展 望

 

2020年度の水圧分野の研究活動の動向*

 

柳田 秀記**

 

* 2021724日原稿受付

**豊橋技術科学大学機械工学系,〒441-8580愛知県豊橋市天伯町雲雀ヶ丘1-1

 


1.はじめに

 文献データベース(JDream VScopus)で「水圧」,「water-hydraulic」を含むキーワード検索により,2020年度の水圧研究を調査した.国内の研究では,機器・要素の基礎的な研究としては流量計測や水圧シリンダの研究があり,応用的な研究としては水道水圧駆動人工筋肉,水圧のロボットへの応用,圧力脈動の電力への変換を目指した研究がある.海外では,基礎的な研究としては水圧用アキシアルピストンポンプの研究が比較的多く,弁の塗膜に関する研究や高速大流量比例弁の研究があり,応用的な研究としては水圧駆動柔軟アクチュエータの研究が多く見られた.以下に概要を紹介するが,抄録の内容のみから概要をまとめたものがいくつかあることをお断りしておく.

2.国内の研究

2.1 基礎的な研究

・眞田1)は,32本の平行な細管からなる層流流量計の一つの細管に取り付けた3個の圧力センサの測定値からカルマンフィルタにより流量を推定する方法を提案しており,水を作動流体とした実験に基づいて流量の推定式を実験的に導出した.また,流量が大きくなると層流を仮定した推定値と異なることを示し,流量推定式の非線形性について考察を加えた.

・岡崎らは2),内径50 mmの水圧シリンダを用いて,耐久性と摩擦特性に及ぼすシール締め代(0.35, 0.55, 0.75 mm)の影響を実験により調べた.シール面圧は締め代の増加に伴い上昇するが,摩擦力は逆に低下すること,締め代0.55 mm0.75 mmでは総しゅう動距離400 kmの耐久性を示したが,0.35 mmでは100 km弱で滴下漏れが発生したことを報告した.

 

2.2 応用的な研究

・宮下らは3),配管内に発生する圧力脈動を機械的な振動に変換し,最終的に電力に変換するシステム開発の基礎研究として,水圧ポンプにより発生する圧力脈動を水圧シリンダ型脈動吸収装置で吸収するシステムを構築した.圧力脈動の周波数と脈動吸収装置容積を変化させて調べ,圧力脈動の吸収特性が脈動の周波数に依存することを明らかにした.

・鶴原らは4),水道水圧駆動人工筋アクチュエータの変位制御精度向上を目的として,適応モデルマッチングを用いたサーボ機構付きモデル予測制御を適用し,制御実験の結果,提案制御手法が負荷や周波数変化に対してロバストであること,ならびに,位置制御精度が改善されることを示した.

・森山らは5),水圧駆動人工筋肉のセンサレス制御のために正確な変位推定を行うことを目的として,種々のヒステリシス特性を表現できる非対称Bouc-Wenモデルに無限インパルス応答(IIR)の構造を組み込んだモデルを用いることで高精度推定が可能となることを示した.また,人工筋肉の使用直前にモデルパラメータを同定することで変位推定精度が向上することなどを示した.

・赤間らは6),空気圧ブースターにより加圧された水を作動流体とするポンプレス水圧駆動系を提案し,水圧シリンダにより駆動されるロボットアームのインピーダンス制御を行い,良好なトルク制御性を有することと外力に対して柔軟で機敏な動作ができることを示した.

Ito7)は,水圧駆動マッキベン人工筋肉が有する強い非対称ヒステリシス特性について,サーボ機構を有するモデル予測制御に基づく制御則と非対称Bouc-Wenモデルを用いてモデル化する方法などを提案し,数値シミュレーションにより,提案手法の有効性とコントローラ調整が容易に実現できることを示した.

3.海外の研究

3.1 基礎的な研究

Zhang8は,シリンダボアと弁板を浮動ブッシュで接続する形式の水圧用斜板式アキシアルピストンポンプを対象として,浮動ブッシュ外周のOリングに生じる応力や変形について軸対称を仮定した2次元数値解析により調べた.浮動ブッシュ外周にOリングに接して配置されているリング(closing ring)とそれらの外周に接するピストンブッシュとの間の振れ角が過度に大きくなるとOリングが破損することなどを示した.

Ernst9)は,水を作動流体とする斜板式アキシアルピストンポンプのピストンとシリンダボアのしゅう動状態の改善を目的として,ピストンのボア内での傾きと変形を考慮してボア内壁面の形状を生成・調整するアルゴリズム(Tailored Profile Generator Algorithm)を提案した.この方法を適用することにより,95.8 %という非常に高い全効率が実現できることを示した.

Li10)は,水潤滑アキシアルピストンポンプの熱力学モデルを構築し,ポンプ入り口水温と周囲の空気温度が50という極限状態では水温が90を超えることを示した.冷却系をポンプに導入することで前記極限状態においても水温上昇を著しく低減できることを示し,シミュレーションと実験における水温の差は4以下であった.

Mlela11)は,水圧弁を浸食や腐食から保護する耐摩耗性塗膜PTFE/Al2O3複合材について,PTFEの分子鎖長を種々変化させて分子動力学法により塗膜材料の機械的性質などを調査した.分子鎖長によっては弾性定数が負となり,また,結合エネルギーが大きくなることを示し,浸食や腐食の影響を軽減する塗膜材料設計の可能性を示した.

Han12)は,比例電磁弁をパイロット段に用い,カートリッジポペット弁を主弁とする形式の水圧用高速大流量電磁比例弁について研究を行った.数値解析により最大流体力を10 %低減する形状を見出すとともに,遺伝的アルゴリズムによる多目的最適化によりステップ応答に対する弁の最適構造パラメータを見出し,最大オーバシュート6 %,調整時間(adjusting time,整定時間のことか?)48 msを達成した.実験により,本研究で用いたシミュレーションモデルと最適化設計手法の有効性を検証した.

 

3.1 応用的な研究

Wang13)は,マッキベン型水圧人工筋肉(WHAM)を駆動源とする水中使用の柔軟マルチセグメントマニピュレータを開発した.WHAMの力学特性を実験により調べ,曲げ・飲み込み・吐き出しの各動作時の柔軟グリッパの可変直径構造に関する運動学モデルを構築し,柔軟ロボットを試作して実験し,代表的な機能について検証を行った.

Nie14は,水中で使用するグリッパの開発を目的として,やや湾曲させた扁平な中空金属管の外周部にゴムを被覆させた指を3本有する柔軟アクチュエータを試作し,変形特性を数値解析と実験により調べた.100 mm前後の指の長さに対し,中空金属管に10 MPaの水圧を供給したときに約0.2 mmの変形が生じることなどを示した.

Zhang15)は,水圧人工筋肉(WHAM)の静特性(作動圧力と収縮率・収縮力の関係)に及ぼす製造パラメータ(初期編角,繊維スリーブ材料,初期ゴムチューブ厚さ)の影響について実験により調査し,初期の編角がWHAMの静特性に最も大きく影響することなどを示し,作動条件に応じた種々のWHAMの製造やより良好な収縮力の制御の可能性を示した.

Li16)は,水中で使用する曲げと把持の機能を備えた柔軟マニピュレータとして,横方向と縦方向に各3セットの水圧駆動マッキベン人工筋肉で構成される柔軟マニピュレータを提案した.柔軟マニピュレータの3次元仮想モデルを拡張現実技術により実際のシーンに投影し,マニピュレータ動作の曲がり具合を判断した.

 

4.おわりに

2020年度は,新型コロナウイルス感染症の影響が大きいと思うが,国内での研究発表の件数は減少した.水圧機器や要素に関する基礎的な研究が継続して行われているが,最近は水圧の応用研究が増えている印象を受ける.水であることの利点を生かした応用研究とそれを支える基礎的研究が活発に行われることを期待したい.なお,調査不足により見落としている文献があることを危惧しているが,ご容赦いただけると幸いである.

参考文献

1)    眞田一志:カルマンフィルタを利用した層流流量計における流量推定式について,日本機械学会関東支部・精密工学会山梨講演会講演論文集,ROMBUN No.D41 (2020)

2)    岡崎和満,川崎敦也,藤井秀峰,横山博史,柳田秀記:シール締め代が水圧シリンダの耐久性と摩擦特性に及ぼす影響,2020年秋季フルードパワーシステム講演会講演論文集,p.69-71 (2020)

3)    宮下海渡,森賢太郎,田山厳,小野寺隆一,飯尾昭一郎:水圧シリンダを利用した配管内圧力脈動を吸収する発電デバイスの検討,日本機械学会流体工学部門講演会講演論文集, 98, ROMBUN No. OS04-07 (2020)

4)    鶴原理司,稲田諒,伊藤和寿:適応モデルマッチングを用いた逆最適化による水道水圧駆動人工筋のモデル予測変位制御,2020年秋季フルードパワーシステム講演会講演論文集,p.7-9 (2020)

5)    森山開,伊藤和寿:IIR構造を用いた非対称BoucWenモデルによる水道水圧駆動人工筋の変位推定,2020年秋季フルードパワーシステム講演会講演論文集,p.10-12 (2020)

6)    赤間一太,HYON Sang-Ho:水圧ロボットアームの空油圧サーボブースターによるインピーダンス制御,計測自動制御学会システムインテグレーション部門講演会(CD-ROM)21, ROMBUN No. 3G1-07 (2020)

7)    Ito K., Inada R.Model predictive displacement control tuning of tap water driven muscle with adaptive model matching: Numerical study, BATH/ASME 2020 Symposium on Fluid Power and Motion Control, FPMC 2020, Article No. V001T01A002 (2020)

8)    Zhibin Zhang, Defa Wu, Hao Pang, Yinshui Liu, Wenshu Wei, Ran LiExtrusion-occlusion dynamic failure analysis of O-ring based on floating bush of water hydraulic pump, Engineering Failure Analysis, Vol.109, 104358 (2020)

9)    Meike Ernst, Andrea Vacca, Monika Ivantysynova, Georg EnevoldsenTailoring the bore surfaces of water hydraulic axial piston machines to piston tilt and deformation, Energies, Vol.13, Issue 22, Article No.5997 (2020)

10) Li D.,Li G., Han J., Liu Y., Wu D.Thermodynamic characteristics research of a water lubricating axial piston pump, Proceedings of the Institution of Mechanical Engineers, Part C: Journal of Mechanical Engineering Science, Vol.234, Issue 19, p.3873-3889 (2020)

11) Masoud Kamoleka Mlela, He Xu, Haihang WangMolecular dynamics study of anti-wear erosion and corrosion protection of PTFE/Al2O3 (010) coating composite in water hydraulic valves, Coatings, Vol.10, No.12, p.1-12 (2020)

12) Han M., Liu Y., Zheng K., Ding Y., Wu D.Investigation on the modeling and dynamic characteristics of a fast-response and large-flow water hydraulic proportional cartridge valve, Proceedings of the Institution of Mechanical Engineers, Part C: Journal of Mechanical Engineering ScienceVol.234, Issue 22, p.4415-4432 (2020)

13) Wang H., Xu H., Yu F., Li X., Yang C., Chen S., Chen J., Zhang Y., Zhou X.Modeling and Experiments on the Swallowing and Disgorging Characteristics of an Underwater Continuum Manipulator, Proceedings - IEEE International Conference on Robotics and Automation, p.2946-2952 (2020)

14) Nie S.,Liu X.,Ji H.,Ma Z.,Yin F.Simulation and experiment study on deformation characteristics of the water hydraulic flexible actuator used for the underwater gripper, IEEE Access, Vol.8, p.191447-191459 (2020)

15) Zhang Z., Jia Y., Che J., Liu P., Gong Y.The effects of manufacturing parameters on static characteristics of water hydraulic artificial muscles, IEEE Access, Vol.8, p.200669-200679 (2020)

16) Li X., Xu H., Yang C., Wang H., Yu F.Study on an underwater flexible manipulator based on hydraulic drive, BATH/ASME 2020 Symposium on Fluid Power and Motion Control, FPMC 2020, Article No. V001T01A015 (2020)

 

著者紹介

柳田秀記

柳田やなだ秀記ひでき 君

1982年豊橋技術科学大学大学院工学研究科修士課程修了.同年同大学教務職員,1992年同助教授,2012年同教授,現在に至る.電気流体力学現象,水圧シリンダ,油圧ポンプなどの研究に従事.日本フルードパワーシステム学会,日本機械学会などの会員.工学博士.

E-mailyanada(at)me.tut.ac.jp