCシステムに,この新しい定圧力網システムを組み合わせる最新のシステムコンセプトが紹介された.このシステムでは,発生頻度の高い中負荷を高効率である定圧力網システムによって,それ以外をOC又はCCシステムによって直接運転する.メリットは各圧力網の圧力レベルの最適化およびシステムの単純化である.従来機よりも約30%の燃費改善が達成されたシミュレーション結果が示された.
(b) 話題提供者:中辻順委員(ダイキン工業梶j
題目:工作機械向け回転数制御ユニットの性能改善
概要:はじめに工作機械における油圧の用途,要求機能,工作機械向けの油圧ユニットの変遷についての紹介があった.最近では省エネを目的にインバータモータを用いた回転数制御の油圧ユニットが登場している.今回の話題提供で紹介した回転数制御ユニットは,摺動面積が少ない小形・小容量の外接ギヤポンプを用いることで摩擦力を下げ工作機械で使用頻度の高い,長時間の保圧状態(小流量/低速回転)でもっとも省エネが図れる構造とした.また,小容量のポンプを用いることで電動機の小型化が可能となり,低コスト構造を実現した.
つぎに,回転数制御ユニットのさらなる性能改善の課題として,「低速運転時の軸入力の上昇」について紹介があった.省エネを図るために油圧ポンプの回転数を下げて行くと,ある回転数からポンプの入力軸トルクの上昇し,省エネの妨げとなる.この入力軸トルクの上昇は油温が高いほど(粘度が低いほど),圧力が高いほど,高い回転数で発生する.これは,ポンプの摺動部の潤滑状態が「流体潤滑」から「混合潤滑」に変化したことが要因と推定できる.また実験により,軸と滑り軸受の摺動部の影響が大きいことがわかり,軸に低摩擦な表面処理を施すことで,ポンプ入力軸トルクの上昇を低速まで抑えることができた.
また,回転数制御ユニットは,低速(300 min-1)から高速(5000 min-1)までの幅広い回転数範囲で運転することから,共振により騒音が大きくなる運転条件がある.回転数制御ユニットのどの部分の騒音が大きいかを「音響マッピング」により見える化し,騒音が大きい箇所の剛性を上げるなどの音源対策を実施し成功した.
3.おわりに
コロナ禍の影響により,2020年3月19日に予定していた第2回研究委員会が残念ながら中止となったが,今秋には委員会を開催したいと考えているので,本テーマに関心のある諸氏のご参加を心よりお待ちしている.
最後に,話題提供や議事録作成にご協力いただいた杉村健委員と中辻順委員,日頃より本委員会の業務に尽力いただいている高辻和正幹事と一柳隆義幹事に対し,この場をお借りして御礼申し上げる.
表1 油圧機器のトライボロジーなど基盤技術に関する特別研究委員会[U]の構成
(2020年3月,順不同)
芝浦工業大学 |
MJHEPプログラム 機械工学科 教授 |
西海 孝夫 |
防衛大学校 |
システム工学群 機械システム工学科 教授 |
一柳 隆義 |
株式会社タカコ |
技術本部 第一開発部 HST開発チーム |
高辻 和正 |
川崎重工業株式会社 |
精密機械・ロボットカンパニー 精密機械ビジネスセンター 技術総括部 機器第一技術部 モータ設計課 |
伊藤 宙 |
株式会社不二越 |
油圧事業部 技術部 産機技術室 |
井上 皓平 |
出光興産株式会社 |
潤滑油二部 営業研究所 設備油グループ |
井上 翔太 |
潤滑油協会 |
専務理事 事業部長 |
大塚 正和 |
日本フルードパワー工業会 |
第一技術部 第二業務部 部長 |
大橋 彰 |
KYB株式会社 |
基盤技術研究所 要素技術研究室 |
小川 睦 |
コマツ |
開発本部 材料技術センタ 第一グループ |
川北 成美 |
イートン株式会社 |
技術部 |
黒川 道夫 |
日立建機株式会社 |
開発・生産統括本部 研究・開発本部 |
櫻井 茂行 |
RMFジャパン株式会社 |
シニア コンサルタント |
篠田 実男 |
日本アキュムレータ株式会社 |
常務取締役 |
杉村 健 |
株式会社日立製作所 |
研究開発グループ |
鈴木 健太 |
福井工業高等専門学校 |
機械工学科 教授 |
田中 嘉津彦 |
日本ルーブリゾール株式会社 |
工業油潤滑油添加剤 テクニカルマネージャー |
富松 幸亮 |
ヤンマー株式会社 |
中央研究所 基盤技術研究部 |
中川 修一 |
ダイキン工業株式会社 |
油機事業部 技術部 プロフェッショナル アソシエート |
中辻 順 |
JXTGエネルギー株式会社 |
潤滑油カンパニー 潤滑油研究開発部 工業用潤滑油グループ |
野中 暁 |
油研工業株式会社 |
研究開発部 |
平島 久央 |
ボッシュ・レックスロス株式会社 |
技術部 ポンプ・モータ技術課 第1係 |
松澤 正善 |
大生工業株式会社 |
技術部 |
水落 桂 |
株式会社南武 |
事業企画室 室長 |
八木 勉 |
著者紹介
西海孝夫 君
1976年青山学院大学理工学部機械工学科卒業,1979年成蹊大学大学院工学研究科博士前期課程機械工学専攻修了,1983年成蹊大学助手,1992年防衛大学校助手,その後に講師,助教授を経て2007年同校教授, 2019年芝浦工業大学MJHEPプログラム機械工学科教授,現在に至る.油圧に関する教育研究に従事,日本フルードパワーシステム学会員,博士(工学)
E-mail: nishiumi(at)jadypm.edu.my