随 想
技術功労賞を受賞して*
肥田 一雄**
* 2021年6月11日原稿受付
**(元)川崎重工業株式会社,〒651-2239兵庫県神戸市西区櫨谷町松本234
修士課程1年目で(故)石原智男教授の“油圧に関係した流体力学特論”という講義を受けた.初日に油圧工学/工業の概説を聞いた.ノートの記載をそのまま転記する:“日本における油圧の近代化・・・1950年代,欧米に比べて技術的には30年くらいの遅れ.現在(1976年当時)内容的には20年の遅れが有る.作って売ることに専念,開発がない.”とある.最後の文は心に留まっていた.当時,海外からの技術提携品が多く,自社開発品が少なかったのは確かであろう.
遡るが,学部4年の時に,流体機械の講義が有り,その教科書「流体機械」1)の口絵に「油圧ポンプ − 斜板式アキシャルプランジャポンプ(川崎重工)」(図1)が掲載されていた.入社後に,KVC925という型式であることを知った.当時日本国内で未だ少なかった自社開発品ということでその書籍(1971年刊行)に掲載されたものと思う.書籍の本文の中にも記載されているが,“丸棒状のピストンは特にプランジャと呼んで区別”していたので,プランジャポンプと呼称されていた.
3.1 川崎重工ポンプ開発の歴史
昼夜を分かたず,実験室でポンプを運転し,評価を継続してきている.同じ図面の部品でも,メーカが変われば別のものと考え,評価試験をやり直す.実車上フィールドで起きた不具合/故障は,実車上とベンチとで調べ,原因を究明する.当たり前のことであるが,そうしたことを長年継続してきている.そうして得られた数多くのノウハウを,次世代モデルの設計/開発に活かしていく.その繰り返し,継続で今のK7Vシリーズに至っている.
同じK7Vポンプでもユーザ毎に,圧力‐吐出量特性,入力指令‐吐出量特性,外観塗装,梱包荷姿等が異なる.それをユーザの国内,海外のショベル工場に,年間10万台を超える量であるが,届けることをしている.これも技術の一つと思っている.設計/開発部門だけでなく,会社全体の総力で達成できることと思う.
3.2 油圧ショベル用のコントロール弁の設計
1985年20トンクラスショベル用コントロール弁KMX15(図2)の量産を開始した.それまで当社はショベル用ポンプ,旋回モータの製造実績は豊富であったが,本格的なショベル用コントロール弁を設計,製造したことはなかった.西神戸工場にはコントロール弁の生産設備は無く,設計ノウハウも無かった.ユーザのショベル工場に行って,他社製のコントロール弁,リモコン弁を見るたび,その実績をうらやましく思っていた記憶がある.
KMX15はネガティブ制御方式(図3)であり,走行直進・旋回優先に加え,ブーム下げ再生やアーム引き可変再生,走行昇圧,パイロット室自動エア抜き機能などの多くの機能を3分割型ケーシング内に取り込んでいる.複雑で多機能の製品であり,当時の管理能力が低かったこともあり,量産品質が安定するまで,すなわちショベル搭載後に見つかる不具合が無くなるまでに数年を要した.
1987年には13トンクラスショベル用KMX13(図4)の量産を開始した.2ブロック背面合わせ型である.KMX15,13までは走行スプールはリンクによる機械式操作であった.ペダル付き走行用パイロット弁RCV8Cの適用と共に,以後のコントロール弁は走行スプールも油圧パイロット式に変わっていった.
3.3 リモコン弁の開発
当時,併せてリモコン弁(油圧パイロット弁)TH40K(図5)も開発されていた.市場ではコントロール弁のスプールを駆動する方式として,リンクによる機械方式と油圧パイロット方式とが混在していた.油圧パイロット方式はあまり信頼されておらず,操作性の要求の厳しいエンドユーザにはリンクによる機械方式のショベルで対応するとのことであった.機械方式のコントロール弁KMX15 も試作,試供した.しかし,この時のリモコン弁TH40Kの開発の成功(図6)も要因の一つとなって,量産では油圧パイロット方式のみとなった.以後は機械方式コントロール弁のニーズが無くなった.
3.4 油圧ショベルへのシステム対応
それまでは当社はポンプ,旋回モータを主に製造販売してきていたが,コントロール弁KMX15,13とリモコン弁TH40Kを加え,油圧システムとしてショベルメーカに供給できるようになった.結果,そのショベルの油圧システムにより深く関与することとなり,ショベルメーカと共同で操作性の良いショベルに仕上げていくようになった.KMXコントロール弁のスプールの開口面積特性はユーザ毎に異なり,それはそのユーザでの実車テストで決めるようにしている.その後,コントローラも加わり,ショベル用Kawasaki油圧システムと呼べるものに発展していったと思う.
4.1 1995年 ハノーバーメッセ
工業会展示団の一員として当社も出展した.当社は6人アテンダント,私はそのリーダであった.アパートに一人ずつ分かれてホームステイをした.2週間程度滞在したと思う.
4.2 KPM(USA)時代
(それは後に2015年,ロードセンシング型ポンプK3VLS85で実現することになる.)
4.3 KPM(UK)時代
イギリスにあるKPM(UK)に2010年から2012年まで駐在した.スタッファモータを生産している工場で,ショベル用ポンプ,旋回モータも生産していた.ヨーロッパでの販売も担当している製造,販売一体の会社である.ちなみにスタッファモータは前述の「流体機械」1)にも掲載されていた(図9).
2012年,初めてヨーロッパの大手建設機械メーカのホイールローダのメインポンプとして前述の欧米向けアキシャルピストンポンプK3VL112が採用された.1995年ハノーバーメッセに出展した時から17年後のことであった.そして,このK3VL112の採用は、後に当社がショベル以外の市場に参入するきっかけとなった.
4.4 産業機械用大型ポンプ
2010年当社は斜板型高圧・大容量ピストンポンプK7VG500の開発に着手し,500MN大型鍛造プレスへの適用を目指した2). 押しのけ容積500cc/rev,定格圧力45MPa,最高圧力50MPa (図10) .これだけ高圧,大容量の産業用ポンプとしては,ドイツ製のものしか実績はなかった.
実機では1台の電動モータの前側と後ろ側にそれぞれ2台のポンプがタンデムで装着される.それが6セット有り,合計24台のポンプで駆動される大がかりなプレスシステムであった.当社の事前ベンチ試験を,実機と同じ作動油,負荷条件,実機並みの回路/配管で行うこととした.ただし,電動モータの前側にだけ2台タンデムで装着した.ベンチ耐久試験も,その実機並みの回路上で,実操業を模擬した負荷条件を与えて行った.ポンプの開発は完了し,2013年4月,500MN大型鍛造プレスは予定通り立ち上がった.高圧,大容量の産業用ポンプとして一つの実績を作ったと思う.
4.5 斜板式高速油圧モータM7V
2010年当時の高速モータ市場は欧米他社製の斜軸型モータによって占められていた.実績のある斜板型油圧モータに新しい技術を盛り込み,42MPaと高い定格圧力で5,000min-1 までの高速回転を実現したM7V112 (図11)を2015年量産化した.この製品をラインアップした「斜板式高速油圧モータM7Vシリーズ」で2019年JFPS技術開発賞をいただいた3) .これまで斜軸式ピストンモータでしか実現できていなかった高速回転領域に到達できた。また、市場では低速での巻き上げ性能でも評価されている.
4.6 人が操作して動かす機械,システム
何年か前,手術支援ロボットの試作品の作動確認テストの段階であったが,私も操作した経験がある.レバーを持って,先端の器具を動かしていくと,パワーショベルの運転席で,レバー操作でもってバケットを動かしているのと同じ感覚であることを思い出した.アクチュエータ先端を操作者の思い通りの速度で,思い通りの位置に動かし,必要なだけの力を出して,仕事をさせる,そこに操作者の全神経を集中させる.手術支援ロボットとパワーショベルに求められている機械/制御技術の本質は同じものである.その“操作者にとって操作しやすい,操作性が良い”という重要な特性は数値化,定量化ができないので,比較すること,他者に伝えることができない.“自動制御”という分野,理論体系は有るが,“人が操作して動かす制御”は未だに試行錯誤で対応している部分が多いように思う.“システムの操作性の良さ”を定量化し,それを上げるためにどういう機器(油圧とは限らないが)が良いのか,と考えていくべきと思う.
約20年間,ショベル用コントロール弁の設計をしてきた.自分としてはショベルの上でコントロール弁のスプールを交換し,横で操作を見守り,後でオペレータの操作感を聞く,といった現場での日々を思い出す.合わせて,ケーシング素材の図面を持って素材業者に通いつめ,一日がかりで図面を検討していた記憶も強い.うまく行くかどうか判らず進めていた.設計し,量産化し,販売活動もしてきたが,それが開発と呼べるレベルのものであったか,今も自問する.
「油圧ショベル大全」4)に以下のようなことが記されている.「日本製の油圧ポンプ,コントロール弁等の油圧機器やデイーゼルエンジンもそれら機器メーカ間の競争や建設機械メーカとの協業により性能・コストの両面で世界トップクラスとなり,世界シェアも高い.」 当社に限らずどの油圧機器メーカでも同じであろうが,やはり,油圧機器メーカと本機メーカとが共同で油圧機器を育てて来ていると思う.そして多くの部品メーカがそれを支えている.ユーザに使っていただけることで,生産が継続でき,それで次の世代の油圧機器の開発につなげることができる.
油圧技術,油圧機器は全体システムの中で重要な役割を果たしているが,縁の下の力持ちであり,目立たない.私は「構成機器」と呼ぶのが良いのではと思う.設計者はその機器の性能/機能を高めようと思うだけでは十分ではない.「構成機器」故,本機あるいは全体システムの性能/機能の向上にどう貢献しているか,そこを主に,第一に考えるべきと思う.
1) 大橋秀雄:流体機械,森北出版,口絵8(1975)
2) 服部智秀:鍛圧機械用高圧大容量油圧機器について,油空圧技術, Vol.57, No.1, p.43-49(2018)
3) 西田信治:技術開発賞受賞について, フルードパワーシステム,Vol.51, No.1, p.E22-E29(2020)
4) 岡部信也,杉山玄六:改訂版 油圧ショベル大全, 日本工業出版, 改訂にあたって (2017)
ひだかずお
肥田一雄 君
1978年東京大学大学院工学系研究科修士課程修了.同年川崎重工業入社,ショベル用コントロール弁の開発に従事.2006年KPM‐USAプレジデント, 2009年KPM(UK)プレジデント,2014年常務取締役,精密機械カンパニープレジデント,2020年停年退職.日本フルードパワーシステム学会員・フェロー,日本機械学会会員.
E-mail:keith.hida21(at)gmail.com
図1 斜板式アキシャルプランジャポンプ
KVC925−「流体機械」1) 口絵
図2 20トンクラスショベル用油圧コントロール弁 KMX15
図3 ショベル用油圧システム:
ネガティブコントロール方式
図4 13トンクラスショベル用
油圧コントロール弁 KMX13
図7 中圧用斜板型アキシャル
ピストンポンプK3VL/80A
図8 パラレルポンプ K5V200DPH