随 想

 

学術貢献賞受賞と名誉員を拝命して*

―お礼のついでに−

 

小山 紀**

 

* 202162日原稿受付

**明治大学理工学部名誉教授214-8571神奈川県川崎市多摩区東三田1-1-1

 


1.はじめに

この度貴学会より技術貢献賞および名誉員称号をいただき,誠に光栄なことと関係者各位および会員の皆様に感謝申し上げます(ここだけは「です・ます」とさせてください).小山は20213月に43年間勤務した明治大学理工学部を定年退職しました(おっと!)退職した.毎日が休日の生活に移行したときには違和感があるだろう,と当初は予測していたが残念ながらその予測は外れであった.私は生まれつきの怠け者だったようだ.最後の年はコロナ禍によりキャンパス閉鎖や入構制限があり,授業開始後もリモート授業となり自宅で作業する機会が増えた.新生活の予行演習になったかも知れない.この度,受賞と名誉員拝命を期に緑陰特集号に寄稿せよ,とのご依頼をいただいた.もう思い出話しかできない小山だがお礼のついでに近況などをだらだらと記させてもらう.

2.著者写真のこと

それでは早速思い出話を.私が最初に貴学会(当時は日本油空圧学会)の運営に参加したのは会誌編集委員会で,そのころ依頼記事の著者にはすべて顔写真をつけてもらうことになった.私の学部時代の恩師であった明治大学工学部(現・理工学部)萩原辰弥先生に記事の執筆を依頼する際,「萩原先生のお人柄がよくわかる写真を付けてください.たとえば犬と遊んでいるような・・・」と伝えたら「なんで犬かね?」との問い合わせがあり,「読者の皆様は,まさか犬のほうを萩原先生と認識することがないでしょうから」と誠に失礼な回答をした.送られてきた写真は庭いじりをされているもので確かに先生らしさを感じた.小山も真似して植物に対峙している(いじめている)写真としてみたが,「わざとらしさ」が目に付いてうまくなかったようだ.

3.小山も考えた

暇になったので自宅でインターネット情報を見る機会が多くなった.コロナ,カルチャーや政治等々雑多な種類の話題が分別なく並んでいるのが面白い.映画のサイトではアニメに関する書き込みが多い.アニメに描かれる時代背景はさまざまだが特に近未来ものに根強い人気があるようだ.そこで小山も考えてみた.「SF(空想科学)は空想か?」すなわちSFは空想のままで終わるのか.過去における近未来(少し変な表現だが)を取り扱ったSF(空想?)を振り返ればわかる.もし実現したのなら空想が現実のものになってゆく過程と,科学技術の革新とはどのように結びつくのか.これを見るには100年以上のスパンが必要と考えるので,アニメではなく昔の少年・少女たちが読み漁ったジュール・ベルヌのSF小説を取り上げてみたい.ベルヌの代表的な作品と発表年をつぎに示す.

 

1864  A Journey to the Centre of the Earth  (日本語名:地底探検)

1865  From the Earth to the Moon         (同:月旅行)

1869  Vingt Mille Lieues sous les Mers       (同:海底2万里)

1873  Around the World in Eighty Days       (同:80日間世界一周)

 

 これらの中で流体技術に関係がありそうなVingt Mille Lieues sous les Mers (以後,海底2万里)を取り上げたい.この小説は謎の潜水艦”Nautilus”を扱ったものである.内容は省略するがある出来事をきっかけに”Nautilus”に捕らえられた主人公と艦長ネモとの葛藤や,この艦で体験したさまざまな冒険を主題としている.”Nautilus”は長時間の潜航が可能で,小説では潜水艦自体が独立した社会(国家?)を形成しているというかなり進化した設定となっている.なおnautilusとはオウム貝のことである.ところで,この潜水艦はベルヌが無から創作した空想であり,小説を発表した当時(1869年)にはまだ影も形もなかったのであろうか.潜水艦(船)をめぐる技術的背景を時系列で調べてみよう.

 

(1)1800 米人R.Fultonが仏で潜水艦の建造を計画

     半潜水船,木造鉄板張り,手動スクリュウプロペラで推進,船名”Nautilus”

(2)1863 米の南北戦争で北軍が潜水艦”David”(蒸気駆動,半潜水船,4人乗り,全長16.4m)で

南軍の軍艦”New Ironsides”をチャールストン港で雷撃し損害を与えた

(3)1864 米の南北戦争で南軍がアラバマで完全潜水艦(8人乗り,人力駆動)”Hunley“を建造

     鉄道でサウスカロライナに搬送し,北軍の軍艦を撃沈した

(4)1864  仏で完全潜水艦を建造,全長48m,圧縮空気を使って80Psエンジンで航行

(5)1869 ジュール・ベルヌがSF小説・海底2万里を発表

(6)1888 仏で30トン電気式推進潜水艦を建造

(7)1955 米原子力潜水艦”Nautilus”就航,水中速度20ノット以上

(8)1958 米原子力潜水艦が北極点に潜航

(9)1960  米原子力潜水艦”Triton”が潜航したまま世界一周

     その航路はマゼランらによる世界一周(15191522)コースをトレース

 

最初の(1)で早速答えが示されていた.ベルヌが小説を執筆する以前から彼の母国仏ではすでに潜水艦の実現に向けて動き始めておりその名前も”Nautilus”であった.ベルヌは恐らくこの事実を強く意識していたものと思う.潜水艦の初期段階は完全に潜水せず換気や操作のため一部が海面上にあったが,当時の艦船としは極めて異形で見つかりにくい特徴を生かして(2)では既に実戦に使われている.ベルヌの”Nautilus”も戦艦である.(3)の動力は人力だが完全な潜水艦となった.大きな戦果を得たものの帰還せず行方不明になっている.1995年に深さ5メートルの海底で発見され話題となった.当時の新聞紙面を図1に示している.なお,写真の潜水艦は残されていた図面から復元された複製品である.

(5)で海底2万里が発表される.(7)では米原子力潜水艦に”Nautilus”と名付けられている.ベルヌに敬意を表したのかも知れない.(8)で潜水艦が潜航したまま北極点に到達しているが,海底2万里では”Nautilus”が北極点を訪れる話が出てくる.実現まで89年かかった.

4.おわりに

 ベルヌが海底2万里を執筆した当時,すでに現在につながる潜水艦開発の道筋が見え始めていたようである.このことは多くの人に受けいれられるSFの必要条件を示しているような気がする.たとえば私が推理小説を書いたとする.近未来を舞台とした密室殺人ものである.トリックや生活環境について適当な(いい加減の意味)未来技術をちりばめながら話を進める.最後の密室トリックの種明かし部分で,小説に示した時代には細胞の素粒子への変換と再生技術が確立しており犯人はこれを使って壁を難なく通り抜けた,などとまとめたら間違いなくブーイングだろう.SFに描かれる事象はあくまでも公開時点に立脚して,それから連想できる未来でなければならない.事実SFアニメに描かれる世界は,ロボット,アンドロイド,AIや宇宙開発など既成事実として多くの人に注目されており,その将来が想定される技術に立脚したものが受け入れられているような気がする.

もちろんジュール・ベルヌのSFには独創性がない,などと主張しているわけではない.海底2万里では乗組員の独立した生活をささえる手段として,潜水艦と海底農園を使った食糧生産などまだ恐らく着手されていない技術(空想?)が描かれている.

著者紹介

小山 紀

小山おやまおさむ 君

1978年明治大学大学院工学研究科博士後期課程単位修得後退学.同大学助手,助教授を経て, 2000年同大学理工学部専任教授,20213月同大学退任.現在は同大学名誉教授.空気圧制御などの研究に従事.日本フルードパワーシステム学会,日本機械学会などの会員.博士(工学)

E-mailoyama(at)meiji.ac.jp

 

 


図1 潜水艦”Hunley”が発見された当時(1995年)の新聞記事
図1 潜水艦”Hunley”が発見された当時(1995年)の新聞記事