解 説

 

SMC高田賞受賞について*

 

下岡 綜**

 

* 202165日原稿受付

**岡山大学学術研究院自然科学学域700-8530 岡山県岡山市北区津島中3-1-1

 


1.はじめに

この度は,栄誉ある日本フルードパワーシステム学会 SMC 高田賞を賜り,誠に光栄である.また,日本フルードパワーシステム学会(JFPS)の関係者および共著者である岡山理科大学の赤木徹也教授をはじめ本研究にご協力いただいた皆様には,心よりお礼申し上げる.受賞論文である「Development and Attitude Control of Washable Portable Rehabilitation Device for Wrist without Position Sensor(位置センサを使用しない洗浄可能な携帯型手首リハビリテーション機器の開発と姿勢制御)」について,その研究背景や概要を解説する.

2.研究背景

 近年,我が国では少子高齢化より65歳以上の高齢者の割合が増え続けている.このような状況から,介護支援や生活支援システムの開発が必要となる.その中で,リハビリテーション機器は患者のQOLQuality of Life)を維持または改善するための身体能力の向上が見込めると考える.また,家庭での使用を目的とするリハビリテーション機器は安全かつ操作が容易であり,さらに費用対効果が高く,柔軟な機器であることが必要であると考える1)-3).加えて,使用後は洗浄するため防水や防錆が必要となる.そこで,家庭で患者自身が両手で持つことで手首のリハビリテーションができる機器の開発をめざす.目的とする機器は,可動域の改善を目的とした機器でなく,理学療法士(PT)や作業療法士(OT)の施術によって,改善された可動域を維持するための機器を検討する.また,手首に対する自主運動として,ボール転がし運動をPTOTが患者に勧めている.その自主運動の様子を図1に示す.しかし,やる気などのモチベーションや身体能力によって運動が困難な可能性がある.そこで,専門知識なしに手に持つだけで使用でき,自身で購入できるほど安価な機器にする必要がある.また安全面から,患者が恐怖や不安などを感じた際に,機器を簡単に手放せることが望ましい.これまで,リハビリテーション機器への応用をめざして,柔軟空気圧シリンダを用いた柔軟球面アクチュエータを開発してきた4),5).しかし,アクチュエータには摺動部に巻き込まれ怪我をする危険性や.真鍮製ローラなどの金属部品が錆びを生じ可能性がある.またグリスなど潤滑剤を用いているため,運動後の洗浄は困難である.さらに温水での使用も難しいため,洗浄や水中でも使用可能な機器について検討する.

3.洗浄可能なセンサレス携帯型リハビリテーション機器

上述のような仕様をもとに,洗浄可能なセンサレス携帯型リハビリテーション機器の開発を行う.そのアクチュエータとして,図2に示すような伸長型柔軟空気圧アクチュエータ(以後,EFPA)を開発した6),7)EFPAはシリコーンゴムチューブ(内-外径8-11o)を蛇腹状のナイロン製スリーブで覆った単純な構造を有し,材料費は1 m当たり約600円と非常に安価である.動作原理は圧力を印加することで内部のチューブが膨れるが,スリーブにより軸方向だけのみ変形に拘束されるため,最大で約2.5倍伸長することができる.このアクチュエータを複数本用いて,拘束板で互いに拘束した機器を提案・試作した(図3).

4.センサレス姿勢制御システム

つぎに,組込みコントローラと制御弁を用いた姿勢制御システムを図4に示す.システムは試作リハビリテーション機器と6つのon/off弁(内3つは3ポート弁,他は2ポート弁),そして機器全体を制御するための組込みコントローラ((株)ルネサスエレクトロニクス, SH7125)から構成される.また,提案する機器は洗浄や水中での使用も目的としているため,位置計測用センサなどが使用できない.また,空気圧系のモデルを用いて,厳密な数学モデルを使って表す場合,空気の圧縮性などの非線形要素が多く含まれる.そこで,姿勢制御の方法として,一定時間の弁操作の繰り返しによる制御を考え,弁の単純な操作による機器の挙動をモデル化することでセンサレスでの状態量のフィードバックを行うシステムを構築する.具体的には,試作機器の各EFPAの内圧と湾曲角変化を弁の操作毎に前もって計測し,その計測結果から弁操作に対して機器の挙動を推定できる近似モデルを作成する.近似モデルを求める際の1回の操作のバルブ開放時間は,供給操作時を100msと排気操作を200msに設定する.また,給排気ともに同じ駆動時間を確保するため,保持時間を供給時には150ms,排気時には50msに設定する.装置のEFPAにおける弁操作数と内圧変化の関係を図5に示す.図中の各記号は,それぞれ供給と排気時の弁操作の結果を示す.実験では,弁の供給圧力は500kPaとした.この結果から,図6に示すように,弁操作前の圧力と1回の弁操作による圧力変化との関係を得ることができる.さらに,圧力と湾曲角の関係と図6から,弁の操作前の圧力と機器湾曲角変化/圧力変化の比率との関係が得られる,その結果を図7に示す.図7より,各記号は,それぞれ弁の供給操作と排気操作を示す.以上の関係から,弁操作前の圧力をベースとしてその変化分を給気・排気操作に対してモデル化することで,特定の弁操作後の機器の圧力と湾曲角をこの変化分の積分によって計算することが可能となる.

5.実験的モデルを用いた姿勢制御

67の結果より,EFPAの圧力と湾曲角を求めるための近似式を導出する.ここで,操作前の圧力の時点での1個の給気操作後の圧力変化分 [kPa]は次の式で近似できる.

ここで,ik,それぞれ機器内のEFPA(i = 1,2,3)を示す係数と弁操作の回数を意味する.また同様に1回の排気操作による圧力変化は次のように近似できる.

また,弁操作後の圧力は,下記の実験式を使用して計算できる

つぎに図7より,弁操作による湾曲角/圧力変化の関係から1回の操作における湾曲角とEFPA内圧変化の比率(Δβ/Δ)は,以下の実験式で近似することができる

給気の場合

排気の場合

ここで1回の弁操作後の湾曲角度は次式で求める

EFPAの制御方式として,次式に示すデッドゾーンを有するon/off制御方式を使用した.

ここで,は各EFPAの目標湾曲角度を示す.

 姿勢制御では,目標姿勢として湾曲角度を一定の90度に設定し,湾曲方向角α5度ごとに0360°変化するように設定した.図8は,モデルを用いた姿勢制御の様子を示す.各図は,試作機器を下から撮影したものである.図8より,赤い破線の円は,下から見た視点での目標軌道を示す.図8から,試作機器の終端部は目標の軌道に沿って動いていることがわかり,提案した近似モデルは,試作機器を軌道制御に適用するのに有効であることが確認できる.また,本機器は手首の可動域が超えない限り,患者に対して他動運動を与えることができる.今後の課題として,手首の可動域を改善することができる機器に改良するために,防水性のある力や曲げセンサの開発が必要である.また,疼痛管理のためにマスタースレーブ制御の適応も検討したい.

 

参考文献

1)    Nagata, Y. ed.: Soft Actuators, Forefront of Development, NTS Ltd., p. 291-335 (2004)

2)    Ishii, M., Yamamoto, K. and Hyodo, K.: Stand-Alone Wearable Power Assist Suit, Development and Avail-ability, Journal of Robotics and Mechatronics, Vol. 17, p. 575-583 (2005)

3)    Kobayashi, H., Shiban, T. and Ishida, Y.: Realization of all 7 motions for the upper limb by a muscle suit, Journal of Robotics and Mechatronics, Vol. 16, p. 504-512 (2004)

4)    Matsui, Y., Akagi, T., Dohta. S., Aliff, M. and Liu, C.: Development of Portable Rehabilitation Device Using Flexible Spherical Actuator and Embedded Controller, Lecture Notes in Electrical Engineering 293, Volume 1, Springer, p. 231-238 (2014)

5)    Matsui, Y., Akagi, T., Dohta. S., Kobayashi, W., Tamaki, H.: Development of Flexible Spherical Actuator with 3D Coordinate Measuring Device, Journal of Flow Control Measurement & Visualization, Vol. 6, No. 2, p. 95-106 (2018)

6)    Suzuki, Y., Akagi, T., Dohta, S., Kobayashi, W., Tamaki, H., Matsui, Y. and Shimooka, S.: Development of Tetrahedral Type Rehabilitation Device Using Flexible Pneumatic Actuators, International Journal of Mechanical Engineering and Robotics Research, Vol. 7, No. 4, p. 409-414 (2018)

7)    Shimooka, S., Akagi, T., Dohta, S., Kobayashi, W and Shinohara, T.: Improvement of Home Portable Rehabilitation Device For Upper-Limbs, JFPS International Journal of Fluid Power System, Vol. 12, No.  1, p.10-18 (2019)

 

著者紹介

下岡綜

下岡しもおかそう 君

2020年岡山理科大学大学院工学研究科博士課程(後期)システム科学専攻修了.同年松江工業高等専門学校電子制御工学科助教を経て,岡山大学学術研究院自然科学学域助教となり,現在に至る.ソフトアクチュエータを用いた医療・福祉機器の研究に従事.日本フルードパワーシステム学会,日本機械学会などの会員.博士(工学)

E-mailshimooka(at)okayama-u.ac.jp

 


図1 ボール転がし運動
図1 ボール転がし運動
図2 EFPAの外観と構造
図2 EFPAの外観と構造

 

図3  ポータブルリハビリテーション機器の外観
図3  ポータブルリハビリテーション機器の外観
図4 姿勢制御システムの構造
図4 姿勢制御システムの構造

 

図5 給排気の操作回数と内圧変化の関係
図5 給排気の操作回数と内圧変化の関係
図6 弁操作前の圧力と操作による圧力変化の関係
図6 弁操作前の圧力と操作による圧力変化の関係

 

図7 弁操作前の圧力と湾曲角変化/圧力変化の関係
図7 弁操作前の圧力と湾曲角変化/圧力変化の関係

 

図8 機器による姿勢制御の様子
図8 機器による姿勢制御の様子