展 望
2021年度の油圧分野の研究活動の動向*
山田 宏尚**
* 2022年6月8日原稿受付
** 岐阜大学 工学部,〒501-1193 岐阜市柳戸1-1
本稿では,2021年度の油圧分野に関する主に国内の研究動向について代表的な学会誌に掲載された論文を調査した.2021年4月から2022年3月までの本学会論文集および英文誌JFPS International Journal of Fluid Power System,春期フルードパワーシステム講演会講演論文集,日本機械学会論文集および英文誌から,いくつかの論文を紹介する.なお,The 11th JFPS International Symposium on Fluid Power HAKODATE 2020は2021年10月12日,13日にオンラインと事前提出の発表動画配信による会議形式で開催された.その発表論文概要については,学会誌の特集号1)にまとめられているため,そちらをご覧いただきたい.
2021年度の日本フルードパワーシステム学会論文集には5編の論文が掲載されており,油圧関連の論文は4編であった.また,JFPS International Journal of Fluid Power Systemには7編の論文が掲載されており,油圧関連の論文は1編であった.梶原ら2)は,CAE解析を用いて作動油流れおよびチェックボールの挙動(図1)を再現し,マグヌス力がおよぼす影響について評価,考察を行っている.クッション機構を有する油圧シリンダのL字型配管内におけるチェックバルブのバネを取り除いた場合について重合メッシュを用いて作動油流れの可視化を行っている.また,チェックボールの運動の自由度を拘束し,各パラメータがおよぼすマグヌス力への影響度を個別に評価している.
増田3)らは,CFDにより解析ポペット弁型圧力制御弁の内部流れを解析し,制御圧力に対する制御流量特性のヒステリシスが発生するポペット弁型圧力制御弁の解析を行い,ポペット弁周りの流れ場が付着流れと剥離流れの2種類に大別されることが明らかにしている.
肥後ら4)は,複雑な形状の流路に対するCFDを用いた集中定数系モデル作成法の提案を行っている.また,直管およびオリフィス付き配管系のステップ応答について,従来の流路モデルとの解析精度の比較を行い,提案されたモデルの妥当性について検討を行っている.
加藤ら5)は油圧アームのための同定入力について,修正法を提案し実験により有効性を示している. 特に,同定入力の振幅や周波数による影響および,油圧アームの不確かさの同定への応用を重視して検討を行っている.本手法は,油圧アームの高度自動化のための不確かさの同定への過程においてさまざまな応用が期待される.
Ha Tham PHANら6)は,バルブレストランスミッションシステムについて効率マップを使用した電気油圧駆動システムの全体的な効率の改善を行っている.サーボモーターと油圧ポンプの相互作用,およびそれがシステムの全体的な効率への影響について調べ,提案したシステムにより効率が改善されることを示している.
2021年 春季フルードパワーシステム講演会は2021年6月24日,25日にオンラインで開催された.講演数は29件あり,そのうち14件が油圧関連の研究であった.桜井ら7)は圧力脈動低減素子の数学モデルの改良を行い,実験結果との比較によりその妥当性を検討している.清水ら8)は,三次元数値流体解析(CFD)によりスプール弁内の流れ場を可視化し,スプールに働く流体力の発生メカニズムを解析している(図2).増田ら9)は,試作されたポペット弁の圧力−流量特性におけるヒステリシスのメカニズムを解明するためにCFD解析を行っている.加藤ら10)は油圧アームのための同定入力の修正法を提案し,その有効性を数値的に検証している.村上ら11)はトラクタの車両通信制御ネットワーク(CAN)を利用し,追加機材を最小限に抑えたトラクタ装着型均平機を試作し,その性能を評価している.岡アら12)は油圧ポンプ吸込側におけるキャビテーションによる脈動現象の予測技術開発とその妥当性を評価している.宇佐ら13)は水平1自由度並進非線形油圧アームの力制御に対して,厳密な線形ロバスト制御の手法を提案し,シミュレーションにより有効性を検証している.笹倉ら14)は油圧アームの非定常流量ブロックの流量要素の標準偏差を小さくするための拡張モデリング方法を提案し,その有効性を検証している.田中ら15)は旋回流を用いた気泡分離装置(図3)から流出する油中の気泡量を調整する手法を提案し,その妥当性を実験的に検証している.安藤ら16)は慣性力を利用したデジタル油圧回路について,シミュレーション解析によりその基本特性を把握している.風間17)は斜板式アキシアルピストンポンプ・モータ要素を対象にスリッパモデルを構築して基本的な挙動と特性を数値的に把握している.廣瀬ら18)は試作されたポペット弁のフローパターンを整理し,ヒステリシス特性とフローパターンの関係性を明らかにしている.坂間ら19)は低圧領域での利用を想定した油圧システムを設計・構築し,その有用性について検討している.甲斐ら20)は,提案した高効率かつ高精度な油圧回路であるH2SB+ による単関節アーム(図4)の位置軌道追従実験について報告している.
2021年度の日本機械学会論文集に掲載された油圧関連の論文は4編であった.また,JSME Mechanical Engineering Journalには2編,JSME Journal of Advanced Mechanical Design, Systems, and Manufacturingには1編の油圧関連の論文が掲載されている.前川21)らは,建設機械などの大型の油圧機械にPWM 油圧制御を適用する場合を想定し,試作した圧力増幅型PWM 油圧制御装置を用いて実験を行い,高圧源へエネルギー回生が可能であることを確認するとともに,実験と計算値の比較により,提案した計算法が妥当であることを示している.服部ら22)は,大型構造物である望遠鏡に用いられる油圧支持システムについて,動的特性を表現できる簡単な伝達関数モデルを提案している.また,大型望遠鏡の油圧支持システム(図5)を例としてスケールダウンした試験装置を製作し,静的試験と動的試験を実施して試験結果を評価している23).田中ら24)は,環境問題に対して優れた特徴を有する斜軸式ピストンポンプの性能向上を目的とし,混合潤滑解析と連成させたスカートの数学モデルを数値的に解き,摩擦と漏れの各動力損失および全動力損失と,それらの減少率を定量的に評価している.鈴木ら25)は,斜板式ピストンポンプにおけるスリッパの挙動メカニズム把握を目的に,機構解析と油膜解析を連成させた解析フローを構築している(図6).モデル化においては,油膜反力によるスリッパの変形やリテーナとの接触を考慮可能としている.この解析により,スリッパの弾性変形,吐出圧力,作動油温度がスリッパ挙動に与える影響を評価している.OKADAら26)は,非線形ダイナミクスの可変アドミタンスと停滞/軌道分岐に基づく油圧パワーショベルのリーダーフォロワー半自律制御(図7)のためのヒューマンインターフェース設計を行っている.YAMADAら27)は,等価離散モデルを用いたオープンエンド補正を考慮した減衰ヘルムホルツサイレンサの最適チューニングについての実験およびシミュレーションによる検討を行っている.GAOら28)は,隙間付き平板フランジモデルのシール液粘性に基づくリーク制御について,ギャップのあるフランジタイプのガスケットシステムに対し,プレート温度,圧力,ギャップ高さ,プレート平行度,シール幅,オイル粘度および振動周波数と振幅の影響を定常状態および調和振動条件下で実験的に調べている.
2021年度における国内で発表された油圧関連の主な研究トピックの概要を示した.2021年 春季フルードパワーシステム講演会では約半数近くが油圧関連の研究であり,活発に研究が行われていることがうかがえる.本稿が何らかの参考になれば幸いである.
1) 佐藤恭一:JFPS2020函館における油圧分野の研究動向,フルードパワーシステム,Vol.53,No.2, p.19-22(2022)
2) 梶原 伸治, 大森 勇輝:マグヌス力がおよぼす油圧L字型配管内ボール挙動への影響,日本フルードパワーシステム学会論文集,Vol.52,No.1, p. 1-7(2021)
3) 増田 精鋭, 清水 文雄, 渕脇 正樹, 田中 和博:ポペット弁型圧力制御弁の内部流れ解析とヒステリシスの再現,日本フルードパワーシステム学会論文集,Vol.52,No.1, p. 8-15 (2021)
4) 肥後 寛, 清水 文雄, 田中 和博:流体抵抗と慣性を同時に満たす集中定数系モデルの導出と基本的流路形状における検証,日本フルードパワーシステム学会論文集,Vol.52,No.1, p. 16-24 (2021)
5) 加藤 輝雄, 新井 遼, 酒井 悟:油圧アームのための同定入力の修正法と応用,日本フルードパワーシステム学会論文集,Vol.53,No.1, p. 10-17 (2022)
6) Ha Tham PHAN, Yasukazu SATO: Improving the Overall Efficiency of an Electro-hydraulic Drive System by using Efficiency Maps, Vol.14, No.1, p.10-18(2021)
7) 桜井康雄,前原護喬,兵藤訓一:シミュレーションによる油圧システム用圧力脈動低減素子の性能の検討,2021年春季フルードパワーシステム講演会論文集,p.11-13(2021)
8) 清水文雄,田中和博:スプール弁に働く流体力の発生メカニズム,2021年春季フルードパワーシステム講演会論文集,p.14-16(2021)
9) 増田精鋭,廣瀬直紀,清水文雄,渕脇正樹,田中和博:ポペット弁型圧力制御弁のヒステリシスの再現,2021年春季フルードパワーシステム講演会論文集, p.20-22(2021)
10) 加藤輝雄,新井 遼,酒井 悟,油圧アームのための同定入力の修正法について,2021年春季フルードパワーシステム講演会論文集, p.23-25(2021)
11) 村上則幸,長南友也,横地泰宏:車両通信制御ネットワークを利用したトラクタ装着型均平機の制御技術の開発,2021年春季フルードパワーシステム講演会論文集,p.39-41(2021)
12) 岡ア琢朗,斧田康佑,大内田剛史:油圧システムに生起する圧力脈動の予測技術,2021年春季フルードパワーシステム講演会論文集,p.42-44(2021)
13) 宇佐美太一,酒井 悟:非線形油圧アームの力制御のロバスト性について,2021年春季フルードパワーシステム講演会論文集, p.48-50(2021)
14) 笹倉涼也,酒井 悟:油圧アームの非定常流量要素の拡張,2021年春季フルードパワーシステム講演会論文集, p.51-53(2021)
15) 田中 豊,坂間清子,小寺康大,北村佳彬:旋回流を用いた油中気泡量の調整に関する研究,2021年春季フルードパワーシステム講演会論文集, p.67-69(2021)
16) 安藤大我,眞田一志,名倉 忍:回転弁を用いたデジタル油圧回路の基本特性のシミュレーション解析,2021年春季フルードパワーシステム講演会論文集, p.70-72(2021)
17) 風間俊治:斜板式アキシアルピストンポンプ・モータ要素の数値シミュレーション(スリッパ特性に及ぼすポケット位置の影響),2021年春季フルードパワーシステム講演会論文集, p.73-75(2021)
18) 廣瀬直紀,増田精鋭,清水文雄,渕脇正樹,田中和博:ポペット弁のフローパターンと流体力特性,2021年春季フルードパワーシステム講演会論文集,p.76-78(2021)
19) 坂間清子,神村明哉:低圧領域で利用する油圧システムの設計に関する研究 ―低圧用油圧機器の有用性の検討―,2021年春季フルードパワーシステム講演会論文集,p.79-81(2021)
20) 甲斐友朗,玄 相昊:新油圧回路 H2SB+ による単関節アームの位置軌道追従,2021年春季フルードパワーシステム講演会論文集, p.82-84(2021)
21) 前川 智史, 井上 喜雄, 岡 宏一, 園部 元康:バルブ切換時間および管路構成の違いによるPWM制御油圧系のエネルギー回生効率への影響検討,日本機械学会論文集,Vol.87,No.899, p. 21-00032 (2021)
22) 服部 友哉, 川口 昇, 江崎 豊, 高木 淳治, 佐藤 訓志, 山田 克彦:大型構造物の油圧支持システムのモデル化,日本機械学会論文集,Vol.87,No.900, p. 21-00059 (2021)
23) 服部 友哉, 川口 昇, 江崎 豊, 高木 淳治, 齋藤 正雄, 杉本 正宏, 佐藤 訓志, 山田 克彦:大型構造物の油圧支持システムの実験的評価,日本機械学会論文集,Vol.87,No.900, p. 21-00060 (2021)
24) 田中 嘉津彦, 桃園 聡, 金田 直人, 亀山 建太郎, 藤田 祐介:ロッド駆動方式斜軸式ピストンポンプのピストンスカート形状による動力損失への影響,日本機械学会論文集,Vol.87,No.901, p. 21-00195 (2021)
25) 鈴木 健太, 鈴木 基司, 吉田 智弘, 藤本 隆司:斜板式ピストンポンプのスリッパの弾性変形およびしゅう動部油膜を考慮したスリッパ部挙動解析,日本機械学会論文集,Vol.87,No.903, p. 21-00251 (2021)
26) Masafumi OKADA, Kohei IWANO: Human interface design for semi-autonomous control of leader-follower excavator based on variable admittance and stagnation/trajectory bifurcation of nonlinear dynamics, JSME Mechanical Engineering Journal, Vol.8 Issue 6 21-00127(2021)
27) Keisuke YAMADA, Tatsuya SHIMIZU, Hideo UTSUNO, Junichi KURATA, Yoshihiro MURAKAMI: Optimum tuning of damped Helmholtz silencer using an equivalent discrete model and considering open-end correction, JSME Mechanical Engineering Journal, Vol.8, Issue 4, 21-00139 (2021)
28) Song GAO, Toshiharu KAZAMA: Leakage control for a flat flange model with a gap based on sealing liquid viscosity, JSME Journal of Advanced Mechanical Design, Systems, and Manufacturing, Vol.15, Issue 3 JAMDSM0031(2021)
やまだひろなお
山田宏尚 君
1991年名古屋大学大学院 博士課程修了.名古屋大学工学部講師等を経て2007年より岐阜大学工学部 教授.油圧制御,人間支援システム,画像処理工学などの研究に従事.日本フルードパワーシステム学会,日本機械学会,日本ロボット学会等の会員.工学博士.E-mail: yamada(at)gifu-u.ac.jp
URL: http://www.eng.gifu-u.ac.jp/chinoukikai/staff/yamada-hironao.html
図1 チェックボール周りの流線図および位置,回転数2)
図2 スプール周りの流線と圧力分布8)
図3 旋回流を用いた気泡分離装置の構造原理15)
図4 油圧回路 H2SB+ による単関節アーム20)
図5 大型望遠鏡の高度軸スラスト油圧支持システム23)
図6 斜板式ピストンポンプのスリッパ部挙動解析の流れ25)
図7 パワーショベルのリーダーフォロワー制御26)