展 望

 

2021年度の水圧分野の研究活動の動向*

 

柳田 秀記**

 

* 2022512日原稿受付

** 豊橋技術科学大学機械工学系,〒441-8580 愛知県豊橋市天伯町雲雀ヶ丘1-1

 


1.はじめに

 文献データベース(JDream VScopus)で「水圧」,「water-hydraulics」を含むキーワード検索を行い,2021年度の水圧研究を調査した.各機器の基礎研究や水の特性を生かした応用研究が行われている.以下に概要を紹介する.

2.国内の研究

 国内では人工筋肉を用いたアクチュエータ1)-3),多自由度ソフトロボットへの応用を目指したフルイディック弁4),水中での物体運搬用ボルテックスカップ5),工作機械用静圧軸受6),絞りのキャビテーション7)などの機器・要素の研究が行われており,応用的な研究としてはロボットアーム駆動8)やポンプ吐出圧力脈動を利用した発電9)の研究が行われている.

 

2.1 機器・要素に関する研究

【アクチュエータ】

・森山らは1),水道水圧駆動人工筋肉の変位制御において,人工筋変位の強いヒステリシス特性を表すモデルのパラメータを開ループ同定した場合と閉ループ同定した場合のセンサレス制御時の性能ならびに変位センサを用いて制御した場合の性能を比較し,閉ループ同定により取得したパラメータを用いたセンサレス制御において,変位センサを用いた場合と同程度の制御性能が得られることなどを示した.

・鶴原らは2),水道水圧駆動人工筋アクチュエータの変位制御に制御対象の正確な数学モデルや制御器構造についての事前情報を必要としないモデルフリー適応制御を導入し,定常応答における平均絶対誤差約7 mmが達成できること,ならびに,負荷に対するロバスト性が高いことを示した.

Tsuruharaらは3),水道水圧駆動人工筋アクチュエータの変位制御にモデルフリー適応制御とサーボ機構付きモデル予測制御を適用して制御性能を比較し,負荷変動後の定常応答において両制御手法とも約0.013 mmと高い追従性能を有すること,ならびに,モデルフリー制御の方が高いロバスト性を有することを示した.

【弁】

Kanekoらは4),多自由度運動を行うソフトロボットへの適用を目的として,水を作動流体とするフルイディック切替弁を試作し,アクチュエータを模した二つのバルーンのいずれかを選択的に膨張させることができることを示した.

【ボルテックスカップ】

Kobayashiらは5),水中における物体運搬への応用を目的として,水を作動流体とする2層構造のボルテックスカップを試作し,カップの諸寸法を変えて吸引力を測定した.吸引力を最大にする各部寸法を見出すとともに,従来型の1層構造のボルテックスカップの約4倍の吸引力を発生できることを示した.

【静圧軸受】

Fedorynenkoらは6),工作機械スピンドル用の水静圧軸受における発熱,各部の温度変化,熱変形を主に数値解析により調べ,熱変形による軸受隙間の変化が水静圧軸受の支持剛性に及ぼす影響を検討した.その結果,スラスト軸受とラジアル軸受の隙間の変化はそれぞれ0.26 mm0.22 mmに抑えられ,負荷容量と軸受剛性がわずかに減少することを明らかにした.

【絞り】

Takeiらは7),開口面積1.69 mm2の円形オリフィスとアスペクト比(AR1.006.7652.0の長方形オリフィスを用いて,オリフィス下流のキャビテーション噴流を観察するとともに,キャビテーション係数と流量係数の関係を調べた.AR=1.006.76のオリフィスからのキャビテーションの成長・崩壊は円形オリフィスにおける現象と類似していることなどを示した.

 

2.2 システム・応用に関する研究

Hyonらは8),空気圧ピストンにより水を加圧するブースタ(増圧比12.8)を試作し,それと接続されたロボットアーム(長さ0.35 m,質量3 kg,ペイロード10 kg)の関節角度制御用複動片ロッド水圧シリンダ室内の圧力制御により,関節駆動トルクと角度が良好に制御できることを示した.本ブースタと水圧シリンダによりポンプレスの水圧回路が構成され,遠隔操縦の水中作業用ロボットなどへの応用が示された.

Miyashitaらは9),水圧配管内に発生する圧力脈動を水圧シリンダにより吸収してピストンの機械的な振動に変換し,その振動を磁歪発電装置によりセンサ等に供給する電力に変換するシステムの基礎研究を行った.圧力脈動により水圧ピストンに発生する推力の全振幅はシリンダ室体積の増加に伴い低下することなどを示した.

3.海外の研究

海外では特に中国において水圧研究が盛んに行われている.機器に関する研究としては,斜板式アキシアルピストンポンプ10), 11),プランジャポンプ12),柔軟素材を用いたソフトアクチュエータ13),14),各種形式の制御弁15)-18)に関する研究の他,水中作業用ロボットハンド19)の研究が行われている.国内では水道水を作動流体とする機器やシステムの研究が多く行われているが,海外では海水や水ベースの流体(高含水流体)を利用する研究も行われている.

3.1 機器・要素に関する研究

【ポンプ】

Pangらは10),水中機で使用される水圧用斜板式アキシアルピストンポンプを対象として,騒音とポンプ表面加速度を種々の条件で測定するとともに鉱油を用いた場合の測定結果と比較し,また,シリンダボア内の圧力脈動の解析を行った.吐出圧力が4 MPa以上では水を作動流体とする場合に騒音とポンプ表面加速度が小さくなり,この原因は体積弾性係数が大きいことにより圧力脈動が小さくなることにあるとしている.

Limらは11),樹脂材料を用いて水道水用斜板式アキシアルピストンポンプ(外形寸法40×40×50 mm9本ピストン)を試作し,水圧シリンダを作動させる実験を行い,吐出流量・吐出圧力の測定を行った.作動の繰返し精度は必ずしも高くないが,最大吐出し量約2.9 cm3/s,最大圧力1.9 MPaが得られている.

Dongらは12),炭鉱で使用される高圧・大流量の水圧プランジャポンプの吸込み弁が早期に損傷する原因を調べるため,吸込み弁の運動解析,それを考慮したポンプ内流れのCFD解析,吸込み弁の応力・変形解析を行い,原因を解明するとともに摩耗低減に効果のある材料の提案を行っている.

【アクチュエータ】

Chenらは13),マッキベン人工筋肉を構成する円筒状袋の表面に取付ける繊維の配置位置や角度を種々変化させることで,内圧作用により湾曲動作,屈曲動作,ねじり動作,S字変形動作などを行う各種のアクチュエータを試作して動作を検証するとともに,内圧と湾曲角度/ねじり角度と発生力/トルクなどの関係を実験により調べている.

Chenらは14),水中で作動するロボット用ソフトアクチュエータとして,水圧印加による曲げ変形を利用するアクチュエータ2種類(@高剛性型,A低剛性型)と伸び変形を利用するアクチュエータB1種類を試作した.内圧と曲がり角度や伸び量の関係を測定するとともに,@はグリッパ,A・Bはそれぞれ魚の尾ひれ・ナマコを模倣したアクチュエータとして作動することを実証している.

 

【弁】

Ganらは15),複数回直角に折れ曲がる流路が多数加工された薄い円板を多数積層した構造のラビリンス型制御弁において,流路内の速度と円板内に生じる応力を最適化することを数値解析により試み,提案手法により初期形状に対して流路内の最大速度は約7%減少し,応力は約8%減少することが示されている.

Yuanらは16),弁頂角90°のポペット弁の内向き流れを対象として,水と鉱油(粘度グレード46)それぞれの物性値を用いてキャビテーション流れを数値解析により調査した.水と油の粘度の違いに起因してレイノルズ数が大きく異なるため,キャビテーションの形態や渦構造が異なることなどが示されている.

Liuらは17),原子炉のメンテナンス作業用などの遠隔操作水圧マニピュレータの制御弁として高速オンオフ弁を用いることを提案し,開弁時間・閉弁時間に及ぼす主要なパラメータの値を決定するために多目的遺伝的アルゴリズム(NSGA-II)を用いた.高速オンオフ弁を試作し,静的及び動的特性の測定結果が示されるとともに,最適化により開弁時間は17%,閉弁時間は9%減少できたことが示されている.

Wuらは18),原子炉のメンテナンス作業用遠隔操作水圧マニピュレータを制御するサーボ弁の動特性に及ぼす流体力の影響について数値シミュレーションにより検討した.高圧水の供給ポートをスプール軸に対して垂直ではなく120°に傾けることで,サーボ弁のバンド幅が162 Hzから167 Hzに向上することが示されている.

3.2 システム・応用に関する研究

Wangらは19),水圧駆動の水中作業用ロボットの手(hand)を開発し,その動作を検証した.手は弾性繊維により補強された柔軟素材で製作されており,親指2本とその他の指4本で構成され,内圧を印加することにより両方向に湾曲できる構造となっている.内圧(350 kPa以下)印加時の各指の湾曲角度や発生力を測定し,また,種々の物体を把持できることや同時に2個の物体を把持できることを示している.

4.おわりに

文献調査により,各水圧機器や要素に関する基礎的な研究に加えて,水中作業用マニピュレータへの応用を目指したソフトアクチュエータの研究が比較的多いこと,ならびに,中国では原子炉内でのメンテナンス作業用マニピュレータ制御用機器やアクチュエータへの応用に関する研究も行われていることを知ることができた.水圧研究がいっそう盛んになることを期待したい.なお,調査不足により見落としている文献があることを危惧しているが,ご容赦いただけると幸いである.

参考文献

1)         森山開,伊藤和寿:IIR構造を用いた非対称BoucWenモデルによる水道水圧駆動人工筋のセンサレス変位推定,2021年春季フルードパワーシステム講演会講演論文集,p.85-87 (2021)

2)         鶴原理司,稲田諒,伊藤和寿:水道水圧駆動人工筋のモデルフリー適応変位制御系の設計,2021年春季フルードパワーシステム講演会講演論文集,p.88-90 (2021)

3)         Tsuruhara S., Inada R., Ito K.Comparison of Model-Free Adaptive Displacement Control and Model Predictive Displacement Control for Tap-Water-Driven Muscle Considering Load Variation during Experiments, Proc. 11th JFPS International Symposium on Fluid Power HAKODATE 2020, Paper No.: OS4-2-02 (2021)

4)         Kaneko K., Takemura K.Switching Control of Latex Balloon Expansion by using Fluidic Switching Valve mediated with Coanda Effect, Proc. 11th JFPS International Symposium on Fluid Power HAKODATE 2020, Paper No.: OS4-2-01 (2021)

5)         Kobayashi W., Akagi T., Dohta S.Experimental study on Dual-Layer Type Vortex Cup Driven by Aqua Drive System, Proc. 11th JFPS International Symposium on Fluid Power HAKODATE 2020, Paper No.: OS4-2-03 (2021)

6)         Fedorynenko D., Nakao Y.Consideration of Thermal Stability of the Ultra-Precision Water-Lubricated Spindle, Proc. 11th JFPS International Symposium on Fluid Power HAKODATE 2020, Paper No.: OS4-1-01 (2021)

7)         Takei H., Terakawa K., Iio S., Takemura K., Uchiyama T., Yoshida F.Flow Characteristics of a Cavitating Jet through a Small Rectangular Orifice with Different Aspect Ratios, Proc. 11th JFPS International Symposium on Fluid Power HAKODATE 2020, Paper No.: OS4-1-04 (2021)

8)         Hyon S., Akama K.Air-Hydraulic Servo Booster Toward Submersible Water-Driven Robots, IEEE Robotics and Automation Letters, Vol. 6, No. 2, p. 1966-1972 (2021)

9)         Miyashita K., Iio S., Tayama T., Onodera R., Abe S.Design of Magnetostrictive Power Generation Device from Pulsating Pressure in Hydraulic Pipeline by Using Water Hydraulic Cylinder, Proc. 11th JFPS International Symposium on Fluid Power HAKODATE 2020, Paper No.: OS4-1-03 (2021)

10)     Guan D., Cong X., Li J., Niu Z.Experimental test and theoretical modeling on the working characteristics of spherical water pump, Flow Measurement and Instrumentation, Vol. 85, 102162 (2022)

11)     Lim D., Lee Y.Design of the swash-plate water hydraulic pump for environment-friendly actuator systems, International Journal of Precision Engineering and Manufacturing-Green Technology, Vol. 8, p. 1587–1596 (2021)

12)     Dong J., Deng Y., Cao W., Wang Z., Ma W., Wu D., Ji H., Liu Y.Wear failure analysis of suction valve for high pressure and large flow water hydraulic plunger pump, Engineering Failure Analysis, Vol. 134, 106095 (2022)

13)     Chen S., Xu H., Wei Q., Fan W.Modeling, Analysis, and Experimental Results of the Skeleton-Embedded Fiber-Guided Water Hydraulic Actuator, Proc. 2021 IEEE International Conference on Robotics and Biomimetics, 2021 Sanya, China, p. 136-142 (2021)

14)     Chen G., Yang X., Zhang X., Hu H.Water hydraulic soft actuators for underwater autonomous robotic systems, Applied Ocean Research, Vol. 109, 102551 (2021)

15)     Gan R., Li X., Liu S., Li B.Multidisciplinary Design Optimization of a Tortuous Path Trim for a Labyrinth Control Valve, Proc. 11th JFPS International Symposium on Fluid Power HAKODATE 2020, Paper No.: OS4-1-02 (2021)

16)     Yuan C., Zhu L., Liu S., Li H.Examination of Viscosity Effect on Cavitating Flow inside Poppet Valves Based on a Numerical Study, Applied Sciences, Vol. 11, 11205 (2921)

17)     Liu Q., Yin F., Nie S., Hong R., Ji H.Multi-objective optimization of high-speed on-off valve based on surrogate model for water hydraulic manipulators, Fusion Engineering and Design, Vol. 173, 112949 (2021)

18)     Wu D., Wang X., Ma Y., Wang J., Tang M., Liu Y.Research on the dynamic characteristics of water hydraulic servo valves considering the influence of steady flow force, Flow Measurement and Instrumentation, Vol. 80, 101966 (2021)

19)     Wang H., Xu H., Abu-Dakka F., J., Kyrki V., Yang C., Li X., Chen S.A Bidirectional Soft Biomimetic Hand Driven by Water Hydraulic for Dexterous Underwater Grasping, IEEE Robotics and Automation Letters, Vol. 7, No. 2, p. 2186-2193 (2022)

 

著者紹介

やなだひでき

柳田秀記 君

1982年豊橋技術科学大学大学院工学研究科修士課程修了.同年同大学教務職員,1992年同助教授,2012年同教授,現在に至る.電気流体力学現象,水圧シリンダ,油圧ポンプなどの研究に従事.日本フルードパワーシステム学会,日本機械学会などの会員.工学博士.

E-mail: yanada(at)me.tut.ac.jp