解 説
技術開発賞受賞について*
青木 淳**
* 2021年6月11日原稿受付
** KYB株式会社,〒252-0328神奈川県相模原市南区麻溝台1-12-1
このたび,当社で開発・製品化した鉄道車両用電動油圧式フルアクティブサスペンションシステム(以下,ASTRIC *1について日本フルードパワーシステム学会で高い評価を頂き,技術開発賞の受賞を賜りましたことに感謝を申し上げる.
鉄道車両の高速化は,車体左右振動を増加させ,快適な乗り心地を悪化させる要因となっており,サスペンション技術は改良が行われてきた(図1).能動的に推力を発生して制御するフルアクティブサスペンションシステムは格段なる効果が得られる反面,故障時の安全性に懸念があったが,当社のコア技術である油圧制御を駆使し,アクチュエータ機能と故障時には必ずパッシブダンパに回帰するフェールセーフ性の機能を両立した電動油圧式の「マルチモードアクチュエータ」を考案,加速度センサ,制御装置を含めた機器で構成される「ASTRIC」を製品化した.ASTRICは小田急電鉄(株)殿70000形特急ロマンスカー・GSE(写真1,表1)編成の全車両に御採用頂き,国内の量産鉄道車両として初めて電動油圧式フルアクティブサスペンションシステムを搭載,車体左右の揺れを大幅に低減し,乗り心地向上に貢献している.
本稿ではASTRICのシステム構成,特徴と動作原理,制御,実車搭載時の振動低減効果について解説する.
2.1 システム構成
構成機器を写真2に示す.ASTRICは車体の左右動揺を検出する加速度センサ,振動制御を担う制御装置,動揺を抑える力を発生するマルチモードアクチュエータから構成され,鉄道専用仕様品となっている.
車両搭載時のシステム構成例を図2,構成機器員数を表2に示す.図2に示すように,加速度センサは前後台車直上付近の車体床面,制御装置は車体床下,マルチモードアクチュエータは車体〜台車間の左右動ダンパ位置に設置される.また,表2からASTRICはダンパとアクチュエータの機能を両立する電動油圧式のマルチモードアクチュエータを有するため,「アクチュエータ1本/台車」の構成が特徴であり,故障時の安全性を確保するダンパを別途搭載することが不要,システムの軽量化,低コストに寄与している.
2.2 特徴と動作原理
マルチモードアクチュエータは鉄道用オイルダンパをベースに電磁弁(切替弁,比例電磁リリーフ弁),電動モータ,油圧ポンプのみを付加したパッケージングシリンダで,車体と台車の狭い搭載空間への装着に適したコンパクトなサイズとなっている.油圧回路図を図3,マルチモードアクチュエータの外観を写真3に示す.
方式は電動油圧式で,電磁弁と電動モータの動作・非動作を組み合わせることでフルアク・セミアク・パッシブの3モード性能が確保され,制御装置の電源が失われた場合でもパッシブダンパとして機能する特長を持つ.また,各モードの変更は動作を停止する必要がなく,連続的かつスムーズにすることが可能である.
油圧回路は,オイルダンパに電磁弁,電磁モータ,油圧モータ,油圧ポンプ,チェック弁(シリンダ室の油が油圧ポンプ側に流入することを防止)を追加設置した回路となっている.
電磁弁,電動モータを動作させることでフルアクモードとなり,その動作原理は,電動モータを回転させて油圧ポンプでタンク内の油を圧油としてシリンダへ吐出,切替弁の動作でボトム室,またはロッド室へ油を導き,圧力室の内圧を比例電磁リリーフ弁(以下,NCV)で制御することで伸縮の推力を能動的に発生させている.
電磁弁のみを動作させた場合は,受動的な伸縮で発生する減衰力の方向を切替弁,大きさをNCVで制御することでセミアクモード,電磁弁と電動モータを非動作とした場合は受動的な伸縮で減衰力を発生するオイルダンパ性能と同一のパッシブモードとなる.
このように,ASTRICはフルアクモードから電動モータの動作を停止することで,セミアクモードへ移行,さらに電磁弁の動作を停止することでパッシブモードへスムーズに変更できる特長を有している.また,アクチュエータの構造は,シリンダ全長を短く構成可能な片ロッド,複筒式ユニフローダンパであり,内部部品は鉄道用オイルダンパの実績要素部品を採用しているため,通常のオイルダンパと同等のメンテナンス性を持つ.
2.3 仕様・性能
ASTRICは鉄道車両向け専用仕様となっており,主な仕様を表3に示す.電源仕様は制御電源に100VDC,駆動電源に車両電源の三相440VAC,通信機能はRS485に対応している.推力,応答周波数については当社内でのシミュレーションや各種の評価試験結果から設定した振動制御に必要となる下記目標値を達成,鉄道車両の振動制御に十分適用できる性能となっている.
・目標システム最大推力:16kN以上
・目標応答周波数 :15Hz以上
図4に参考として,実測した目標推力に対する発生推力のゲイン応答を示す.ゲインは推力の大小に依らず10Hzまで低下がほぼ無く,幅広い周波数帯域の振動を制御することがなく可能なシステムである.
2.4 制御システム
制御システム概要を図5に示す.制御システムはレールの軌道不整や空力外乱による車体の動揺を加速度センサで観測,観測した信号を制御装置で読み込み,制御器にて動揺を打ち消す指令力を演算,インバータで電動モータを動作させるとともに,指令力の正負極性を切替弁,大きさをNCVへ操作電流として出力することで,アクチュエータの伸縮推力を発生させて車体の動揺を抑えている.
制御装置は加速度センサ信号のほか,電動モータのトルクや回転数等を読込むと共に,列車情報管理システムと相互通信し,得られる走行速度・地点・路線等の情報から走行条件や環境に応じた最適な制御を行っている.
2.5 実車搭載・振動低減効果
ASTRICを小田急電鉄(株)殿70000形特急ロマンスカー・GSEへ搭載したときの左右振動低減効果の一例として,パッシブとフルアク時の乗り心地レベル(以下,LT *2)を図6,車体左右加速度パワースペクトル密度(以下,PSD)の面積を振動評価量とした比較を図7に示す.評価量はPSDの面積値であるため,値が小さいほど振動低減効果があることを示す.
図6は評価区間(地点)に対するLTを示しており,パッシブと比較してフルアクは最大マイナス13dBの振動乗り心地改善効果を確認し,鉄道の乗り心地評価基準において「非常に良い」を達成した.
図7はPSDでLTと関連の高い0.5〜10Hzの面積を振動評価量とした結果である.なお,図中の評価量はパッシブの評価量で正規化した百分率表記となっている.パッシブに対しフルアクの評価量は18%となり,車体左右共振を含む周波数領域で大幅に振動を低減することを確認した.
*1 Active Suspension System with Triple Control Modesの略,KYB独自のフルアクティブサスペンションシステムの商標名.
*2 鉄道の乗り心地評価基準.特定の振動数に偏ることなく広い周波数帯に渡り,1つの数値で包括的に車両の振動を評価できる量,単位は[dB].数値は小さいほど乗り心地が良いことを示す.
当社コア技術である振動制御技術,パワー制御技術,システム化技術を駆使し,アクチュエータとダンパの機能を両立した電動油圧式マルチモードアクチュエータを適用した高性能サスペンションシステムASTRICを製品化,小田急電鉄(株)殿70000形特急ロマンスカー・GSEに御採用頂き,現在,営業運転車両に搭載されている.今後は更なる性能や機能の向上を図り,鉄道車両の快適性,安全・安定走行の発展に貢献していく.
最後に,本システムの開発と製品化に関して多大なるご指導,ご協力を頂きました関係各位の皆様に感謝申し上げます.
1) 青木淳:小田急電鉄(株)殿向け フルアクティブサスペンションシステム,KYB技報,第60号,p56-59(2020)
2) 鈴木努:鉄道と油圧 油圧ダンパとサスペンションシステム,油空圧技術,Vol.59,No.11,p32-37(2020)
青木淳 君
2002年東京農工大学大学院工学研究科博士前期課程機械システム工学専攻修了.
同年KYB株式会社入社.ハイドロリックコンポーネンツ事業本部技術統轄部相模油機技術部 鉄道・緩衝器設計室.鉄道製品の開発・設計に従事.
日本フルードパワーシステム学会員.
E-mail:aoki-jun(at)kyb.co.jp
図1 鉄道 左右系サスペンション形式 振動低減効果
表1 車両概要 | ||
1 |
車両形式 |
70000形 コンセプト 「箱根につづく時間を優雅に走るロマンスカー」 |
2 |
編成 |
7両固定編成 ボギー車・編成長約142m |
3 |
編成定員 |
400名(全席指定) |
4 |
製造両数 |
2編成14車両 |
5 |
営業運転 開始 |
2018年3月 |
(出典)小田急電鉄(株)殿 |
写真2 構成機器
表2 システム構成機器員数
構成機器 |
員数 |
加速度センサ |
2台/車体 |
制御装置 |
1台/車体 |
アクチュエータ |
1本/台車(2本/車体) |
写真3 マルチモードアクチュエータ
項目 |
仕様 |
方式 |
電動油圧式 |
動作モード |
マルチモード |
電源 |
制御電源:100VDC 駆動電源:400VAC or 440VAC |
通信機能 |
RS485 |
システム 定格推力 |
10kN以上 |
システム 最大推力 |
20kN以上 |
応答周波数 |
10Hz |
基本長 *3 |
327mm |
ストローク *3 |
137mm |
アクチュエータ概算質量 *3 |
30kg |
*3 アクチュエータ形状および寸法は車両仕様に合わせて個別設計となる.
図5 制御システム概要