展 望
2022年度の機能性流体分野の研究活動の動向*
金 俊完**
* 2023年8月31日原稿受付
**東京工業大学 科学技術創成研究院 未来産業技術研究所,〒226-8503 神奈川県横浜市緑区長津田町4259-J3-12
2.1 電界共役流体(ECF),電気流体力学(EHD)流体
ECFのソフトロボット分野への応用研究として,「Soft Actuator with
Switchable Stiffness Using a Micropump
-activated Jamming System」では,ECFマイクロポンプの圧力を制御することでアクチュエータの剛性を切り替えることができる新たなソフトアクチュエータが開発されている5).従来のソフトロボットでは柔らかい構造により外部へ大きな力を働かせることができないことを指摘し,この問題点を解決する方法として,微粒子のジャミング転移現象を利用することで構造の一部の剛性を能動的に切り替える工学的工夫をしている.今までにジャミング転移現象のアクチュエータへの応用には外部にかさばる真空ポンプが必要である制限があったが,この研究ではフレキシブルなECFマイクロポンプをアクチュエータに直接埋め込むことで解決している.ECFジェットにより発生した陰圧(- 55kPa)によってアクチュエータの剛性を 5.5倍に高めることと,ECFジェットの陽圧(+ 55kPa)でアクチュエータを膨張させ,角度16°の曲げ動作が可能であることを実証している.
ECFのグリッパへの応用研究として,「Design and Fabrication of Micro Gripper Using Functional Fluid Power」では,針−リング形ECFジェット発生器を用いたソフトグリッパが開発されている6).一般にジャミング把持機構は把持部の内圧を調整するために機械式の真空ポンプが必要でありシステムの小形化が困難であったものの,この研究ではECFから発生する噴流を用いることで,外径14mm,全長40mm,把持先端径10mmのジャミンググリッパの試作に成功している.試作したジャミンググリッパは微粒子の充填率が50%の条件で最大の保持力を示すことを実験的に明らかにしている.また,ECF液圧源を内蔵したマイクログリッパは直流電圧4kVの印加で最大93mNの吸着力を有することを明確にしている.
EHD流体を用いたポンプの研究として,「Simple in fabrication and high-performance electrohydrodynamic pump」では,高出力パワーのポンプを開発することを目的に,微細な穴を加工した金属板でスペーサを挟んだ単純な構造の電極対へ16kV以上の極端な高電圧を印加することを提案している7).提案されたEHDポンプの単一ユニットの場合,印加電圧16.7kVの時,その発生圧力と流量は3.4kPaと0.34ml/s,測定された電流は1.4mAであり, ユニットあたり最大出力1.2mWであることを実験的に明確にしている.
2.2 電気粘性流体(ERF)
ERFの応用研究として,「A lightweight flexible semi-cylindrical valve for seamless integration in soft robots based on the giant electrorheological fluid」では,巨大な電気粘性効果が発生する流体(Giant Electro-Rheological Fluid, GERF)をベースにしたソフトロボット用の同心半円筒形フレキシブルバルブを提案している10).全体積が50mm3,質量が0.88g,最大制御圧力が84kPa,圧力変化率が 13.9で,大半のソフトロボットのアプリケーションに適していることを示している.このバルブのシームレスな統合と柔軟性は6つの動作モードを有するネットワークアクチュエータを制御することによって実証されている.このバルブを用いたアクチュエータから構成されるソフトグリッパを試作し,異なる動作モードを使用して多様な把持を実現している.また,「Squeeze damping of giant electrorheological fluid tuned by pulse width modulation」では,スクイーズモードで動作し,減衰調整に可変パルス幅変調(Pulse width modulation, PWM)電圧を使用する GERF ダンパが開発されている11).ダンパの減衰特性に及ぼすPWM電圧パラメータの影響を実験的に明らかにしている.
その他,ER 潤滑剤が不規則な表面のハイブリッド円形スラストパッドの性能特性に与える影響を明確にしている研究なども報告されている12).
MRFの特性評価の研究として,「Misalignment and Surface Irregularities Effect in MR Fluid Journal Bearing」では,ハイブリッドジャーナルベアリングにおける MRFの挙動,表面の凹凸,位置ずれをシミュレートするために数値モデルが開発され,スマートなMR潤滑剤の性能は磁場の強さを変えることによって効果的に制御できることが明らかにされている13).その他,磁性感受性反応(Magnetic Susceptibility Response)に基づく磁気粘性流体および磁性流体の応答時間の測定についても報告されている14).
MRFの応用研究として,「A novel high efficiency magnetorheological polishing process excited by Halbach array magnetic field」では,ハルバッハアレイ(Halbach Array)磁場によって励起される新しい高効率磁性流体研磨プロセスが提案されている15).Halbach Arrayは高い磁場強度と傾斜磁場を励起して大面積の研磨パッドを形成し,研磨効率を大幅に向上させることを明確にしている.また,「Modulation of Magnetorheological Fluid Flow in Soft Robots Using Electropermanent Magnets」では,永久磁石と同様の大きさの磁場を生成でき,電気的に制御できる電磁永久磁石(Electropermanent Magnet, EPM)を用いてMR 流体の材料特性を制御し,チャンバ内の圧力を調整するソフトアクチュエータを提案している16).バイナリ方式と完全変調方式の両方で動作する多自由度システムの作動を独立に制御できることを実証している.その他,磁気粘性ダンパ・ロータシステムの動的性能についても報告されている17).
4.おわりに
以上のように,2022年度にも機能性流体を用いた多様な研究が活発的に行なわれた.伝統的な機械工学の研究分野のみならず新しい融合研究分野においても,機能性流体を発展させたフルードパワーシステムは,次世代技術としてフレークスルーが期待できる.
1) 中野政身. (2006). 機能性流体の現状と今後の展望. 精密工学会誌, 72(7), 813-816.
2) 竹村研治郎. (2015). 機能性流体の特徴とその応用. 計測と制御, 54(9), 645-648.
3) 花岡良一. (2022). 機能性流体 (ER 流体/磁性流体/MR 流体/電界共役流体) の特性と応用技術. 塗装工学(Journal of Japan Coating Technology Association),57(5), 178-194.
4) Matsubara, T., Choi, J. S., Kim, D. H., & Kim, J. W. (2022). A Microfabricated Pistonless Syringe Pump Driven by Electro‐Conjugate Fluid with Leakless On/Off Microvalves. Small, 18(15), 2106221.
5) Huynh, H. H., Han, D., Yoshida, K., De Volder, M., & Kim, J. W. (2022). Soft actuator with switchable stiffness using a micropump-activated jamming system. Sensors and Actuators A: Physical, 338, 113449.
6) Tanaka, Y., Suzuki, R., Edamura, K., & Yokota, S. (2022). Design and Fabrication of Micro Gripper Using Functional Fluid Power. International Journal of Automation Technology, 16(4), 448-455.
7) Gazaryan, A. V., Vasilkov, S. A., & Chirkov, V. A. (2022). Simple in fabrication and high-performance electrohydrodynamic pump. Physics of Fluids, 34(12).
8) Amizhtan, S. K., Akash, R., Gardas, R. L., Sarathi, R., & Aryanandiny, B. (2022). Understanding the Electro-rheological aspects of nano silica based ester fluid with surfactants and Deep learning-based prediction of ECT. IEEE Access, 11, 1083-1093.
9) 石井聡之, 酒井佳恵, 須賀竜一, 青木康浩, & 浅沼道裕. (2022). セミアクティブサスペンション向けイオン伝導性ポリウレタン粒子を用いた電気粘性流体の耐熱性評価と改善検討. 自動車技術会論文集, 53(2), 233-239.
10) Huang, T., Xu, D., Zhang, H., Bai, O., Aravelli, A., Zhou, X., & Han, B. (2022). A lightweight flexible semi-cylindrical valve for seamless integration in soft robots based on the giant electrorheological fluid. Sensors and Actuators A: Physical, 347, 113905.
11) Pu, H., Lu, B., Wu, X., Wang, M., Ding, J., Sun, Y., & Luo, J. (2022). Squeeze damping of giant electrorheological fluid tuned by pulse width modulation. Smart Materials and Structures, 31(10), 105028.
12) Sharma, S. C., & Kumar, N. (2023). Performance of electro-rheological (ER) lubricant operated hybrid circular thrust pad bearing considering 3D surface irregularities. Tribology International, 185, 108554.
13) Sahu, K., Sharma, S. C., & Ram, N. (2022). Misalignment and surface irregularities effect in MR fluid journal bearing. International Journal of Mechanical Sciences, 221, 107196.
14) Horváth, B., Decsi, P., & Szalai, I. (2022). Measurement of the response time of magnetorheological fluids and ferrofluids based on the magnetic susceptibility response. Journal of Intelligent Material Systems and Structures, 33(7), 918-927.
15) Guo, Y., Yin, S., Ohmori, H., Li, M., Chen, F., & Huang, S. (2022). A novel high efficiency magnetorheological polishing process excited by Halbach array magnetic field. Precision Engineering, 74, 175-185.
16) McDonald, K. J., Kinnicutt, L., Moran, A. M., & Ranzani, T. (2022). Modulation of magnetorheological fluid flow in soft robots using electropermanent magnets. IEEE Robotics and Automation Letters, 7(2), 3914-3921.
17) Wang, J., Liu, Y., Qin, Z., Ma, L., & Chu, F. (2022). Dynamic performance of a novel integral magnetorheological damper-rotor system. Mechanical Systems and Signal Processing, 172, 109004.
きむ じゅうんわん
金 俊完 君
2005年東京大学大学院工学系研究科精密機械工学専攻博士後期課程修了.2005年から東京工業大学精密工学研究所の助手(助教),2013年から同大学の准教授,2023年から同大学未来産業技術研究所の教授,現在に至る.機能性流体,MEMS,マイクロマシン,超精密機械加工,メカトロニクスなどの研究に従事.日本フルードパワーシステム学会,日本機械学会などの会員.博士(工学).
E-mail: woodjoon@pi.titech.ac.jp