随 想
伝熱と摩擦を伴う空気圧管内定常流に関する研究*
(モデル化と実験的検証)
中野 和夫**
* 令和5年5月31日原稿受付
** 東京工業大学,〒152-8550 東京都目黒区大岡山2-12-1
この度(一社)フルードパワーシステム学会より2022年学術論文賞をいただいたこと,共著者一同にとって身に余る光栄である.当該論文は中野と当時芝浦工業大学院理工学研究科修士在学(現トヨタ自動車)の伊藤陸,芝浦工業大学システム理工学部所属の村山栄治,川上幸男4名の共著であり,この機会に当該研究に関する思い出や補足的な説明等を中野が代表して書きとどめる.
研究のきっかけは十数年以上前に遡る.中野が芝浦工業大学を定年退職し自由な日々を過ごしていたころ,本学会「OHC-Simに関する研究委員会」関係の会合で空気圧管路内定常流について入口出口圧力比・流量特性を簡単に表現できる算出式が無いことが話題となった.それをきっかけに同算出式の導出に興味がそそられた.そこで空気圧管路内定常流れを管内圧縮性流体一次元定常流れとして置き換え,その流量特性を表現できるシミュレーションモデル構築に関する共同研究を芝工大定年退職の中野と現職の川上で始めることにした.管内流については1930年代初頭Prandtl, Nikuradse, Karmanらから始まり,その後長年にわたり多くの研究者等による成果が発表されてきている.ある意味で「手垢がついた問題」に今更取り組む意味があるのかと自問しながらの船出となった.
当時ISO 6358では圧縮性流体用機器の流量特性試験法が検討されていた.その中で一般空気圧機器流量特性は音速コンダクタンス,臨界背圧,亜音速指数,クラッキング圧力の4パラメータを用いて表現できるとした.しかし形状は単純だが長い空気圧管路の流量特性はやや異なることを示す実測結果報告1)もされていた.そこで我々は先ず手始めに,断熱・亜音速流れを対象としたFanno流れの流量特性を表現できるシミュレーションモデルを提案しその有効性を確かめ,ついで管壁からの熱伝導を考慮した流れへと研究を発展させてきた.
2.1 基本式
当該論文では管壁温度Twが一定に保たれた内径D一定・真直円管内空気定常流れを一次元流れとして近似的に扱う手法に倣った.管壁との摩擦と熱の授受を考慮した一次元・亜音速域・定常流れの運動量保存に関する基礎式は(1)式で表される.管内流レイノルズ数Reは質量流量と粘度との比で定まる.管路に沿っての空気粘度変化は小さいとして,粘度はその平均値で一定とする.したがってレイノルズ数Reの関数としてFilonenkoの近似式等によってあたえられ摩擦係数fは一定値とする.
物質と熱の移動に関する相似性によるChilton-Colburnのアナロジーを近似的に適用できると仮定すればdxとdT0を含む(1)式右辺は(2)式右辺のようにdxに関する項のみで表される形になる.ここでPrはプラントル数で一定値.Tは管内空気静温度で管入り口からの位置xにより変化する.その変化の大まかな様子を知るためにNotter & Sleicher 2)の乱流Graetz問題に対する解による推定例を図1に示す.管入り口からの無次元化距離x/Dに対して破線,二点鎖線で示した曲線は管路に沿った空気温度変化を入り口温度と管壁温度との差で無次元化して示したものである.それぞれ無次元温度変化が0から0.9に達するまでの区間(矢印参照)では温度変化が著しく管壁との熱伝達を考慮しなければならない.一方,無次元温度変化が0.9から1.0に達する区間では熱伝達の影響が小さく断熱流れで近似すると,全温度は変わらずdT0=0なり,(1)式は,Fanno流れの式と同一になる.そこで管路を入り口に近く管壁との伝熱を考慮する区間とその下流側に引き続き接続する断熱流れで近似する区間とに基本式を分けて考える.
ここで,D:内径,x:管軸座標,M:マッハ数,T0:全温度,f:Fanningの摩擦係数,κ:比熱比
2.2 シミュレーション計算モデル
熱伝達考慮区間では空気温度Tがxに依存することから(2)式をそのまま積分できない.そこできわめて荒い近似ではあるがその区間の変化する空気温度を区間内平均した代表温度Tr(一定値)で置き換え,(2)式を(3)式のような変数分離形に変換して積分する手法を採用した.(3)式を管長Lにわたって積分すれば,管路入口,出口のマッハ数M1,M2と摩擦係数fの関係式が求まる.境界諸条件から算出される摩擦係数fとM1に対する未知のM2を決定するためには本関係式を繰り返し計算等により解く必要がある.
本研究では管路境界条件として管壁温度Tw一定,上流端の流入空気全温度T01および全圧p01一定とし,入り口マッハ数M1を連続的に変化させて与えた場合の管路出口マッハ数M2と全圧p02を連続的に導出できるようMATLAB-Simulink上に数値計算モデルを構築した.その際(3)式の積分結果を解くための繰り返し計算の代わりにSimulink上ではM2を求めるフィードバック積分制御系の定常応答を利用する手法3)を採用した.管路の流量特性を求めるブロック線図全体の概略は図2のようになる.その詳細は省くが,与えられた入力条件から「レイノルズ数等を求めるブロック」,「熱伝達を考慮する区間のブロック」,それに下流側に接続される「断熱近似区間のブロック」からなっている.
3.1 実験装置
管路を加熱・冷却する設備として当初,空気圧用樹脂製チューブを温水や冷水を満たした水槽に浸したセットを用いたが安定した実測結果が得られず,図2に示すように保温材で包まれた塩化ビニールパイプ内に温水や冷水を封入し,その中に供試管路の銅管を通し,管壁温度を熱電対で監視するセットを用いた.通過質量流量の測定は上流側空気圧源として用いた等温タンク内圧力変化から算出する方式4)に依った.管入り口出口の圧力測定では,管路と圧力測定用に内径を拡大した管を連結する遷移接手(JIS等で規定)を用意できず,やむを得ず急拡大となる通常の接手で援用した.そこで直管部だけに対して行ったシミュレーション計算による入り口出口圧力比に急拡大の影響を算入して実測の圧力比と比較することにした.実験に用いた銅管の内径は入り口出口で多少差があることからその平均値を内径とし,D=2.025mmとD=3.91mmの二種類で,管長Lが共に1.1mの銅管を用いた.
3.2 実験結果
管路流入空気温度と管壁温度が295Kで等しい場合,実測した圧力比と質量流量の関係を〇印で示したのが図4で上側が上流圧一定の場合,下側が下流端大気開放の場合である.それらに対応するシミュレーション計算を断熱のFanno流れとして求めた結果を曲線で示してある.両者がよく一致することが確認された.
そこで管路を加熱・冷却して管内空気温度が大きく変化する場合でも,それによる空気粘度変化だけをFanno流れの計算に取り入れれば,実測結果に近いモデル化ができるのではないかという疑問が生じる.それについて検討した結果が図5である.入口端全圧p01=0.6MPa一定,流入空気全温度T0=293K,管壁温度Tw=333Kとした場合の実測結果を□印で示してある.管内空気粘度を333K と293Kでそれぞれ評価した場合の2種類のFannoモデルによる計算結果は実線と破線で示した曲線のようにほとんど変わらず,実測値とは乖離してしまう結果となった.やはり管壁との熱伝達を考慮に入れる必要がある.
流入空気の全温度T0を293K一定に保ち,管壁温度Twを333K,298K,278Kの3種類にそれぞれ変えて実測した質量流量と圧力比の関係を■,●,◆印でそれぞれ示したのが図6,図7である.実測結果にそれぞれ対応するシミュレーション計算結果を3本の曲線で示してある.両者はよい一致を示しており,(3)式で提案した荒い近似によるシミュレーションモデルの有用性が確認された.
空気圧管路内流れで管壁との熱伝達の影響が大きい場合を対象とした流量特性を求める簡単な算出式を見いだすまでにはいたらなかったが,その実現に対する第一歩として当該論文はシミュレーション計算モデルを提案したもので,さらに複雑な諸条件下でのモデルの構築への足掛かりになると信じる.
一介の定年退職者である小生がゆっくりとしたピッチではあるが研究の一端を担ってこられたのは,大学現職の研究者との継続的な研究協力態勢によるものであることを特記したい.また,当時芝浦工業大学院修士学生であった絵鳩祐輔,白石剛士,小堀祥平,大塚亮輔の諸君が年次的に順次関連研究に携ってきた.その尽力大であったことを付記する.
1) Gaitier, D., Chabane, S., Sesmat, S. and Hubert, D.: Long Pneumatic Tubes, Experimental Approach, ISO French Delegation Report 14 June, ISO/TC 131/SC 5/WG 3 N 613, p.1-11 (2010)
2) Notter, R. H. and Sleicher, C. A.: A solution to the turbulent Graetz problem-V Fully developed and entry region heat transfer rates, Chemical Engineering Science, Vol. 22, p.2073-2093 (1972)
3) Nakano, K., Murayama, E. and Kawakami, Y.: On simplifications of simulation models for pneumatic turbulent flows through tubes, Proc. 9th JFPS Int. Sym. on Fluid Power, 3A1-4, p.702-707 (2014)
4) Kawashima, K., Ishii, T., Funaki, Y., and Kagawa, T.:Determination of flow rate characteristics of pneumatic solenoid valves using an isothermal chamber, Trans. ASME, J. Fluids Eng., Vol. 126, No.2, p.273-279 (2004)
なかのかずお
中野和夫 君
1932年1月13日生まれ.
1957年東京工業大学大学院修士課程修了,同年精密工学研究所助手,助教授,教授をへて1992年定年退職,東工大名誉教授,1992年芝浦工業大学教授,2002年定年退職,現在に至る.流体制御の研究に従事.日本フルードパワーシステム学会.
E-mail: k4-naka4(at)jcom.zaq.ne.jp
図1 管内空気温度変化推定例 破線:Re=10000,二点鎖線:Re=40000 |
図2 Simulink ブロック線図 |
図3 過熱・冷却用試験管路構成と外形写真 |
図4 Fanno流れモデルTw≒T0の場合 |
図5 Fanno流れモデルT0≠Tw=333Kの場合 |
図6 内径2mmの銅管 |
図7 内径4mmの銅管 |