資 料

 

機能性流体フルードパワーシステムに関する研究委員会*

 

中野 政身**

 

*2021712日原稿受付

**東北大学未来科学技術共同研究センター

980-8577宮城県仙台市青葉区片平2-1-1 東北大学産学連携先端材料研究開発センター内

 


1.本研究委員会の概要

ER(Electro-Rheological)流体,液晶,EHD(Electro-Hydro-Dynamic)流体・ECF(Electro-Conjugate-Fluids) MR(Magneto-Rheological)流体,磁性流体及び機能性ソフトマテリアルなどは,電場や磁場などの外場に反応して流体の物理化学的性質が変化する機能性を示す機能性流体である.これまで,これらの機能性流体を活用した様々な特徴的なデバィス・システムが提案・実証あるいは実用化されてきている.フルードパワーの分野でも,機能性流体を活用したフルードパワーシステムが種々提案され,車両,一般産業機械,建築,ロボティクス,MEMSなどの分野等において実用化の事例も見受けられようになってきている.このような機能性流体を活用したフルードパワーシステムは,機器の高性能化,小型化,高機能化,省エネルギー,クリーン化(対環境性),低振動・騒音化,高い信頼性や安全性の確保など,機能性流体の機能・特長を活かすことによってフルードパワー技術のブレークスルーを牽引するポテンシャルを有している.本研究委員会(委員長:中野政身,幹事:吉田和弘,副幹事:竹村研治郎,柿沼康弘,委員26名)は,機能性流体フルードパワーシステムの構築と更なる実用化を図ることを目的に,20184月に設置されました.その後,以下の調査研究項目に関して,研究テーマの設定と実施,及び研究成果発表を行なうなどして,3年目の活動を展開してきたところである.

(1)新規機能性流体の創製・評価と高機能化,(2)機能性流体を活用したバルブ,クラッチ,ブレーキ,ダンパー,アクチュエータ,ポンプ,センサなどの機能性流体要素テクノロジーの研究開発と実用化,(3)機能性流体フルードパワーシステムの構築と実用化.

2.2020年度の研究活動

2020年度は本研究委員会の2年目が終了し延長1年目でトータル3年目に相当する.第7回,第8回の2回の研究委員会を開催して,委員や外部招待者からの話題提供などを実施して調査研究活動を展開して来ている.以下に,各回の研究委員会で講演があった研究成果のテーマとその概要等を列挙して研究活動の報告とする.なお,新型コロナウイルス感染症拡大のために,研究委員会の開催はすべてZoomによるオンライン開催としている.

2.1 第7回研究委員会(20201026(), Zoomによるオンライン開催,16名参加)

(1) MR流体およびMRグリースを用いた制御装置の開発(横浜国立大学:白石俊彦 氏(招待)

まず,ご自身の専門と研究内容について説明があった.振動学をベースに,バイオメカ二クスおよびインテリジェント構造に関する研究を展開されている.その後,振動制御を目的としたMRグリースダンパに関する研究が紹介された.

MR流体の基礎,特徴,課題が整理された後,分散媒として半固体状のグリースを用いることによって工業製品への応用が容易なMRグリースの開発について説明された.鉱油とリチウム石鹸を用いたグリースによって粒子沈降を防止したMRグリースを開発されている.磁場印加が可能な二重円筒状のレオメータでの評価によると,市販MR流体と同程度以上のせん断応力が得られている.グリースは流動性が低く,シールが不要であるため,磁場ゼロの時の粘度が高いものの用途によってはダイナミックレンジがMR流体とほぼ同等となり,加えて沈降が見られないのが特長である.続いて,上記MRグリースを圧力型ダンパに適用した例が紹介された.同様のダンパにMRグリース/MR流体を導入し,加振時の履歴特性を比較したところ,減衰力の増大率のレンジはMR流体を用いたほうが優れているが,最大増大率に大きな違いはないことが示された.一方,応答性はMR流体ダンパと同等以上である.次に,せん断型ダンパにMRグリース/MR流体を適用した場合について説明があった.MRグリースは半固体であるため,パッキンなしにせん断型ダンパを構成でき,パッキンによるせん断応力なしにダイナミックレンジを広くできることが説明された.最後に,せん断型MRグリースダンパを用いたスカイフック理論に基づくセミアクティブ制振の研究例が紹介された.擬似スカイフックを実現するための電流値をMRグリースダンパに与えることによって,共振点付近およびより高い周波数でも減衰を実現できることが示された.

(2) 繊細な触覚提示のためのMRFアクチュエータの開発(大分大学:菊池武士 委員

 手術支援ロボットのデメリットは,操作系のフィードバックが映像のみで,力の感覚が帰還されないことであることが提示された.ヒトの触覚は知覚する帯域が異なる4つの受容器の反応を利用しており,硬さを提示するには数10 Hzの帯域が必要である.この点から数ミリ秒オーダーの磁場応答速度をもつMR流体のデバイスにより繊細な触覚提示を行える可能性があることが示された.MRデバイスは設計変数が多いため,その設計には遺伝的アルゴリズムによるアプローチが有効であり,触覚提示にはダイナミックレンジが重要であることから,これを評価関数に用いている.用いた数種類のMR流体の特性,比透磁率を用いたダイナミックレンジモデル,MR流体向けの新規シールの開発事例についても紹介があった.遺伝的アルゴリズムにより設計・製作したMRクラッチの特性は,予測モデルとおおよそ一致することが示された.これに基づき,開発した小型MRアクチュエータは従来のトルク制御デバイスと比較し,トルク慣性比が大きく触覚提示デバイスに十分応用可能であることが示された.

(3) 磁気混合流体を用いた磁場・電場同時印加による精密研磨の電気的特性(富山高専:西田均 委員

 磁気混合流体(MCF)研磨の加工能率向上を図るために,磁場に加え電場を同時に印加する精密研磨を提案している.まず,平面研磨に対する実験的特性解析の結果が示された.磁性流体にμmオーダーの粒径の強磁性体粒子を分散したMCFにアルミナ砥粒を混入して研磨液として用い,ステンレス合金を研磨している.磁場に加え電界強度500V/mmの電場を印加することによって,時間経過に伴う加工能率の低下を防ぐことができることが示された.研磨では,研磨に伴う断面曲線の変化も重要でこれを予測する研究も実施している.磁場に加えて電場を印加しても,最終的に到達する表面粗さに変化はないが、到達するまでの時間が短縮できることが示された.電場を印加した際に,加工能率が時間的に維持されるが,これには電流の増加が関係していることが明らかにされている.また,直流よりも0.1Hzの矩形波により材料除去量が大きくなることが示された.次に,円筒内面加工では,リング状永久磁石を積層したものを工具として,永久磁石と工作物をそれぞれ電極に接続して,砥粒を混入したMCFに電場を印加している.磁場のみの印加では工具回転の増大に伴い除去量が落ちるのに対して,電場を印加すると加工能率がやはり維持できることが確認されている.

2.2 第8回研究委員会(20201119(), Zoomによるオンライン開催,15名参加)

(1) 気液相変化駆動の人工筋アクチュエータについて(福岡工業大学:加藤友則 委員

まず,新幹線台車における空気バネを用いた能動的な振動制御,超精密加工機のエアタービンスピンドルの回転制御,電空ハイブリッド超精密位置決めステージ,楽器吹奏ロボットなど,これまでの研究成果と最近の研究事例の紹介があった.続いて,本題である気液相変化駆動の人工筋アクチュエータに関する発表があった.空気圧の代わりに沸点が低いフッ化炭素を用いた気液相変化を利用した圧力源によって駆動される人工筋アクチュエータを開発し,その駆動特性を解析した結果が示された.制御帯域は1.5Hz, 駆動時定数は立上り約0.3秒,立下り約1.5秒であった.この結果をもとに気液相変化駆動人工筋によるマニピュレータを製作して,把持力の評価を実施したところ6 N程度の力を発生できることを確認している.立下り時定数の応答性が悪い点を改善するために2つのアクチュエータを用いた拮抗駆動を提案することによって,動特性が格段に改善できることが実証されている.最近は管内ロボットに本アクチュエータを適用する研究を実施しており,小型化,長距離配線に関する問題等に取り組んでいることが紹介された.

(2) MR流体ダンパ性能に及ぼす印加磁場形態/回転容器内の液体スロッシング(慶應義塾大学:澤田達男 委員

急用による澤田委員の欠席のため,ビデオによる講演が行われた.

 まず,ピストン前面にテーパピンを取り付け,シリンダの磁場印加部における抵抗力変化を滑らかにしたMR流体ダンパについて,印加磁場の形態による抵抗力の変化に関する理論および実験による検討結果が紹介された.理論解析のためMR流体の流れを栓流としたモデルが構築されている.また,テーパピン付ピストンをMR流体が満された管内で移動させる装置を用いて実験が行われ,電磁石で強い磁場を局所的に与えるより,複数の永久磁石を用い広い範囲で磁場を与えた方が大きな抵抗力変化が得られ,理論解析結果ともほぼ一致することなどが示された.

 次に,液体が入った円筒容器を水平方向に加振したときに生じるスロッシングにおいて,円筒容器をさらに回転させたときのスワ−リングについて理論解析および実験により検討された結果が紹介された.円筒容器の回転により二つの共振周波数が生じること,スワ−リングが生じ波頭の回転速度が変動することなどが示されるとともに,円筒容器を回転させない場合,回転させた場合,および液体の粘度が異なる場合について実験が行われ,それらの詳細な特性について説明がなされた.

(3) 魚型ロボットへの応用を目指したEHDポンプによる尾ひれ駆動機構の開発(東京電機大学:三井和幸 委員

 柔軟な動作が可能な新たな多関節ロボットの開発を目的とした研究の一環として,EHDポンプを用いた魚型ロボットの尾ひれ駆動機構の開発に関して紹介があった.まず,EHDポンプの動作原理および特長について説明され,2個の対向配置されたEHDポンプおよび2個のベローズを用いた揺動型EHDアクチュエータと,これを積み重ねた構造の多関節機構が紹介された.次に,空気中で自重を支えつつ屈曲動作を行うため,トルクが異なる大型アクチュエータ3個,中型アクチュエータ3個,小型アクチュエータ3個から成る多関節機構が設計,試作され,その動作が確認された.さらに,魚型ロボットの尾ひれ駆動機構のため大型にならずに高いトルクを得るため,複数の小型EHDポンプをベローズで接続し,下流側で圧力が高くなる構造が提案され,試作,実験により,速度はまだ十分ではないが,十分なトルクにより動作可能であることが実証された.速度の向上についても検討され成果が得られており,近日中に学会で発表するとのことであった.

3.設置期間の1年間の延長と書籍「機能性流体入門基礎と応用」の出版

本研究委員会は,昨今のコロナ禍のため十分な研究活動が実施困難な状況にあったため,設置期間を更に1年間延長して20223月末日までとすることが学会から承認されました.2021年度も依然コロナ禍にありますが,主にオンラインでの研究委員会を通じて,機能性流体フルードパワーシステムに関する研究および関連情報の交換等を行って活発な活動を展開する予定でいる.

 また,本研究委員会の委員を中心に執筆した書籍「機能性流体入門 基礎と応用」(日本工業出版)が学会創立50周年を記念して20217月に出版されました.機能性流体に関する必読の書として,機能性流体に関する研究および技術開発に関わる研究者・技術者・大学院生等に愛読されることを期待している.

著者紹介

中野政身

中野なかの政身まさみ 君

1982年早稲田大学大学院理工学研究科博士後期課程修了,工学博士.1981年早稲田大学助手,1982年山形大学助手,助教授を経て,1997年同教授,2008年東北大学教授流体科学研究所,2018年同教授未来科学技術共同研究センター,現在に至る.機能性流体,流体関連振動・騒音,振動制御などに関わるスマート流体制御システム工学に従事.日本フルードパワーシステム学会(理事),日本機械学会,自動車技術会などの会員.日本機械学会フェロー,JABEEフェロー.

E-mailmasami.nakano.b2(at)tohoku.ac.jp

URL: http://www.masc.tohoku.ac.jp/project/nakano_001.html