資 料
機能性流体フルードパワーシステムに関する研究委員会*
中野 政身**
* 2022年5月20日原稿受付
** 東北大学未来科学技術共同研究センター,
〒980-8577 宮城県仙台市青葉区片平2-1-1 東北大学産学連携先端材料研究開発センター内
ER(Electro-Rheological)流体,液晶,EHD(Electro-Hydro-Dynamic)流体・ECF(Electro-Conjugate-Fluids), MR(Magneto-Rheological)流体,磁性流体(Magnetic Fluid, Ferrofluid),磁気混合流体(Magnetic Compound Fluid: MCF)および機能性ソフトマテリアルなどは,電場や磁場などの外場に反応して流体の物理化学的性質が変化する機能性を示す機能性流体である.このような機能性流体を活用したフルードパワーシステムは,機器の高性能化,小型化,高機能化,省エネルギー,クリーン化(対環境性),低振動・騒音化,高い信頼性や安全性の確保など,機能性流体の機能・特長を活かすことによってフルードパワー技術のブレークスルーを牽引するポテンシャルを有している.本研究委員会(委員長:中野政身,幹事:吉田和弘,副幹事:竹村研治郎,柿沼康弘,委員23名)は,機能性流体フルードパワーシステムの構築と更なる実用化を図ることを目的に,以下の重点3項目に関して,研究テーマの設定と実施,および研究成果発表などを行いながら研究活動を展開してきている.
本研究委員会は,2018年4月に設置され2年間の活動を経て,1年間の期間延長を行い,コロナ禍の影響で研究委員会の開催がままならなかったことから,さらに1年間の期間延長を特別に承認してもらい,2022年3月に期間満了で終了している.現在,これまでの4年間の研究活動の集大成として,本研究委員会の研究成果報告書(電子版)の原稿を執筆中であり,2022年9月に発刊する予定でいる.
2021年度は本研究委員会の3年目が終了し延長1年目でトータル4年目に相当する.第9回,第10回,第11回の計3回の研究委員会を開催して,委員や外部招待者からの話題提供などを実施して調査研究活動を展開して来ている.以下に,各回の研究委員会で講演があった研究成果のテーマとその概要等を列挙して研究活動の報告とする.なお,新型コロナウイルス感染症拡大のために,研究委員会の開催はすべてZoomによるオンライン開催としている.
2.1 第9回研究委員会(2021年10月4日(月), 13:00〜17:00,Zoomによるオンライン開催,16名参加)
(1) 電界共役流体の流動モデルとソフトロボット,液滴生成,ハンドリングへの応用(慶應義塾大学:竹村研治郎 副幹事)
電界共役流体(ECF)に分類される液体のうち,DBD(デカン二酸ジブチル)を対象として,電界印加時の流動を再現する数理モデルが紹介された.特に,数理モデルで用いる電気的物理量を実験および理論計算から導出したことで,流動のPIV解析の結果と計算結果が定量的な一致を示している.これにより,電極形状が流動発生に与える影響を計算機により再現できることが説明され,今後の電極形状最適化の道筋が示された.続いて,ECFの応用例が紹介された.ソフトロボットへの応用では,5指および手掌の合計7自由度を有するソフトロボットハンドの構造と動作が紹介された.手掌部をタンクとすることで,タンク,ポンプ,アクチュエータを一体化したソフトロボットハンドを構成できる.また,人工筋アクチュエータと尺取り虫型ソフトロボットも紹介され,ECFとソフトロボットの親和性が説明された.最後に,Droplet μTASにおけるECFの応用が説明された.液滴を混合する駆動源としてECFが有効であるとともに,液滴生成にもECFの流動を利用できることから,チップ上でのDroplet μTASの基盤技術をECFで提供できることが示された.
(2) 導電性高分子ソフトアクチュエータの最適化設計(九州工業大学:渕脇正樹 委員)
電気化学的酸化還元に伴うイオンのドープ,脱ドープにより膨張,収縮する電界伸縮を応用した導電性高分子ソフトアクチュエータについて紹介された.まず,動作原理および電解重合法で容易に製作可能,小形,軽量,低電圧,柔軟,広範囲のpH環境で動作可能といった特長が説明され,アニオン駆動層とカチオン駆動層を貼り合わせたバイモルフ構造が紹介された.特性実験の結果,アニオン駆動が支配的でカチオン駆動が補助すること,溶液の温度と濃度の影響が大きいことなどが示された.つぎに,その応用例として,往復流を発生するダイアフラム式マイクロポンプ,圧力,流量を広範囲で設定でき,高粘度流体も吐出できるカプセル式ぜん動運動ポンプが紹介された.続いて,最適化設計のため,アニオン駆動層とカチオン駆動層の厚さの比率を変えたバイモルフ形アクチュエータの特性実験結果が示された.最後に,空気中で動作するアクチュエータを実現するため,メンブレンフィルタ中にイオン液体を封入したアクチュエータが紹介され,その特性実験が示された.
(3) MR流体・ドライMR流体を活用した車両用ブレーキと小型EVへの実装(東北大学:中野政身 委員長)
Mixed-modal accessとグリーンエネルギーの観点からコンパクトな電気自動車の普及が望まれており,この制動機構としてMRブレーキは有望視されている.従来のディスクブレーキの問題に対して摩耗粉が生じないことや高い制御性といった利点がある.MR流体の性能を引き出す構造により,従来のディスクブレーキに比べ高い応答性を実現できることが示された.また,開発した車両用MR流体ブレーキを小型EVの四輪に実装し,ブレーキペダルの踏み込み量や車輪回転速度をセンサで検出してMR流体ブレーキの制動力を制御するブレーキバイワイヤシステムを構築することにより,ブレーキ操作時のフィーリング制御や良好なABS制御が可能であることが示された.つぎに,広い温度で利用可能な強磁性体粒子の粉体からなるドライMR流体について紹介があった.ナノコーティング層を調整することで流動性を確保し十分なMR効果が得られた.従来のMR流体と比較するとヒステリシスがなく,応答性が高い.ナノコーティング層としては,流動性の点からシリカより酸化チタンがよい.0.5wt%で酸化チタンをコーティングしたドライMR流体を用いたブレーキは,−50℃〜160℃の幅広い温度環境で使用でき,非常に高い制動トルクを発生することが示された.小型EVに実装して,その試験走行の様子がビデオで示され,良好なブレーキ性能を実証している.
2.2 第10回研究委員会(2021年12月13日(月), 13:00〜17:00,Zoomによるオンライン開催,15名参加)
(1) 熱応答性エラストマーアクチュエータ(山梨大学:奥崎秀典 委員)
はじめに,温度応答性ナノファイバーが紹介された.温度に応答して親水性,疎水性が変化する温度応答性高分子(PNIPAM)をゲル化することによって,温度変化によって伸縮するソフトアクチュエータの可能性が示された.この時,ゲル表面のskin layerの影響で応答性が極めて遅くなる課題があったが,skin layerの膜厚(3μm程度)よりも小さいスケールでナノフィバーをelectrospinning法で作成すれば,skin layerの影響を回避できることが紹介された.つぎに,ガラス転移点前後での相転移によって形状記憶作用を呈する形状記憶ポリマー(SMP)が紹介された.特に導電性SMPについて説明された.これによって,形状記憶作用を電気駆動できる.さらに,柔らかくて能動的なウェアラブルロボットへの適用を目指したエントロピー弾性を利用したエラストマー材料が紹介された.ここで,エントロピー弾性は温度に影響されるが,EPDMに架橋剤(DCP)を添加すると温度に対する応答が良くなることが説明された.さらに,この材料を機能的なアクチュエータとして構成した電熱高分子(ETP)アクチュエータが紹介された.すなわち,材料ではなく形状を工夫したETPアクチュエータによって,優れた電気駆動可能なフレキシブルな直動アクチュエータが構成できる.なお,このアクチュータの性能を筋肉と比較するとおおむね筋肉以上の機械的な特性が得られるが,速度と効率は筋肉には及んでいないことが述べられた.
(2) 磁気混合流体を用いた円筒内面研磨の高能率化(富山高専:山本久嗣 委員)
MR流体と磁性流体を混合した磁気混合流体(MCF)を用いたホーニング加工特性および加工時の磁気クラスタの挙動に関する実験結果が紹介された.軸方向にN極,S極をもつリング形永久磁石を設置し,その磁場により砥粒を含んだMCFを保持する工具を用い,加工対象の中心軸と同軸の加工と,偏心させた加工を行っている.研磨前後の加工対象の質量変化から求めた加工量,表面粗さ,および真円度について,せん断速度に対する変化を評価した結果,同軸加工は偏心加工よりも加工量が大きいこと,あるせん断速度で加工量は最大となり,そのとき表面粗さおよび真円度も向上することを確認している.また,石英ガラス管を用いて加工するときの磁気クラスタの様子を高速度カメラで撮影し,加工量が最大となるとき磁気クラスタが長くなることなどを確認している.さらに,加工対象の入口部および出口部の断面形状を測定,評価し,偏心加工の方が断面形状を維持できることなどを確認している.最後に,加工の高能率化を図るため,永久磁石を3個用い加工面積を増やした加工について,電場を印加することで砥粒の配置を制限する手法を試み,その有効性の一部を確認している.
(3) 電気粘着ゲルシートの開発とロボットハンドへの応用(慶應義塾大学:柿沼康弘 副幹事)
電気粘性流体をゲル化することで製造した電気粘着ゲル(EAG)の特徴ならびにロボットハンドのスキンへの応用事例が紹介された.EAGは,ER粒子がシリコーンゲルに分散した構造を取り,粒子がシリコーンゲル表面から顔を出しているのが特徴である.電場を印加していない場合は,粒子が対象物をサポートするため,せん断抵抗が低く,電場を印加するとシリコーンゲルが隆起して対象物に粘着するため,高いせん断抵抗を示す.このEAGをフレキシブル電極に成形したElectro-adhesive Flexible Sheet (EAFS) をロボットハンドのスキンに応用し,金属材料を把持・搬送することを想定した実験結果について示された.金属対象物がEAFSに接触する際や対象物とEAFS界面で滑りが生じる際にEAFSに流れる電流が変化することが示された.この電流の変化を検知して,EAFSに与える電圧を制御することで,ロボットハンドの把持安定性を向上できることが示された.
2.3 第11回研究委員会(2022年3月22日(火), 13:00〜17:00,Zoomによるオンライン開催,18名参加)
(1) 交流電気浸透とその応用(東京工業大学:吉田和弘 幹事)
水などの液体に交流電圧を印加すると流れが発生する交流電気浸透(ACEO)を応用した2種類のマイクロポンプとACEOの数学モデルについて紹介された.まず,ACEOの動作原理が説明され,可動部なしの単純構造で液体の流れを発生できること,比較的駆動電圧が低く電気分解なく流れが安定であること,構造等の工夫により一方向流れとできれば広い応用が期待できることが指摘された.つぎに,四角柱電極とスリット電極から成る構造で一方向流れを得る先行研究のマイクロポンプSS-ACEO-MPを発展させ,電界を強化し,流れを補強する電極部を有するT字形電極のアレイを用いたTEA-ACEO-MPが提案され,FEMシミュレーションおよび実験によりその有効性が示された.また,平面的な構造を縦方向に延長した2.5次元のSS-ACEO-MPを3次元構造に発展させ高出力化を図った,平板電極と円筒電極から成るPC-ACEO-MPが提案され,FEMシミュレーションおよび実験によりその有効性が示された.最後に,これらのデバイスの設計に使用するため,電気二重層の形成時間と非線形静電容量を考慮した新しい数学モデルが提案され,実験結果との比較により従来に比べ精度が高いことが示されるとともに,SS-ACEO-MPの設計に応用した事例が紹介された.
(2) 電気流体力学コンダクションポンプにおける寸法効果(豊橋技術科学大学:西河原理仁 氏(招待))
はじめに自己紹介があった.「エコで永く使える熱輸送技術」をモットーにループヒートパイプ,多孔体内気液二相流,電気流体力学の研究を展開していることが紹介された.つぎに,EHD流動には,イオンドラッグポンプ,コンダクションポンプ,オンサガー効果を利用したポンプの3つの原理があり,イオン注入や解離電荷に起因したポンピングのメカニズムが紹介された.続いて,コンダクションポンプの応用やMEMSを用いて製作されたマイクロEHDポンプについて紹介があった.本講演のメインとして,EHDコンダクションポンプのスケールがポンプ特性,電場に与える影響について説明があった.数値計算において,スケールが小さい場合にコンダクションポンプでも電荷注入現象が生じる可能性が示唆された.続いて電界強度に応じた電荷密度分布とクーロン力分布の変化に関して,スケールの影響を調べた結果が示された.小さいスケールではヘテロチャージ層が大きくなり,正負のヘテロチャージ層が重なり,非対称性が失われていくことが示された.これに基づき,スケールが小さい場合の電極配置を検討した内容が紹介された.負極のみを上面に配置することで,クーロン力分布が変化して発生圧力勾配が上昇することが示された.
(3) MRエラストマーとその振動制御および振動発電への応用(東北大学:中野政身 委員長)
はじめに,MR流体の粘弾性変化は粒子鎖形成の原理に基づくのに対して,MRエラストマーの粘弾性変化は磁気双極子モーメント間の干渉によって引き起こされ,せん断変形時の横弾性率が大きく変化する特徴について説明があった.つぎに,MRエラストマーのマトリクス素材(PDMSとシリコーンゴム)とフィラー(カルボニル鉄粒子)の含有量による粘弾性特性の違いについて紹介があった.フィラーの重量濃度が高くなるにつれ基底弾性率および印加磁場による貯蔵弾性率の変化幅が大きくなること,シリコーンオイル添加量を増すと弾性率およびヒステリシスループ内面積も小さくなること,動的試験において周波数が高くなるにつれ貯蔵弾性率ならびに損失弾性率ともに高くなることなどが示された.また,粒子無配向・配向MRエラストマーにおける粘弾性特性の違いも示された.最後に応用事例として,MRエラストマーを用いた積層MRE可変剛性同調動吸振器,積層MRE免震基礎アイソレータ,振動発電について紹介があった.動吸振器やアイソレータに関しては,それらの制御方法に関しても説明があり,高い制振・免震制御性能を呈することが示された.粒子無配向MRエラストマーはせん断変形に伴う透磁率の変化がほとんど見られなかったが、配向性のものは透磁率が大きく変化することが見いだされ,振動発電に応用できることが示された.MRエラストマー内に形成される粒子塊のせん断変形に伴う磁束密度の変化に基づく磁化モデルに基づき,最適化が可能であることが述べられた.
また,2012年4月から2015年3月まで研究活動を行った「機能性流体との融合化によるフルードパワーシステムの新展開に関する研究委員会」,および2015年4月から2018年3月までの「機能性流体テクノロジーの次世代FPSに関する研究委員会」の研究成果報告書(A4版冊子体,総ページ数は157頁と136頁)を,それぞれ2022年4月および2022年5月に学会から発刊している.有料(会員: 6,000円,関連団体会員: 8,000円,一般: 10,000円)で頒布しているので,購入を希望される方は学会事務局までお申し出ください.
なかの まさみ
中野政身 君
1982年早稲田大学大学院理工学研究科博士後期課程修了,工学博士.1981年早稲田大学助手,1982年山形大学助手,助教授を経て,1997年同教授,2008年東北大学教授流体科学研究所,2018年同教授未来科学技術共同研究センター.機能性流体,流体関連振動・騒音,振動制御などに関わるスマート流体制御システム工学に従事.日本フルードパワーシステム学会,日本機械学会,自動車技術会,日本工学アカデミーなどの会員.日本機械学会フェロー,JABEEフェロー.
E-mail: masami.nakano.b2(at)tohoku.ac.jp
URL: http://www.masc.tohoku.ac.jp/project/nakano_001.html