展 望

 

2020年度の機能性流体分野の研究活動の動向*

 

三井 和幸**

 

* 2021622日原稿受付

**東京電機大学120-8551 東京都足立区千住旭町5

 

1.はじめに


機能性流体とは,本来の流体としての性質に加え,外部環境や刺激などの外部条件に応じて特殊な性質や機能を発揮する流体や,物性が大きく変化し,その効果が期待される流体を指す.その中でも,本学会では,磁界の印加により粘性が変化する磁気粘性流体(MRF),電界の印加により粘性が変化する電気粘性流体(ERF),電界印加により流動が生じるという電気流体力学(EHD)現象を発現する流体,そして,EHD現象を生じやすい電界共役流体(ECF)などに関する研究が進められている.また,流体ではないが,機能性流体の発展形としてゴム状で電界や磁界印加によりその特性が変化するソフトマテリアルに関する研究も行われている.例年では,これらに関する研究が本学会の春季および秋季講演会で数多く発表され活発な議論が行われているが,2020年度は新型コロナウイルス感染症の蔓延により,春季講演会が中止となり,秋季講演会も,ハイブリッド形式(会場での発表とオンラインによる発表)という変則的な方法での開催となったことから,機能性流体分野の研究発表も秋季講演会での3件のみとなってしまった.そのため,本稿では,本学会のみではなく,関連する学会の学術講演会等も含めて発表された研究を紹介することとしたい.

2.研究動向と概要

2.1 MRFERF

 MRFに関しては,流路の変化と印加する磁場の関係や,粘性変化を吸着機構に応用する研究が行われている.ERFに関しては,マイクロロボット用のERバルブの検討が行われている.

田澤らは1),ダンパなどの急縮小,急拡大部を流れるMRFの流動特性と印加する磁場について数値解析を行っている

濱らは2),将来の壁面移動ロボットの開発を見据え,自然界で強力に吸着ができるヤマビルが吸着に利用している粘液の特性をMRFに微粉末シリカを配合させた混合型MR流体(M-MRF)によって再現するとともに,負圧や濡れ性も考慮した吸着機構を検討している.

小林らは3),複数のアクチュエータを有するマイクロロボットの制御のため,ERバルブのマイクロ化について検討している.

 

2.2 ECFEHD

 ECFに関しては,電極パターンや流路の形状に関する研究や,ECF流動を利用したグリッパおよび移動ロボットの開発など行われている.EHDに関しては,EHD流動の数値シミュレーション解析や, EHDポンプの構造の検討,そしてEHD流動を駆動源とした魚型ロボットの開発が行われている.

・新井らは4)不均一電界の印加でジェット流が生じるECFを用いたマイクロポンプに用いる三角柱−スリット形電極を高アスペクト比で製作するため,深掘り反応性イオンエッチング(DRIE)における開口パターンの形状への影響について検討している.

・鈴木らは5)電界印加により流れが生じるECFによるジャミング転移現象を用いたマイクログリッパを提案,開発している.

・青木らは6),横方向に伸縮するベローズの前後に金属板を取り付け,片側の金属板とベローズの接合部にリング状電極と針状電極の組み合わせによるECF流動発生部を,そしてそのECF発生部にはECFタンクを接続したシャクトリムシ型ソフトロボットを開発し,その駆動実験を行っている.

・佐藤らは7)EHD流動により生じる密度変化に着目し,実際に電極と流路で構成した試験装置内のEHD流動をシュリーレン光学系で観察し,並行して行った数値シミュレーション結果の妥当性を検討している.

・小薮らは8)EHD現象を用いた機械的可動部のない円筒型電極対ポンプの特性解明のため,クーロン力を考慮したFEMによるシミュレーション解析を行っている.

浅井らは9),将来の人工筋駆動を目指し,正負の平面電極対を150ユニットおよび300ユニット直列に構成したEHDポンプを製作し,5kV印加時に15kPaおよび21kPaの圧力を出力させる実験を行っている.

・木村らは10)2次元形状の流路壁面に電極を配置したEHDポンプの電極高さや長さがポンプ特性に及ぼす影響について数値解析を行っている.

・森田らは11),傾斜電極と平板電極の組み合わせによるEHDポンプとベローズを組み合わせたEHDアクチュエータを多段に接続した,低騒音かつ低発熱な動作が可能である魚型ロボットの尾ヒレ駆動機構を開発している.

・酒井らは12),既に開発している傾斜電極と平板電極の組み合わせによるEHDポンプとベローズを組み合わせたEHDアクチュエータを多段に接続した魚型ロボット用尾ヒレ駆動機構の動作速度向上のため,EHDポンプの高流量化を行い,従来の9倍の動作速度を実現している.

 

2.3 ソフトマテリアル

 ソフトマテリアルに関しては,ERFをゴム状に固形化することで,電圧印加用電極との間の剪断抵抗力が可変なソフトマテリアルであるEAMElectro Attractive Material:電気的吸引材料)を応用した義肢装具やリハビリ・トレーニング装置の開発が行われている.

西森らは13),肩と肘に麻痺が残るが手首動作が可能な患者に装着し,手首動作時に肘を固定する上肢装具を開発するために,手首動作にはモータを,肘固定にはEAMを利用した電圧制御可能なEAMブレーキの応用を試みている.

畑中らは14)EAMを利用した電圧制御可能なEAMブレーキを負荷として作用させ,高齢者等の腕の筋力を回復させる小型軽量で装着可能な上肢トレーニング装置を開発している.

3.おわりに

 以上のように,機能性流体関連の研究発表はコロナ禍の影響で本学会では激減したが,国内だけでも他の学会へと目を向けてみると,数多くの研究発表がなされ,研究活動が活発に行われていることがわかった.また,従来は流体駆動源のようなフルードパワー分野における研究や応用が主に行われていたが,このような分野に留まらず,機構部品であるモータやブレーキへの発展や,さらには医療福祉機器分野へと研究分野が広げられつつあり,今後の機能性流体および関連するソフトマテリアルに関する研究の発展に期待したい.

参考文献

1)    田澤拓也,山口博司:急縮小,急拡大部を流動する磁気粘性流体と磁場との関係,機学2020年次大会講論集(Web),S05305 (2020)

2)    濱研吾,中島達哉,塚越秀行,中野政身:混合型MR 流体の吸着現象を利用した吸盤の提案−第3報:吸着原理の検討−,日本機械学会ロボティクス・メカトロニクス講演会20201P2-H05 (2020)

3)    小林賢人,吉田和弘,金俊完:ERバルブのマイクロ化に関する研究,山梨講演会2020講論集,D34 (2020)

4)    新井真俊,松谷晃宏,吉田和弘,金俊完:深掘り反応性イオンエッチング(DRIE)における開口パターンの高アスペクト比形状への影響,山梨講演会2020講論集,D44 (2020)

5)    鈴木竜太,田中豊,枝村一弥,横田眞一:電界共役流体を用いたマイクログリッパの設計と試作,機学2020年次大会講論集(Web),J11113 (2020)

6)    青木裕嗣,尾崎晃洋,竹村研治郎,枝村一弥:電界共役流体を用いた旋回可能なシャクトリムシ型ソフトロボット,日本機械学会ロボティクス・メカトロニクス講演会20201A1-J03 (2020)

7)    佐藤匡,前田真吾,山西陽子:電気流体現象を用いたデバイス設計論確立へ向けての研究,日本機械学会ロボティクス・メカトロニクス講演会20201A1-N05 (2020)

8)    小薮栄太郎,築地徹浩,加賀谷浩太,見藤歩,蘇武栄治:EHD現象を利用した円筒内流れの数値シミュレーション,機学2020年次大会講論集(Web),S05433 (2020)

9)    浅井庸太,前田真吾,関夢太:多連平面電極のEHD ポンプ,日本機械学会ロボティクス・メカトロニクス講演会20201A1-N09 (2020)

10) 木村憲人,西川原理仁,横山博史,柳田秀記:流路壁面に電極を配置したEHDポンプの特性に及ぼす電極寸法の影響,2020年秋季フルードパワーシステム講演会講演論文集,p.72-74 (2020)

11) 森田浩輔,武井裕輔,三井和幸,寺阪澄孝,下大川丈晴:EHDポンプを応用した魚型海中調査ロボットの尾ヒレ駆動用アクチュエータの開発,日本機械学会ロボティクス・メカトロニクス講演会20202P1-I14 (2020)

12) 酒井昂輝,森田浩輔,武井裕輔,寺阪澄孝,下大川丈晴,三井和幸:EHDポンプを駆動源とした魚型ロボットの開発に関する基礎的研究〜動作速度の向上〜,2020年秋季フルードパワーシステム講演会講演論文集,p.66-68 (2020)

13) 西森大悟,花房昭彦,高木基樹,大西謙吾,三井和幸,安齊秀伸,柴田芳幸:EAMブレーキによる肘固定機能を有する能動型筋電上肢装具の開発−筋電による動作制御手法の確立−,第36回日本義肢装具学会学術大会抄録集, p.175 (2020)

14) 畑中美紀,安齊秀伸,長妻明美,川口 俊太朗,三井和幸:EAM ブレーキを用いた装着型上肢リハビリ用トレーニング装置の開発に関する研究,日本生体医工学会関東支部 若手研究者発表会2020 抄録集,C-2-05 (2020)

著者紹介

三井和幸

三井みつい和幸かずゆき 君

1988年東京電機大学大学院理工学研究科博士後期課程満期退学.同大学助手,助教授を経て,2002年同大学工学部教授,現在に至る.機能性流体の応用,医用工学関連の研究に従事.日本フルードパワーシステム学会,精密工学会,日本ロボット学会,日本生体医工学会などの会員,看護理工学会評議員,ライフサポート学会理事.工学博士.

E-mailmitsui(at)cck.dendai.ac.jp