解 説
名誉員を拝命して*
築地 徹浩**
* 2021年6月5日原稿受付
**九州産業大学非常勤講師,〒815-0083福岡市南区高宮5-8-8-201
私がこれまでに行って来た研究は,油圧システム内の流動解析,空気流を利用したエンドエフェクタ,電場や磁場に反応する機能性流体,ラグランジェ法による数値流動解析,プラズマアクチュエータ,バイオメカニクスなどである.本学会では,特に,油圧システム内の流動解析,空気流を利用した非接触把持機器,機能性流体に関して,研究発表や論文を執筆させていただいた.関連の研究委員会にも参加させていただき希少な情報交換の機会をいただいた.特に,油圧システム内の流動解析に関する研究は,大学院時代から継続して行ってきており,これまでの研究の一つの柱になっている.それらの研究結果の一部を加え,流体工学から見た油圧回路全体の設計に関する著書を「流体工学に基づく油圧回路技術と設計法」1)という題目で近年執筆した.
ここでは,油圧システム内の流動解析に関する研究の中から,2005年度(財)油空圧機器技術振興財団顕彰を受賞した油圧用ボール弁に関する研究2)と平成23年度(一般社団法人)日本フルードパワーシステム学会の学術論文賞を受賞したアキシアルピストンポンプ内の流動解析に関する研究3)についてそれらの概要を述べる.
2.1 油圧制御弁
多くの油圧制御弁は,一般に,構造的にスライド弁とシート弁に分類される.スプール弁,プレート弁などがスライド弁であり,ポペット弁やボール弁がシート弁である.シート弁のほとんどがバネ・質量系であり,いわゆる振動系を構成している.この構造のために,弁の振動,騒音およびキャビテーションなど油圧機器や回路の機能上,好ましくないことが生じる.これらの問題に関しては,古くからいろいろな角度から多くの研究が行われてきた.弁の振動を抑えると少なくとも弁とシートの衝突による騒音は低減できるので,弁の上流や下流に容量や絞りを設置して振動の低減化が試みられてきた.
ここで取り上げた弁は,構造が単純で部品点数も少なく種々の用途で使用されているボール弁である.この研究は産学共同研究として行われ,大学としては比較的短時間で成果を上げることができた.本研究の目的は,ボールの振動を低減化し,衝突による騒音やキャビテーション気泡の発生を抑えることであったので,途中の細かな解析に時間を割くことは極力避け,新たな弁の開発設計にいち早く着手した.
まず,運転中の弁内部の弁やバネの状態および流動状態を観察するために実際の弁から弁体の材料を観察可能な透明材料に変更した可視化用の弁を製作した.今回の可視化方法は,高速度カメラを用いたX線による透過撮影法を採用し,弁内部のボールやバネの動きを観察した.ボールの動きを容易に可視化するために,ボールとバネ以外は,X線が透過する樹脂で製作した.ボール弁に当てられたX線は,ボール弁を透過して,イメージインテンシファイヤにあたる.そこでの画像が増感されたものがスクリーンにでき,その画像を高速度ビデオカメラで撮影した.結果の一例として,上流圧力が9MPaの時の可視化結果を図1に示す.左側の図は通常のディジタルビデオカメラ(取り込み間隔1/30sec)で撮影した画像である.ピー音と言われているキャビテーション音を発してボールは振動し内部のボールは確認できない.右図は,高速度カメラを用いてX線撮影をした一コマである.バネとボール の輪郭が鮮明に捉えられている.種々のパラメータで実験を行った結果,ボール,ボールサポートおよびバネが連動してほぼ軸と垂直方向(横方向方向)に振動していることが分った.キャビテーション気泡も周期的に発生していた.以上の結果をもとに,ボールサポートが軸と垂直方向に移動できない構造を有する数種類のボール弁が開発され,弁振動,騒音およびキャビテーションを最も低減するためのボール弁が開発された.
2.2 油圧ポンプ
油圧機器に限らず,機器内部の流れの状態を外部から観察するためには,撮影や光を照射するための構造を備えた機器に実物を変更し製作する必要がある.簡単に,機器の内部の流れの観察実験を行うには,単純化した可視化用機器を製作すればいい.たとえば,二次元の可視化実験用の機器などである.しかしながら,実物の三次元機器から,形状や圧力などの運転条件は大きく異なることになる.一方,なるべく実際の機器の形状を保ち,運転条件も同様にする観察用の機器を製作すると,材料の選択,部品の形状変更,漏れの防止など工夫をすべき点が増え,製作しても特に高圧での漏れのために目的とする可視化実験ができない場合が多い.
ここでは,アキシアルピストンポンプを取り上げ,出来るだけ実際の形状から離れず,通常の運転条件で内部流れの観察実験が可能な実験用のアキシアルピストンポンプを製作した.今回は,アキシアルピストンポンプ内のノッチからの噴流を高速度カメラで撮影し,噴流の解析を行った.本研究で製作したピストンポンプの断面図を図2に示す.可視化実験では,吸い込み行程から吐き出し行程に切り替わる際に,吐き出し側の高圧側から油がノッチを通ってシリンダ内に流入する流れを撮影するため,その場所が可視化できるようにケーシング(a)とリアケースの一部(b)をアクリル材料で製作した.図はT方向(軸と垂直方向)から可視化可能な場合を示している.そのために,さらにシリンダブロックの弁板付近の一部(c)を透明アクリル材料で製作した.軸方向から可視化する場合には,シリンダブロック全体(c,d)を鉄(S45C)に,弁板(バルブプレート)(e)を透明アクリル樹脂のものと交換する.結果として,実際のポンプ回転数と圧力でのノッチ付近のキャビテーション噴流の非定常な様子が二方向から高速度カメラにより0.0002sec間隔で鮮明に捉えられ,現状のポンプ内のノッチ付近のキャビテーション噴流の挙動が把握できた.一方,CFD解析でも同様な解析を行い,実験結果と比較しつつ解析プログラムを完成させた.これらのアキシアルピストンポンプ内の流れ解析技術により,キャビテーション噴流を抑制するための新たなノッチの製作を試みられた.
本学会を最初に知ったのは大学院生時代の先輩の講演発表であった.当時は,油空圧協会であったが油圧に関するいくつかの講演を聞いたのを覚えている.そのころの事務局は手狭であり,会員名簿の作成や学会誌の整理を手伝った.大学院博士課程を修了後,1984年に正会員になり,1986年から編集委員会委員を約12年させていただいた.この委員会は,私にとって油圧や空気圧の研究および技術情報を得る希少な場であり,特に産業界の多くの方と知り合いになれたことは,その後の研究活動において重要な財産になった.その後,論文集委員,企画委員,表彰委員,国際会議の組織委員会委員,研究委員会委員などを務めさせて頂いた.2010年から2013年までの副会長を仰せつかった中で,2012年に一般社団法人日本フルードパワーシステム学会への移行に伴い,当時,横田眞一会長のもと,香川利春副会長,高田芳行副会長とともに,定款の作成に携わらせていただいたことは思い出深い.2014,2015年には会長を仰せつかった.当時の学会の方針として,財政基盤,産学連携および学術基盤の推進を掲げ,それぞれの項目について,当時副会長の小山先生,肥田氏および理事の方々とともに議論した.以下にそれらの内容について述べさせていただく.
学会を支えるのに必要なものはまず財政基盤であり,これを進めるには賛助会員を含めた多くの会員の方々のご協力が必要であった.産業界からの役員の方々の強いご意見に基づき,計画的に財政基盤強化計画を立案して少しずつ進めて行った.当時は特に賛助会員のご協力をお願いした.
つぎに,産学連携についてであるが,学会は,産業界と大学等の研究機関の交流の場でもあり,産学連携活動が活性化することが望まれる.日本での油空圧関連の専門的な工業会は,日本フルードパワー工業会であり,専門的学会は本学会である.これら二つが車の両輪となりフルードパワーを発展させることが重要である.当時,工業会主催の会合等に東京はもちろん関西の方へも積極的に出向き交流を深めた.具体的な産学連携活動については,工業会との連携を積極的に深め,“フルードパワー研究者リスト”および“出前講座”やセミナーなどを推進した.また,新たな研究委員会を立ち上げ,IFPEXでのカレッジ研究発表コーナーにおける大学関係者による研究成果の発表は,産学交流の良い機会になった.
最後の学術基盤は学会の存在意義として重要な基盤である.それは,社会的グローバル化にともなう国際交流も含んだ国際的な学術基盤を意味する.本学会が主催する学術講演会として,春と秋の国内講演会,3年ごとの国際シンポジウムが開催されている.当時,グローバル化の方向に社会が進んでいく中で,特に韓国との交流を行った.それは,2015年10月22-23日に,韓国釜山においてのThe KSFC 2015 Autumn Conference on Drive & Controlの講演会に日本フルードパワーシステム学会から私を含めて10名が参加したことであった.この学会はフルードパワーシステム全般および建設機械関連の研究テーマを中心にしたトピックスで構成されており,23日には国際セッションも開催された.この国際セッションは,韓国で開催された初めての油空圧関連の国際会議で,韓国の大学や企業からの参加者との意見交換や議論ができ,非常に有意義だった.この年は,日韓国交正常化50周年の年でもあり,この時期に油空圧関連の国際会議が初めて韓国で開催され,それに参加できたことは,学会としても意義深い年だった.さらに,国際シンポジウムをはじめ,恒例となっていた中国との日中ワークショップおよび若手研究者の派遣等をとおして活発な交流が行われていた.現在,Korean Society for Fluid Power & Construction Equipment,日本フルードパワーシステム学会,Fluid Power Transmission and Control Institute of Chinese Mechanical Engineering Society,が共催する第6回日中韓共同ワークショップが本年に予定されており,ますますアジア圏でのフルードパワーのグローバル化が加速しているようである.
今回,名誉員を拝命して,長きにわたり私の研究生活を育てて頂いた本学会に,ただただ感謝申し上げる次第である.今後,油,空気,水,機能性流体,およびこれから出現する新たな流体を作動流体とするフルードパワーシステムの専門学会として,本学会がますます発展されることを心から願っている.
参考文献
1) 築地徹浩: 流体工学に基づく油圧回路技術と設計法,科学情報出版(2018)
2) 築地徹浩,松本学,佐倉青蔵,永田精一,吉田太志:可視化技術を用いた油圧用ボール弁の改良,日本フルードパワーシステム学会論文集,Vol.35,No.6,p.103-108(2004)
3) 築地徹浩,高瀬拓也,野口恵伸:アキシアルピストンポンプ内のノッチからのキャビテーション噴流の可視化解析,日本フルードパワーシステム学会論文集,Vol.42, No.1,p.7-12(2011)
築地徹浩 君
1983年上智大学大学院理工学研究科博士後期課程修了.同大学助手,足利工業大学助教授,教授を経て,1999年上智大学理工学部教授,2020年九州産業大学理工学部機械工学科非常勤講師,上智大学名誉教授,現在に至る.油圧工学,流体工学の研究に従事.日本フルードパワーシステム学会,日本機械学会などの会員.工学博士.
E-mail:t-tukiji(at)sophia.ac.jp