随 想

 

2022年度技術開発賞受賞について*

 

佐々木 勝美**

 

* 2023620日原稿受付

**ピー・エス・シー株式会社,〒488-0871愛知県尾張旭市平子町東241番地1

 


1.はじめに

1736年にワットが生まれた.日本では吉宗の時代.ワットの調速機の設計図を図1に示す.ここからは文献1からの引用.

 

左上に検図者Matthew Boultonの署名と,日付け(17881213日)が見える.Boulton17281809)はバーミンガムの工場主,1781年ワットの特許により蒸気機関の生産を開始した.月光協会の常連である.月光協会(Lunar Society)は,ワット,ボールトンなどのほかに,チャールズ・ダーウインの祖父である医師Erasmus Darwin17301802),陶器工場主J. Wedgewood17301795),非国教会派の牧師J. Priestley17331804)などを含む私的なグループである.産業革命期の熱気を反映して,会員はみな本職以外の科学・技術に談論風発した.なかでもプリーストリーは酸素の発見者の一人として名高い.あまり周知ではないが,E. ダーウィンは空気の断熱膨張の最初の実験者といわれている.こんなわけでLunar SocietyLunatic Societyと渾名(あだな)されていた.本当は帰宅が遅くなるので,満月に近い日を選んで集ったから,Lunar Societyと名付けていたのであった.もっとも,どちらにしても月にうたれた(狂気lunatic)ことには相違はない1)

 

2に,文献2よりワットの調速機の複製2)を転写する.制御理論,フィードバックなどの理論的背景のない時代に,このようなスマートな機能美を持った調速機を考え付いたものと思う.

ここからは文献1から引用する.

 

(ワットは)スコットランドに生れ,ロンドンで機械工の修業をした.1756年グラスゴーで独立しようとしたが,年期が足らず市の許可が取れなかった.これが幸いしたのである.グラスゴー大学のブラック教授の下で,テクニシャンとして働くことになった.凝結機付き複動式蒸気機関・クランク機構およびボール式調速器などの発明による技術革新の業績は有名だが,蒸気そのものの研究でも識見が認められていた.数々の特許で財をなし,バーミンガムに移住後は,豊かに暮した.産業革命下の高度成長の余沢である.フランスの化学者C. L. Bertholet17481822)の塩素による繊維漂白法が特許を取っていないのに目を着け,これで一儲けしたことがある.アークライトの力織機にエンジンを供給し,織物を漂白するというのだから入口と出口を押さえたわけだ.だが非国教徒として英国社会から差別された新興ブルジョワジイのイデオロギーは,単なる金儲けで満足することはできなかった.「月の会」(Lunar Society)のメンバーとして,科学・技術のみならず,社会進歩を論じ,保守主義を批判し,伝統に対し反逆的であったと伝えられる1)

 

蒸気機関の特性を熟知し,このような調速機が有効に働くことを見て取った見識というか調速機に仕上げる美意識というか,すごい.

調速機を数学的なエネルギーバランスの観点から理論的に分析したのがアメリカの科学者,ウイラード・ギブスであった.ギブスは,ギブスの調速機を考えたらしい.また,熱力学理論の発展および発表に取り組み始め,1873年,熱力学的物理量を幾何学的に表現する方法についての論文を発表した.この論文に感銘を受けたスコットランドのジェームス・クラーク・マクスウエルは,自らの手で,ギブスの概念を説明する石膏模型を製作し,ギブスに贈った(図3).またこれに関連した事情を文献3より引用する.

 

ギブスの研究はマクスウエルをすっかり驚嘆させた.あまつさえ,彼は,一八七三年の冬,テートに手紙で出しぬけに,ついに熱力学がわかるようになったと宣言した.自分の著書『熱の理論』の新版の中で,マクスウエルは訂正を行い,以前に彼が行った熱力学の第二法則の説明は間違っていることを認めた.冬の間中マクスウエルは,グレンレアーでギブスの水の熱力学的表面のモデルを自作し,歴史的科学装置の博覧会において,女王にお見せしたのである3)

 

それが図3である.X軸は体積,Y軸はエントロピー,Z軸はエネルギーである.

マクスウエルの電磁気の方程式について文献4より引用する.

 

私は大学で二〇年間,電磁気学の講義をしました.理工学部の一年生に,マクスウエルの電磁気学を毎年一年かけて教えるのです.講義では,たくさんの数式を使って説明しましたが,マクスウエルの電磁気学の体系が,うっとりするくらい「美しい」数学で構成されていることに,毎年のように感激しました.世の中には「美しい数学」がいくつもあります.しかし,実際に起こっている自然現象を,これほど完璧で見事な数学の言葉で表現した例は,あまり多くはありません.マクスウエルの方程式については,ボルツマンがゲーテの言葉を借りて,「こんな符牒を記したのは神ではあるまいか」と述べています4)

 

驚くのはこの時代,現代のように細分化された技術を対象とするのではなく,自然,自然現象を相手に格闘する人が続々と現れたことである.

このように粗削りな推移ではなかろうが,ワットからマクスウエルまでの関係づけは以上のようであったろう.

美しいことについて,つぎの2点を追加しておく.

4は法隆寺の五重の塔である.文献5よりの引用

 

藤森 久々に法隆寺を見たけど,やっぱり美しいね.部材とか全体の配置とか,プロポーションとか.あんなに美しいとは思わなかった.デザインうんぬんではなくて,非の打ち所のない揺るぎない美しさに,パルテノン神殿の感じがしました.

山口 プロポーションがうつくしいというのは,どのぐらいの距離感で見た時ですか?

藤森 外からでも,回廊でも.当時としてはえらくモダンな建築だったと思う5)

 

また加えて,五重塔だけ見ても美しい.そして,内部の心柱が宙吊りになっているところが驚きである.中田孝先生の論文集にこれの解析がある.

5は配膳である.文献6より引用する.

 

お料理をする満足とはなにか.大切なことなので何度も繰り返しますが,それは,手をかけることではありません.手をいくらかけてもおいしいものはできない.なのに,まだまだ,手をかけることが料理だと思っているのですね.(中略)「土井善晴は料理研究家だから,それでいいけど,私がやれば手抜きだと思われる」と言う人がいます.お料理をいっぱいしないと手抜きをした気分になるのでしょう.なぜか,満足できないのかもしれません.人の心は難しいものです.それを解決するのは,きれいにすることです.まずはお膳を整えて,場をきれいにすれば,簡単な料理でも大丈夫です.「きれいにする」という美意識を働かせてください,きれいにすることで,充実感が生まれます6)

 

2.おわりに

以上見てきたように,美しいということはすべての根っこにあるようである.

半面,西鋭夫が言うように,「常に,『真実』と言われていることを疑ってかからなければいけません.特に,美しいものはそうです.戦争で美しいものなど,ほとんどありません.」(西鋭夫)

また,丘や,山肌に太陽光パネルがいっぱい並んでいるのを見ると,これらは美しいの対極にある光景である.

土井善晴の「一汁一菜でよいという提案」の文庫本に養老孟司の素敵な解説がある.

さてここで私たちの技術開発について述べておく.以上のような美の高みからは程遠いが,試作開発を繰り返し,このような高みに少しでも近づこうと努力はしている.特にメカの発展は比較的ゆっくりしており,一筆書きのようにさっと仕上げることができなくても何とかなっているのかな.この試行錯誤の結果の一つが,今回賞をいただいた「デジタルコントローラ制御による複合アクチュエータの開発」である.ワットの調速機,法隆寺の五重塔,土井善晴の配膳にあるような完成形にはまだまだ至っていない.が,これからもブラッシュアップしていく.

本文は「はじめに」と「おわりに」だけで中身がない.中身は当社ホームページにある技術資料[7](未完)および技術レポートNo.3その1とし,興味があれば参照していただきたい.

 

参考文献

1)    高橋利衛:図説 基礎工学対話,現代数学社,p.6263 (1979)

2)    高橋利衛:自動制御の数学,オーム社,(1961)

3)    カルツェフ(早川光雄,金田一真澄 訳):マクスウエルの生涯,東京図書,(1976)

4)    米沢富美子:人物で語る物理入門(上),岩波書店,(2005)

5)    藤森照信,山口晃:日本建築集中講義,淡交社,(2013)

6)    土井善晴:暮らしのための料理学,NHK出版,(2021)

 その他,Wikipediaも参考にした.

 

 

著者紹介

ささき    かつみ

佐々木 勝美 君

1969年早稲田大学理工学部機械工学科卒業.東京精密測器(株)に入社.2002年ピー・エス・シー(株)を設立,現在に至る.日本フルードパワーシステム学会,日本機械学会などの会員.

E-mail: sasaki(at)psc-net.co.jp

 

 

 



図1 ワットの調速機設計図
(高橋利衛,現代数学社,p.62の図2・1より転載)

図2 James Wattの蒸気機関(複製)に
ついているフライボール・ガバナ(高橋利衛,オーム社より転載)

 


図3 マクスウエルの模型
(Fortune,1946より転載)

図4 法隆寺五重塔
https://www.hokudai-rbp.jp/news/231より転載)

 


図5 (土井善晴,NHK出版,p118より転載)